介護カフェのつくりかた 番外編

介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」

ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで12年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。


Vol.28(2024.6.22)

「タバコときいて」

 今回は、以前特別養護老人ホームで施設ケアマネジャーをされていたとき岡田英之さんの実話に基づいたお話です。

* * *

 今でも、雲ひとつない夏の青空、この時期になると思い出す方がいます。
 2006年ごろ、私は特別養護老人ホームで施設ケアマネジャーとして、※1看取りやグリーフケアを取り組むことになりました。看取りのプロセスとして、その方の歩んできた歴史をご本人やご家族から、聞き始めたころの話です。
 その方、Uさんは白髪の女性でした。初めてお会いしたときは、※2保護対応のほうで、身寄りもなく何十年も暮らし、顔、手足も真っ黒で、髪だけが白く、山姥のようなイメージでした。ノミも多く、「腕が鳴るね!」とみんなで何日もかけて風呂で垢をおとすと、鼻筋の通った真っ白な顔が出てきました。日本人離れした顔立ちでもあり、職員からも「私はUさんの推し」と言う人が現れるほどでした(そういえば、このころにもう推しってあったんだな〜なんて思ったり)。

   私自身は、Uさんの看取りに向けた聴き取りは、雲をつかむようでむずかしいと感じていました。話していても、にこにこして「ふふふ……。そう?」と言うだけで、生活歴や過去の話、今の思いもほとんど出しませんでした。
 明治、大正にあった奉公や身請けなど、悲しき風習の背景もあったのかもしれません。少しずつ話をうかがえるようになったころ、体調を崩し、看取りとなりました。好きなものを飾り、好きな音楽をかけ、帰り際に雑談するなどの支援計画をたてましたが、どうもしっくりきません。
 ある日、私はUさんと窓から池と山と雲ひとつない青空を一緒に見ながら「何かしたいことはありますか?」と聞きました。すると、Uさんはふいに「タ、バ、コ」と言うのです。
 この反応に感激した私は、タバコ、巻きタバコ、葉巻まで用意しました。しかし、Uさんは手をつけることなく、「あれ、違うのか」と頭を悩ませていると、ダンディな歌舞伎好きの利用者の方が「もしかしてキセルでは?」と提案してくれました。
「それだ!」と、さっそくキセルを準備して、火をつけて渡すと、「ぷか〜」と音がするようにみごとに煙をくゆらせました。呼吸もしんどいはずなのに、優雅な所作はみごとでした。それを見ていたみんなで、拍手喝采したものです。

 Uさんは、その日、みんなに見送られて逝かれました。
 後日、Uさんは元は芸妓さんだったと聞きました。「タ、バ、コ」というひとことの中にも時代背景や人生があり、聴くことの大切さを教えてもらえた夏の青空のもとでのUさんとの思い出は、いつまでも忘れられるものではありません。

※1看取り 高齢者が自然に亡くなられるまでの過程を見守ること。
※2保護対応 身寄りがなく、ご本人が判断できず地域や行政が判断のうえ保護をされること、措置入所。

* * *

 私も施設ケアマネジャーを長くしていますが、利用者の方の「したいこと」を引き出すむずかしさを感じていました。「施設に入ってしまうと、今までやりたいと思ってきたことをあきらめなければならない」と思う人が多いからです。
「どうせ言っても無理」と心の中に希望をしまいこんでしまっているのか。もしくは本当にやりたいと思う気持ちが失せてしまっているのか。真相はわかりません。岡田さんやまわりの職員のみなさんは、さまざまな試行錯誤をしながら「Uさんが望む生活とは何か?」に向き合い、ぽろりと出たひとことを拾い、キセルまで行きつくところはさすがです。
 そんな小さな瞬間の積み重ねをつくっていくことこそ介護の仕事の醍醐味だと思いますし、夏の雲ひとつない青空を見るとその人のことを思い出せるような、一人の利用者さんとのかけがえのない記憶を刻めるのもまた、介護の仕事の味わい深さなのではないか、と改めて思いました。


介護カフェのつくりかた 番外編 Back number

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高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。