介護カフェのつくりかた 番外編

介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」

ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで12年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。


Vol.39(2025.10.5)

「玄関先での交流で気づいた、その人らしさ」

 今回は深瀬久博さんが有料老人ホームで管理者をしていたときの話に基づいたお話です。

* * *

 そこに暮らしていたのは、とても上品で穏やかな女性です。 見た目には認知症とわからないほど若々しい方でした。
身体機能に問題はなく、ADL(日常生活動作)は自立され、人と関わることが好きで、笑顔がとても似合う方でした。

 ただひとつ、心配なことがありました。いつも玄関の近くに来て「外に出たいの」と話されるのです。過去には、自動ドアが開いた瞬間に外へ出てしまい、なかなか戻らず、スタッフ総出で探したこともありました。外に出たい気持ちは自然なことですが、「もし迷ってしまったら」と周りのスタッフも不安を感じていました。

 ある朝、私がいつものように玄関を掃除しようとしたときのことです。
「よかったら一緒に、玄関をきれいにしていただけませんか?」
 と声をかけてみました。
 すると、笑顔で、
「いいわよ」
 と言ってくださり、ほうきを手に取り、手慣れた様子で掃き掃除を始められました。
 ほうきを手にしたその佇まいは、玄関前で外に出ようとしていたときの姿とは違い、まるで仕事をされていた頃のように、りりしく、颯爽としておられました。
 私がちりとりを差し出すと、ゴミをすっと集めてくださいます。その姿が誇らしげで、思わず私も笑顔になり、「とても助かります」と声をかけました。掃除を終えたときの満足そうな表情を見て、一緒に掃除をする時間が私自身の楽しみにもなっていきました。

 やがて、朝の掃除は日課のようになり、外の空気を感じながらほうきを動かす姿はとても自然で、安心して外に出られる大切なひとときとなりました。
 さらに、そこからはその方らしさ、人柄があらわれる場面が見られるようになりました。
 きっかけは、会話のほんのひとことです。
「通勤途中の方に挨拶してみましょう」
 と伝えると、
「それは楽しいわよね」
 と笑顔で返してくださり、そこから自然に始まりました。挨拶をするその笑顔と上品な声かけは通りかかる人の足を止め、笑顔を返していただけるようになりました。その光景は、施設全体を明るく照らしてくれるものでした。

 ご家族の了承をいただいた後には、施設のホームページにも登場していただきました。館内紹介の場面に一緒に写っていただくこともあり、次第に「施設のアイドル」のような存在になりました。入居者やスタッフ、地域の方々からも親しまれ、いつしか「施設の顔」と呼ばれるまでになりました。見学に来られた方からも「ホームページで拝見しました」と声をかけていただけるほどの人気ぶりでした。
「外に出たい」という気持ちは、もともと人との交流を大切にされてきた、その方らしい生き方のあらわれだったのかもしれません。その後も外に出ようとされる姿は見られましたが、以前よりも表情は明るく、笑顔が増えていったのが印象的でした。

* * *

 介護の現場では、安全や管理の視点から「外に出たい」という思いをどう抑えるかに目が向きがちですが、少し視点を変えることで、その思いが「役割」や「交流」につながり、本人の輝きとなっていくのだと改めて感じます。私自身、カフェを続ける中で大切にしてきたのは、安心と信頼の場をつくり、その人の笑顔や強みを引き出すこと。日常の何気ない場面にこそ、ケアの可能性が広がっているのだと思いました。


介護カフェのつくりかた 番外編 Back number

介護カフェのつくりかた Back number


高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。