介護カフェのつくりかた 番外編

介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」

ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで12年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。


Vol.29(2024.8.6)

「役」を演じるということ

 今回は、静岡県の特別養護老人ホームにて介護職員として働かれていた増井知子さんの実話に基づいた話です。

* * *

「おい、トモコ、相談がある」
 親しげに私の名前を呼んで話しかけてくれるSさん。
 どうやら私はSさんの姪っ子だと思われている。
 その姪っ子さんはとても頭のいい方らしく、とてもかわいがっている様子。
 これまで、「お母さん」や「先生」と呼ばれることはあったけれど「姪っ子」と思われるのは初めての体験。
「親戚がいるのはいいな~」と笑顔を見せてくれる。

 Sさん、これまでいろいろな役職に就かれ、活躍されてきた方で、うちの施設へも「入所」ではなく「転勤」で仕事をしにきたと思っているので、家族からは「いろいろな仕事を任せてみてください」とのこと。職員と話し合い、できそうなことをお願いし、役割を持ってもらうことにした。あれこれお願いし、「仕事」をしてもらおうと声かけを始めた。
職員 「Sさん、これお願いします。やってもらえますか?」
Sさん「おう、こうだな、こうやるんだな?」
 しっかり説明を聞いてくれて、なんでも引き受けて、ていねいに作業してくれる。「これまでもSさんはこんなふうに一生懸命に過ごされてきたんだろうな」と尊敬する。
 しかしある日、「やってらんないよ、こんなこと」「俺はいそがしいんだよ」と拒否された。なんでもできる方なので、ついついいろいろと頼みすぎてしまったか、と反省する。
 でも、何日かすると「これやるのか?」と自ら声をかけてくれたりもする。ときどきご機嫌ななめになってしまうこともあるが、頼りになる方だ。

「おい、トモコ、相談がある」
どうやらお金のことで頭を抱えている。あるときは、お孫さんへのお祝いの金額で悩んでたり、何かの支払いの期限が近づいていると焦っていたりする。
Sさん「お母ちゃんはどこだ?」※お母ちゃんとは奥さんのこと。
「どうしたの?」
Sさん「どうしたらいいか? ○○の支払いがな」
「お母ちゃんがやってくれてるから大丈夫だよ」
Sさん「うーそ? そうかぁ~」となんだか嬉しそうな顔。
「そうだよ。ちゃんとやってくれてるよ」
Sさん「そうだな!」と納得し、さらに満面の笑みを見せる。
 奥さんとの素敵な関係性もなんとなく垣間見られる。

 私は、姪っ子という「役」なので、あえてSさんと同じように「お母ちゃん」と奥さんのことを呼んでいる。利用者さんと関わる上で、「役」を演じることも大切だと考えている。いろいろな役を演じ分け、利用者さんが「ここが自分の居場所だ」と感じてもらえるように「その人らしさ」、そして、その方の「お名前」を大切にしてたくさん話をすることを日々心がけている。これまで介護業界とは無縁だった私が、利用者さんと楽しく過ごせている毎日に感謝です。

 仕事終わりには、「気をつけて帰れよ」と声をかけてくださるSさん。
 たまに、帰った私を探して「トモコはどこだ?」って言っているらしい(笑)。
 あしたもまた、「おい、トモコ」の声を楽しみにしている私がいる。

* * *

 介護施設に入れば、介護を受けるだけの立場になる、と思っている方が多いかもしれませんが、介護職はその人のできること、もっている強みを生かした支援が求められます。認知症があっても、役割を持つことで、いきがいにつながっていくことがあります。
 介護職である増井さんを姪っ子だと思い込み、相談事をしたり、さまざまな頼みごとをしたり、介護職は利用者さんの求める役になりきって対応することで、安心感を持ってもらうことができます。
「認知症の利用者の方に嘘をついていることになるんじゃないか?」と思われる方がいるかもしれませんが、実際は、演じることと嘘をつくことは別物です。介護職にとって、目の前の利用者さんが生きる世界の中の役者として「どんな立ち回りをすれば、安心していただけるのか?」「心を開いていただけるのか?」という視点をいつも忘れずに持つ必要があります。
 自分自身が認知症になったとき「それは違うよ、そうじゃない!」と否定したり、正したりする人ばかりだったらどうでしょうか? 「不安でしかたないのでは」と思います。介護職は、認知症になっても、障害をもっても安心して暮らしていくためにどんな人に伴走してもらいたいのか? を考え、その役割を演じることが求められています。


介護カフェのつくりかた 番外編 Back number

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高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。