介護カフェのつくりかた 番外編

介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」

ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで12年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。


Vol.36(2025.6.21)

「私は馬鹿だから」の言葉に秘められた真実

 今回は、千葉県船橋市で佐藤武秀さんがホームヘルパーとして勤務していたときの実話に基づいたお話です。

* * *

 私がホームヘルパーとして、80代の認知症の女性Aさんの担当をしていたときの思い出話です。
 Aさんは、千葉県船橋市で夫の梨農家を手伝いながら娘と3人で暮らしていました。
 娘は、生まれたときから聴覚に障害があり、手話で会話をしていたそうです。
 やがて娘は結婚して、東京へ引っ越していきました。
 夫は60歳という若さで亡くなり、Aさんは一人暮らしになりました。

 Aさんは、80歳を過ぎたころから認知症が進行したため、東京に住む3つ年上の姉が船橋へ越してきてAさんと一緒に暮らし始めました。姉も80代半ばで妹の介護が大変なため、週2回ホームヘルパーが入り、日常生活を支援してもらっていました。
 Aさんは穏やかな性格で、ホームヘルパーの私に「ありがとう」といつも感謝の言葉をかけてくれましたが、その表情は寂しさともうしわけなさを感じているようでした。
 Aさんは、口癖のように「私は馬鹿だから」と言います。私は、認知症になって失敗することが多くなってきたことが原因なのかなと思っていました。

 ある日、お姉さんからAさんの娘と孫の話をうかがいました。Aさんが聴覚に障害のある娘を一生懸命育ててきたこと、娘が結婚して子どもを授かり、とても喜んでいたことなどの思い出話を聞かせてくれました。
 その孫(男の子)が中学3年生のころのことです。大雨の中、孫がAさんを訪ねて船橋まで来てくれたのに、Aさんは「帰れ」と追い返してしまったことがありました。そのことを聞いた娘は激怒し、それ以来、娘はAさんと一度も会っていないそうです。
 その話を聞いた私は、Aさんの「私は馬鹿だから」という口癖は、孫を追い返してしまったあの日のことを後悔しているからではないかと感じました。

 その後、私はAさんに娘さんとお孫さんのことをさりげなく聞いてみました。
 Aさんは、あの日のことをはっきりと覚えていました。
「ある日、孫が強い雨の中、わざわざ私を訪ねて来たの。なぜかわからないけど、私は孫を追い返しちゃったの。娘は怒っていると思う」
 Aさんは、いまだに後悔しているようでした。
 その話を聞いた私は、お姉さんからAさんの娘さんの住所をうかがい、Aさんが孫を追い返してしまったあの日のことを今でも後悔していること、娘と孫と会えない寂しさを訴えていたことを記した手紙を送りました。

 その後、お姉さんが体調を崩して入院したため、Aさんは施設へ入所されました。
Aさんが施設入所してひと月が過ぎたころ、娘さんから手紙が届きました。
手紙には、「手紙を送ってくださりありがとうございました。息子と一緒に施設の母に会いに行ってきました。母は涙を流しながら喜んでくれました。母と再会できたこと心から感謝します」と記されていました。同封の写真には、娘さんとお孫さんの間にはさまれ、穏やかな笑顔のAさんが写っていました。私は嬉しくて涙があふれてきました。

 Aさんから学んだことがあります。つらい過去の経験を言葉で伝えられない人は多いかもしれない。言葉で伝えられないことを察するためには、五感を通してその人の気持ちに寄り添えるよう感性を磨くこと。Aさんが笑顔を取り戻した体験は、私に感動と勇気を与えてもらえた貴重な体験となりました。

* * *

「私は馬鹿だから」その言葉の裏にあった、Aさんの後悔や寂しさに気づき、寄り添った佐藤さんのまなざしに胸を打たれました。介護の現場では、ときに言葉にならない想いや、過去に抱えたままの気持ちを、ふとした瞬間に垣間見ることができます。Aさんの小さなつぶやきに耳を傾け、その背景をていねいにひも解いたことで、家族の再会という温かな結末へとつながったことに深く感動しました。ケアって「日常の中にある奇跡」なのだと、あらためて感じさせてくれる物語でした。


介護カフェのつくりかた 番外編 Back number

介護カフェのつくりかた Back number


高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。