愉快、痛快! スカッとする落語のことば

愉快、痛快!

スカッとする落語のことば

「あたりめえだい。こちとら江戸っ子だい、職人だい。威勢がいいんだ俺ァ!」「何ィぬかしゃがんでえ、丸太ん棒めェ!」「自慢じゃねえが、『半ちゃん、頼む』と頭を下げられりゃあ、たとえ火の中水の中でも飛び込もうってんだ。江戸っ子だ、べらんめえ!」……そんな、なんともスカッとする愉快で痛快な落語の言葉を語らせたら右に出る人のいない(左に出る人は未確認)新聞記者、長井好弘さんが織りなす「落語の言葉」の奥深くて面白くて泣ける世界をご堪能ください。

 


 その二(2017.02.22) 

 

 俺なんざア変な話をするやうだが、ここに居る婆さん、今ぢや皺くちや婆アだが、櫓下で姐さん株、此奴(こいつ)のお陰でとうとう勘当され、お前の親父だが弟が跡を取つて、僅か貰つた勘当金、其を資本(もとで)に一生懸命働いて好いた同志で夫婦になつて今ぢやア斯うして家主(おほや)とか何とか人に立てられて、一寸間違ひがあつても、済みませんけれどもどうか来て呉れと云はれ、俺が行けば何うにか斯うにか物が納まるといふ工合になり、貧乏ながら人の世話を随分して居る。汝は何だ、五十両といふ金を阿母(おふくろ)から貰つて出て、何所へ持つてつて捨ててきた馬鹿野郎、これからは俺がウンとたたき直してやる。人間は酸いも甘いも知らなくツちやいけねえ、汝の親父のやうでも困る、これから確かりやれよ。
      (三代目柳家小さん「唐茄子屋」より、本所の伯父の意見)

 

 

 落語の世界に登場する商家の若旦那は、どこか憎めない道楽者だ。
 親旦那も心配するほどの堅物が、町内のごろつきに連れられ初体験。薬が効きすぎて、将来の道楽者を予感させるほどにのぼせ上る「明烏」のうぶな時次郎。
 勘当されて裏長屋に落ちぶれても料簡は変わらず、幽霊の金を持ち出す手伝いをして儲けた百五十両を吉原で豪遊して一夜で使い果たす「へっつい幽霊」の銀ちゃん。
 吉原へ行けぬよう家の二階に閉じ込められるが、自分の声色が得意な善公を身代わりに置いて脱出を果たす「干物箱」の孝太郎。
 勘当されて職人宅に居候でも能天気は変わらず。湯屋へ奉公に出て、憧れの番台に座り妄想にふける「湯屋番」のあいつ。
 どれもこれも名うての道楽者。江戸の昔だろうが平成の現在だろうが、一言ガツンといってやらなきゃ目が覚めない奴だ。
 それなのに、どうしても、この連中を責めることが出来ない。
 落語の国の若旦那たちは、ただひたすら自分の気持ちに忠実なだけ。勘当されようが、汚い長屋に逼塞しようが、金に困って怪しい商売を始めようが、料簡を入れ替えるなんて殊勝なヤツは1人もいない。欲望の対象が「酒」「女」「ばくち」の違いはあるが、「いい思いをしたい」という一点だけはブレがない。これでは、真面目に生きてる我々の方が野暮に見えてくる。常識やら世間体やらに縛られてがんじがらめの現代人にとっては、そんな自由な生き方がうらやましくもある。つい小言の切っ先が鈍ってしまうのである。
 そんな若旦那に敵対するのは、大旦那という名の父親か、その参謀である店の番頭か。だが、道徳や世間体ぐらいしか武器のない小言に、大した説得力がない。
「まじめにやれ」「孝行をしろ」「遊びは悪だ」「無駄遣いをするな」
 そんなことを言ってる彼らだって、「確かに外で遊ばないが、家の奉公人に次々手を付ける大旦那」(木乃伊取り)「奉公人には厳しいが、自分だけはちゃっかり粋筋の女を囲っている番頭」(山崎や)等々、建前と本音をうまく使い分けている。自分を棚に上げての説教なんか、道楽者の若旦那の心に響くわけがないのである。
「勘当、結構ですね。あたしには花魁というものがおります。お天道様とコメの飯はどこへ行ってもついて回りますから」
「唐茄子屋」の主人公の伊之助は、こんな啖呵を切って生家である大商店を出ていった。だが、晴れて勘当の身の上になった伊之助を、花魁は歓迎してくれなかった。金の切れ目が縁の切れ間。やむなく友達の家を渡り歩くが、働きもせず日がな一日ごろごろしている居候の世話をやくお人よしなどいるわけがない。親戚縁者を訪ねても、すでに本家から「御構い無用」のお達しが届いており、敷居も跨がせてはくれない。「お天道様はついて回るが、米の飯が」
 空腹を抱えて真夏の江戸をさ迷う伊之助。吾妻橋の上から隅田川の急流を見下ろした。
「何所へ行つてもお銭(あし)一文握飯一つ呉れません。食はずに居りやア死んで終ふんで、其位ならいっそ一ト思ひに川へ飛び込んで死んだ方が涼しく死ねると……」
 ふらふらと橋の欄干に足をかけた伊之助を救ったのは本所の伯父さん。大店の主人である伊之助の父親の兄である。この時の伯父さんの啖呵が粋で親身で実に魅力的なのだ。
「馬鹿野郎、涼しく死ねるツて、死ぬのに涼しいも暑いもねえや、下らねえ事を云つてやがる。汝(てめえ)と思やア俺は止めなかつた。今手伝つて投込(ほうりこん)で遣るから死んでしまへ。俺も散々道楽をしたものだから横山町の家は全体俺が継ぐんだつたのだが、汝のやうに俺も勘当されて汝の親父が跡を継いだんだ。けれども俺は勘当されたつて、そんな意気地のねえ真似はしねえ、何だべらぼうめえ、食ふに困つて死ぬような料簡ならはじめツから道楽なんぞするな、サア飛込んじまへ、モウ俺は止めねえから」
 目の覚めるような伯父の啖呵を聞いて、本当に目が覚めた。伊之助は本所中之郷の伯父の家に連れて行かれ、そこで散々説教される。それこそが、今回のお題。落語の中で、僕が勝手に最強だと僕が思っている、ほれぼれするような小言なのである。
 今はしわくちゃ婆の伯母さんが、実は江戸の岡場所「深川七場所」の一つ、「櫓下(やぐらした)」の売れっ子女郎であり、伯父さんはこの女に入れあげて勘当される。それでも懸命に生きて、町内では人に頼られるほどの存在になったーー衝撃の事実である。
 愛すべき過去の告白を交えながらの、矜持と自負に満ちた説教を聞かされれば、伊之助ぐうの音も出ないだろう。
 一夜明けて、朝食の膳を前にしての、伯父さんの味噌汁談義がまた素敵なのだ。
「おいしい味噌汁だつて、あたりめえよ、汝の所の知るとは違はア、道楽をした人間だ、鰹節(かつぶし)だつて良いのを使つてるんだ。汝の親父なざア鰹節を汁の中へ入れると云ふと、肝を潰して居やがる、金ばかりこしらへたつて碌なものも食はずに居るナア生涯の損だ。汝もいくらか道楽をしただけこんなうめえ汁を吸うだけも徳だろう」
 味噌汁にこと寄せて、堅物の弟を揶揄し、道楽者の伊之助の肩を持っているのである。
 実は、こうした本所の伯父さんの名セリフの数々が、現在の寄席ではほとんど聞くことが出来ないのである。
 勘当息子の伊之助が市井の様々な生き方や真心に触れ成長していく姿を描く「唐茄子屋」は、すべての逸話を演じれば優に一時間を超す大ネタだ。寄席の持ち時間は、その日の主任であるトリであっても三十分余り。その制限の中で演じるには伯父さんの登場する前半のくだり、本筋にさほどかかわらない説教の部分をカットするのは仕方のないことだ。
 かくいう僕も、ずっと本所の伯父さんの「過去」を知らなかった。商家の跡取りに生まれながら、本所で長屋暮らし。どうしてそんなことになったのか、堅物の弟と何があったのか。疑問が氷解したのは、明治末から大正にかけて「名人」と呼ばれた三代目柳家小さんの速記を読んでからだ。
 三代目は、「唐茄子屋」の後半部分、伊之助が貧しい母子を助ける人情噺的な部分を演じないやり方なので、さほどの長講にはならないから、伯父さんの出番を縮小する必要がなかったのだろう。
 本所の伯父さんは、死に損なって生まれ変わろうとしている伊之助の名指南役にピッタリのはまり役である。
「俺は何も吉原へ行くのがいけないといってるんじゃねえ。自分で働いた金で何をしようがかまわねえ。『伯父さん、これこれの仕事でこれだけ稼いだんで、吉原へ行きたいんですが』といわれりゃあ、俺も一緒に行ってやろうじゃねえか」「そんなら、さっそく今晩」「今晩じゃねえ!」
 三代目の速記にはないが、平成の「唐茄子屋」にあるこんなくすぐりに、小さん流の「粋な伯父さん」のにおいがする。平成の後進たちは、この三代目風の伯父さんを克明に伝えてはくれないが、その料簡はしっかりと噺の中に根付いている。

 

「その一」へ


長井好弘(ながい・よしひろ)
1955年、東京・深川新大橋生まれ。落語、講談、浪曲などの大衆演芸を核に、伝統芸能、大衆文芸、旅、グルメなどを加えた大人のためのエンターテインメントに関する著作活動を展開する。モットーは「面白くてためにならない」。鰻重(丼)と揚げ物全般が好物で、トマトとブロッコリーと高いもの(標高、値段とも)が苦手。読売新聞東京本社企画委員。日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(伝統芸能・大衆演芸担当)。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査委員。「よみうり時事川柳」五代目選者。『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』(東京かわら版新書)、『落語と川柳』(白水社)など、演芸関連の著書多数。