介護カフェのつくりかた 番外編

介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」

ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで14年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。


Vol.45(2026.10.21)

その人の「やってみたい」を、あきらめない

今回は居宅介護支援事業所でケアマネジャーとして勤務する鈴木隆浩さんの実話に基づいたお話です。

* * *


 出会いは、サービス付き高齢者向け住宅です。
 Bさんにはじめて会ったとき、こちらの問いかけに対して返ってきたのは、「あぁ、うぅ」という、返事なのかどうかもわからないような声でした。
 支援は、そこから始まりました。
 アセスメント※1の時点では、読みとれることが非常に少ない状況でした。こちらの問いかけに、うなずいているのかどうかさえ、はっきりとはわかりません。当時暮らしていたサ高住(サービス付き高齢者向け住宅の略)
※2では、併設されているデイサービスの利用を勧められる環境にありました。

 もちろん、施設内のサービスを利用することにもメリットはあります。ただ、ケアマネジャーとしては、ご本人がどのサービスを利用するかを選ぶ権利を大切にしたい。とくに、コミュニケーションが難しい状況にある方の場合、どのような場所で、誰と、どのように過ごすのかは、その後の生活に大きく影響します。

 ただ居室で過ごす時間が長くなるのではなく、人と会い、会話をし、外に出る機会を持つことも、その人らしい生活や自立支援につながるのではないか。一方で、医療的なケアも必要で、毎日のように外部のデイサービスへ通うことが必ずしも適切とは限りません。

 Bさんと意思疎通がほとんど図れないなかで、これまでの経緯や生活歴などから、ご本人にとってどんな環境がよいのかを想像しながら、サービスを選んでいきました。意思表示が十分にできないときに、どうやってご本人の思いをくみ取り、意思決定を支えていくのか。
支援の序盤こそ、ケアマネジャーとしての力が問われるのではないかと、私は考えています。

 Bさんは、脳梗塞で救急搬送され、その後、ご本人の意向を十分に確認することが難しいままサ高住への入居が決まりました。退院後、自宅へ戻ることはなく、そのまま施設での生活が始まりました。そこでまず、自宅の近くまで行くことのできるデイサービスを探しました。そして、できるだけアットホームで、リハビリにも取り組めるところ。このサービス選びが、その後の生活に大きな影響を与えたのではないかと思います。

 一方で、施設内の考え方との違いが生まれる場面もありました。けれど、それも含めて、ご本人にとってよりよい生活とは何かを考え続けることが、ケアマネジャーの役割なのだと思っています。

 コロナ禍も終盤にさしかかった2022年のことです。サ高住でクラスターが発生した際、外部のデイサービスを利用していることについて、感染との関連を指摘される場面がありました。しかし、そのデイサービスでは、ご本人を含め感染者は確認されていませんでした。その後、まもなくBさんは、コロナ肺炎ではなく「誤嚥性肺炎」で救急搬送されました。当時から胃ろうは造設されていましたが、逆流や嘔吐を繰り返していました。

 そこで、「半固形の経管栄養を試してみてはどうか」と、何度か提案していました。 施設側ともさまざまなやり取りを重ねるなか、最終的には誤嚥性肺炎による入院をきっかけに、「半固形の経管栄養」※3を取り入れることになり、その状態で退院することになりました。

 そして、ここがひとつの転機になりました。
 Bさんは入院前は週2回程度だった外部デイサービスの利用を、週5回へ。施設内のデイサービスは週1回程度利用するプランへと変更しました。
 そこからさらに数か月。少しずつ、意思疎通がはっきりしてきました。頻繁に人と会話すること。そして、施設の外へ出て、社会との接点を持つこと。そうした日々の積み重ねが、ご本人の意思表示を少しずつ引き出していったのだと思います。

 Bさんはモニタリング※4のたびに、冗談まで出てくるようになりました。
「鈴木さん、また私のことイジメに来たんでしょう(笑)」
 ニヤニヤしながら、そんなことまで言ってくれるようになったのです。
 そして、さらに半年ほど経った頃。こんな言葉が飛び出しました。
「私、また歩きたい。○○(デイサービス)に行っていることで、立てるようになったんだよ!」
 そう言うと、Bさんは車いすのアームレストにつかまり、腕の力にも頼りながら、ゆっくりと立ち上がりました。

 その瞬間、涙が流れました。Bさんに最初に出会ったとき、意思疎通さえままならなかったのが、自分の言葉で「歩きたい」と話し、そして実際に立ち上がった。その喜びは、言葉では言いあらわせないものでした。
「今度は、ごはんを食べましょう!」
 そう力強くお伝えしました。

 その後、Bさんは、在宅医、訪問歯科医にも口腔内や嚥下の状態を確認してもらい、条件を整えたうえで、経口摂取、つまり口から食べることも少しずつ始められることになりました。最初は、1日1回のコーヒーから。そして半年足らずで、1日2食を口から食べられるまでになりました。脳梗塞の後遺症もあり、長い間口から食べていなかったこともあるため、誤嚥には十分注意しながら、一歩ずつ進めていきました。

 できることがひとつ増える。すると、またひとつやってみたいことが生まれる。
身体の変化とともに、意欲も少しずつ高まっていきました。
「昔は勉強してこなかったからね。今、英語を勉強しているの」
「編み物できるようになったから、マフラー編んでるの」

Bさんからは、そんな言葉まで聞けるようになりました。

人は、どこまで回復するのか。その可能性を、私たちは簡単には決めつけられないのかもしれません。もちろん、すべての人が同じように回復するわけではありません。 それでも、ご本人の「やってみたい」を信じながら、できることをひとつずつ積み重ねていく。その積み重ねが、ある瞬間から大きな変化につながることがあります。

 このケースでは、ケアプランをきっかけに、医師、歯科医、デイサービス、施設など、さまざまな職種や人たちが関わりながら、ご本人の生活が少しずつ変わっていきました。私にとっても、忘れられないケースです。  ケアマネジャーの仕事は、「今できること」を見つけるだけではなく、「もしかしたら、これからできるようになるかもしれないこと」を一緒に探していく仕事なのかもしれません。

* * *

 最初は意思疎通も難しかった方が、「歩きたい」と自分の言葉で伝え、英語の勉強や編み物まで楽しむようになった。人の可能性って、私たちが思っている以上に大きいのかもしれません。ケアマネジャーの仕事は、今できることを見つけるだけではなく、その人がこれからやってみたいことや、まだ表に出ていない力を信じて、一緒に探していくことでもあるのだと思います。

 そして、その変化は一人の力だけで生まれるものではありません。本人の思いを中心に、医療や介護のさまざまな人が関わり、知恵を出し合うこと。そこにケアマネジメントの大切さがあるように感じます。私たちは、目の前の人の可能性を、知らず知らずのうちに狭めていないだろうか。そんなことを、あらためて考えさせられる実践です。

※1アセスメント
ケアプランを作る前の情報集めのことです。利用者本人やご家族のお話を伺いながら、体の調子や認知症の状態、生活のペース、住まいの環境、そして「こんな生活を送りたい」という希望まで、幅広く詳しく把握します。いわば医療の問診のような工程で、その人らしい暮らしを支えるケアプランづくりの土台となります。

※2サービス付き高齢者向け住宅
高齢者向けの賃貸住宅です。60歳以上(要介護なら60歳未満も可)が対象で、「安否確認」と「生活相談」の提供が必須条件です。介護施設ではないので、介護が必要になっても自らサービスを契約して住み続けられます。費用は家賃・サービス費・介護費が別々にかかります。

※3半固形の経管栄養(半固形化栄養法)とはサラサラの液状栄養剤に増粘剤・ゲル化剤を加えて、ゼリー状〜とろみのある状態にし、胃瘻や経鼻チューブから短時間で注入する日本独自の栄養投与方法。

※4モニタリング
ケアプランに沿ってサービスが行われているかを、定期的に確認することです。訪問や電話で、体調や気分の変化、サービスへの満足度、新たな困りごとがないかを伺います。状態の変化が見つかれば原因をさぐり、必要に応じてケアプランを見直します。月1回が原則で、今の状態に合った支援であり続けるための大切なステップです。


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高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。