「監督が怒ってはいけない大会」にやってきた「それでも怒らない」(Back)
「監督が怒ってはいけない大会」にやってきた
「それでも怒らない」人々
「みさみさがあそこまでやるんだから、もっとハジけていいんだ」って、子どもたちが自分の枠を、殻を破りにいく。それが私の役目なのかなと思ったりもするんです それでも怒らない人 01 アーティスティックスイミングの元日本代表で、現役引退後はシルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマーとして活躍した杉山美紗さん。「監督が怒ってはいけない大会」にはHEROs※の一員として2023年6月の広島大会を皮切りに、同年8月の秋田大会、2024年6月の広島大会と立て続けに参加しています。「大会での経験が日々の活動とつながる瞬間がある」と語る杉山さんに、大会の印象やご自身の変化についてうかがいました。 ——まずは「監督が怒ってはいけない大会」に参加した理由を教えてください。 私は選手引退後、ラスベガスに拠点を移し、シルク・ドゥ・ソレイユ“O”のパフォーマーとして7年間活動していました。2022年に帰国し、アーティスティックスイミングの指導現場にうかがう機会も増えたのですが、そこで指導者さんたちの「〜しなさい!」といった強い口調を聞くことがあって。それに違和感を覚えていたんです。「これは、どうしたらいいのかな」「何かできないのかな?」と考えていたとき、この大会のことを知って、参加させていただきました。 ——初参加は2023年6月の第1回広島大会。そのときの印象はいかがでしたか? 第1回広島大会は、HEROsから私を含め10人のアスリートが参加して、1チームにひとりアスリートがサポートに入って。私がついたチームは、結成してまもない新しいチームだったんです。
そのことは後から知ったのですが、チームとしてまだ形ができていない状態で、なかなか試合に勝てなくて、子どもたちも元気がなくなってしまって。 ——負けたあとの気持ちの切り替えは大人でもむずかしいです。 試合結果ではなく、笑顔でこの大会を終わってもらいたくて、子どもたちには「何ができるかな?」「監督の目を見て、心を向けて話を聞こう」と声をかけたり。監督にも「言葉を変えていきませんか?」とお伝えしたりしました。 ——監督が怒ってはいけない大会は、勝つことよりも笑顔を大切にしています。勝てなかったのはしかたがないとしても、さびしい閉会式だったのは残念です。 「私自身、もっと何かできたんじゃないか?」「もっと伝えられることがあったんじゃないか?」と、力不足だなっていうのをすごい感じて。だから、広島大会が終わってすぐ、次の大会に参加させてほしいとお願いしたんです。 ——“リベンジ”の秋田大会で意識されたことはあったのですか? 子どもたちを観察して、その子にとってのチャレンジが何かを考え、一緒にやることを意識しました。勝つことはスポーツの中でもちろん大切だけど、自らの成長を愉しむという視点を持っていてほしい。そして、いちばんは「全身で、全力で、私自身が愉しもう!」って。チームの雰囲気が沈んでいても、浮かない顔で笑顔を見せてくれない子がいても、私は笑って声をかけ続けようって思っていました。 ——たしかに杉山さん、全力で楽しんでいる姿が毎回、印象的です。ぜんぜん休憩しないし。 子どもたちのためにたいしたことはできないけれど、「そっか、みさみさがあそこまでやるんだから、もっとハジけていいんだ」って思ってもらえたらいい。枠を、殻を、自ら破りにいく。そして、失敗を恐れずにチャレンジする。それがひょっとしたら私の役目なのかなと思ったりもするんです。 ——「監督が怒ってはいけない大会」に参加するようになって、ご自身の考え方や意識に変化はありましたか? 「怒ると叱るの違いって、なんなんだろう?」とか「子どもたちが本当にのびのびいられるためには、どうしたらいいんだろう?」とか、毎回、感じることや考えることはたくさんあります。 ——「本質」だから、さまざまなこととつながっていくのかもしれませんね。 大会は人と人もつなぐんですよね。北川新二さん(監督が怒ってはいけない大会実行委員長)が「アスリートが『監督が怒ってはいけない大会』に参加したことが話題になること自体に意味がある」とおっしゃっていて、それがすごく印象に残っていたんです。 ——回数を重ねるたびに、大会の変化は感じますか? 1年たって広島大会に再び来たときに、何かちょっとフェーズが変わった感じがすごくありました。大会自体なのか、広島のバレー界なのかはわかりませんが、たしかに変わってきているなって。 何度となく参加しているのは、大会の理念に賛同しているからですが、私を救ってくれた、助けてくれたことへの「恩返し」でもあるんです それでも怒らない人 02 2023年6月の第1回広島大会以降、繰り返し「監督が怒ってはいけない大会」のサポートに入っている競泳元日本代表の竹村幸さん。2024年9月には自身で「監督が怒ってはいけない水泳大会」を開催するなど、積極的に大会にコミットしています。幼少期から「期待」という名のもとに厳しい指導を受けてきた竹村さんは、「『監督が怒ってはいけない大会』に私自身が救われた」と語ります。その真意をうかがいました。 ——竹村さんはこれまで何度となく「監督が怒ってはいけない大会」に参加されていています。印象に残っている出来事はありますか? たくさんあるのですが……2024年の第9回福岡大会で、ピンチサーバーとしてコートに入ったもののサーブが打てず、泣いてしまった女の子がいたんです。チームのお姉ちゃんやお兄ちゃんたち、監督、応援に入っていた私たちHerosみんなで声をかけて励まして、ようやくサーブを打つことができて。でも、失敗してしまったんです。挑戦するのは大人でもこわい。だから、「チャレンジしてすごいね、えらいね」と声をかけたことがありました。 ——応援の声かけで一歩が踏み出せる。子どもたちの挑戦をうながす「監督が怒ってはいけない大会」らしい光景です。 ただ、続きがあるんです。翌年、第10回の福岡大会にお邪魔させてもらったら、その女の子が「みゆっきー、覚えてる?」って、元気に声をかけてきてくれたんです。
「サーブできるようになったよ!」って。
——うわぁ〜それは、うれしいですね。 実際、試合でも自信満々にサーブを打っていて、しかも、サービスエースをバシバシ決めるんですよ。もうホント、感動してしまって。何に感動したって、彼女の目がアスリートの目になっていたんです。 ——1年前は泣いて打てなかったのに。 「監督が怒ってはいけない大会」は、子どもたちが自分から挙手して意見を言うシーンがたくさんありますよね。見ていたら、その子は積極的に手も挙げているんですよ。前はニコニコ笑って近くにいてくれるけれど、自分から何かを主張するタイプではなかったのに。 ——1年間、バレーボールをがんばってきたんでしょうね。そして、それを竹村さんに伝えたかった。 開会式でマコさん(益子直美さん)がその女の子に「どうしてサーブを打てるようになったの?」ってインタビューをしてくれたのですが、「バレーボールが好きになりました」って答えたんです。1年間の成長を目撃できて、成長のすばらしさを知れる大会に参加させてもらって、こんなうれしいことはありません。 ——成長を目撃できるのは継続して参加しているからこそです。 アスリートのイベント参加って、基本的には1回限りのスポットのことが多くて、「監督が怒ってはいけない大会」のように、定期的に参加させてもらえるのは稀。だからこそ見える景色はやっぱりあって、継続的に応援する必要性はすごく感じます。 ——大会に参加して経験を積み、2024年9月にはご自身で「監督が怒ってはいけない水泳大会」を主催されました。 大会をスタートさせたマコさんや北川さんご夫妻は、「他の競技にもどんどん広がってほしい」と考えています。私たちアスリートがこの大会に呼ばれている意味も、そこにあると思うんです。 ——「監督が怒ってはいけない水泳大会」には、オリンピアンの鈴木聡美さんのほか、鈴木孝幸さんや木村敬一さん、久保大樹さんといったパラ競泳のトップ選手も登壇。豪華なイベントになりました。 私がいま、パラ水泳にかかわらせてもらっているのですが、やっぱり「オリンピック/パラリンピック」といったふうに分けるのではなく、みんな一緒に試合できればいいと思うんです。オーストラリアなどは、障害の有無関係なく一緒の大会で泳ぎ、競うんです。そんな「ともに泳ぐ」のが日本でもスタンダードになってほしい。 ——「監督が怒ってはいけない大会」は「笑顔の準備運動」としてレクリエーションを大切にしています。水泳ではどう行なったのですか? やっぱりリレーだなと思って、参加クラブごとではなく、メンバーをシャッフルして、アスリートも加わってのリレーを行ないました。また、全盲の選手が使用するブラックゴーグルをつけたり、手や足を使わないといった、パラスイミングの擬似体験も盛り込んだんです。 ——トップアスリート、パラアスリートのすごさが体感できる、子どもたちにはかけがえのない経験になります。 多様性への理解や他者への共感力などを、スポーツマンシップと合わせて学べる機会にできたらと思って、運営の子たちとも話し合ってやってみました。不安もありましたが、子どもたちがいっぱい声を出して応援してくれ盛り上がったのでよかったです。 ——一方で大失敗もしたそうですが? そうなんです(笑)。開会式で予定していた選手宣誓をすっ飛ばしちゃったんです。ふだん、どんなイベントでも緊張しないのですが、「監督が怒ってはいけない大会」の理念を受け継がなくてはいけない、マコさんの顔に泥を塗ってはいけないと、いっぱいいっぱいになっていたのかもしれません。 ——でも、それが2025年1月から、本家の「監督が怒ってはいけない大会」のプログラムに採用されています。スポーツマンシップを学んだ子どもたちが、こぞって自分自身の言葉で宣誓するすばらしい姿が見られるようになりました。 マコさんのおかげで、怪我の功名になりましたが、まあ、忘れるにもほとがあるって感じですね(笑)。 ——「監督が怒ってはいけない水泳大会」は今後もあるのでしょうか? 第1回に参加いただいた団体から早々に「規模を大きくしてやりましょう」というお声かけをいただきました。でも、そこまでの自信がまだないので、次回は少しだけ参加者を増やしますが、同規模で実施する予定です。 ——大きくなることより、続けていくことが大切ですよね。 10回を数える「監督が怒っていけない大会」の博多大会は、初参加の子どもたちも多いのになぜか、会場全体に一体感があって、始まる前から期待感にあふれていますよね。運営も導線や準備などスムーズで余裕がある。やっぱり10年かけて築いてきたものは違うと感じました。ただ、そこに至るまでには試行錯誤を重ねてきたわけで、やっぱり、続けていかないとと思います。 ——「監督が怒ってはいけない大会」が始まった当初は、心ない声も多かったそうですし。 私が「監督が怒ってはいけない大会」について知ったのは現役のときですが、ネガティブなコメントのほうが多かったですよ。コメント欄の「怒られて上達してきたくせに」といったコメントを見て、「なに、言うてんねん!」「こっちの気も知らんと!」って、勝手に怒っていました。 ——竹村さんも、殴られて怒られて水泳を続けてきた。 私が水泳を始めたのは5歳のときで、小学校低学年のときに全国をめざすクラスに入って、そこからは15歳くらいまでは毎日毎日、怒られていました。水泳を続けた理由は「殴られたくない」「がっかりされたくない」から。いつも人の顔色をうかがっていましたね。水泳は大好きだったのに、いつしか「人を喜ばせるため」のツールになっていて、水泳が嫌いだった時期もあります。 ——「監督が怒ってはいけない大会」の理念には共感しかないですね。 じつは、自信も自己肯定感もなく、「怒られるかもしれない」というトラウマを抱えながら苦しんでいるとき、マコさんがご自身の経験を語っているインタビューを読んだんです。それを読んで、「私だけじゃない」——そう思えて。それで、救われたんです。 ——水泳大会を主催したのも、そういう思いがあるのですね。 「監督が怒ってはいけない大会」に参加すると、前向きな声かけをしてくれる監督さんがいらっしゃるし、子どもたちからは笑顔が自然とあふれている。それを見て、ものすごく感動したし、同時に「この子たちは私のような思いはしなくていい」と安心できるんです。 怒るにしても、「声の質や言葉のかけ方、ちょっとしたトーンによって全然違う」というのは「監督が怒ってはいけない大会」に参加して、改めて感じました。 それでも怒らない人 03 女子ソフトボール日本代表のエースとして活躍した髙山樹里さん。三度のオリンピック出場を果たし、五輪通算8勝という前人未到の記録を打ち立てたレジェンドです。当初、「監督が怒ってはいけない大会」に対して否定的な感情を抱いていた髙山さんは、だからこそ「実際に目で見て触れてみないと」と、第10回福岡大会大会(2025年1月)に参加されました。そこで何を感じたのか? 大会の印象はどう変わったのか? 話をうかがいました。 ——まずは「監督が怒ってはいけない大会」に参加しようと思った理由をお聞かせください。 現在、組織のトップに立ったり、子どもたちに指導したりするなかで、どうしても強い口調で伝えなくてはいけないときがあって。私自身はめちゃくちゃ怒られて育ってきた世代です。パワハラが問題視される時代にあって、コミュニケーションの方法や声かけについて、ちょっと知られたらいいなと。
「怒ってはいけない大会」はどういう感じで行なわれているのか、自分の目で見て触れてわかることも多いだろうと思って、参加しました。 ——髙山さんも怒られてきたのですね。 野球やソフトボール経験者であればご存じだと思いますが「ケツバット」。バットでおしりを殴られてミミズ腫れになったり、バットの柄でボンボン叩かれて、コブができたり流血したり。3メートルの至近距離からのノックもありました。もちろんぶたれますし、そんなのざらでしたね。 ——「もちろん」、ぶたれるんだ……。 (益子)直美さんは高校時代、往復ビンタを21回受けたそうですけど、私は一発で終わる方法を発明したので、延々、殴られることはなかったですね。 ——すごい……。 中学生のときすでに「自分の身は自分で守らなきゃ」って思ったんで。ただ、同級生や後輩、先輩もやられるわけで、それを見ているのがすごく嫌でしたね。 ——髙山さんのように、殴る先生に向かっていける子はいないでしょうし。 1塁側のベンチから3塁側のベンチまで、殴られながら追い詰められていた同級生もいました。心の中で「そこで止まれ! 止まれば殴られない!」と思うだけで、なにもできなかった。自分が殴られるより心のダメージは大きかったですね。「なんで、どうして、彼女は殴られなくてはいけないんだろう」って。 ——納得できない、理不尽な指導だったのですね。 中学生ながら「理不尽」がわかる怒られ方です。たぶん、先生のストレスのはけ口だったと思います。髪をちょっと触っただけで、「何、やってんだ!」って怒鳴られてバーンと殴られる。「なんでだろう?」って、なるじゃないですか。 ——絵に描いた「理不尽」です。 高校や大学になると、怒られても「自分のここが悪かった」「こういうことだろうな」と、理解できたし、それが成長につながった。でも、中学時代は、怒られた理由がまったくわからなかったですね。だから中学校時代の先生に対しては、いまだにちょっと許せない部分がある。自分も先輩も後輩も同じようなことをされて、本当にひどくて。マジで死ぬんじゃないかと思った経験もしたので。 ——髙山さんは現在、子どもたちへピッチングやバッティングの指導をされていますが、気になることはありますか? 指示待ちの子が多いように思います。自分で考えないというか。話しかけたり、質問したりすると、目の動きが挙動不審になる子が少なくない。親や先生を探して、「あれ? いない?」みたいな感じでビクビクするんですよ。そういう子たちは「好きに練習していいよ!」と言っても、何もできないですね。 ——どうして指示待ちになってしまうと思いますか? 全部、大人がやっちゃうからでしょうね。試合中ずっと、ピッチャーとバッテリー間のサインを一球一球すべて先生が出すチームもあるくらいですから。 ——そこは、まだまだ変わっていないのですね。 ソフトボールの場合、見ていてわかるのは、そういうチームは全員、打ち方も投げ方もみんな一緒なんですよ。プレースタイルがみんな同じだから、ひとつ穴が見つかるとそこで終わり。打ち方が一緒だから、たとえば、打ちにくいコースにひたすら投げられると、誰も当てられない。 ——指導者がやりたいソフトボールをしているだけですね。 人それぞれ、体型が違えば、腕の長さだっていろいろじゃないですか。それに、身体の柔軟性やメンタルとかそういうのも合わせて考えてあげないといけないんだけど、全部同じ。個性がない、考えなしのコピー軍団なんです。 ——「監督が怒ってはいけない大会」が「自分で考えてチャレンジする」ことを大切にしているのも、同じ問題意識ですね。 私、子どもたちの講習会をするとき、可能なかぎり大人を外すようにしているんです。「監督、コーチ、保護者はグラウンドから出てください」と。選手だけでやりたいからって。近くに大人がいると、質問しても親や監督の顔を見てから返事をするんですよ。 ——ケガも黙っているんですか? 肘が痛いと言うから、「見せて」と言うと、「見せられません」って拒むんですよ。小学2年生がですよ。で、見てみると、肘がひどく腫れてたりする。「これは、きょう投げられないよ」って言うと、「投げなきゃ怒られます」って。親にも指導者にも言えないんですよ。こわいから。 ——せめて、親には言えるといいのに……。 親御さんが子どものスポーツに熱心なのは、それ自体はいいことだけれど、監督や指導者と同じトーンでいろいろ言われたら、子どもの逃げ場がなくなってしまう。その点、私の場合、両親はソフトボールについてとやかく言いませんでしたし、相談や会話はできた。それは救われましたね。 ——指導者に対して思うことはありますか? 怒っちゃいけないのもあるんですけど、えこひいきもダメですね。いじめが始まるきっかけになりやすいので。指導者は、なるべく全員を同じふうに見てあげてほしい。それは感じてます。 ——声かけは本当に大切ですね。 レギュラーの子に声かけるより、補欠の子にちょっと多いぐらい声をかけてあげたほうがいいと思うんですよ。補欠の子は「私は必要ない」と思ってしまいがちだし、どうしてもレギュラーがメインにならざるをえないところはあるわけだから。とくにコーチが「ちゃんと見ているよ」っていうのを伝えてあげてほしい。 ——それは、コーチの役割ですか? 監督は指揮官だからもっと上からチームを見る立場です。だから、コーチがそこをうまく埋めてくれるのがベストです。コーチが勘違いして監督と同じ立場に立って子どもたちと接すると、溝がもっと深くなる。監督とコーチは同じ方向を見つつ、コーチがより砕けた感じで選手に寄り添って、声かけをしてあげるとチームは全然変わります。 ——大人もチャレンジする場ですよね。 ただ一方で、やっぱり怒らないといけないこともあると思うんですよ。ダラダラしていたり、道具を乱雑に扱ったりしたら、それは怒らないと。そこはちゃんと言わないと、子どもがつけ上がる。実際、今、ソフトボールの現場では指導者が子どもたちにバカにされて、でも、怒れなくて、試合会場から指導者がいなくなっちゃうなんてことも起きています。 ——HEROsがバッテンマスクというのは前代未聞ですが、「一所懸命やらない」「約束を破る」は、大会でも怒られる行為とされています。 結局、怒り方なんでしょうね。怒るにしても、「投げかける言葉のちょっとしたトーンによって、全然違う」というのは「監督が怒ってはいけない大会」に参加して改めて感じました。 ——監督が怒ってはいけない大会は、大人が「怒り方」を学ぶ場でもあるのかもしれません。 今は、私たちの時代にあたりまえにあった「理不尽な指導はいけない」という認識にはなりました。ただ、そういう指導を受けてきた人が今、指導者になり、「自分がやられて嫌だったことはしない!」と思っていても、やっぱり染みついているものが出てしまうというのは実際にあるから。 ——髙山さんもですか? 車椅子ソフトボールの指導で、ふざけてですが、メディアの前では絶対に言えない、確実にアウトな言葉を選手に投げかけますよ。ギャグとはいえ、そういう言葉が出るってことはやっぱり身に染みついているんだなって。 ——大会に参加されてよかったですか? 正直いうと、大会名を初めて聞いたとき、「なんでそういう大会、やっちゃうかな〜」って思ったんです。「いや怒らないと、ダメなときもあるでしょ」「スポーツなんだから、勝つためにはある程度、怒ることも必要だ」って。
杉山美紗さん
杉山美紗(すぎやま・みさ)
神奈川県出身。アーティスティックスイミング日本代表として世界選手権やワールドカップに出場。2014年に選手を引退。その後、シルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマーとして7年間、舞台に立つ。2022年末に帰国し、現在は水中・空中・フィットネスモデルや講演会、スポーツイベントなど幅広く活動(愛称:みさみさ)。
※HEROs
日本財団が運営する「HEROs Sportsmanship for the future(HEROs)」プロジェクト。元日本代表などのアスリートが、災害復興支援・難病児支援・少年院更生支援など、全国のさまざまな社会課題の現場で、取り組みの輪を広げようと活動しています。
子どもたちも監督も一生懸命チャレンジしてくれたんですけど、結局、1勝もできなかったんです。閉会式で子どもたちみんな、シュンとなってしまって、その姿がすごくさびしそうで。
だから、2回目の秋田大会は私にとってはリベンジだったんです。
やっぱり、大人が楽しむ、本気でやるみたいなところっていちばん大事だから。大人の私たちから変わってかなきゃいけないよねって、すごく思います。
……あ、いや、ただ、大会を楽しんでいるだけかもしれない(笑)。毎回、全力で楽しみすぎて、のどがガラガラになるんですけど、翌日、声がでないのがむしろ全力で皆さんと向き合った象徴のようでうれしくて。
私は今、愛媛県にあるFC今治高校里山校で特別講師として関わらせてもらっているのですが、そのFC今治高校の辻正太校長がこんなことをおっしゃっていたんです。
「廊下ですれ違ったときに『こんにちは』とあいさつができないのは、あいさつをしないこと自体が問題ではない。生徒たちが『挨拶をしたいと思えない』ことが問題なんだ。原因は深いところにある」って。
そんなふうに深掘りして考えるというか、「本質はどこにあるのか」ということに今、すごく興味があって、それは監督が怒ってはいけない大会でも感じることがありますね。
たとえば、子どもたちがチャレンジできないのは「失敗すると怒られる」というチャレンジさせない環境が根本にあるからですよね。それ以外でも「そういえば、『監督が怒ってはいけない大会』ではこうだった」と、つながることがあってそれがすごい面白いです。
実際、「『監督が怒ってはいけない大会』に参加しました」とSNSにアップすると反響は大きくて、周囲からは「どうだった?」みたい反応をたくさんいただくんです。そこから、怒らない指導のしかたに対してお話をする機会があったりして、広がっていって。
そうした、変化や影響を私は肌で感じる側。こんなふうにして、ちょっとずつちょっとずつ歴史とか空気感とかは変わってくるんだなって思います。
以前は「怒っちゃいけないなら、何もできない」みたいな監督もいたなかで、第2回大会では「怒らないのはあたりまえだよね」「バッテンマークなんて出ないよね」みたいな。
指導者さんたちも真剣に愉しんでいて、大会が大人にとってもチャレンジの場になっているからですよね。
「監督が怒ってはいけない大会」がスタートして10年がたち、益子直美さんや北川さんたちが、ずっと深めて深めて深めてきて。深めていくことで、自然に横にも広がっていくんだなって。
これからどんどんどんどん変わっていくんだろし、こう、なんていうか水面下で変化の兆しがぐるぐるうごめいている感じがしますよね。とにかく、今後がすごい楽しみです、もうホント、「これからこの大会、いったいどうなっちゃうの〜⁉︎」みたいな(笑)。
竹村 幸さん
竹村 幸(たけむら・みゆき)
大阪府出身。6歳から水泳をはじめジュニア代表を経て、2009年に日本代表に。2014年には日本選手権で2冠達成、仁川アジア大会では背泳ぎ50mで銅メダルを獲得。リオデジャネイロ五輪のリレー代表には0秒06の差で逃す。その後、東京五輪を目指し現役を続行するも、新型コロナによる大会延期をうけ、2020年引退。現在は、イベント運営企画・水泳コーチ・イベント登壇などで活動するほか、パラリンピック日本代表コーチとしても活動(愛称:みゆっきー)。Heros※所属。
※HEROs
日本財団が運営する「HEROs Sportsmanship for the future(HEROs)」プロジェクト。元日本代表などのアスリートが、災害復興支援・難病児支援・少年院更生支援など、全国のさまざまな社会課題の現場で、取り組みの輪を広げようと活動しています。
アスリートって、ただ黙って待っているだけではダメ。自分からアクションを起こしてチャンスをとりにいく。それが道を拓く大切な一歩なんですが、彼女は楽しみながら挑戦できるようになったんだなって。
だから、私はイベントの終わり、子どもたちに「バイバイ」って言わないようにしているんです。「バイバイ」じゃなくて、「またね」。ウソをつかず、ちゃんと「またね」ができるのはうれしいですし、ありがたいです。
私はもう何度も参加していて、「ベテラン」といってもいいくらい。そうなると、ただ参加して子どもたちを盛り上げているだけではだめだと思ったんです。大会の理念は、水泳をがんばっている子どもたちにも伝えたい。それで、水泳で大会をやろうって。
とはいえ、すぐには変わっていくことはむずかしいので、「怒っていけない水泳大会」がそういう位置づけになったらいいなって。
でも、マコさんが「いまからやればいいじゃん」って言ってくださって。スポーツマンシップセミナーを行なった後の選手宣誓になったんです。「抜け目なくやろう」と力が入って、大抜けしてしまいました(笑)。
パラアスリートの動線の確保など反省点はたくさんありますし、いろいろ試しながら、広げていければいいかな。
何度となく大会に参加しているのは、大会の理念に賛同しているからだし、子どもたちからたくさんの刺激をもらえるからですが、私を救ってくれた、助けてくれたことへの「恩返し」でもあるんです。
「監督が怒ってはいけない大会」がめざすのは、子どもたちのスポーツの現場から理不尽な指導がなくなること。「怒らない」があたりまえになること。そのために、私ができることはなんでもしたいし、私だからできることをしていきたいと思っています。
髙山樹里さん
髙山樹里(たかやま・じゅり)
ソフトボール日本代表のピッチャーとして、1996年のアトランタ大会からシドニー、アテネと3大会連続でオリンピックに出場。シドニーでは銀メダル、アテネでは銅メダル獲得に貢献。その後、ボブスレー・スケルトンにも挑戦し、世界をめざす。現在は、日本車椅子ソフトボール協会会長、全日本アーチェリー連盟理事などを務める一方、ソフトボールの講習会などで子どもたちの技術指導を行なっている(愛称:ジュリー)。Heros※所属。
※HEROs
日本財団が運営する「HEROs Sportsmanship for the future(HEROs)」プロジェクト。元日本代表などのアスリートが、災害復興支援・難病児支援・少年院更生支援など、全国のさまざまな社会課題の現場で、取り組みの輪を広げようと活動しています。
ぶたれたら、前に行けばいいんですよ。後ろに退きながら殴る人はいない。だから、逆にこちらからグッと前に出て、殴っている監督と距離を縮めていくと、それ以上ぶたれないんですよ。
子どもたちの「これがやりたいです」「こういうふうにしたいんですけど」っていうのを聞きながら、アドバイスをして導く指導者は、残念ながらまだ少数派です。頭ごなしに「これをやりなさい!」っていう指導がまだ多いのかな。
大人を外させて、「私はあなたとしゃべっているんだよ、だから、気にせず言って」「親にも監督にも何も言わないから、今、ここで会話しよう」って。そうすると、「こういうことがわからなくて」とか、「今、腕が痛くて」とかようやく、話してくれる。
また、選手・補欠の溝がなければないほうがよくて、溝が深まるときつい。チームメイト同士がバチバチだから、チームとして成り立たなくなっちゃう。そこは、指導者が上手に声かけをしていかないといけないと思います。
だから、「監督が怒ってはいけない大会」は、監督だけではなく、コーチも、そして保護者も「怒っちゃいけない」んですよ。
じつは、「監督が怒ってはいけない大会」で子どもたちを見ていて、「それはいかんだろう!」というシーンが何度かあったんですよ。一生懸命やらないとか、最後までやりきらないとか、約束したことができない、っていうのはやっぱり指摘しないといけない。言おうかなって思ったけど、ぐっと我慢して、イライラしていました(笑)。
大会通じて、ほとんどの子がすごく楽しそうでしたが、一部、暗い顔をしている子が何人かいたんですよ。午後になって試合になって、監督から注意を受けたみたいで、顔がひきつっていた。
やっぱり、こわいんだなって。子どもたちは敏感なんだって。声の質や言葉のかけ方ひとつひとつ、意識しなきゃいけないなって思いました。
もちろん、選手たちとの信頼関係があってのことだけど、「監督が怒ってはいけない大会」で顔をこわばらせている子どもたちをみて、気をつけなくてはいけないなと思いました。
でも、実際参加してみて、直美さんが伝えたいことはこういうことか、と。私のように表面だけ見て「なんで怒ってはいけないの?」と思っている人もいっぱいいるんじゃないかな。実際に自分の目で見て、触れてこそわかることはやっぱり多いですね。