おカネはケチらないほうが溜まる本当の話

おカネはケチらないほうが溜まる
本当の話

おカネをケチらない。つまり、おカネは使えば使うほど、おカネは貯まるーー。いや、禅問答ではありません。その答えは、経済評論家であり、「細かすぎるおカネの話」を始めたら止まらなくなる「おカネのストーリーテラー」の佐藤治彦さんが、ていねいに教えてくれます。「心を豊かにすれば、おカネも豊かになる」をテーマに掲げ、グルーブ感たっぷりの文章で、さあおカネの話、始まります。



  第十二回(2018.01.30)

無限ループと資本主義


 大学時代の長い夏休み。もう午前8時過ぎには日射しは強くなりだんだんと暑くなる。卒業すれば、この時間にスーツを着て満員電車で会社に通うのかと思うとうんざりした。
 夏の満員電車では冷房などまともに効かない。正確にいうと180センチの身長のある僕の肩から上は電車のエアコンの風が当たるけれども、それ以外の身体は他の人とびっちしくっついているので冷気など来ない、だから暑い。もちろんそれでもクビから上は涼しい自分は恵まれているほうで文句は言えない。なぜなら、自分より背の低い人は、どこにも冷気は当らず、額から汗をかいて小さく息をしながら電車で通うからだ。とくに長い髪の女性は大変そうだった。車内は冷気よりもみんなのイライラした空気が充満していた。
 車内での快適な過ごし方は端っこである。つり革のある最前列、座席で座る人と相対するように立てれば身体半分にも冷気があたる。だから、駅について人の出入りがあるたびに、特等のロケーションに身体をもっていこうと人の流れを利用してモゴモゴする。でも、それは誰もが考えることで、場所の取り合いになる。そして、車内のイライラ指数はさらに上がる。
 学生時代はTシャツで満員電車に乗ることもできたが、それでも相当つらかった。それが、社会に出たらスーツであの電車に乗るのだ。
 うまくいけばスーツを脱いで網棚に上げることもできるだろう。きっと自分のことだから、スーツを脱ぐことができて多少快適になっただけでガッツポーズをするだろう。
 社会に出るということは、あの満員電車にスーツで乗ることなのだ。そして、スーツを脱いでその日の通勤電車を過ごせればガッツポーズをする。それに40年くらい耐えることなのだ。もしも出世ができて役員にでもなれれば黒塗りのハイヤーで送り迎えをしてもらえるかもしれないが、そのためには『白い巨塔』の財前教授のようなさまざまな黒い戦いにも勝たねばならない。学生時代の僕は天井のクロスの模様を見ながら、そんなことを考えてうんざりした。

 楽しくねー。働かないで金を稼ぐ方法はないものかな。
 何考えてんだ。あるわけがない。おれら資本主義に生きてるんだぜ。なら、学生のうちは、とことんだらりと生きてやる。そう思って決意したことはたいしたことでない。まだ、起きねえ!
 もうひと眠りしてやろうと思ったが、気温はどんどん上がり、うっすら汗をかき始めた。さらに夏の邪魔も入った。
「ミーン、ミーンミンミンミンミン」
「ポッポー、ポッポー」
 外から聞こえるセミの声や繰り返されるハトの鳴き声が自分をバカにしているように思えて、石でも投げてやろうかと思ったとき、ふとひらめいた。
 あれ、でも、資本主義で遊べるかも。
 働かないで金を増やす方法……あるぜ。
 大学生になってからというもの、月末近くになると池袋の駅にあるちょっとよどんだ場所に通っていた。西口の東武百貨店のすぐそばに質屋が何軒か集まっている場所があって、その区画の端っこの古いビルの5階に金券屋があったのだ。
 そこに、ロードショーの映画館で新作が観られる株主優待券を買いに行く。なぜ月末なのかというと、有効期限が迫った金券はさらに安くなるからだ。同級生で金持ちの息子は親からそんな株主券を山ほど手にしていたが、自分は金券屋に買いに行かなければ手に入らなかった。数多く映画を見たいから、そうしてやりくりしていたのだ。ひらめいたときに、そこに百貨店の商品券も置いてあったのを覚えていた。
 百貨店の金券もいろんなものが置いてあって、株主割引券、商品お取替券、ギフトカード、商品券といろいろとあった。このうち、もっとも使い勝手がいいのが商品券だった。他はお釣りがでなかったり、買える商品が制限されたりする。
 とくに、商品券なら確実にお釣りが出た。さらに、いまはどうか知らないが、当時の西武百貨店の商品券は系列の西友やローソンでも使えたのだ。
 金券屋に行くと商品お取替券は額面の94%、商品券は97%で売られていた。デパートで普通に買物をするのなら、ここで商品お取替券を買って使うのがかしこい。ところが、家の近くのスーパーやコンビニで使えるのは商品券だけだ。
 銀行預金から降ろした10万円で、1万円の商品券を9700円で10枚買った。9万7000円である。他に松竹の映画の券も買って『男はつらいよ』の渥美清の寅さんを見て帰った。映画の中の寅さんはテキ屋なので、働いているのか遊んでいるのかわからない感じだが、大学に行った自分がテキ屋になるわけにはいかない。
 金券屋の帰りに親から頼まれた、玉子、豆腐、納豆、ヨーグルトをスーパーで買って帰る。買物かごに入れながら、合計金額が500円に満たない買物である。「何か買うものある?」と自らお使いを買って出て、母親から頼まれたものだ。
 480円、ここで僕は商品券で買物をする。1万円の商品を出し、9520円のお釣りをもらい、親からは商品金額の480円を受け取る。合計1万円、こうして300円の利益が僕の手もとに残る算段だ。その日はレジに並ぶ列は短く、ひらめいたことを実行に移した。働かずに儲ける方法だ。
 まとめて会計するのをやめたのだ。ひとつずつ会計するほうが得だ。たとえば卵だけ120円で会計をする。お釣りは9880円。次は豆腐だけで60円で9940円のお釣り。1万円の商品券を使うたびに300円の利益が手もとに残るのである。4回の会計で1万円の商品券を4枚使えば、1200円の利益が出せる。
 こうして僕はレジと売場をグルグルとループした。1ループ、300円。ループのたびに、レジのおばさんに「いらっしゃいませ、120円でございます。お釣りはお札から勘定しますね」と言われ一緒にカウントし、レシートをもらう。「また、お越しください」とマニュアル通りの対応をされた。その間、ずーっと下を向いていた。何より、またお越しくださいってのが恥ずかしかった。2分もしない間に次のループ、納豆を持ってレジに戻ってくるからだ。
 あっという間に10枚の1万円の商品券はなくなり、僕の手には10万円が戻って来た。つまり、97000円を10万円にしたのである。
 この行為を、つまりループでし続ければ、働かずにして金がどんどん入る。金券の無限ループで資本主義から逃げ出せるのだ。理論上は。

 あるとき、母親から新聞に折り込まれたスーパーの特価チラシにマジックでマルで囲まれたものをもらった。商品券とチラシを手にスーパーに行ってみると、週末の特価日だけあって長蛇の列である。5分ほどは待たないと順番が来ない。それでも、その日は全部で10点ほどあったので10ループで一気に3000円増やした。豆腐は2丁と書かれていたのだが、ひとつずつレジで会計した。初めは時間がかかって効率が悪いなあと思っていたが、すぐにレジに戻らなくていいので恥ずかしさは減った。
 帰りにコンビニで50円の「ガリガリ君」を1万円の商品券で買った。9950円のお釣りである。つまり、250円得して「ガリガリ君」を無料で食べたのである。10回のループに1時間もかかってしまった。無限ループは楽でなかった。働かずにしてお金を増やす錬金術を見つけ出したが、何か資本主義に勝ったような感じはしなかった。しかし、続けた。何しろ金が増えるのだ。
 月末だけでなく、池袋に行くたびに金券屋に寄り、1万円の商品券を購入した。ところが、しばらくすると金券屋に行っても1万円の商品券がないことが増えてきた。ループできない。
 若い学生がしょっちゅう来るので、金券屋の親父さんにすっかり顔を覚えられていた。同じ会社の商品券でも1万円のそれしか買わなかった。「5000円の商品券じゃダメなの?」と聞かれたけれど、「1万円のがいいんですよ」と答えた。5000円の商品券は97%で4850円。1回のループで150円しか利益が出ないのである。
 親父さんは「このごろ1万円の商品券は入荷するとすぐになくなるんだよね」と言っていた。僕は誰かはわからないが、自分と同じ錬金術を見つけだしたライバルがいるのだと合点した。そいつもループしてるのだろうか?
 見つけ出した錬金術を半年くらいは繰り返していたのだが、終りのときはあっというまにやってきた。人気のためか1万円の商品券の販売価格が97%でなく98%、9800円となった。1ループ300円が200円になったのだ。一気に30%以上利益が減って僕のやる気も一気にしぼんだ。こうして、無限ループはあっけなく切れた。
 そういえば、辞めた理由がもうひとつある。いい時給のバイトが見つかったのだ。バイト代をもらうのはちっとも恥ずかしくなかった。やっぱり働いて収入を得るのが一番だと思った。
 資本主義はすげえと思った。

 

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佐藤治彦(さとう・はるひこ)
経済評論家、ジャーナリスト。
東京都杉並区生まれ。東京都立富士高等学校普通科卒業、慶応義塾大学商学部卒業、東京大学社会情報研究所教育部修了。大学卒業後、銀行員、金融誌記者、放送作家、経営コンサルタント会社勤務を経て独立。趣味は音楽鑑賞、海外旅行。

主な著作
「年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話」(扶桑社)
「普通の人が、ケチケチしないで毎年100万円貯まる59のこと」(扶桑社)
「お金をかけずに 海外パックツアーをもっと楽しむ本」(PHP)
「日経新聞を「早読み」する技術」(PHP)
「知識ゼロからの為替相場入門」(幻冬舎)共著
「ガイドブックにぜったい載らない 海外パック旅行の選び方・歩き方」(アスペクト)
「ガイドブックにぜったい載らない 海外パック旅行の選び方・歩き方  〜 さらに超役立ち旅テク編」(アスペクト)
「アジア自由旅行」(小学館)島田雅彦氏との共著
「ええじゃないか!」(オーエス出版)テリー伊藤氏との共著
「お金で困らない人生のための金融商品五つ星ガイド」(講談社)
「使い捨て店長」(洋泉社)編著……ほか多数