おカネはケチらないほうが溜まる本当の話

おカネはケチらないほうが溜まる
本当の話

おカネをケチらない。つまり、おカネは使えば使うほど、おカネは貯まるーー。いや、禅問答ではありません。その答えは、経済評論家であり、「細かすぎるおカネの話」を始めたら止まらなくなる「おカネのストーリーテラー」の佐藤治彦さんが、ていねいに教えてくれます。「心を豊かにすれば、おカネも豊かになる」をテーマに掲げ、グルーブ感たっぷりの文章で、さあおカネの話、始まります。



  第十回(2017.11.25)

12月26日のクリスマスケーキ


 いまはスイーツとかいうらしいけれど、ケーキは子どものご馳走だ。
 刺身のウマさやステーキの分厚さに喜ぶのは中学に入るころからではないか。それまでは、やっぱり甘さが子どもにとって、もっともおいしいもの、味覚の王様だ。少なくとも昭和36年、1961年生まれ、平均的サラリーマンの家に生まれた僕にとっては、ケーキは特別なときにのみありつけるご馳走だった。もちろん街にはケーキ屋さんがあって、店の中に山ほどのケーキが並べられているのを、幼稚園や小学校の行き帰り、ショーウィンドウのガラスに顔を思いきりつけて、眺めたものだ。
「ケーキ食いたい、ケーキが欲しい。甘さが足りない」
 中にいる店員さんがニコニコしているので、子ども好きなんだなと思っていたけれど、いまから考えると、小太りの子どもが両手と顔を思いきりガラスにつけてケーキを眺めている姿は、中からみると鼻がブタになった子どもが窓から見ているのだ。息でガラスが白くなっているのを見て、笑っていたのかもしれない。
 親に手を引かれて歩く幼稚園児のころでさえ、ケーキ屋さんの前では歩みは遅くなる。奇跡が起きて親がケーキを買ってくれると言うかもしれないと、毎回期待した。

 ときおり家に来るお客さんが手土産を持って来た。それが、白い紙の箱でリボンで結ばれていたりでもしたら、少なくともケーキ屋で買って来たお土産ということは、子どもでもわかかる。目が輝き、「あっ」と声を出し、もう家の中でもスキップを踏み、手を挙げて踊りだし、鼻血が出そうなくらいに興奮した。一方、渋い色の箱だったりしたら、中身はせいぜいまんじゅうだ。ときにはせんべいだったりする。そんな箱をいつもはケーキを持ってくるお客さんが持っていたら、がっかりする。いい子にして、「ケーキを持って来てよかった」と思ってもらおうと、挨拶の練習までしていたのにである。しょうゆ味のかたいせんべいのためではない。
 親は「まあ、こんなおいしいものをいただいて」と大人の会話をしている。「ほら、治彦ちゃん、こんなおいしいおせんべいをいただいたわよ、ちゃんとご挨拶して」と言われても、こちとら心は入らない。それを来客のオバさんも察知して、「あら、やっぱりケーキのほうがよかったかしら」と言われると、次は間違いなくケーキだろうなと思う。帰りがけに、親に呼び出され、「ほら、お帰りになるから、ご挨拶して」などとなって「また、すぐにでもお越しください」と言ったことがある。ただし、不機嫌である。
 先に、白い箱はケーキ屋の箱だと子どもながらにわかっていたと書いたが、ケーキでもいろいろなのだ。こちらが欲しいのは、ショートケーキ、モンブランといった生クリームを使ったものである。ところがお土産では、ケーキ屋の箱に入っているのに中身はスポンジケーキ、レモンケーキ、ゼリー、プリンといった生クリームなしのものでフェイントを食わされることがあったのだ。もちろん甘いしおいしいのだが、白い生クリームのケーキのそれとは違う。それに、プリンなら親がときどき作ってくれる。

 生クリームのケーキを確実に手に入れられるのは、誕生日とクリスマスである。4月の僕の誕生日、7月の妹の誕生日、そして12月のクリスマスだ。そのときだけは親が確実に買ってくれた。駅前に、パンとケーキがおいしいと定評の店ができ、手ごろな価格のシュークリームを親がときどき買ってくれるようになったのは、家の経済力が増した小学校も高学年になってからである。
 さて、年に3回のケーキでも、特別なのがクリスマスケーキである。このときだけは、台で買うからだ。カットケーキではなく、そのまままるいケーキを一台ごと買ってくれるのだ。親はほどんど食べないので、妹と二人で生クリームケーキを独占した。浸った。リプトンのティーバックで入れたレモンティーと、生クリームのケーキを往復する。それが、クリスマスである。
 子どものころにキリスト教の教会に通っていたので、イエスキリストの生誕を祝う日であることは知っていたが、子どもにとってはケーキの日である。多くの家庭でチキンの丸焼きをメインとしたご馳走とクリスマスケーキで、24日のイブ祝う。ところがわが家は、クリスマスイブにはチキンしかなかった。
 街中でクリスマスの2、3日前から赤い服を着たお姉さんやお兄さんやおじさんがクリスマスケーキを売っているのは知っていたが、親はけっして買わなかった。親がクリスマスケーキを買って来るのは、25日なのである。教会に通っていたころは、「うちはクリスチャンなので、きちんとイエス様が生まれてからケーキを買ってるんだ」と思っていたけれども、理由は25日になればケーキは半額になっているからだった。24日までは、いばってケーキを売っていた人たちが、懸命にケーキを売り始めるのが25日だ。25日の夜には、もう泣きそうな顔で、クリスマスベルを激しく鳴らしながらケーキを売る。半額という言葉も覚えた。
 昨日までの価格にバッテンが入り、矢印の先に数字が書き込まれていて、1200円が600円と半分の値段になって「半額」と書かれていた。でもほとんどの人は買わない。もうクリスマスイブで食べているので、二日続けて買う人はいないのだ。しかし、わが家は違う。昨日はチキンしか食べていない。こうして、半額でどでかいケーキを買ってくれる親はたいしたもんだと思った。
 そして、生クリームに浸った。食べる前には、部屋の灯りを消してケーキ用の小さなろうそくを立てて吹き消した。誰の誕生日でもないのにと思ったが、イエスキリストの誕生日だったと思い出した。でもそれなら、ろうそくは4本でいいのかとも思った。キリストは4歳ではないはずだ。ケーキの上の、ホワイトチョコに書かれたメリークリスマスの札や、小さな太ったサンタのおもちゃなどをはずして食べた。鼻の先に白いクリームをつけながら、食べた。

 ある年のクリスマス。26日に親がもうひとつクリスマスケーキを買って来てくれた。喜んだのだが、食べながら飽きるとはどういうことかを知った。2日続けてケーキに浸ってもおいしくなかった。むしろリプトンのレモンティーのほうがおいしく思えたほどだ。
 どうも、12月25日に半額にしても売りきれなかったので、26日にさらに安くしたのだ。いわゆる投げ売り価格、捨て値価格だった。ケーキなので投げて売られてはこまるのだが、クリスマスの後に連れて行かれる上野御徒町のアメヤ横町で数の子や鮭を売るおじさんたちも、投げ売りをしていた。「もってけ泥棒」というフレーズを使うのを知った。持って行ったらきっと怒るし、泥棒でなくお客さんなのにとも疑問に思ったが、売るほうも買うほうからもギリギリ感を感じたので、親によけいな質問はしなかった。
 26日のクリスマスケーキを食べきれなかった理由も正確にわかった。ケーキに飽きただけでなく、生クリームではなく、バタークリームケーキだったのだ。味が違うし、ちょっと固めのクリームなのである。
 しかし、親は26日の投げ売りに味をしめたからか、翌年は25日にもケーキを買わなかった。半額以下の投げ売りを待ったのである。そしたら、売りきれてクリスマスケーキを買い損なった。
「今年はクリスマスケーキはない」と親に告げられたとき、7月から待っていたケーキの日を裏切られたからか、声を出して泣いた。子どもの唯一の抗議手段。泣き続ける手段に出た。

 泣きやんだころ、親にボウルに入った白い粉と泡立て器を渡された。親はそこに少量の牛乳を入れた。
「それをできるだけ早く、くるくるとかき混ぜなさい。そしたらホイップクリームになるからケーキを作ってあげる」
 懸命にかき回した。ボウルからシャカシャカと音がした。がんばるのだが、うまくいかない。そのうち、疲れてしまった。親がボウルを取り、シャカシャカさせた。ときどき中を見せてくれると、だんだんとクリームぽくなっていくのがわかった。舐めるとクリーム味だった。しばらくして、絞り袋に入れた。その先にはマヨネーズの取り出し口のようなものがついていて、目の前のカステラのようなケーキの台に絞り出すように言われた。そしたら生クリームが出て来て驚いた。
 苦労はあったが、思いきり泣いただけ、手作りのケーキにはありつけた。ボウルにはクリームが山ほど残っており、指でていねいにこそって食べた。ケーキのまわりからはがすビニールのときよりも多く舐めた。
 おいしかったが、やっぱり買ってくるケーキのほうがいいなとも思った。翌年も、親は24日にはケーキは買ってくれなかった。僕としては気が気でなかったが、ケーキを売ってる赤い服のお姉さんたちの後ろに重ねてあるケーキの箱が山ほどあるのを見てほっとした。
「どうか無事に売れ残って、半額になりますように」と心の中で祈った。

 

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佐藤治彦(さとう・はるひこ)
経済評論家、ジャーナリスト。
東京都杉並区生まれ。東京都立富士高等学校普通科卒業、慶応義塾大学商学部卒業、東京大学社会情報研究所教育部修了。大学卒業後、銀行員、金融誌記者、放送作家、経営コンサルタント会社勤務を経て独立。趣味は音楽鑑賞、海外旅行。

主な著作
「年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話」(扶桑社)
「普通の人が、ケチケチしないで毎年100万円貯まる59のこと」(扶桑社)
「お金をかけずに 海外パックツアーをもっと楽しむ本」(PHP)
「日経新聞を「早読み」する技術」(PHP)
「知識ゼロからの為替相場入門」(幻冬舎)共著
「ガイドブックにぜったい載らない 海外パック旅行の選び方・歩き方」(アスペクト)
「ガイドブックにぜったい載らない 海外パック旅行の選び方・歩き方  〜 さらに超役立ち旅テク編」(アスペクト)
「アジア自由旅行」(小学館)島田雅彦氏との共著
「ええじゃないか!」(オーエス出版)テリー伊藤氏との共著
「お金で困らない人生のための金融商品五つ星ガイド」(講談社)
「使い捨て店長」(洋泉社)編著……ほか多数