介護カフェのつくりかた 番外編

介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」

ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで約9年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。


Vol.1(2021.11.16)

甘酸っぱい介護

 静岡県焼津市で、以前、介護施設にて介護の仕事に従事され、現在は介護施設を経営し、焼津市議会議員をされている石原孝之さんの実話に基づいたお話です(深刻な話ではないので、気軽にお付き合いください)。

* * *

 これは以前、僕が新人介護職だったころ、グループホームの現場で働いていたときの話です。
 その日、夜勤明けの僕はいつものように入居者さんの起床介助のお手伝いをしていた。廊下を歩いていたら、居室から顔だけがムクッと出ているのに気づいた。近寄ってみると、そこには居室の引き戸の扉に自分の首をやさしい力で挟んでいる84歳の女性Kさんがいる。

 僕が「Kさん、どうしたんですか?」と尋ねると、Kさんは「死にたい……」と話す。
 ここで僕はとっさに、以前、介護講習で勉強したアプローチの方法を思い出した。〝オウム返し〟という手法だ。

Kさん「死にたい……」
「今、Kさんは死にたい気持ちなんだね……」
Kさん「どうしたら死ねるの?」
「ん〜、どうしたら死ねるんだろうね」
Kさん「そう。こんなに情けない自分が嫌……」
「Kさんは、情けない気持ちなんだね……。どんなところが情けないと感じるの?」

 こんな感じで、まずは第一声を相手と同じ声のトーンで話した。次第にKさんの気分も落ち着いたところでホッとしていたら、Kさんが「あなた、私の主人に似てるわね……」と話してきた。
 僕は「そう? それはうれしいなー」と、話だけ合わせてその日は終わった。

 認知症の初期の方は、マイナスの感情に陥ることがあるため、話をすり替えて、前向きな気持ちになってもらうことが大切だ。
 これがきっかけで、Kさんとの心の距離は徐々に縮まり、トイレ誘導にもお風呂誘導にも僕が担当になっていった。
僕も介護職として相手に気に入られることは大切なことだと思っていたので、疑いもなくこの距離感を楽しんでいた。
 でもまさか、あんなことになるとは……。

 Kさんは、あの日以来、僕をダンナさんと重ねてくれているようで、今まで施設では見たことない化粧をしたり、これまでズボンだったのにタンスの奥にしまってあったスカートを履くようになっていった。
 しばらくたち、ご家族様、ご親族様たちが施設に会いに来られたとき、僕が廊下を歩いていたら、Kさんが「私の夫よ!」と……。
 そのときのご家族様の冷ややかな目線を前に、僕はサーっと現実へ引き戻された。
 さらに追い打ちをかけるように、Kさんが僕に抱きついてきたので、ご家族様と僕、あの場にいた全員がなんだか妙な空気になってしまい、タジタジに……。
 新人介護職の自分にとっては、忘れられない、Kさんとの甘酸っぱい思い出だ。

※「オウム返し」とはその名のとおり、相手の発した言葉をオウム返しすることで共感を感じてもらい、相手との心理的距離を縮めることのできる手法。

* * *

 介護現場では、利用者さんとの距離感は大事ですが、今回の石原さんの例のようにひょんなことから距離が縮まりすぎてしまうこともあります。若い男性介護職であれば、自分の孫のようにかわいがってもらうことはよくあることですが、ダンナさんに重ね合わせ、疑似恋愛の対象になる例も意外とあるのかもしれません。
 高齢者の恋愛はタブー視される傾向がありますが、Kさんのようにほほえましいプラトニックな関係をつくれるのであれば、さて、この絶妙な距離感はどのように維持できたのか? ご想像にお任せします(笑)。


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高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。