介護カフェのつくりかた 番外編
介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」
ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで12年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。
Vol.33(2025.1.16)
「左手の握手」
今回は品川区で居宅ケアマネジャーをしている佐賀唯衣子さんの実話に基づいたお話です。
* * *
ケアマネジャーになって10年目になります。 居宅ケアマネジャーの仕事は、利用者さんそれぞれの暮らし、家族関係、経済的事情などに合わせて「その人らしい暮らし」を続けていただくための支援です。ひとりひとりに合わせたオーダーメイドのケアプランを作り上げていく中で、心揺さぶられる瞬間が無数にあります。
「一期一会」。その中でもとくに心に残る支援があります。ケアマネ2年目の春から担当した俊郎さん(仮名) 支援が始まり、1年が経ったころ、検査でガンの転移が判明しました。すでに末期でした。入院中の病室にうかがうと、震える手で一生懸命ペンを握り、「帰りたい」「家で死にたい」。そして、「肉まん食べたい」。
その思いをかなえるために、敏郎さんは自宅に戻りました。
訪問診療と訪問看護、訪問介護、訪問入浴、福祉用具、そして奥様と娘さんによる24時間介護が始まりました。関わるすべての医師、看護師、介護スタッフが、真摯に、ひたむきに、ご本人とご家族の体と心のケアをしてくださいました。残念ながら、小さく刻んだ肉まんすら飲み込むことはできなかったけど、看護師の介助でバニラアイスを食べることができました。
お亡くなりになる3日前のことです。会いに行くと、しっかりと目を開き、私の手を握りました。モニタリング訪問の帰り際には、握手をするのがお決まりでした。
「これが最後の握手になるかもしれない……」
私も、ご本人もそう思ったのでしょう。手を離しがたく、左手と左手でしばらく握っていました。
「そういえば、この方との握手はいつも右手ではなく左手だったな……」
遺影の写真は、生前に「いつか見せてあげますよ」と言っていたご自慢のオーダーメイドのスーツ姿でした。かっこよくて、男前すぎて、泣けて泣けてこまりました。
「主人が亡くなり、悔いは残っています。どれだけやっても家族に悔いは残ります。でも、あなたに会えてよかった。主人のために、私たちのために、たくさん走り回ってくれてありがとうね。あんなに一生懸命やってくれる人たちを連れてきてくれてありがとうね」
奥様の言葉でした。
「また大変な業務でへこたれる日が来るかもしれない。でも、ケアマネの仕事をしていてよかった」
シンプルにそう思えて、涙が止まりませんでした。今でも、肉まんを食べるたびに俊郎さんを思い出します。忘れずに、一歩一歩。へこたれそうなときは、あの左手のあたたかさを思い出しています。
* * *
在宅ケアはチームケア。その要となるのがケアマネジャーです。ケアマネ2年目の佐賀さんのように熱い気持ちを持ち続け、ケアマネジメントに取り組めるケアマネジャーが求められます。ベテランになってくると、「在宅では困難なのではないか?」「奥様や娘さんの負担が大きすぎるのでは?」など、ケアマネ個人の経験値で早合点してしまいがちです。できるかどうかよりも、まずご本人やご家族の意思に沿った支援をしていくこと、その姿勢こそが求められます。
たくさんの担当件数を持っていれば、さまざまな手続きが増えることを好まない傾向も強くなるかもしれませんし、「施設や病院へ早く入ってもらったほうが安心」という観念を持ちやすくなるかもしれません。ただ、佐賀さんのように、在宅チームで一人の利用者さんを見届けた大切な経験を一度でもしていれば、ケアマネジャーの本来の価値を感じることができ、仕事を続ける理由になるのかもしれません。
一人の人にしっかりと最期まで伴走し続けられること、これこそが離職を減らす大きな理由になるのではないか、と感じました。
高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。