介護カフェのつくりかた 番外編

介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」

ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで12年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。


Vol.34(2025.3.2)

「心に寄り添い続ける介護」

 今回は、沖縄県浦添市にて、訪問介護事業所のサービス提供責任者をされていた安保奈緒さんの実話に基づいたお話です。

* * *

 「ちょっと待って、私の目を見て話を聞いて」
 そう言って、ご主人に意向をしっかり伝え、コミュニケーションを大切にするYさん。ご主人も「そうだよね、ごめんごめん」と言い、自身の意向を全面に出すのではなく、彼女の意向を確認しながら対話で物事をきめていく。これまでも、夫婦でさまざまなことを決めてきたのだと想像できる一場面に遭遇した。
 まだ訪問し始めて日も浅い時期の出来事で、これまでの訪問介護先ではあまり見られなかった光景に、当たり前だけど意識して会話している家族がどれくらいいるのか? と考えさせられた出来事だった。

 難病で会話が徐々に難しくなってきている状況で、うっかり介護者が支援の方向性を決めてしまうこともあるけれど、Yさんご夫婦は対話をしつつ、ときに喧嘩もしながらさまざまなことを意思決定されていた。
「私のケアに関して、取り入れたほうがいいと思うことはどんどん教えてください。自分に必要だと思うことは取り入れていきたいと思います。家族にも、おむつ交換やベッド上での洗髪などのケア方法を教えてほしい」
 そう言ったYさん。ヘルパーとして訪問しながら、日々変わる身体状況に応じてケア内容を見直し、Yさんや家族にも提案やアドバイスをしつつ、介護体制を一緒に整えた。どの支援者よりも長く、回数も多く支援するヘルパーだからこその信頼関係が築けて、ケアを行いながらたくさんの会話を楽しんだ。一緒に悩み考え、共有しながらケアを確立させていく過程は、ヘルパーだからこその醍醐味でもある。

 職業人、管理職としての経験も豊富で、私の管理者としての悩みを聞いてもらうこともあり、そんなYさんの経験から導いた揺らぎのない想いは、憧れるとともに尊敬することが多かった。Yさんは、家の中をいつも清潔に保ち、季節の行事を大切にしつつ、家族仲良く生活されていた様子が、訪問していつも感じられた。日々の生活を楽しみ、仕事も精いっぱい行い、周りの人も大切にしてこられたYさんには、病気になってからも友人が毎日のように訪れていた。職場の部下や後輩もよく仕事帰りに自宅に訪ねてこられ、Yさんの人柄をとても感じた。

 Yさんは管理職としてバリバリお仕事をされて、あと少しで定年を迎えるときに、全身の機能が徐々に低下する病に侵された。残酷な現状に、これから先の見えない未来を悲観する日々で、「夫婦だけで過ごす時間帯に二人で泣いているよ」とご主人は話されていた。Yさんは、訪問の時間帯には苦しい胸の内を話してくれることはあったが、感情的に気持ちを支援者にぶつけてくることはなかった。

 ある日、彼女は「どうしよう、私、呼吸器をつけてから甘えん坊になったみたい」とぽつりと話された。機能が低下し、ギリギリの中で呼吸器をつける選択をしたYさん。退院後に自身の変化にとまどい、苦しみの中で、そんなことを話された。
 病状を理解し、この先に起こり得ることもわかっていたYさんの言葉を受け止めたいと思い、私は「たくさん甘えてください。どんな状況でも側にいます。なんでも言ってください、安心できるようにサポートできる方法を考えます」「この先を見据えて、やってほしいこと、やってほしくないことを伝えてください。共有ノートに書いていきましょう」と相談した。
 それは、この先、口話でも意思を伝えることが難しくなることを想定してのご本人の要望や意向を、支援者間でしっかり共有してケアをしていきたい思いからの提案だった。
「毎日お風呂に入りたい、難しければ清潔にしたいので身体を拭いてほしい」
「新聞を読みたい」
「朝はベッドから離れる時間を作ってほしい」
 その他には、おむつ交換での一工夫してほしいことなどのケアの注意点……少しずつ要望を聞き取り、記載した。その中心には、すべてをYさんに確認しながらすすめることをみんなで共有し、対応できるようにとYさんと一緒に整えた。徐々に機能が低下し、意向を伝えることが難しくなって、さらに苦しみが増えてくる状況の中でも、日常を大切にしつつ孫の成長を喜び、家族の時間も大切にされていた。

 訪問介護は、プライベートなエリアに踏み入ることでもあるが、どんな人でも素敵な部分や尊敬できる部分があり、Yさん一家ではそれを感じることがとても多いお宅でもあった。その中心にはYさんが大切にしてきた日常を当たり前に家族も大切にしており、お互いを尊重しつつケアの中心者であるYさんの想いを中心に動かれていた。
 そんなYさんを最期まで支援させてもらったことは、ときに支援者としても苦しく、何もできないもどかしさと、力のなさに打ちのめされることもあった。しかし、介護福祉士として、ヘルパーとして、サービス提供責任者として、心を寄り添い続ける意義と、心を通い合わせることの奇跡、私自身が多く支えられていたことを実感したとても幸せな時間であったと思う。
 今もふとYさんを思い出し、寂しさとそれ以上のあたたかい気持ちになれる、そんな関りを持てるヘルパーの仕事に強いやりがいを感じている。介護の仕事って本当に素晴らしく素敵。

* * *

 今回のお話は、介護の現場で心を寄り添い続けることの大切さを深く心に刻ませてくれるものでした。Yさんとご主人が、日々の対話を通じて、お互いの思いを尊重しながら意思決定をしていく姿に感動しました。とくに、Yさんが自分の想いをしっかりと伝え、それを支援者や家族と共有しながら進んでいく姿勢は、介護という仕事において最も大切な心構えと感じますし、胸を打たれました。支援者として寄り添い続けることの難しさや、その喜びに触れ、介護という仕事の奥深さを改めて感じることができました。


介護カフェのつくりかた 番外編 Back number

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高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。