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5月8日「注文をまちがえる料理店at とらや工房」に行ってきました。
2017年9月、六本木で3日間だけオープンした「注文をまちがえる料理店」。
ホールスタッフは認知症を抱えた人たち。注文をまちがえたって、「ま、いいか」。とびっきりおいしい料理を食べながら、まちがえちゃうこともひっくるめて一緒に楽しんじゃおう!——この前代未聞の料理店に300人ものお客さんが来店し、大きな話題となりました。
この3日間については、プロジェクト発起人の小国士朗さんが『注文をまちがえる料理店のつくりかた』(小社刊)として一冊の本にまとめ、森嶋夕貴さんの写真とともに、小さな奇跡の数々を伝えています。
その後も、町田市で「注文をまちがえるカフェ」が開催されるなど、「まちがえちゃったら許してね(てへぺろ)」への共感は広がり、各地に小さな種が芽吹こうとしています。
ゴールデンウィークが明けた5月8日には、静岡県御殿場市で「注文をまちがえる料理店atとらや工房」が1日限定でオープン。9月に開催された際、クッキングチームに参加してオリジナルの「てへぺろ焼」を提供した虎屋グループの自社開催です。
企画をした虎屋の平野靖子さんに話を聞きました。
「前回、多くの社員が見学に来ていて、その2日後には『うちでもやらないとね』『やろう』という話になったんです。虎屋グループの店舗は各地にありますが、とらや工房は『和菓子屋の原点』『地域とのつながり』を明確に打ち出している店舗なので、虎屋グループで注文をまちがえる料理店を開催するならここだろうと。ホールスタッフさんたちの募集など、御殿場市の全面的なご協力をいただきながら、準備を進めてきました」
今回のメニューは「お汁粉」「あんみつ」「どら焼きと抹茶きんとん」の3種類。1コマ45分での総入れ替え制で全6回。御殿場市内の介護施設に通う認知症の方12人が2時間ずつ交代でホールスタッフを務めます。
虎屋グループ主催ながら、注文をまちがえる料理店実行委員会の面々も集合。コミュニケーションデザインチームは、看板などをチェック。実行委員長の和田行男さんをはじめ福祉サポートチームは、動線などのオペレーションを確認し、ホールスタッフさんと支えるケアスタッフを見守ります。
あいにくの空模様でしたが、開店1時間前には整理券を求める方の行列ができていました。なんと、なかには兵庫から夜行バスで来た方も!
そして、10時。いよいよオープンです。
はじめは店内に若干の緊張感が漂ったものの、場をなごませたのは、やっぱりホールスタッフのみなさんたちの笑顔でした。
「あれ、これはどちらかしらね?」と迷ったときには、「こちらです〜」とお客さんがナイスフォロー。身振り手振りを交えたお話に、お客さんもニコニコ。おしゃべりに花が咲き、席に座ってお客さんと膝を突き合わせて話し込む光景も見られました。
45分はあっという間。名残り惜しそうに店内から出てくるお客さんに、お話をうかがいました。
「ホールの方の、だんなさんのネクタイをリメイクされたというネックレスが素敵で、そのお話で盛り上がりました。『もう一人、娘が増えた』って言ってもらえて、そんなこと言われることってないから、うれしくて」(20代女性)
「このお店の主人公は働くみなさん。普通、レストランに入っても店員さんの表情を見ることはないんですが、みなさんの笑顔を見ていると自然と笑顔になれる。今日のお天気はどんより曇ってますけど、今の気持ちは晴れ晴れです!」(20代女性)
「うちの子もまだ小さくてよくまちがえるんです。まちがえちゃう者同士、触れ合うのもいいなって思って今日は来ました。みなさん、この子と手をタッチしたり、『いい子だね〜』って言ってくださったり。そんなお店って、他にないなって思いました」(ベビーカーで小さなお子さんと来店した20代女性)
「老人の世界では居場所作りが大切なのに、認知症の方はバラバラに接点があるだけ。馴染みのとらや工房で接点ができて遠慮なくお話できるというのはなかなかないので、ワクワクしながら来ました。素敵な一流の場所で一流の企画。キレイでオシャレで満たされました」(御殿場市在住70代女性)
また、ホールスタッフのみなさんが普段過ごしている介護施設のスタッフの方も来店されていました。
「みなさん、生き生きしていて、いつも明るい方もそれ以上でした。別の施設の利用者さんからは、最後、『また、今度、どこかでお会いしましょうね』と言っていただいて本当にうれしかったですね。認知症の方は会った人の顔を忘れちゃうかもしれないけれど、その時、その場を一緒に楽しむことはできます。多くの人に認知症の方ともっとかかわってもらいたい。『介護』の話題は大変さばかりが強調されがちですが、こういう試みはイメージアップにもつながるし、御殿場市で開催していただいてよかったと思います」
9月の舞台は六本木にあるオシャレな一軒家レストラン。今回は茅葺き屋根の山門をくぐり、竹林を抜けた先にある隠れ家のようなカフェ。場所も違えば、メニューも違う。働く方もみんな、別人です。それでもやっぱり、この日、とらや工房はまちがいなく「注文をまちがえる料理店」の空気で満たされていました。
「それが、この注文をまちがえる料理店のブランドの力なんだろうね」と、実行委員長の和田さん。
虎屋の平野さんも、「注文をまちがえる料理店では不思議な魔法にかけられる」と言います。
「魔法というか……もしかしたら、私たちは普段、気がつかないうちに色眼鏡をかけていて、それを注文をまちがえる料理店がはずしてくれるのかもしれません。今日もホールスタッフのみなさん、素敵な笑顔で働いてくださいました。認知症だから無理だろうと思い込んでいるのはこちらの勝手で、自分で自分の視野を狭めているんだと改めて思いました。みなさんの心からのサービスを見ていて、『自分はまだまだ』と反省しちゃうほど素敵でした」
「注文をまちがえる料理店」のオープンを、多くの人が待っています。和田さんも言います。
「『注文をまちがえる料理店』という名前でなくても、それぞれのやり方でこうした場がいろんなところで生まれるといい。そのためのノウハウはお伝えしていく準備を進めています。まぁ、注文をまちがえる料理店としては、やっぱり2020年、何かやりたいよね」
小国士朗さんにも話を聞きました。
「今回はとらや工房さんの定休日に実施でした。そのことを知らずにとらや工房さんを訪れたお客様もちらほら。僕が出会った若いカップルも定休日と知らずに訪れたようなのですが、笑い声があふれている注文をまちがえる料理店に興味津々のご様子でした。どんな料理店かを紹介するとお店の中へ入っていき、すっごく楽しそうにおばあさんと話をしている。その風景を見ていて、この注文をまちがえる料理店は、認知症であろうとなかろうと、認知症に興味があろうとなかろうと、誰もが気軽に入ることができる場所なんだなあと改めて思って、すごく嬉しくなりました」
御殿場のふもとの、ささやかだけど素敵な料理店、ホールスタッフのみなさん、介護サポートのみなさん、お客さん、虎屋グループのみなさんの笑顔が咲きこぼれる春の一日でした。
写真:鈴木直弥