愉快、痛快! スカッとする落語のことば

愉快、痛快!

スカッとする落語のことば

「あたりめえだい。こちとら江戸っ子だい、職人だい。威勢がいいんだ俺ァ!」「何ィぬかしゃがんでえ、丸太ん棒めェ!」「自慢じゃねえが、『半ちゃん、頼む』と頭を下げられりゃあ、たとえ火の中水の中でも飛び込もうってんだ。江戸っ子だ、べらんめえ!」……そんな、なんともスカッとする愉快で痛快な落語の言葉を語らせたら右に出る人のいない(左に出る人は未確認)新聞記者、長井好弘さんが織りなす「落語の言葉」の奥深くて面白くて泣ける世界をご堪能ください。ちなみにここに取り上げることば、明治、大正、昭和の口演速記をあたり、今ではあまり演じられなくなった噺、埋もれかけた珍品などからも、名せりふ、名場面を厳選して紹介します。

 


 その六(2017.06.21) 

 

ヤイこの野郎、きたねェ真似をするねえ! 俺を一体、誰だと思ってやがる。浮世は夢の50年、夢と悟った市郎兵衛、面ァ見知って、あっ、もれえてェ~(と、反っくり返って見得を切る)。
                   (春風亭一朝「芝居の喧嘩」より)

 

「芝居の喧嘩」は、世の中がまだ昭和といった1980年代の後半に、春風亭一朝が、寄席のエース柳家権太楼から教わったという。
 その権太楼は、NHKテレビで競演した縁で仲良くなった三代目神田山陽に稽古を願ったという。
 というわけで、「芝居の喧嘩」のルーツは講談(講釈)である。「幡随院長兵衛」という侠客を主人公にした連続講談の中で印象に残る喧嘩のシーンを、面白講談でならした山陽が抜き読みにした。それを「こいつは寄席で使える」と噺家が目をつけたということか。
 ストーリーは単純明快。というより、「水野十郎左衛門率いる旗本奴「白柄組」と、幡随院長兵衛を頭領にいただく町奴が派手な喧嘩をする」ということ以外、筋らしい筋はない。あっさりとした江戸っ子好み(?)の演目ではないか。
 見どころ聞きどころは、双方が名乗りを上げる啖呵と、乱闘のみである。
 所は木挽町(今の東銀座)の芝居小屋「山村座」。木戸銭を払わず入場したと疑われ、芝居者に袋だたきにあった町奴、雷の十五郎が「さあ、殺せ」と大の字になる。
 そこに現れた侍が雷を張り倒し、木戸から外へ突き飛ばしてしまう。
「俺は水野十郎左衛門の四天王の一人、金時金兵衛だ。貴様のようなひよっこが話になるか。長兵衛を連れてこい。ひねり殺してくれる!」
 それを聞いて立ち上がった町人風の大男が、いきなり金時の横面をパーンと張り、体ごとひっくり返してしまう。
「やいコノヤロウ、今何つった、俺は唐犬権兵衛てえ生き仏だ。でめえじゃ話にならねえ。水野、てめえが相手だ、下りてきやがれチクショウ!」
 すると、水野四天王の一人、渡辺綱右衛門が唐犬の背後に回り込んだ。刀の柄に手をかけて、今まさに抜こうとしたとき、後ろから鞘を突いたものだから、刀が鞘ごと抜けてしまう。「あら?」と振り向いた渡辺を張り倒したのが、町奴の兄貴分、市郎兵衛である。このあたりになると、双方とも幹部クラスが出ることになる。
 ここでようやく冒頭の啖呵「ヤイこの野郎、きたねェ真似をするねえ」が登場するのである。
 あとは旗本、町奴の双方が続々立ち上がっての乱闘だ。一体どうなるかと身を乗り出した途端……。
「この後、血の雨が降るという、これからが面白いが、今日はこのへんで」
 と、講談ネタ独特の「これからが面白い」オチで幕となる。
 痛快このうえないが、よく考えると中身のない江戸っ子の代表みたいな演目。これが、「江戸前の男」で売った先代春風亭柳朝に仕込まれた「江戸前の愛弟子」一朝の芸風に、ぴったりとフィットするのである。
「普通、新しいネタを覚えるときは、どう頑張っても一週間かそこらかかるものだけど、『芝居の喧嘩』だけは、三日でできた。元々芝居好きなので、演じると楽しくてしょうがない。このネタをやると、なぜか気合が入るんですよ」
 2012年春、一朝の二番弟子、一之輔が驚異の21人抜きで真打に昇進。3月21日、上野鈴本演芸場での大初日に一朝が演じたのは「芝居の喧嘩」だった。愛弟子の門出には明るくにぎやかなネタをと選んだネタ。客席は沸きに沸いた。
 そしてその夜の主役、一之輔の真打としての初トリは「粗忽の釘」だった。
「柳朝の寄席のトリといえば『粗忽の釘』ですよ。あたしの『芝居の喧嘩』同様、柳朝が『粗忽の釘』をやるときは、気合が違うんです。一之輔のヤツ、そういうことを知っているのかって、ちょいと見直したね」
 上野のトリで一之輔は毎日ネタを変えた。「それなら俺も」と一朝も10日間、違うネタを演じた。
 舞台が新宿末広亭に移っても、一之輔は同じネタをやらない。「面白えじゃねェか」と、一朝もネタを変え続けた。新宿の四日目、一之輔が一朝に頭を下げた。
「師匠、もう勘弁してください」
 初日の「芝居の喧嘩」で始まった、一朝・一之輔師弟の「ネタの喧嘩」は誰にも気付かれぬまま、14日目に休戦となったという。
 ふう。これまで、ああだこうだと、思い出すことをいろいろなことを書き並べた。だがしかし、何をどれだけ書いても、実際に「芝居の喧嘩」を聞くと、「やいコノヤロウ!」しか頭に残らないのが、なんとも悔しい。

 

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長井好弘(ながい・よしひろ)
1955年、東京・深川新大橋生まれ。落語、講談、浪曲などの大衆演芸を核に、伝統芸能、大衆文芸、旅、グルメなどを加えた大人のためのエンターテインメントに関する著作活動を展開する。モットーは「面白くてためにならない」。鰻重(丼)と揚げ物全般が好物で、トマトとブロッコリーと高いもの(標高、値段とも)が苦手。読売新聞東京本社編集委員。日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(伝統芸能・大衆演芸担当)。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査委員。「よみうり時事川柳」五代目選者。『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』(東京かわら版新書)、『落語と川柳』(白水社)など、演芸関連の著書多数。