介護カフェのつくりかた 番外編

介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」

ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで11年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。


Vol.26(2024.3.12)

「壁一面の写真」

 今回は、大学に通いながら住宅型有料老人ホームで働く福永そらさんの実話に基づいたお話です。

* * *

 出勤後、Aさんに食前薬を渡すことから仕事が始まる。
 薬を持ってAさんの部屋に行くと、
「ひさしぶりだね! ずっと待ってたよ!」
 と、毎回言ってくれる。
「いつぶりだっけ?」
 と、認知症のあるAさんはいつもたずねる。
「ん〜先週かな?」などと答えると、「あらそうだっけ! 長く感じた! でも、もっとたくさん来てよ〜」と笑っている。
 そのあとは、Aさんがいろいろな愚痴を発散する時間が始まる。
 内容はだいたいいつも同じだが、しばらく傾聴するのが毎回のルーティンである。Aさんもストレスが溜まっているのだろうと感じる。

 大学が夏休みになったとき、私は実家の宮崎に半月ほど帰省した。実家から戻って、いつものように出勤すると、
「ひさしぶりだね! ずっとどこに行ってたの!」
 と言われた。たしかに、今回は本当にひさしぶりの出勤である。
「地元に帰ってました!」
 と答え、この日は、私が故郷の宮崎での思い出話を聞いてもらう番だった。
 Aさんは、いつもの愚痴を話すときの表情ではなく、ニコニコしながら自分のことのように話を喜んで聞いてくれた。私もAさんに元気をもらった。

「やっぱり宮崎は素敵なところだよ〜」
 と、言ってくれるAさんに、何かお礼をしたかった。お土産の菓子などではなく、もっと心に残るものはないだろうかと考えた。
 そして、Aさんが花が好きだと話していたことを思い出した。以前は職員とよく散歩に行っていたが、最近は腰を痛めて外出できていない。そんなAさんにきれいな花を見てもらうために、私は宮崎で撮った花や海の写真をたくさん印刷して、次の出勤日に持って行った。

「こんばんは! Aさん、よかったらこれ、もらってくれませんか? 宮崎に帰ったときに撮ってきました!」
 と渡してみると、
「まあ! こんなにきれいな写真! 全部もらっていいの?」
 と、うれしそうに写真をずっと見つめている。
 Aさんの表情を見て、思い出を写真に残しておいてよかったと心から思った。
 また、次の出勤日にAさんの部屋に行くと、私が渡した写真を模造紙にきれいにはりつけ、壁一面に飾っていた。
「これ、全部自分でやったんですか!?」
 と聞くと、
「あんたがくれた次の日に、一生懸命はったの!」
 と、自慢げに話す。腰が痛くてあまり動けないなか、長い時間、がんばってはったらしい。

 それからもう1年以上経つが、Aさんは写真を飾り続けてくれている。Aさんは今も愚痴をよく話すが、写真を見ながら話すときはとても穏やかである。
 最近のAさんは、帰る前に挨拶に行くと「次はいつ来るの?」と聞いて、私の次の出勤日をメモをするようになった。
「あんたが来る日をいつも楽しみにしてるから! ○日に早く来てね!」
 と言ってくれる。私も、Aさんのおかげで出勤するのが楽しみである。

* * *

 入居者の方も好きな職員のことは覚えているし、覚えようとする気持ちはとてもわかります。普通の日常会話や、人と人とのあたりまえの交流が楽しいですし、Aさんと福永さんのやりとりは、認知症があってもなくても信頼関係が築けることが大切、ということに気づかせてくれます。私も、介護現場で、「きょうは夜勤に誰が入るのか?」と、必ずチェックしている入居者の方がいたのをよく覚えています。どの職員が夜勤担当かによって、その日安心して過ごせるかが決まるからです。
 介護施設に入ると、外へ出かけることがままならないことが多いです。身体上の理由ももちろんですし、道を忘れて戻れなくなってしまうことなどもあるからです。そういった意味でも、写真はとても大切なツールになります。家族の写真、思い出の場所の写真や好きな写真によって、心を癒すことができます。
 このようなやりとりを見るにつけ、その人が会うのが楽しみになるような、前向きに生きることを伴走できるケア職が、これからも求められていると感じます。

介護カフェのつくりかた 番外編 Back number

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高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。