介護カフェのつくりかた 番外編

介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」

ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで約9年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。


Vol.7(2022.05.21)

義母の言葉

 今回は、以前特別養護老人ホームで働かれ、現在は名古屋で居宅ケアマネジャーをされている大河内章三さんの実話に基づいたお話です。

* * *

 これは特別養護老人ホームでお看取りまで関わらせていただいたSさんと、そのお嫁さんとのお話です。Sさんは入所のときにはすでに意思疎通も困難で、体は小さく痩せておられました。しかし、つぶらな瞳で相手をじっと見つめる視線は、言葉はなくても不思議と優しさを感じるSさん。亡くなる数日前に、お部屋に面会に来られたお嫁さんからこんな話を聞きました。

お嫁さんの話。
「今日からお世話になります」。春でしたか……夏でしたか……。日差しが強くなってきたと感じる季節に、私は故郷から単身、この田舎町に嫁入りに来ました。当時は周りに知る人もいないため、家の中で家事をして過ごすことが多かったように感じます。
 家の中では、私はいつも一人で家事をしているといった感じでした。 義母(Sさん)ももちろん家事をしますが、畑仕事で外に出ていたり、家の家事も共同作業ではあまりすることはなく、話すこともほとんどありませんでした。義母が話をするのは娘さんが都会から帰ってきたときや、私の夫と少し会話する程度で、他ではあまり会話をすることはありませんでした。
 夫の帰りは遅く、それまで私は外出することもなく一人で過ごしていました。そのため、私はいつも孤独を感じずにはいられませんでした……。あれはいつのことだったのでしょうか。嫁入りしてもう何年もたったある日のことです。
 一人の時間にも慣れて、地域にも知り合いが増えて、生活になじんできた私は、いつもと変わらず家事をすませた後、居間でお茶を飲んでくつろいでいました。そこに畑仕事を終わらせた義母が帰ってきたため、私は「義母さん。お茶でも入れましょうか?」と声をかけました。義母はいつもと変わりなく軽くうなずき、黙って畳に腰を下ろしました。
 太っていましたが、よく畑仕事をしているためか足腰も強く、座るときもそう大きな音を立てることもなくゆっくり座る姿が印象的な人でしたね。「どうぞ」。義母にお茶を差し出し、私も腰を下ろしてお茶を少し口につけました。

「大変じゃろう……」。私は驚いて義母の顔を見ました。普段は私から話しかけることしかなかったのですが、この日は義母のほうから話しかけてくれたのです。驚きのあまり、なんと答えたらよいものかとしどろもどろしているところに義母は続けました。「嫁入りで、知らん土地に来たのは大変じゃったろう。周りは知らん人間で助けてくれる人はおらんし……。私もな、別の田舎から港町に嫁入りしたんじゃ。終戦後、戦火もそうひどくないこの町に来たんじゃけどな、移るたびにいつも孤独を感じとったのよ」 そういって義母はお茶を口に運ぶ。「いろいろ大変じゃろうけど、無理することはないよ。私も動けるうちはしっかり働くから」。そういって笑顔でお茶を飲み干した義母は手に持った湯飲みを台所に持っていきました。
 その背中はいつにもまして輝いて見えました。 太陽のような強く厳しい光ではなく、木漏れ日のような優しくあたたかい輝きのように感じましたね。今はもう、あれだけ太っていた彼女からは想像もできないくらいやせ細ってしまって……。たまにこうやって面会に来るのだけれど、義母はもうわかっているのかどうかもわからない状態ですけどね。
 私がこの町に着たころ、義母は何もわからない私を叱ったことはありませんでした。義母は、できない私に自身の背中で伝えていたのだと思います。家事のしかた、そして生きざまを……。そこで、ふとあの日を思い出すんです。 多くを語らなかった彼女が私に話しかけてくれたあの日のことを。そんな義母の静かに寝ている姿を見て、昔を思い出しました。

 そんな話を聞いた数日後にSさんは穏やかに息をひきとられました。 葬儀を終えた数日後にお嫁さんが施設に来られ、お話をしてくださいました。義母が亡くなった日のこと、涙があふれ出たこと、体が熱くなったこと、嫁入りしてからずっとがまんしてきた何十年分もの涙が出たような気がしたこと……。そして今、穏やかな日々を過ごしていること。「義母さんもこんなだったのかな……」。お嫁さんは物思いにふけながら、義母の背中を思い出すそうです。義母が私に残していったものは深い感謝と悲しみ……そして、おぼろげながらに思い出す、忘れえぬ思い出の日々と彼女の後ろ姿でした。

 施設介護として、何かを訴えることもなく、いわゆる寝たきりの利用者さんへの介護をしていると、介護者はときに虚無に襲われます。何のために介護をしているのだろう? しかし、その時間は積み重ねてきた人生の最期であり、積み重ねてきた諸々を整える時間なんだとおもいます。さまざまなストーリーに思いをはせながら、利用者さんと向かい合う日々はかけがえのない時間。 だから介護ってやめられないなと思います。

* * *

 利用者さんの積み重ねてきた歴史を聞くことができるのは、介護の仕事の特権ですよね。施設での介護は時間との勝負でもあります。「何時までに何人の排泄ケアをする」などの時間に追われる中で、どう一人ひとりの利用者さんと向き合うことができるのか? 永遠の課題です。ただ今回のように、ご本人からではなく、ご家族からでも、その人の人柄がわかるストーリーをうかがうことができれば、ケアの向き合い方も変わってくるものです。
 必要最低限の生活を支えるケア、だけでは十分ではありません。心の通ったケアを行うことができる事業者が増えていくことがますます望まれますし、それができるために適切な人員配置と、人材育成は欠かせません。これからも安心して自分の親や自分自身が入りたいと思える施設を増やしていくことが求められていると感じています。


介護カフェのつくりかた 番外編 Back number

介護カフェのつくりかた Back number


高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。