介護カフェのつくりかた 番外編

介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」

ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで11年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。


Vol.25(2024.2.18)

「波風は立つもの」

 今回は、千葉県にある特別養護老人ホームに併設する短期入所(ショートステイ)に勤務している山本詩菜さんの実話に基づいたお話です。

* * *

「お風呂に入るって言ってるじゃない! もう何日間も入っていないのよ!!」
ある日の昼食後。 Aさんの怒りは突然爆発した。
いや、きっと彼女の中でいろいろな感情が少しずつ蓄積していたのだろう。

 Aさんは専業主婦だった。働く夫を支え、子育てをし、懸命に家庭を守ってきた。そんなAさんと私の出会いは、2年ほど前。Aさんは、旦那さんと2人でショートステイを利用し始めた。ショートステイの滞在中は、どこへ行くにも旦那さんとずーっと一緒。Aさんは穏やかな方で、旦那さんの隣でいつもニコニコしていた。はたから見ていて、とても仲睦まじいご夫婦だった。
 しかし、まもなくしてAさんの旦那さんは亡くなった。だから、Aさんは1人でショートステイに来るようになった。そして施設への入所を見据えて※ロングショートの利用者となった。

 そのころからだろうか。Aさんは居室でひとり涙を流すことが増えた。理由を尋ねるとAさんは 「わからないの。でもなんだか悲しいの」と答える。出会ったころからおとなしい性格だったAさん。なんだか以前より自分のことを話さなくなってしまった気がする。人生のパートナーが隣にいなくなってしまった今、Aさんの心にぽっかりと大きな穴があいているのかもしれない。

 そんな日々が続いていたときのことだった。
 Aさんは今、「風呂に入れてよ!!」と憤慨している。Aさんがこんなふうに感情を露わにする姿を目にするのは初めてだった。Aさんの入浴は約束の回数どおり行なわれており、その日は入浴予定日とはなっていなかった。でも、希望に沿って予定を変更し、Aさんはその日お風呂に入ることができた。
 そんな一連の出来事を終え、「一件落着だなあ」とのんきにお風呂掃除をしている最中だった。
 突然、後ろから「やまもとさーん」と私を呼ぶ声がする。振り向くとそこには、うつむき加減のAさんがいた。私は驚き、思わず目を見開いた。まさかAさんに自分の名前を認識されているとは思ってもいなかったからだ。
 そんな驚きをよそに、Aさんは私に声をかけた。「山本さん、ごめんね。きょう本当はお風呂に入らない日だったのに、無理言ってごめんね。」。Aさんは下を向いたまま続ける。 「このこと、家族には伝えないでね。ここに来るとき、約束したの。『従業員の人の言うことをちゃんと聞く』って。ごめんね」。
Aさんは涙を流して「ごめんね」と繰り返していた。 私は、「Aさんが悪いことは何もないですよ」と伝えた。
 Aさんからこの話を聞いて、彼女はただ、きょうお風呂に入りたかったわけでないのだと知った。きっとAさんには今までにも、“家族との約束”を守るべく、我慢し、葛藤していたことがあったのではないか。そしてきょうは少し、自分のことを私たちにこんなかたちで教えてくれたのだ。それは、とてもエネルギーを要することだ。

 介護現場の申し送りでは、ときどき「〇〇さんは不穏な様子でした」や、「落ち着きのない様子でした」というのを耳にするし、自分もそのように言うことがときどきある。だけど内心では、「落ち着きがなくて何が悪い」と思ったりもする。だいたい、ずっと落ち着いている人なんてあまりいないだろう。そうやってお年寄りは、ひとつひとつ「私は本当はこうじゃない」ということを表現しているのだと思う。
 私は、Aさんからそんなことを教わった。ときに相手を気遣いながら、ときに包み隠さず思いのうちをさらけ出しながら。障害の有無や年齢にかかわらず、そんなごく普通の人間関係をこれからも築いていきたい。


※ロングショート
1週間を超えてショートステイのサービスを利用すること

* * *

 Aさんの気にかけてほしい気持ちやさみしさが、どう表現していいかわからず怒りとして表出してしまったのかもしれません。そんな一場面だけを切り取ってしまうと、山本さんも言うように「きょうは不穏だった」の一言でスルーされてしまうこともあるでしょう。ただ、Aさんご自身の心境としては、ご主人をなくし、あいた心の穴をどう埋めていけばいいかわからず、誰かに寄り添ってもらいたい気持ちの裏返しだったのではないかと感じます。
 介護職は、言動の裏側にある心理を読み解く力が求められます。「さすが介護職をしているだけあって、コミュニケーション力が違う!」と言われるようになりたいものですし、相手の立場に寄り添った支援ができる介護職は、AIが進展する時代にも唯一無二の存在になれるのではと感じています。


介護カフェのつくりかた 番外編 Back number

介護カフェのつくりかた Back number


高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。