「監督が怒ってはいけない大会」にやってきた「それでも怒らない」人々

「監督が怒ってはいけない大会」にやってきた
「それでも怒らない」人々

バレーボール元日本代表の益子直美さん、北川美陽子さん、北川新二さんが主宰する「監督が怒ってはいけない大会」は、好評のうちに10周年を迎え、バレー以外でもサッカー、水泳、空手、バスケットボールなど、全国各地にそれぞれの「怒ってはいけない大会」が広がっています。
その大会に賛同し、参加する元日本代表のアスリートのみなさん、地元で「怒ってはいけない大会」を熱心に開催するみなさんたちの、スポーツを通して子どもたちに「楽しむ!」「怒らない!」「チャレンジする!」を体現する姿を紹介します。


益子直美さんメッセージ

「監督が怒ってはいけない大会」は本当にたくさんの人に支えられています。元日本代表のアスリートの集団、HEROsのみなさんや、それぞれの土地で大会を運営する実行委員会のみなさん。とくにHEROsのアスリートたちは、子どもたちと一緒になって走り回り、汗をかき、夢までも授けてくれます。みんな、子どもたちを笑顔にするために本当に一生懸命支えてくれて、とてもありがたい存在です。そんなみなさんの素敵なお話を紹介します。

※HEROs
日本財団が運営する「HEROs Sportsmanship for the future(HEROs)」プロジェクト。元日本代表などのアスリートが、災害復興支援・難病児支援・少年院更生支援など、全国のさまざまな社会課題の現場で、取り組みの輪を広げようと活動しています。

「監督が怒ってはいけない大会がやってきた」
一般社団法人 監督が怒ってはいけない大会
(益子直美 北川美陽子 北川新二)  著
四六判並製 256頁
定価:1,600円+税
ISBN:978-4-910818-12-2
書籍紹介



聞き手・鈴木靖子
撮影・落合星文


第2回 監督が怒ってはいけない大会 水泳大会がやって来た

それでも怒らない人 11 

他競技へと広がりを見せている「監督が怒ってはいけない大会」。2026年4月5日、その舞台となったのは水泳大会でした。
音頭をとったのは「監督が怒ってはいけない大会」HEROs※の“初期メン“、元水泳日本代表の竹村幸さん。今回が2回目の開催です。
会場となった東京都立川市の「金田スイミングクラブ立川立飛」には、この日、小学校低学年から高校生まで、およそ50人の子どもたちが集まりました。

実はこの水泳大会は、本家バレーボール大会にも影響を与えていて……いまや大会恒例となった「スポーツマンシップセミナー後の選手宣誓」が生まれたのが、実はこの場所。2年前、進行役だった竹村さんが緊張のあまり段取りを間違えたことをきっかけに、子どもたち自身が学びをもとに宣誓を考えて発表をするという、今の形が生まれたのでした。

今回は2回目ともあって、子どもたちの眼差しを受けながらも竹村さんの進行も落ち着いています。竹村さんによるスポーツマンシップセミナーに続き、益子直美さんが保護者に向けてアンガーマネジメント講習を行ないます。

その後、特別プログラムとして行なわれたのが、オリンピック3大会連続出場、世界水泳メダリスト・渡部香生子さんによる平泳ぎのワンポイントレッスンです。

レクチャーがあったあと、渡部さんが実演をします。流れるような渡部さんの泳ぎに合わせて、水面がやわらかく揺れて——その美しいこと!
けれど、子どもたちは、見惚れているだけではありません。少しでも技を吸収しようと、両サイドのレーンに入り、水中に潜って必死に観察する姿がありました。

そして、いよいよレースが始まります。
チームは所属クラブの枠を越え、ランダムに編成されています。
最初の種目は「デッキアクセスレース」です。デッキアクセスとは、パラ水泳において介助者が競技エリアに入り、移動やスタート準備をサポートする仕組み。その考え方をとりいれたこの大会独自のリレーです。

3人1組でチームを組み、「泳ぐ」「タイムを覚える」「応援する」という役割をそれぞれが順番に担います。レース後、泳ぎ切って笑顔を見せる子がいれば、思ったような泳ぎができず泣いてしまう子などいろいろ。それも、真剣にチャレンジしたからにほかなりません。そんな子たちを益子さんがハイタッチで労います。

続いて行なわれたのは「インクルーシブリレー」。「片手を使わない」「足を使わない」、ブラックゴーグルを装着して「見えない」といったルールのもとに泳ぐ、パラ水泳を疑似体験するリレーです。
戸惑う子どもたちもいますが、みんな、必死にゴールをめざします。

ふたつの競技の間中、割れんばかりの応援が途切れることはなく、プールサイドではお互いにサポートし合う姿がいたるところで見られました。感動的なシーンはたくさんありましたが、なにより印象的だったのは子どもたちがそれをごく自然にやっていること。気負わず、当たり前に動く子どもたちの姿に「インクルーシブ」の意味を教えられた1日でした。


渡部香生子(わたなべ・かなこ)
東京都出身。元競泳日本代表。4歳で水泳を始める。中学生になり、平泳ぎを中心に頭角を表す。2012年ロンドン五輪に日本選手団最年少の15歳で出場。その後、リオデジャネイロ、東京と3大会連続でオリンピックに出場。2015年世界水泳選手権200m平泳ぎでの金メダルをはじめ、国際大会で輝かしい成績を残す。2024年に現役を引退。


 ——2025年1月に開催された「監督が怒ってはいけない大会in福岡」にも参加されていますね。

競技ごとに環境が全然違うことに衝撃を受けました。試合の流れによって監督がだんだんイライラしてきて、子どもたちも萎縮していくシーンもあって。それを間近に見たので、どう接したら、どう声掛けしたら雰囲気を変えられるのか私自身、考える機会をいただきました。

 ——渡部さんご自身は怒られた経験は?

それなりに厳しい指導は受けていたと思います。みんなと同じことをしても、私だけ怒られることがありましたし、ビート板やバインダーで叩かれたりもしました。でも、怒られると「次は絶対タイムを出す!」と思えたし、嫌なこともわりとすぐに忘れてしまう性格で。だから、ずっと水泳を好きでいることができました。

危険なことをしたり、ふざけたりしたりしたとき、怒られるのはしかたがないことです。でも、理不尽に怒るのは違うし、結果がどうであれチャレンジは絶対に称えるべきで。それがどの競技にも浸透していくと、スポーツ界が明るくなるのではないでしょうか。

 ——今回は水泳大会。渡部さんの本領発揮ですね。子どもたちとの接し方で意識したことはありますか?

全員がいつでも前向きにレースに臨めるわけではありません。不安になっちゃって泣いちゃう子には、しっかりと勇気づけられるように。思ったタイムがでなくて悔しくて涙しちゃう子には、「チーム戦だから大丈夫」と気持ちを切り替えられように。そんな声かけを意識しました。

 ——プールサイドからの応援がすごかったです。水泳は決して個人競技ではないと思いました。

プールの中で泳いでいる選手に、応援の声は届きません。それでも、応援の声には背中を押されます。
日本代表チームも同じですが、チーム全体の雰囲気がよければみんなの結果もよくなるし、チーム全体が暗い感じだと一人ひとりの結果にも確実に影響をします。水泳は個人競技ですけど、チーム全体の意識の高さや雰囲気はすごく影響しますね。

 ——疲れて心すさんだ大人には、今日、会場に広がる「やさしい世界」が沁みました。

応援の力もそうですし、大きいお姉さんがちっちゃい子の面倒を見たり、互いに手助けをし合っていたり。本当にいいものをたくさん見せてもらって、私も心動かされました。 イベントなどでの子どもたちの指導をする機会が増えているので、チャレンジする姿勢や助け合う気持ちの大切さを意識していきたいと思いました。


竹村 幸(たけむら・みゆき)
大阪府出身。元競泳日本代表。6歳から水泳をはじめジュニア代表を経て、2009年に日本代表に。2014年には日本選手権で2冠達成、仁川アジア大会では背泳ぎ50mで銅メダルを獲得。2020年引退。現在は、イベント運営企画・水泳コーチ・イベント登壇などで活動するほか、パラリンピック日本代表コーチとしても活動。


 ——2回目の開催ですね。終了した今の気持ちは?

前回もそうでしたが、「監督が怒ってはいけない大会」の名前に泥を塗るわけにはいかない、益子直美さんや北川さんご夫妻の思いを曲げるわけにはいかない。そこは絶対ですから緊張もありましたが、無事に終わって安心しました。

 ——水泳という競技に合わせたスポーツマンシップセミナーに、渡部さんの平泳ぎ教室に「デッキアクセスリレー」「インクルーシブリレー」と充実したプログラムでした。

私がパラ水泳に関わっていることもあって、インクルーシブに実施したいという思いがありました。加えて、「監督が怒ってはいけない大会」ですから、スポーツマンシップ講習やアンガーマネジメント講習を受けてもらい、そこからつながるメニューにしたかった。でも、レースだけだと水泳はすぐに終わってしまうんです。

何かいい方法がないかなと考えていたところ、スタッフの一人が「デッキアクセスはパラ水泳独自のルールだから、取り入れられないですかね」と提案してくれて。スタッフみんなで考えて、3人1組でいいんじゃない? など、競技に仕上げていった感じです。 おそらく、「デッキアクセスレース」は日本初の開催ではないでしょうか。

 ——とてもよかったです!

最初は「泳ぐ人」「応援する人」に、もう一人は「サポート役」と漠然としていたのですが、タイムを聞く係が必要だよねってなって。
今回、聴覚障害のあるデフの子の参加はなかったので、タイムを聞きに行くのはパラの子も低学年の小さな子にもできます。そこで、「3人1組になり、みんなが役割を持ってレースに臨む」というスタイルができたんです。

この大会が大切にしているのは「挑戦」「尊重」で、その両方ができるのが「デッキアクセスリレー」です。でも、具体的に決まったのは大会前日なんですよ(笑)。やばいですよね。

 ——プールサイドやレース後など、サポートやケアがごく自然に行なわれているのが印象的でした。

そうですね。でも、逆に場を提供せず、分けてきたのは私たち大人だとも思いました。そういう場所や状況がないから、なかなか目にしなかっただけで、子どもたちは言わなくても自分たちから気づくし、手を差し伸べることができる。

 ——とてもいい大会でした。次回は?

お話はいただいているのですが、まだ具体的には未定です。ただ、独立した「大会」として行なうだけでなく、たとえば今回、会場をご提供いただいた金田スイミングクラブ立川立飛さんが主催する競技会の一部に取り入れてもらうなど、方法はいろいろあると思っていて。 少しずつでも、確実に広げていけたらと考えています。



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