どうにも本が売れません(back3)
「どうにも本が売れません」
出版人のための悩み相談室
回答者
髙橋秀実
石原壮一郎
気鋭のノンフィクション作家・髙橋秀実氏と抱腹絶倒コラムニスト・石原壮一郎氏が、出版人のあらゆる悩みに回答します。今回は珍しく「成功談義」。二人の当意即妙なやりとり満載の「梅雨空なんて吹き飛ばせ」仲夏特別編(全3回)。
髙橋秀実(たかはし・ひでみね)
ノンフィクション作家
1961年神奈川県横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒。テレビ番組制作会社を経て、ノンフィクション作家に。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞、『「弱くても勝てます」 開成高校野球部のセオリー』で第23回ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。他の著書に『TOKYO外国人裁判』『ゴングまであと30秒』『素晴らしきラジオ体操』『からくり民主主義』『はい、泳げません』『趣味は何ですか?』『おすもうさん』『男は邪魔!』『損したくないニッポン人』『不明解日本語辞典』『やせれば美人』『人生はマナーでできている』『定年入門』『悩む人』『道徳教室』『おやじはニーチェ 認知症の父と過ごした436日』ほか。
石原壮一郎(いしはら・そういちろう)
コラムニスト
1963年三重県松阪市生まれ。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。その後、念入りに「大人」をテーマにした本を出し続ける。大人歴10年を超えたあたりで開き直って出した『大人力検定』は、それなりにヒット。その後、検定をテーマにした本をあきれるぐらい出し続けるが、どれも今ひとつ。昨今は「コミュニケーション力」に活路を見出そうとしている。最新作は『押してはいけない 妻のスイッチ』。そのほか、故郷の名物を応援する「伊勢うどん大使」「松阪市ブランド大使」を務める。
撮影 落合星文
相談04 (31歳・グラフィックデザイナー) 第1回(全3回) エア成功談でお願いします ——今回の質問は「『押してはいけない 妻のスイッチ』(青春出版社)はなぜ売れたのか?」です。この対談には珍しく前向きな質問をいただきました。 髙橋 ベストセラーだそうですね。おめでとうございます。 石原 いやいや。 ——「どうにも本が売れません」連載のレア回の予感です。 石原 いやいや、アマゾンで一瞬だけ、総合ランキングが3桁にいっただけです。 一同 ほう。すばらしい(拍手)。 石原 いやいや。 髙橋 では、今回はベストセラーへの道の成功談をお聞かせ願えますか。 石原 だから、ベストセラーにはほど遠いのですが。 ——では、エア成功談でお願いします。 石原
……。 髙橋『押してはいけない 妻のスイッチ』は評判がいいですよ。私も読みましたが、「なるほど」と思うところがありました。ほら、見てください。 ——髙橋さん、石原さんの本に付箋をたくさんつけてます。 髙橋 読んでみて「こうすれば売れるのか」とわかりました。石原さんの場合、『押してはいけない 妻のスイッチ』も「大人力」の歴史を基本的には踏襲されているわけですよね。 ——そればかりという話もあります。 石原
し、失礼な(笑)。ただ、いかに大人力を発揮しながら夫婦円満な関係をつくっていくかをテーマにしてます。 ——「大人」から一歩も出ていかない一途さはすばらしいところですよね。 石原
さらに失礼な(笑)。 髙橋 ちなみに書き下ろしですか? 石原
書き下ろしです。 ——よく365本もネタをつくりましたね。 石原
大切なのは根気です。 髙橋 石原さんが企画されたのですか? 石原
青春出版社の初めての編集者からメールをいただきました。よく知ってる上司の人にあとから聞いたところ、若い部下が「妻のスイッチ」企画を出してきて「じゃあ誰に書いてもらうか」という話になり「石原壮一郎という、ちょうどいい著者がいる。ヒマそうだし、いいんじゃないか」。 ——ヨレヨレの白羽の矢。 髙橋 読者層はどのあたりを想定されたんですか? 石原
イメージとしては30代の夫婦でしょうか。小さな子どもがいる、妻との関係にまだ希望を持っている人たちです。ただ、担当の男性編集者は本ができあがると「実は僕、来週で会社辞めるんです」。 ——担当もヨレヨレ。 石原
いやいや。むしろ、最後まで熱心に取り組んでくれたし、効果の見えにくい販促活動もつきあってくれました。だから『妻のスイッチ』が爆発的に売れてれば、その人の運命も変わっていたかもしれません。 髙橋 そういう熱心な人は要注意ですね。私の場合、昨年刊行した新潮社の『おやじはニーチェ』は『小説新潮』で連載していたんですが、その担当編集者が「いまどき、こんな熱心な人がいるんだ」と感心するほどの逸材だったのに、刊行直前に辞めてしまいました。 ——そんなところだけ気が合う二人。 石原
たしかに、熱心な編集者ほど辞める傾向にあるかもしれません。 髙橋 丁寧な人、熱心な人は要注意です。最後だから全力を出し切るのかもしれない。 石原
「この担当者は頼りになる」と思ってたら、半年後にはいないとか。 ——それ、編集者じゃなくて、お二人に原因があるような気がしてきました。 石原
し、失礼な(笑)。たしかに私も担当者の期待に応えられないところはあります。ただ、それだけではなくて、出版業界そのものが熱心で仕事ができる人を抱える力がなくなっている気がします。「この業界で一生懸命やっても、将来がないんじゃないか」って考える編集者は少なくないようです。 ——将来があると考えたこともありません。 髙橋 この業界が存続していること自体が不思議でならないと悩む編集者がいるくらいですからね。 この本ですばらしいのは目次です 石原
本題、何でしたっけ。 ——……。 髙橋『押してはいけない 妻のスイッチ』はなぜベストセラーになったのか、です。 ——すばらしい。エアですけど。 石原
この本、自分で言うのもなんですが、まあまあ面白いと思います。 髙橋 面白いですよ。 石原
ネット媒体でもけっこう宣伝しました。ネットニュースサイトで、抜粋して記事にしてもらったりとか、最近の出版界の流行りの宣伝をがんばったんです。大阪のテレビ番組でも、この本を取り上げてくれて、そのときだけアマゾンの順位が3桁。「この調子でいけばウハウハだな」と思ってたのに、順位はすぐ下がりました。 髙橋 では、大阪のテレビで取り上げられて3桁になった時点での話にしましょう。 石原
その時点での(笑)。 髙橋 そこに今、気持ちを戻して。 二人 ハハハハ。 ——まったく、おめでたい対談です。 髙橋 すごいですね、売れて。本当によかったです。私もこの本を読んで、「あ、こうすればいいんだ」と勉強になりました。 ——ほう。なりましたか。 髙橋 ひとつは、項目を一個一個ちゃんと区切って提示しているところ。 石原
ネタが、ページごとに区切られてます。 髙橋 石原さんの『大人養成講座』でも、たしかそうだったと思うんですよ。 石原
そうですね。一番最初に出した『大人養成講座』(扶桑社)も、見開きで全部展開しました。 髙橋 内容を区切るっていうのが売れる秘訣なんですね。さらに感心したのは目次です。なんと24ページもあるんです。 石原
あ、本当だ。ありがとうございます。 ——なんのやりとりですか、これ。 髙橋 私の本なんか、目次は基本2ページです。 石原
なるほど、12倍ですね。 ——実用書とノンフィクションの違いというだけではないでしょうか? 髙橋 私の本は、各章のタイトルが並んでるだけです。で、「中身は想像してください。これから始まる物語はだいたいこんな流れです」。ところが石原さんの本は24ページの目次の中に項目が全部出てきます。 ——目次を読んだら本文は読まなくてもよかったりして。 石原
し、失礼な(笑)。 髙橋 ただ、そのぐらい充実している。目次だけで掌握できる。 石原
ありがとうございます。ただ、これだけ念入りな目次は自信のなさのあらわれです。最初から順番に読んでもらって、ページをめくるごとに驚きと感動がある本ではない自信があります。 一同 (笑) 石原
順番ではなく、目次を読んで、興味がありそうな項目をめくってもらう。面白かったら別のページにいく。それが続くと「じゃあ最初から読むか」と思ってもらえるかもしれないという作戦です。 ——目次をたくさん並べて、どれかひとつぐらい引っ掛かるだろう撒き餌作戦。 髙橋 なるほど。そういうことなんですね。 ——感心するところでしょうか……。 石原
ただ、この撒き餌作戦、読者からすれば、一つひとつのネタの値打ちが薄れてしまう懸念はあります。その点、髙橋さんの本の目次はシンプルです。つまり、最初から読まざるをえない。 髙橋 だから、そこが売れない原因です。 ——そうでしょうか……。 髙橋 私には「頭から読んで最後まで」という発想があるから、基本、頭から読んでもらわないと、頭で振った話や伏線もいっぱいあるから途中からだとわからない。書くときはそんなに意識してないけど、そうなっちゃうんです。石原さんはそうじゃないですよね? 石原
まあ、どこから読んでもらってもいい本ばかりです。 髙橋 これが、売れる本と売れない本の大きな違いです。読者の皆さんもお忙しいわけですから、簡潔に提示されたほうがいいんです。石原さんのスタイルには「お忙しい中、失礼します」というメッセージが込められています。 ——ただのジャンル違いという気もします。 「簡単なものでいいよ。カレーとか」は地雷です ——本題が蜃気楼のように遠ざかります。 髙橋『押してはいけない 妻のスイッチ』は切実な人間関係の本でもありますよね。 石原
はい。最初の本からずっと人間関係をテーマにして、さらにお笑いをめざして書いてるんですけど、1冊書くのはなかなかたいへんで。 髙橋 たいへんですよね。 石原
人間関係のツボを押さえたふりして、もっともらしく書くほうがよっぽどラクです。照れ隠しと受けとってもらったほうがうれしいんですけど(笑)。半分、あ、半分って言っちゃいけないか、本気では書いてるんです。「こういうふうにするといいんじゃないですか」「そういうところは気をつけたほうがいいんじゃないですか」みたいなことを正面から言うと偉そうだし。で、ちょっと笑える要素を混ぜられないかなという感じでやってます。 髙橋 私が読んだ印象としては、読んだ人に「そんなのは当たり前だろ?」「そんなこと言うヤツがいるの?」みたいな優越感を抱かせます。 石原
優越感を持って読んでいくうちに「もしかすると、自分も言ってるかもしれない」、あるいは「若いときには言っていたかもしれない」と危機感を感じていただきたい。 髙橋 自覚がないというのが、夫の特徴ですからね。以前、自分はごはんも炊いたことがないという男性がいらっしゃって。「奥さんが病気にでもなったらどうするんですか?」と訊いたら、「大丈夫です。外で食べますから」と答えたんです。自分は介護される側で介護するという発想がないんです。だから78ページにあるように、妻から「夕食は何がいい?」って聞かれて「簡単なのでいいよって」と言ってしまう。 石原
この「簡単なものでいいよ」は、「簡単なものでいいよ」だけだったら問題ないんです。 髙橋 項目には「簡単なものでいいよ。カレーとか」とあります。 石原
「カレーとか」がついてるところが地雷、スイッチなんですよ。 髙橋 われわれの親の世代、たとえばウチのおやじも「簡単なものでいいよ」って言うんです。で、その簡単なものは白いごはん、お味噌汁、焼き鮭、ホウレンソウのおひたし。この簡単なものをつくるの、どんなにたいへんかっていう話です。 一同 ハハハハ。 髙橋 そのギャップなんですよね。 石原
ふだん料理をしない夫はカレーをつくるのがどんな面倒かわかってないけど、できあがってきたものはたしかにシンプルで、食べるのも簡単です。 髙橋 ちなみに、石原さん自身の経験はどの程度入ってるんですか? 石原
担当者とその上司、先輩からのネタが5割、自分が5割ぐらいです。実際に自分が言ってしまった言葉も2割から3割はあります。「洗面所の床をビチョビチョにする」(136ページ)とかはよくやってます(笑)。59ページの「俺がダンナでお前は幸せだよな」のような「私はぜったい言わないネタ」も半分ぐらい入ってます。 ——私は「冷凍庫がパンパンなのに、思いつきでアイスや冷凍食品を買ってくる」(110ページ)。 石原
髙橋さんは、どの項目に経験がありますか? ——付箋もたくさんついてます。この付箋は……。 髙橋 これはさっきの「夕食は何がいい?」という項目です。実はウチの場合、食事は基本、私がやるので、私が妻に「夕食は何がいい?」と訊いているんです。すると彼女は決まって「簡単なものでいい」と答える。そこで私は「よかった。簡単なものでいいんだ」と安心するんですね。 ——どういうことですか? 髙橋 彼女の「簡単なものでいいよ」は「簡単なものにしてくれ」という意味。つまり「あなたの料理は、もううんざり」ということなんです。 一同 ハハハハ。 ——よけいなことをしないでほしい。 髙橋 私が料理を上手でないこともあるけど、台所でバタバタ、水をジャージャーって流して、ガチャガチャと洗い物とかして、バタンバタンと冷蔵庫を開けたり閉めたり、油が飛び散ったり。「何かえらいことが起こるから、もう、あれ、やめてほしい」「とにかく簡単なものにしてほしい」と。私の料理は迷惑行為というか嫌がらせに近い。さっきの話の続きでいうと、料理がどんなに大変なのかと無意識のうちに訴えているのかもしれません。それをしなくていいわけですから、ほっとしたりするんです。 石原
だったらレトルトカレーのほうがよっぽどいい。 髙橋 カレーだったら簡単なレトルトカレー。あと、冷凍をチンする、あるいはウーバーイーツですね。 石原
簡単です(笑)。 髙橋「簡単なものでいい」は「よけいなことはやめなさい」という妻からの命令です。男女が入れ替わると話も反転するわけで、この本はあらためてジェンダーについても考えさせられますよ。 第2回(全3回) ちっちゃいヤツと言われます ——ところで、ベストセラーにつきものの続編の話はないんですか? 石原 作るなら『押してはいけない 夫のスイッチ』ですよね。たぶん、妻の側にも勘違いはいっぱいあると思います。 髙橋 あるんですかね。 石原 あるとは思うけど、本になる予感がしないのはなぜなんでしょう。 ——エアベストセラーだから。 石原 し、失礼な(笑)。いや、そのとおりですけど。 髙橋 妻を見ていると、「押すべき夫のスイッチ」はあるような気がします。 石原「やる気スイッチ」みたいなやつですか? 髙橋 そうです。「ここを押せば、夫のスイッチが入る」みたいな。 ——髙橋さんのスイッチが入るということですか? 髙橋 そうです。 石原「次、どんな本にしようかな」「でも、あれもめんどくさい、これもめんどくさい」って言ってると、妻が的確なスイッチを押してくれるとか。 髙橋 それもあるんですけど、たとえば「店を出ると妻に向かって、『高いわりにおいしくなかったね』」(211ページ)の項目に「無神経さや器の小ささ」ってありますね。読んでいて「あ、これだ」と思ったんです。 ——「これ」って何のことでしょう? 髙橋 私は妻によく言われるのです。「ちっちゃいヤツ」って。 一同 ハハハハ。 髙橋 買い物に行っても、私は買い物の内容より、とにかく駐車券なんです。 石原 お買い物2000円以上とか。 髙橋 駐車券で頭がいっぱいなんです。私と離れて彼女が何か買ったときに「駐車券出してないの?」みたいな。 石原 せっかく2000円以上買ってるのに。 髙橋「ここで出さないと、駐車料金が発生するんだから」みたいなことを言うと、妻は「ちっちゃいヤツ」って。 石原 ハハハハ。 髙橋 要するに、万事にわたって器の小ささみたいなことを指摘されるんです。たとえば仕事でも、誰かが何かしたとか、誰かが何かしなかったとか、あれ、何考えてんのかねとか話すと、「ちっちゃいヤツだね」と言われる。 石原 でも、髙橋さんが小さいと言われがちなこと、僕もすべてやってます。それ、物書きの宿命だと思うんです。どうでもいいことが気になったり、自分がわりと気が利くほうなので、気が利く具合を他人にも求める。しかも、それをやってくれないと「あれ?」と思ってしまう。そういう相手のちょっとした反応を読みとって、「どういう意図があるんだろう」「こういう気持ちでやったのかな」って考えてないと、ルポとかノンフィクションは書けないと思うんですよね。あ、コラムも。 髙橋 まあ、そうですけどね。 石原 駐車券にしても、髙橋さんがビール1ケースを買って、駐車券を出し忘れたってなると、奥さん相当怒りますよね。 髙橋 いや、妻はそれ怒んないです。 石原 怒らない? 髙橋 私が「駐車券もらい忘れた」って言ったら、「じゃあ、払えば」となる。 石原 あ、でかいですね。 髙橋 そう。器が大きいのです。駐車料金、払う気満々ですから。「停めたんだから払うべき」と。 石原 あれは払うもんじゃないと思ってますよね、われわれ。 髙橋 そうそう。 ——夫のほうが主婦感覚。 髙橋 たとえばショッピングセンターで2000円使えば、駐車料金2時間無料です。ところが、その店で買った金額が1980円だとしますよね。そうすると、何にもつかないんですよ。(以下、われわれはなぜ駐車券にこだわるのか話でおおいに盛り上がるが、後略) 便座に◯◯◯がついていました ——あの、器の話、もうよくないですか? 髙橋 器は大事ですよ。以前『日本男子♂余れるところ』(双葉社)に書きましたが、
男にとって器の大きさは、いわばアイデンティティーですからね。小さいと言われれば大きくしたくなる。そこにスイッチがあるわけです。 石原 でも僕は、器が小さいっていうのはいいことだと思うんです。神経が細やかで、思いやりにあふれてる人こそ、器が小さい。「自分は器が大きい」「豪快な人間だ」と考える人って、要は無神経なだけだと。 髙橋 妄想で勃起するようなものですね。 石原 私は仕事柄というか芸風柄というか、細かいことばっかり書いてます。この本もそうですけど。 ——言われなくても知ってます。 石原 ハハハハ。ちょっとしたしぐさとか、発言の言葉尻で1冊つくってます。そんな細かいことにこだわった記事でいうと、ちょっと前に書いた「スーパーのレジのカゴをまっすぐ置かない人」が、そこそこ反響がありました。 ——どういうことです? 石原 スーパーのセルフレジでカゴを置き場に戻すとき、みんな積み上げてますよね。で、自分だけ斜めに置いたり、レシートを入れたまま帰る人に対して、スーパーの店員さんが怒ってて、「きれいに置いて帰ってよ」っていうのがツイッター、じゃなくてXで話題になりました。 ——そこで石原さん、登場。 石原 それを受けて、やっぱり人としては、スーパーもそうだけど、「立つ鳥跡を濁さず」の美学を貫くことが大事じゃないかって。カゴはきちんと置く。喫茶店のイスをちゃんと入れて帰る。トイレはフタを閉める。トイレットペーパーはまっすぐ切る。あとはちゃんと流すとか(笑)。「そういった美学を貫こう」って話を書いたら、反響は大きかったんですが、半分ぐらいは「そんな細かいこと気にしてられるか」でした。「そんなことすら気にできないヤツが大きなことができるか」って強く思ってますけど、まあ気が小さいので言い返したりはしません。 髙橋 でも、それも器の大きさじゃないですかね。だって、次の人のことを考えてのことでしょ? トイレも次の人が入りやすいようにとか、イスも次の人が気持ちよく使えるとか。 ——そろそろスイッチの話に戻してください。 石原 承知しました。つまり、そう考えるとスイッチはいろいろあるわけです。夫、男の側にもね。 ——つながっているようで、まるでつながってません。 髙橋 石原さんの奥様のメインのスイッチは何でしょうか? 石原 たくさんある気もしますが、何でしょうか? 「トイレットペーパーを取り替えずにそのままにしておく」(45ページ)などは、やったことあります。 髙橋 たしかに、トイレまわりはスイッチが多いですね。 石原 座って、オシッコをするとか。 髙橋 ウチも最近、スイッチ入りましたよ。 石原 押されましたか。 髙橋 もう、思いっきり押しましたね。「便座にウンコ(以下◯◯◯)がついてた」って。 石原 それは、ずいぶんネタにしづらい(笑)。 髙橋 いろんな便座があるんですけど、ひとつだけすごい使いにくい便座があるんです。 石原 そんないっぱいトイレあるんですか。 髙橋 いやいや、便座マットです。ペタッと貼りつくタイプと、裏側をマジックテープで留めるタイプがあって、あんまり使いたくないけど、それしかなくて使ったんです。するとそれ、内側に入り込むんですよ、ぐるっと。それで◯◯◯がついてしまいました。 石原 ついてましたか。 髙橋 ちょっと気がつかなくて。 ——裏側だから。 髙橋 そうです。それで妻のスイッチが入りました。 石原 怒られましたか? 髙橋 西部劇に出てくる、ダイナマイトを爆破するようなスイッチ。やっぱり夫婦関係って、最後は◯◯◯ですからね。 一同 (爆笑) 髙橋 ウチのおやじの◯◯◯は許すけど、あなたの◯◯◯は許さないって言ってました。 石原 おやじっていうのは? 髙橋 私のおやじです。彼女からしたら義父です。介護してたんです。 石原 それにしても、夫婦関係の何かを教えてくれる名言ですね。 ——そうでしょうか……。 髙橋 そうです。だから、夫婦って◯◯◯なんだなって。◯◯◯の後始末って、何かそこから広がっていくんですよね。 ——はあ……。 髙橋 ◯◯◯という物体は、便座についたところから、何かの拍子に立ち上がって動いているうちに、拡散していきます。おやじの介護をしていたときもそうでした。オムツをして、拭いたりしてケアしてたんですけど、◯◯◯は足にくっついて意外なところまで広がりを見せる。家全体がおやじの◯◯◯に染まるんです。それでおふくろの四十九日かな、法要のときでした。おやじに礼服を着せて出かける準備をしていたんですが、私も◯◯◯したくなってトイレに入ったんです。そのとき、ユニクロのウルトラストレッチとかなんとかというTシャツを着てて、すごく伸びる生地で、お尻まで覆われてたんです。それに気づかずに、お尻を覆ったまま◯◯◯してしまいました。 一同 ハハハハ。 髙橋 これはもう思いっきり妻のスイッチを押してしまいました。 石原 今の話、お父さん関係ないですね。 髙橋 父親の◯◯◯をケアしている過程で、自分でもびっくりするぐらいの◯◯◯をTシャツにしました。 ——もう何の話をしているのかわからなくなってきました。 髙橋 だから、よーく考えると、夫婦のスイッチの大本は◯◯◯なんじゃないか。夫婦ってやっぱり「◯◯◯の共有」みたいなとこありますよね? 石原 まあ、「◯◯◯を許し合える関係じゃないと」っていうとこはありますよね。 髙橋 一度、妻が腹痛を訴えて入院したことあるんです。医者に診せたら「ノロウイルスですね。たぶんダンナさんが原因」って言われて。 石原 つまり、ダンナさんの◯◯◯から感染した。 髙橋 だから夫婦は◯◯◯なんです。 石原 そういえば10年以上前だけど私がノロウイルスに感染して、4、5日後に妻も感染したんです。 髙橋 ◯◯◯ですね。 石原 いまだに言われます。あのときトイレを掃除したから感染したんだと。 髙橋 それですよ。やっぱり原点だと思いますね。トイレっていうのは。ウチは妻がいつも掃除、まあ私もするんですけど、全然足りないらしいんです。たとえば妻が掃除してきれいにする。そこに私が入って便座に◯◯◯をつける。で、妻が入ると「なんで、私がこんな目に遭うの?」。 石原 自分が積み重ねてきたものをすべて崩されますね。 髙橋 そう。一発ですから。つまり、彼女が掃除してるおかげで私はいつもきれいなトイレに入る。しかし、彼女は掃除してるのに汚いトイレに入ることになる。 石原 理不尽ですね。 髙橋 この理不尽な不公平な感じが、夫婦の原点ではないでしょうか。よく「価値観の違い」といわれますが、価値観とは◯◯◯観じゃないでしょうか。 ——きちんと掃除すればいいだけのような気もします。 髙橋 あとは、視点の違いもあると思います。たぶん私の肛門の形状の問題かもしれません。 石原 ほう。(さらに詳しい話が展開されるが、こちらも後略) 第3回(全3回) いや、私はダイエットなんてしてません ——あの、いったんトイレから離れてもいいでしょうか。 石原 では、トイレの便器に残る◯◯◯の話から、妻と夫で見えているものが違うことの話にしましょうか。 髙橋 視点の違いはありますね。身長も違いますからね。 石原 よく夫婦喧嘩の原因になるのが、たとえば棚の上にホコリがたまってる。で、夫は背が高いから気がついて「あれ? ここ、拭いてないよ」と言うと、妻は見えてなかったから「そんな細かいことを気にしやがって」となる話はよく聞きます。 髙橋 それはバランスの問題なんです。たとえば棚にホコリがかかってますよね。全体に均一にかかっているなら、そのままいいんですよ。一種の乱反射ですから。 石原 棚の一部ということですか? 髙橋 うん。棚の外装といってもいい。 ——また、どこか遠くに連れていかれる気がしてきました。 髙橋 ところが夫は「ホコリだ!」と見つけたかのように拭いたりする。するとそこを拭くことで、拭かれていない部分のホコリが露呈するわけです。一様にホコリが張ってあるなら外装なのに、ヘタに掃除を始めるから「ホコリ」として浮き上がってくる。これもスイッチじゃないでしょうか。全体のバランスを考えている妻のスイッチを押してしまうという。 石原 気まぐれで目についた部分をいじるから、わざわざ問題化してしまう。 髙橋 気まぐれは要注意ですよね。 石原 家をきれいにしてる妻のホコリを傷つけるわけですね。 ——うまいこと言った気にならないでください。 石原 失礼しました。 ——スイッチの話に戻しましょう。 石原 いいこと思いつきました。われわれが本当に欲しいのは「本が売れるスイッチ」じゃないですか。 髙橋 そうです。 ——初めて聞いたような顔をされても……。 石原 本が売れるスイッチがどこにあるかを、30年ぐらい探し続けてるわけです。「これかな」と思って押すと、だいたい「黒ひげゲーム」みたいに何の反応もない。黒ひげはぴょんと飛び出した者が負けだけど、われわれは「これだ!」と、ぴょんって飛び出すのを夢見て剣を刺し続けてるわけです。なかなか当たりを押すことができないけど。 ——一応「これだ!」と思うわけですね? 石原 もちろんです。でもだいたい本って、できがって発売日までがいちばん楽しい。「今度こそはスイッチを押したんじゃないか」って期待できますからね。 ——結果が出る前が楽しい…って。 石原 発売日が来たら、「ああ、やっぱり」ということになるわけですけど。 髙橋 自分のことを言わせてもらうと、私なんかはもう途中で「あ、外したな」というのはわかります。 二人 いやいや(笑)。 石原 途中っていうのはどの段階ですか? 髙橋 途中っていうのは、書いてる、かなり初期の段階です。 ——あきらめが早すぎませんか? 髙橋「こっち行っちゃ、ダメだな」と感じます。だけどもう止まらない。「コンコルドの誤謬」じゃないですけど、動き始めたらもう最後までいくしかない。 石原「これはダメだな」と思いながら最後まで書く気力って、わくものですか? 髙橋 なんとなく、「あ、こっち行っちゃいけないな」っていうほうに引き寄せられるんです。自転車に乗るのを覚えた頃、このまま行くとあの溝に落ちるなと思っていると、引き寄せられるようにして、本当に落ちちゃったりするじゃないですか。あの感じです。本人がそう思うくらいですから、「めんどくさい」って言われるんですよ、読むのが。私の本。 石原 そうでしょうか。むしろ読むのが楽しいです。 ——私も。 髙橋 ありがとうございます。でも、石原さんの本は一個、一個、項目としてまとまってますよね。すると読むのはめんどくさくない。それが私の本の場合、頭からずっと読まなきゃいけない。つまりめんどくさいわけです。 ——そういうものでしょうか。 髙橋 まあ、今日いないから言いますけど、私、『センチメンタル・ダイエット』っていうダイエットの本を書いたことがありまして。というのも「ダイエットは絶対売れる」っていう話があったんですよ。 ——いなくないです。担当は私です。 石原 ハハハハ。すばらしい。 髙橋「ダイエットはもう絶対売れます。ダイエットっていう字がここに書いてあるだけで売れます」って言うんです。その人。 ——だから、私です。 髙橋 とにかく「じゃあ、それ、いきましょう」と、ダイエットをテーマに取材を始めました。通常、ダイエット情報っていうのは宣伝じゃないですか。「こんなので、こんなにやせました。詳しくはこちらの電話番号まで」っていうことだから。 石原「薬売ってあげます」とか。 髙橋 宣伝だから、本当かどうかはわかんない。だから本当にダイエットを成功した人に会って、本当のことを聞こうっていう企画です。 石原 今聞いた範囲でも、踏み込んじゃいけないところに踏み込もうとしている気がします。 髙橋 それこそノンフィクションですからね。なおかつ「ダイエットっていうタイトルを打てば絶対売れる」と太鼓判を押されているわけだし。 ——……。 髙橋 まずリサーチするわけです。すると「知り合いで、すごいダイエットした人がいる」という情報が入ってくる。「20キロぐらいダイエットした」とか。そういう人々に会って体験談を訊く。それを重ねて本にするっていうプロジェクトだったんです。 石原 緻密な計画です。 髙橋 それで早速、その人に会いました。で、「◯◯さんからご紹介いただきまして、このたびダイエットの取材をしてるんですけど、ダイエットを成功されたって聞いたんですが」って切り出すと、「いや、してません」と。 二人 はて? 髙橋「え? 成功されたって聞いたんですけど」「いや、私、本当はダイエットしてないんです。しなきゃいけないんですけど」って言うんですよ。 石原 体重が減ったわけじゃないんですか、その人は。 髙橋 わかりません。でも「してない」って言う人に「どういうダイエットしたんですか?」って訊けないじゃないですか。 石原 たしかに(笑)。でもその人、体重は減ったんですよね? 髙橋 いや、わかんないです。だって、それ以前を知らないから。ダイエットしてこうなのか、ダイエットしないからこうなのか、わからないんです。以前の姿を知ってれば「すっかりやせましたね」って言えるのに、なにしろ初対面ですからね。 石原「すっかりやせましたね」って言ったらヘンですよね。 髙橋 ヘンでしょ? だから「ダイエットをしなきゃいけないんですけど」って言われると、「いや、しなくてもいいんじゃないですか」と応えざるをえない。マナーとして。 石原 取材の目的は全然かないませんね。 髙橋 かなわないです。ところが、その人が「私はしてないんですけど、してる人、知ってます」って言うんです。 石原 ほう。 髙橋「その人は20キロぐらいダイエットに成功して、もう別人のようです。あそこまでやって、どうかと思うんですけど」って友だちの話になるわけです。「じゃあ、その人を紹介していただけないでしょうか」と連絡先を教えてもらって、実際にお会いすると「いや、私、ダイエットしてません」。 一同 ハハハハ。 髙橋「いや、しかし、◯◯さんに聞いたのですが」と言っても、「いや、私、してないです。本当はしなきゃいけないんですけど」と。 石原 おんなじセリフが返ってくる。 髙橋 AさんもBさんも。で、C、D、E、F、Gさんぐらいまでやりました。皆さん同じ答えでして。つまり誰も「ダイエットしてません」。「実は日本では誰もダイエットしてません」っていうぐらいの勢いでした。 石原 本当はダイエットして、ある程度やせたわけですね? 髙橋 だと思うんですけど。そのときわかったのは、女の人っていうのはウソつきなんだと。でも本当の話って、そういえばするわけないなとも思いまして。それに本当の食生活は実際にお宅にお邪魔して検証しないかぎり、わかりませんからね。 石原 効果があるんかどうかは、さらにわからないわけですね。 髙橋 それでダイエットの闇みたいなところに入っちゃったんです。 石原「ダイエットの本なら売れる」というところから、どんどん離れていくわけですね。「ダイエット」というせっかくいいスイッチがそこにあるのに、押さずに周りをぐるぐる回ってる。 髙橋 それで「どうしたらいいんだろう?」と考えた挙げ句、妻を一緒に連れていくことにしたんです。「いや、妻もダイエットさせなきゃいけないんですけど」って、「こんなありさまですから」みたいな感じで。 石原「ちょっと教えてやってください」と。 髙橋 すると、ちょっとずつ話がうかがえるようになったんです。 石原「実はこういうのがいいのよ」とか。 髙橋「ダイエットしたほうがいいですよ、私なんか……」という感じで。それで妻が、そこからはもう全面的に前に出ることになりました。 石原 前に(笑)。 髙橋「妻のスイッチ」と言うより「妻がスイッチ」。それが「妻をダシにした」始まりみたいになりました。 石原 いい奥さんですよね、協力してくださるって。 髙橋 本当ですよ。 ——こっそり感謝しております。 石原 ところで奥さんは「このままじゃよくない体型の方」として扱われてるわけですよね? その取材の場では。 髙橋 そうです。 石原 つまり、その屈辱に毎回晒される。 髙橋 いろんな人から「ノンフィクション作家の奥さんって本当に大変ですね」って言われました。 石原 こんなこと聞くのも失礼ですけど、奥さんはどういう感じのご体型を……? 髙橋 普通じゃないですよ。そのとき80キロぐらいまで増えていました。結婚したときは45キロぐらいだったんですが。 石原 じゃあ、説得力はある。あ、いや、失礼いたしました。 髙橋 彼女のおかげで、皆さんは優越感を覚えるわけです。取材でも優越感からお話をしてくれるわけだし、読者の皆さんも「そんな状態じゃ、ダイエットしなきゃね」と優越感を抱きつつ、読み進めてくれるわけです。まさに「妻がスイッチ」でしょう。おかげで『センチメンタル・ダイエット』は、『やせれば美人』と改題して新潮文庫に入り、さらには近況も加筆してPHP研究所から再単行本化されました。もちろんベストセラーではないですが、とても細長いロングセラーではあります。妻がスイッチとなって本はできあがったのですが、「売れるスイッチ」は優越感かもしれません。優越感を抱いていただくことがスイッチじゃないでしょうか。 石原 夫婦の力を合わせた愛の結晶の1冊だったんですね。 髙橋 今にして思えば、愛の不時着というか、愛の捨て身技ですね。 石原 われわれ物書きの妻というのは、ネタにされる宿命にあるんでしょうかね。この『妻のスイッチ』だって、うちの夫婦を知ってる人が読んだら、「あ、石原家ではこんな会話をしてるのか」とか、あることないこと想像すると思うんです。で、「あの奥さんはこんなことで怒るのか」とか「あのダンナはこんな感じなのか」と、そういう想像をされてしまうのは避けられない。どこまで本当のことが書いてあるかとかは別としても。 ——奥さんからクレームは入らないんですか? 石原 今までの本は、あんまり読んでないみたいですけども(笑)。 ——お互いの健康と平和のためにいい。 石原 ハハハハ。やっぱり生活の知恵として読まないようにしてるところはあるようです。この本は読んでもいいほうですが、若かりしころ書いた恋愛がどうしたとか、不倫のやり方まで書いてるわけですよ。 ——したことないくせに(笑)。 石原 し、失礼な……じゃなくて、はい、そのとおりです。ただ、この本は、ぱらぱらと読んで「これは私のことが書いてあるね」とは言ってました。 髙橋 それは大丈夫だったんですね? 石原「よくまあこんなこと書くわ」と思いながら読んでた気配はありますね。 やっぱりスイッチは3個でいいんです
——これで対談を終わりますが、髙橋さん何か? 髙橋 石原さんが『妻のスイッチ』は実はあんまり売れてないっておっしゃって、ちょっと私も憚りながら言わせていただくと、項目ごとに区切るのはいいんですが、項目が多すぎるんじゃないかと思いまして。 ——最初と話が違う(笑)。 石原 365個ありますからね。 髙橋 いくらなんでも多いでしょ。「妻のスイッチはこれだけです」と1個だけ提示したほうがよかったんじゃないですか。 石原「何とかかんとかなたったひとつのこと」ってタイトルだと、ベストセラーっぽいですよね。 髙橋「押してはいけない 妻の3つのスイッチ」とか。 石原 どうでもいい話が30、40ページ続いて、スイッチ登場。 髙橋 そうそう。 石原 で、おもむろに1個目が出てくる。 髙橋「こんなに」より「これだけ」のほうが、「あ、これだけ注意すりゃいいんだ」っていう安心感があります。 石原 ついつい、せっかく買ってもらうんだったら、いろんな状況、いろんな場面に応用できるものにしがちです。 髙橋 たしかに365項目もあればお得っていうか、充実ということになるんですけど、求められてるのは「これだけでいいんです」っていう力強い断定なのかもしれません。 石原 1冊使ってスイッチが3つしか載ってないとしたら、よっぽど大事なスイッチのように思います。 髙橋 ダイエット本だって、売れてるタイトルは「〇〇だけダイエット」でしょう。体重を測るだけダイエット、とか、何かを腹に巻くだけダイエットとか。『センチメンタル・ダイエット』の中でも、妻が「寝るだけダイエット」を理想にしていると書いた覚えがあります。最近目にしたスクワットの本も、「30秒以上やってはいけません」と禁止するものでした。これなんか「30秒だけ」の進化形ですよね。何事も気にしたらキリがないんですから、「たったこれだけ」と絞り込んでほしいです。 石原 で、「この本をオレは全部マスターしたぜ」っていうふうな満足感というか、達成感も3つだけだったらすぐ得られますね。 ——でも、書くとなると、逆に相当大変じゃないですか? 石原 たしかに(笑)。 髙橋 ちょっと手前味噌になりますけど、やっぱりスイッチのひとつはウンコ(以下、◯◯◯)ですよ。 一同 ハハハハ。 ——第2のスイッチは? 髙橋 オナラとか。風上でしないとか。◯◯◯とオナラに注意するだけで、だいぶ違うと思うんです。それに「なんだ、それだけでいいんだ」と安心できるし、「この夫婦って、もしかしてバカップル?」と優越感も抱けるでしょう。 ——だんだんその気になってきました。 石原 たとえば、衣食住でひとつずつとか。 髙橋 いいですね。衣食住で言うと、「住」が◯◯◯ですよね。 石原 そうですね(笑)。 髙橋 いかにきれいに◯◯◯を掃除するかということです。 石原 インパクトのあるスイッチではあります。 髙橋「衣」は色です。ちなみにうちの妻のスイッチは色なんですよ。 ——服とかそういうものですか? 髙橋 そうです。服の材質とかはさておき、色がダメなんですよ、うちの妻は。 石原 ダメって何ですか? 髙橋 色が合わないとダメなんです。たとえば今履いてる靴、着ている服、下着も靴下も、妻が全部コーディネートしてるんです。 一同 ほう。 石原 髙橋さんの服がヘンな色だと怒られる。 髙橋 色彩感覚が鋭敏なんです。たまに間違えて違う色を着たりすると「色がおかしい」と言われます。彼女によると、「私が一生のうちで一番目にする人は、あなた」ということ。自分の服は鏡を見ないかぎり見えませんが、私はおのずと目に入ってくるので、色のバランスがおかしいと気持ちが悪くなるんです。 ——色までダメ出しですか?(笑)。 髙橋 それがスイッチだと。 石原 それは厳しいですね。逆らうことは? 髙橋 逆らえない。 石原 なぜ、ですか? 髙橋 スイッチだからです。 石原 ノロケのように聞こえなくもない話です。 ——「食」は、さっきの「カレーとか」でいいでしょうか。 石原 じゃあ、衣食住が全部揃いました。 髙橋 揃っても、どうなんですかね……。 石原「住」は◯◯◯。 髙橋 いきなり◯◯◯と言われてもね。それより、妻のスイッチ、妻がスイッチ、妻をスイッチ。妻の三段活用みたいにしたらどうですか? 石原 うーん、われわれが考えれば考えるほど売れない本になってしまうということが、あらためて証明された気がします。 一同 (爆笑) ——では、また次回、みなさん、ごきげんよう。さようなら(ふう。疲れた)。 「押してはいけない 妻のスイッチ」(青春新書)石原壮一郎著 「やせれば美人」(新潮文庫)髙橋秀実著
石原壮一郎さんの新刊『押してはいけない 妻のスイッチ』はなぜ売れたのですか?
すべての夫が知っておきたい「妻のスイッチ」を網羅! 夫婦の日々で起きがちなシチュエーションを細かく拾い上げて、うっかり妻の怒りを招く危険なスイッチを回避しつつ、夫婦の絆を深めるコミュニケーションのあり方を模索する一冊です。いつもの石原節もますます絶好調。
それでいて「意外と役に立った」「けっこう考えさせられた」と、もっぱらの噂です。
ちまたにあふれるダイエットのすばらしさ、いかがわしさ、ダイエットに励む人々の充実感、虚無感、せつなさ、むなしさ、おかしさ……。これまで、だれもが目にしてるつもりで、じつは見えていなかった「ダイエットとその周辺」を、脱力感あふれる筆致で描き出したノンフィクション(涙あり、笑いあり、夫婦愛あり)。
読むだけで、意味もなく脂肪がせつなくなります。