介護カフェのつくりかた 番外編
介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」
ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで10年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。
Vol.22(2023.10.24)
「二番目のお母さん」
今回は特別養護老人ホームでユニットリーダーをされている白濱彩香さんの実話に基づいたお話です。
* * *
ホームに入所した当初のSさんは、二度の脳梗塞の後遺症によって左半身に重度の麻痺が残り、生活全般にほぼすべて介助が必要でした。
さらに身体も大きく重たいので移乗もむずかしく、終日オムツでほとんどをベッド上で過ごしていました。食事もほとんどとらず、話すこともあまりなく、意思疎通がむずかしい方でした。
Sさんは、日中はほとんど傾眠し、たまに返事があるくらいでした。まずは、朝食後のトイレへの誘導、日中はできるだけ車椅子で過ごしていただくようにしました。
動くほうの右の手足には多少力が残っていたので、それを使っていただくと、移乗もそこまで困難ではありませんでした。
ただ、残っている力を引き出す介助の方法を知らずに、持ち上げるだけの介助だとかなりきついだろうと思いました。私たちは、運搬するのではなく、その方が行きたい場所・したい動作のお手伝いをする。快適に暮らしていただくための技術や知識が大切なのだと改めて感じました。
とはいえ、食事はあいかわらずとっていただけませんでした。「粉もんが好き」とうかがっていたので、たこ焼きパーティやお好み焼きパーティを開き、「とにかくたくさん話してみよう!」と、趣味や仕事の話など、いろいろな話題をふってみますが、反応はほとんどありませんでした。
しかし、「きっかけ」は、ある日突然訪れました。
電気工事に来ていた作業服の男性二人組が競馬の話をしているところに、Sさんは突然「おっちゃん! きょうの馬券どうや?」と話しかけたのです。それも、ものすごくイキイキした表情です。私たちも、Sさんがギャンブル好きだという情報は入手していたので、何度も話題を出したことはありましたが、反応はそれほどでもありませんでした。やはり、競馬にくわしくない職員から話しかけられてもだめだったのです。
Sさんが元気になっていったのは、それからでした。ギャンブルの好きなおじさん職員にも加わってもらい、「好きな物をたくさん食べる、トイレに座る、気持ちのいいお風呂に入る、寝たい時に寝る」という生活リズムを整えていくことができました。
動くほうの右手足の力もどんどんつき、少し支えるだけで一人で立てるようになりました。
オムツではなく、リハビリパンツで日中を過ごせるようにもなりました。
私は日々、Sさんに「おトイレ行きたくなったら教えてくだいね」と声をかけていましたが、それはすぐにはうまくはいきませんでした。
そんなある日の昼食後、Sさんが、かなりの大声を上げました。
「白濱ーー!!(私の名前) おしっこが出まーーす!!!!」(私はトイレの神様か!! 笑)
急いでSさんをトイレ誘導し、みごとに成功しました。本当に嬉しい瞬間でした。
そのころから、Sさんは私のことを「お母さん」と呼ぶようになってきました。それは母親ではなく、どうも妻のようでした。
Sさんは深い認知症を患っています。私も「お母さん」と呼ぶSさんを否定せず、そのまま過ごしていました。
その後、Sさんに御家族の面会の予約が入りました。「本当」の奥様と娘様が来られることになったのです。でもSさんは、家族の名前の記憶が少し曖昧になっていました。そして私を「お母さん」と呼びます。「本物」の奥様が来られたらどうなるだろう……。私はドキドキして、面会までの間はSさんに御家族の話ばかりてました。
いよいよ当日……。奥様を見たSさんは、本当にうれしそうに「お母さん!」と言いました。娘様の名前もバッチリ。私は少しホッとしました。
面会後、奥様が私のところに来て「白濱さん、主人がここのスタッフさんの名前をたくさん覚えてました。それに、以前のように明るくたくさん話をしてくれました。本当にびっくりです。元気になってうれしいです。ありがとうございます」。私は、そのお言葉にとても嬉しくなりました。
特別なことは何もない。あたりまえの生活を、その方らしく過ごしていただく。
本当にシンプルなこと。むずかしいことも大変なこともたくさんあるけど豊かな気持ちと関係性だからこそ生まれる毎日の物語が楽しくてしかたがないです。
御家族が帰られた後、私はうれしくて、Sさんのところに行きました。すると、Sさんは真剣な表情で、「すまん……。あんた、二番目でもええか?」。
「二番は嫌です 」と私。
「そうか……ほんまにすまん……」(いや、なんで私が振られたみたいになってんねーん!笑)
いまではSさんはこの会話どころか 御家族が来られたことすら忘れてしまっています。だけどこの日から、Sさんが私を「お母さん」と呼ぶことはなくなりました。
* * *
ご本人の好きなことに寄り添い、可能なかぎり実践する。「施設は集団でのケアだから個人の好みや生活スタイルを反映することはむずかしい」という見方をする人がいますが、白濱さんの特養では、目の前の方が快適に自分らしく過ごせるために必要な支援に取り組まれています。白濱さんとSさんとの信頼関係が日に日に深まっていく様子が会話からも伝わり、思わずほっこりしてしまいます。
Sさんは白濱さんを「お母さん」と呼んでいましたが、Sさんの一番身近な頼りになる人が「お母さん」という呼び方に替わっていただけで、本当の「お母さん」の替わりになるものではないということが面会の場面では伝わってきます。
その話から、私自身もよく現場で「高瀬先生」と呼ばれることがあったことを思い出します。ある程度経験の長い介護職であれば経験があるのではないかと思いますが、自分より、今の環境(ホーム)での生活にくわしい人=「先生」となるだろう、と改めて府に落ちます。
施設へ入り、慣れない環境に置かれる入居者の方にとって、介護職は一番身近な頼りになる「お母さん」であり、自分より今の環境にくわしい「先生」である必要があるのかもしれないなあ、と改めて感じています。
高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。