介護カフェのつくりかた 番外編
介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」
ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで12年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。
Vol.37(2025.8.5)
え? 家族が来ない!?
今回は、介護付き有料老人ホームで管理者をされていた頃の立崎直樹さんの実話に基づいたお話です。
* * *
お看取り。
私はこれまで100名以上の人生のお旅立ちに接してきました。
ただ、これから紹介するような経験は一度だけです。
夕方6時前、看護師からMさんの呼吸が停止していると報告がありました。
ケアマネジャーからご家族に連絡します。通常であれば「そうですか。今から施設に向かいます」と返事が来るところなのですが、ご家族からは思いもよらぬ返答がありました。
「わかりました。明日の朝、うかがいます。」
ご家族は施設から30分ぐらいの距離にお住まいです。
Mさんには子どもが5人いて、ご兄弟が代わるがわるほぼ毎日面会にお越しになっていました。
この日もご家族5人で面会にお越しになっていて、夕方5時過ぎに帰られたところでした。
「私たちは今日も本人とたくさん話できましたし、本人も“もう十分だから、来なくていいよ”と言っていると思います。ありがとうございます」
電話口のご家族は、あわてる様子もなく、とても落ち着いていたそうです。
102歳でお旅立ちになったMさん。
Mさんのご家族はとても仲がよく、毎年お正月には、20人以上の親戚が集まってMさんを中心に施設内で宴会をしていました。
一度目の危機は99歳の年末でした。老衰の兆候が顕著になり、ほとんど食べ物を口にすることができなくなっていました。すでにお正月の宴会の予定は決まっており、ご本人もご家族も「なんとかお正月を迎えて、みんなに会いたい」と願っていました。
ご本人、ご家族、私たちのケアの目標は「生きてお正月の宴会に参加する」の一点。日頃は延命につながるようなことは絶対に望まない(むしろそんなことを提案したら怒る)Mさんでしたが、この時ばかりは、なんとかお正月を迎えたいと必死にがんばってくれました。ご家族も毎日面会にお越しになり、一生懸命励ましてくれました。スタッフも医師と連携し、小さな兆候も見逃さず、できる限りのケアをしました。
そして奇跡は起きました。何とか命をつないで年を越したMさん、年末はほとんど眠ったまま過ごしていたのですが、1月2日、呼びかけに対し目を開けて、スタッフの介助で車いすに移ることができたのです。
Mさんが宴席に現れると、親戚一同、拍手喝さい「おばあちゃんが復活した!」と。短時間でしたが、親戚のみなさんと新年のあいさつを交わしたMさん。数日前の様子がウソのようでした。
“生きる希望”が生命力を最大限に発揮させるということを、目の当たりにした瞬間でした。
宴会の後、ご家族からは「もう思い残すことはないです。いい思い出を作ることができました。」と感謝の言葉をいただきました。
私たちも、やりきったという充実感と、この日のためにがんばったMさんをねぎらう気持ちでいっぱいでした。
しかし、奇跡はそこで終わりません。その日を境にMさんは、徐々に起きている時間が長くなり、食事の量が増え、夏ごろにはかくしゃくとお話しする「以前のMさん」に戻っていったのです。
これには、スタッフも家族も、そしてご本人さえも「驚いた」と話し、笑いあっていました。
実はその後も何度か、老衰による終末期とみられる状態を繰り返したMさん。
それでもお正月が近づくと、「きっと持ち直すだろう」とみんなが信じていました。
そして、亡くなった年のお正月まで、毎年宴会は開かれ、Mさんも参加しました。
そして、お旅立ちになった翌日。
「この施設で過ごした10数年間は、本人も私たちにとっても、悔いのない時間でした。ありがとうございました。」と、ご家族は本当に満足したように私に話してくれました。
お世話になっていた訪問診療医の言葉です。
「家族がそろうのを待って見守られながら旅立つ人、家族につらい思い出を残さないようにひとりで旅立つ人。そのタイミングはご本人が自分の意志で決めているのだと思います」
お看取りは、「最期の瞬間をどう迎えるか」ではなく、「最期の瞬間までどう生きるか」だと私は考えています。Mさんは、最期の瞬間までご自分らしく生ききってくださった方でした。
高齢者のケアに関わる仕事は、人生の最期の貴重な時間をともにする尊い仕事です。
人は必ずいつか天国へと旅立ちます。
関わる人の人生のエンディングが、Mさんのように「しあわせに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」となるように、私はこれからもケアに関わる専門技術・知識を磨くと同時に、人としての豊かさを蓄えていきたいと思います。
* * *
Mさんとご家族のエピソードには、介護の本質が詰まっていると感じました。「看取り」は死を見守ることではなく、最期までどう生きるかを支えること。その中で、ご本人と家族、スタッフが同じ目標を共有し、「お正月の宴会に参加する」という小さな希望を実現するために一丸となったことは、本当に素敵です。そして、その希望が奇跡を呼び、ご本人の生命力を引き出した……。この物語は、私たちが日々のケアにおいて大切にしたい「生きる力を信じる」という視点を改めて教えてくれました。
高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。