おカネはケチらないほうが溜まる本当の話

おカネはケチらないほうが溜まる
本当の話

おカネをケチらない。つまり、おカネは使えば使うほど、おカネは貯まるーー。いや、禅問答ではありません。その答えは、経済評論家であり、「細かすぎるおカネの話」を始めたら止まらなくなる「おカネのストーリーテラー」の佐藤治彦さんが、ていねいに教えてくれます。「心を豊かにすれば、おカネも豊かになる」をテーマに掲げ、グルーブ感たっぷりの文章で、さあおカネの話、始まります。



  第五回(2017.06.15)

何を隠そう私は、こっそり値上げ探偵である


「おっ、上げたか!」
 年に数回であるが、スーパーで商品を手にしたとたん、思わず声を出してしまうことがある。そして、にやりとする。
「見つけたぜぃ〜!」
 あまり人に言えたものではないのだけれど、最近の私が秘かにしているのが、「こっそり値上げ」の発見である。まるで探偵のように見つけ出してしまう。
「こっそり値上げ」とは、値上げと感じられないように値上げをする手法である。
 この「こっそり値上げ」の探偵を始めたのは、子どものころから食べているヨーグルトの微妙な変化だった。
 このヨーグルト、もともとは内容量が500ミリリットル、さらに15グラムの砂糖がついていた。グラニュ糖をくだいて溶けやすくしたスグレモノの砂糖である。
 中学生になってこのヨーグルトが急に朝食の食卓に出てきて「健康にいいから食べなさい」と言われたのだが、当時の私にはヨーグルトといえば甘ーいお菓子のようなもの。食感で分けると、ヨーグルトはプリンの仲間だ。それが、いきなりストレートな大人の味。だから、そのスグレモノの砂糖を入れなくては食べられなかった。
 このヨーグルトは昭和の時代からのロングセラーで、港区や千代田区の高級スーパーに行くと250円で売られているのだが、地域や地区によって値段は微妙に変わる。158円、バーゲンなら138年というのが世田谷区内のスーパーでの一般的な小売り価格である。一時期、198円や178円とされたこともあったが、数か月で158円に落ち着いた。
 この158円という小売価格は、平成になってからほとんど変わっていない。原料である牛乳も、梱包に関するものも、原価はじわりと上がっているはずだから企業努力も大変なはずだ。本音は値上げをしたいはず、だから178円とか198円になったのだ。
 商品から悲鳴が聞こえていた。
「少しだけでいいんで値上げさせてください(泣)」
 しかし、それはかなわなかった。

 デフレの時代が続いて、消費者は値上げに敏感だ。時おり「この4月から食パンが値上げされます」「食用油が値上げされます」と報道される。報道された当初は価格は上がるのだが、すぐにもとの値段に戻るものが多い。
 なぜなら値上げと報道されるものの多くは、メーカーから大手小売店への卸の値段の話だからである。戦後日本に長くあった標準小売価格や定価といったものは原則として廃止され、メーカーが小売り店側に、ある一定の価格で売ることを強いることも違法行為となっている。だから消費者が手にするときの小売価格のコントロールは、メーカー側にはなかなかできない。希望小売価格があったとしても、それはあくまで「希望」なのだ。だから値上げされたはずなのに、いつのまにかもとの価格に戻っていたり、バーゲンセールがより頻繁におこなわれ、実質的な値上げはなかったことになっていく。新しい価格が消費者に跳ね返されてしまうのだ。
 価格というものは、消費者に受け入れられてはじめて成立する。たとえば似たようなヨーグルトは何種類も発売されているから、「高い」と思われたら他社のものに乗りかえる消費者も出てくる。値上げを試みて失敗したメーカーは多く、値上げには慎重だ。だから、「こっそり値上げ」の方法をとる製造業者が出てくる。その代表が、このロングセラーのヨーグルトなのだ。

 幼いころから40年近くも食べ続けているヨーグルト、じつは価格での値上げはできなかったが、この10年あまりで事実上の値上げを3回もしている。それは、控えめにこっそりとおこなわれた。
 まずは消費者が砂糖離れをしているということで、先述した砂糖の量を半分にした。15グラムあったスグレモノの砂糖を8グラムにしたのだ。大人になって私はこのヨーグルトにはおいしいジャムを入れて食べるようになったので、砂糖は無用の品物だったのでまるでかまわなかった。次に、この砂糖自体を封入するのをやめた。最後にパッケージの大きさはそのまま、内容量を500グラムから450グラムに減らした。砂糖はパッケージから消えたのですぐに気がついたが、内容量の変化にはすぐには気がつかなかった。
 いつものように買って、いつものように食べていてある日異変に気がついたのだ。1パックをおおよそ4日で食べているのだが、4日目になぜか量が足りない。目分量で食べているからと思っていたのだが、毎回合わなくなっていた。
 もしやと思ってパッケージを見たら、450グラムに変わっていた。パッケージの大きさは同じで内容量がこっそり減らされていたのだ。こうして値上げは3回された。
 この「パッケージの大きさは変えずに内容量を減らす手法」はいろんなところでおこなわれている。たとえば、せんたく用の粉石鹸。かつては1キロ入りが当たり前だったが、900グラム、850グラムというパッケージのものが増えてきた。液体の洗剤も同様。1リットルが900ミリリットルや、それ以下とこっそり変わった。シャンプー、リンスも同様。
 あと納豆。一般的にスーパーなどでよく売られている白い発泡スチロールに入った納豆を3つ束ねて売られているもの。あれだ。あのパッケージはもともと50グラムの納豆を入れるに適当な大きさだったが、最近は45グラム、40グラム、中には35グラムというものさえある。洗剤も納豆もパッケージを開けると中身がスカスカで笑ってしまう。むしろ、時おり50グラム入っている納豆に出会うと、パッケージになみなみ入っていて豪快に感じてしまう。
 これは、昭和の時代によくあった「あげ底商法」と同じである。環境のことを考えるのであれば、内容量に合わせた小ぶりのパッケージにするべきだが、こっそり値上げをしたい向きにはそんなことはこわくてできないのだろう。
 それは冷凍食品業界にも浸透していて、フライものや餃子など大きなパッケージに、思ったほど入っていない梱包の商品が増えた。量に合わせて小さなパッケージにすれば、梱包費用を抑えられる。小口化すれば運送料も下げられるのにと思うのだが、なぜか最近が奇数の餃子が増えてきた。18個入るトレーの大きさに17個入りだったりする。思い返すと「前は18個入りだったなあ」と思う商品なのである。端っこに奇妙な空きスペースに餃子のタレを入れたり、そこだけ餃子を入れるくぼみがなかったりと各社の工夫が苦笑である。

 みんな大好きな100円ショップなどは、値上げしたくてもできないので、中身を減らしたものオンパレードだ。コーヒーフィルターは100枚入りだったものがだんだんと減って今は70枚に、割り箸は50膳が35膳に。陶器の皿は直径が小さくなり、洗濯を干すピンチつき角ハンガーは洗濯バサミの数が36くらいから24まで減った。使っているプラスチックもペラペラな薄いものに格下げされた。
 その点、最近のイチゴのパックは深さが浅くなり、かつては3段入っていたイチゴが2段になっていたりする。潔くて好きだ。
 価格は上げずに中身を変える。メーカーの苦肉の策がにじみ出る。でも、その方法もそろそろ限界なのではないだろうか? いや、そう言われてもう5年以上もたつ。値上げはやはり消費者の抵抗が強いのだろう。
 普通の値上げをすんなり消費者が受け入れるためには、もう少し給料が増えることが求められているのだろう。何といっても、いちばんスカスカなのは消費者の財布の中身なのだから。
 これが、こっそり値上げ探偵の見い出した回答である。

 

Buck number


佐藤治彦(さとう・はるひこ)
経済評論家、ジャーナリスト。
東京都杉並区生まれ。東京都立富士高等学校普通科卒業、慶応義塾大学商学部卒業、東京大学社会情報研究所教育部修了。大学卒業後、銀行員、金融誌記者、放送作家、経営コンサルタント会社勤務を経て独立。趣味は音楽鑑賞、海外旅行。

主な著作
「年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話」(扶桑社)
「普通の人が、ケチケチしないで毎年100万円貯まる59のこと」(扶桑社)
「お金をかけずに 海外パックツアーをもっと楽しむ本」(PHP)
「日経新聞を「早読み」する技術」(PHP)
「知識ゼロからの為替相場入門」(幻冬舎)共著
「ガイドブックにぜったい載らない 海外パック旅行の選び方・歩き方」(アスペクト)
「ガイドブックにぜったい載らない 海外パック旅行の選び方・歩き方  〜 さらに超役立ち旅テク編」(アスペクト)
「アジア自由旅行」(小学館)島田雅彦氏との共著
「ええじゃないか!」(オーエス出版)テリー伊藤氏との共著
「お金で困らない人生のための金融商品五つ星ガイド」(講談社)
「使い捨て店長」(洋泉社)編著……ほか多数