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『注文を間違える料理店のつくりかた』トークイベントが開催されました
『注文を間違える料理店のつくりかた』(方丈社)を読んで実際につくってしまった主婦の話! 広がれ!てへぺろの輪!小国士朗×森嶋夕貴×平井万紀子トークイベントのこと
「まちがえちゃったけど、まあいいか」って言えるのってよくない?
こんなコンセプトを掲げ、認知症の状態にある方がホールスタッフを勤める料理店
「注文をまちがえる料理店」が3日限定でオープンしたのが昨年9月。
あれから、1年——。
プロジェクト発起人の小国士朗さんとゲストを招いてのトークイベントが9月17日、代官山・蔦屋書店で開催されました。
第1部のゲストは、注文をまちがえる料理店の様子を記録し続けたカメラマンの森嶋夕貴さん。ドキュメントフォトブック『注文をまちがえる料理店のつくり方』(方丈社)で、小国さんのルポとともに「奇跡の3日間」をありありと伝えているのが彼女の写真です。
「カメラという異物を持ちながら、いつの間にかその場に馴染んでいるのが森嶋さん。僕らが大切にしているものを“伝える”ため、森嶋さんに撮ってもらいたかった」
これが、小国さんの森嶋評。その理由がトークショーでも徐々にあきらかになっていきます。
まずは、昨年9月のダイジェストムービーを鑑賞。続いて、森嶋さんセレクトの写真を見ながら振り返るコーナーなのですが……。小国さんも会場のお客さんも驚いたのが、森嶋さんが3日で撮影した総カット数。なんと8000枚!
「どんな写真でも自分が感動しなければ見てくれた方は感動できないと思っているので、余分なシャッターは切らず、自分が『わ!』って思った瞬間だけ、と思いながら撮っていたんです。でも、初日が終わって見たら800枚を超えていて。確かに、指が痛いなって(笑)」と森嶋さん。
そんな8000枚の中から、森嶋さんがセレクトした写真23枚はというと……。
初めてお客様をお迎えする緊張の中、ウエイターさんとスタッフとが握り合う手。
古くからの友だちのように触れ合い、語り合うお客さんとウエイターさん。
仕事を終え、お給料をもらって帰る瞬間のうれしそうな表情。
森嶋さんもファインダーをのぞきながら思わず涙がこぼれた、チェロとピアノの演奏風景(くわしくは『注文をまちがえる料理店のつくりかた』(小社刊)を読んでください!!)。
「記録ではなく、生きざまを撮るべきだ」と3日目に撮り溜めたウエイターさんたちのポートレート。
日だまりの中、撮影されたウエイターさんとスタッフ、実行委員全員の集合写真 etc.
写真を見ながら、小国さんが「あのときの空気、音、光の感じを思い出しますね」と当時に思いを馳せれば、森嶋さんも撮影の苦労を振り返ります。
「繊細な空間だったので、ウエイターのみなさんに不安感を与えないよう、お客さんに自分という不純物なしでこの料理店を判断してもらえるよう、できるかぎり存在を消そうと意識していました。でも、小国さんは『こう撮ってほしい』とも『こうしちゃダメ』とも言わず、余白を持たせてくださったので、すごく居心地がよかったです」
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続いての第2部では『注文をまちがえる料理店のつくりかた』を読んで、本当につくってしまった京都の主婦・平井万紀子さんが壇上に登場です。
平井さんのお母さんは認知症で、口ぐせが「稼がなあかん」「働きたい」なのだとか。その気持ちに応えたいと思っていたところ、注文をまちがえる料理店のことを知り、昨年の9月に来店。実際に体感して、「最高やわぁ。これは絶対に京都でやりたい!」——そう決意して、本当にやってしまった方なのです。
しかも、今年3月に1回、5月に2回と怒濤の連続開催。さらには9月24日には、「ホテルグランヴィア京都」でお客さん100人超規模の「注文をまちがえるリストランテ@京都」をオープン予定と、“本家”をしのぐ独自の展開を見せているのです。
「『やろう!』という思いを抱く人は多くても、実際に『やる』のはまた違います。そこには苦労があったのでは?」という小国さんの質問に対して、平井さんはあっけらかんとこう答えます。
「人脈もないし、知恵もないし、力もないし、お金もないし、お店もないし、ええ〜どうしよ〜。でもまっ、いいか〜って思いながら。そう。ずっと、そんな感じ」
聞けば確かに、一事が万事、“そんな感じ”なのです。
京都一のデラックスホテルでの開催なのに、「10万円あったらできるかな?」というどんぶり勘定。
「2500円で一品とコーヒーだけなんて、イヤやな〜」と重ねたホテル側とのセオリー無視のメニュー交渉。その意味もよくわからないまま、とりつけていった行政の後援や企業の協賛……。
「行き当たりばったり。でも、みんながしっかりとやってくれて」と笑う平井さんの猪突猛進エピソードに会場は笑いに包まれます。
小国さんも、「いったい、どこに向かってるの? あんた、何になろうとしてるの?」と笑いつつ、彼女のこのあり方にヒントがあると語ります。
「福祉系でもどんなプロジェクトでも、自分たちで抱えこんでしまうことが多い。でも、Share issue——課題もなるべくシェアしていったほうがいい。僕もやったのは、『この指止まれ』をしただけなんです。熱狂する素人ってすごくって、何も知らないアホだからなんでも言えちゃうんですよ。それが、状況を打破するポイントだったりする。突破する狂気みたいなものをまとうというのは、ある種、大事で、助けてくれる人がいっぱい出てくるんです。リーダーの仕事は、『この指止まれ』と掲げた指が魅力的なものか、指に止まってくれた人はいい人なのかを見極めるだけ。リーダーって弱いほうがいいんですよ」
そして、まさかの盛り上がりをみせたのは質問タイムでした。「湯河原で来年3月に開催します!」という話が出たと思ったら、最前列に座っていた大学生が、「私、決めました! 12月24日と25日にやります! 有言実行します!」と高らかに宣言したのです。
なんでも、関西の大学に通う彼女は、5月に御殿場でオープンした「注文をまちがえるカフェatとらや工房」に来店し、いたく感動。この日のイベントにも兵庫から参加し、平井さんの話を聞いて、いてもたってもいられなくなったよう。
彼女が訪れたのは、注文をまちがえる料理店にデザート担当として参加した「とらや」さんが、「自分たちの手でも!」と自社主催したカフェ。そこで今度は大学生が「ゾワゾワするような」感動を覚え、自ら動きだすことを決意し……。
ほかにも、愛知県や岡山県、北海道、長野県などでも企画がそれぞれ進んでいるそうで、小国さんたちが「そうなったらいいな」と願った「てへぺろの輪」は確実に、想像以上の熱を持って広がっているのです。
小国さんは最後、こう締めくくりました。
「『ムリだ』『NO!』と言われたことにこそワクワクがあると思っていて。それを実現させると最初、“特例”って言われるんです。『あいつらだからできたんでしょ』って。でももう平井さんはじめ、各地でいろいろな動きがあって、注文をまちがえる料理店はすでに“前例”になっている。そうすると、いつしか“慣例”になっていくと思うんです。『まちがえちゃったけど、まあいいか』が、あたりまえの慣例になるために、こうしたリレーが大切で、すごく僕はうれしいです」
注文をまちがえる料理店から1年——。あの3日間の奇跡は、まだまだまだまだ続いていきます。
5月8日「注文をまちがえる料理店at とらや工房」に行ってきました。
2017年9月、六本木で3日間だけオープンした「注文をまちがえる料理店」。
ホールスタッフは認知症を抱えた人たち。注文をまちがえたって、「ま、いいか」。とびっきりおいしい料理を食べながら、まちがえちゃうこともひっくるめて一緒に楽しんじゃおう!——この前代未聞の料理店に300人ものお客さんが来店し、大きな話題となりました。
この3日間については、プロジェクト発起人の小国士朗さんが『注文をまちがえる料理店のつくりかた』(小社刊)として一冊の本にまとめ、森嶋夕貴さんの写真とともに、小さな奇跡の数々を伝えています。
その後も、町田市で「注文をまちがえるカフェ」が開催されるなど、「まちがえちゃったら許してね(てへぺろ)」への共感は広がり、各地に小さな種が芽吹こうとしています。
ゴールデンウィークが明けた5月8日には、静岡県御殿場市で「注文をまちがえる料理店atとらや工房」が1日限定でオープン。9月に開催された際、クッキングチームに参加してオリジナルの「てへぺろ焼」を提供した虎屋グループの自社開催です。
企画をした虎屋の平野靖子さんに話を聞きました。
「前回、多くの社員が見学に来ていて、その2日後には『うちでもやらないとね』『やろう』という話になったんです。虎屋グループの店舗は各地にありますが、とらや工房は『和菓子屋の原点』『地域とのつながり』を明確に打ち出している店舗なので、虎屋グループで注文をまちがえる料理店を開催するならここだろうと。ホールスタッフさんたちの募集など、御殿場市の全面的なご協力をいただきながら、準備を進めてきました」
今回のメニューは「お汁粉」「あんみつ」「どら焼きと抹茶きんとん」の3種類。1コマ45分での総入れ替え制で全6回。御殿場市内の介護施設に通う認知症の方12人が2時間ずつ交代でホールスタッフを務めます。
虎屋グループ主催ながら、注文をまちがえる料理店実行委員会の面々も集合。コミュニケーションデザインチームは、看板などをチェック。実行委員長の和田行男さんをはじめ福祉サポートチームは、動線などのオペレーションを確認し、ホールスタッフさんと支えるケアスタッフを見守ります。
あいにくの空模様でしたが、開店1時間前には整理券を求める方の行列ができていました。なんと、なかには兵庫から夜行バスで来た方も!
そして、10時。いよいよオープンです。
はじめは店内に若干の緊張感が漂ったものの、場をなごませたのは、やっぱりホールスタッフのみなさんたちの笑顔でした。
「あれ、これはどちらかしらね?」と迷ったときには、「こちらです〜」とお客さんがナイスフォロー。身振り手振りを交えたお話に、お客さんもニコニコ。おしゃべりに花が咲き、席に座ってお客さんと膝を突き合わせて話し込む光景も見られました。
45分はあっという間。名残り惜しそうに店内から出てくるお客さんに、お話をうかがいました。
「ホールの方の、だんなさんのネクタイをリメイクされたというネックレスが素敵で、そのお話で盛り上がりました。『もう一人、娘が増えた』って言ってもらえて、そんなこと言われることってないから、うれしくて」(20代女性)
「このお店の主人公は働くみなさん。普通、レストランに入っても店員さんの表情を見ることはないんですが、みなさんの笑顔を見ていると自然と笑顔になれる。今日のお天気はどんより曇ってますけど、今の気持ちは晴れ晴れです!」(20代女性)
「うちの子もまだ小さくてよくまちがえるんです。まちがえちゃう者同士、触れ合うのもいいなって思って今日は来ました。みなさん、この子と手をタッチしたり、『いい子だね〜』って言ってくださったり。そんなお店って、他にないなって思いました」(ベビーカーで小さなお子さんと来店した20代女性)
「老人の世界では居場所作りが大切なのに、認知症の方はバラバラに接点があるだけ。馴染みのとらや工房で接点ができて遠慮なくお話できるというのはなかなかないので、ワクワクしながら来ました。素敵な一流の場所で一流の企画。キレイでオシャレで満たされました」(御殿場市在住70代女性)
また、ホールスタッフのみなさんが普段過ごしている介護施設のスタッフの方も来店されていました。
「みなさん、生き生きしていて、いつも明るい方もそれ以上でした。別の施設の利用者さんからは、最後、『また、今度、どこかでお会いしましょうね』と言っていただいて本当にうれしかったですね。認知症の方は会った人の顔を忘れちゃうかもしれないけれど、その時、その場を一緒に楽しむことはできます。多くの人に認知症の方ともっとかかわってもらいたい。『介護』の話題は大変さばかりが強調されがちですが、こういう試みはイメージアップにもつながるし、御殿場市で開催していただいてよかったと思います」
9月の舞台は六本木にあるオシャレな一軒家レストラン。今回は茅葺き屋根の山門をくぐり、竹林を抜けた先にある隠れ家のようなカフェ。場所も違えば、メニューも違う。働く方もみんな、別人です。それでもやっぱり、この日、とらや工房はまちがいなく「注文をまちがえる料理店」の空気で満たされていました。
「それが、この注文をまちがえる料理店のブランドの力なんだろうね」と、実行委員長の和田さん。
虎屋の平野さんも、「注文をまちがえる料理店では不思議な魔法にかけられる」と言います。
「魔法というか……もしかしたら、私たちは普段、気がつかないうちに色眼鏡をかけていて、それを注文をまちがえる料理店がはずしてくれるのかもしれません。今日もホールスタッフのみなさん、素敵な笑顔で働いてくださいました。認知症だから無理だろうと思い込んでいるのはこちらの勝手で、自分で自分の視野を狭めているんだと改めて思いました。みなさんの心からのサービスを見ていて、『自分はまだまだ』と反省しちゃうほど素敵でした」
「注文をまちがえる料理店」のオープンを、多くの人が待っています。和田さんも言います。
「『注文をまちがえる料理店』という名前でなくても、それぞれのやり方でこうした場がいろんなところで生まれるといい。そのためのノウハウはお伝えしていく準備を進めています。まぁ、注文をまちがえる料理店としては、やっぱり2020年、何かやりたいよね」
小国士朗さんにも話を聞きました。
「今回はとらや工房さんの定休日に実施でした。そのことを知らずにとらや工房さんを訪れたお客様もちらほら。僕が出会った若いカップルも定休日と知らずに訪れたようなのですが、笑い声があふれている注文をまちがえる料理店に興味津々のご様子でした。どんな料理店かを紹介するとお店の中へ入っていき、すっごく楽しそうにおばあさんと話をしている。その風景を見ていて、この注文をまちがえる料理店は、認知症であろうとなかろうと、認知症に興味があろうとなかろうと、誰もが気軽に入ることができる場所なんだなあと改めて思って、すごく嬉しくなりました」
御殿場のふもとの、ささやかだけど素敵な料理店、ホールスタッフのみなさん、介護サポートのみなさん、お客さん、虎屋グループのみなさんの笑顔が咲きこぼれる春の一日でした。
写真:鈴木直弥