介護カフェのつくりかた 番外編
介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」
ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで12年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。
Vol.31(2024.11.08)
「感情を揺さぶられる仕事」
今回は、小規模多機能型居宅介護の管理者をされている熊谷洋輔さんの実話に基づいたお話です。
* * *
「あなたは、和裁・洋裁ができますか?」「夕飯を作れますか?」
Aさんは、口調を強めて迫ってくる。
Aさんは見えないものが見え、聞こえるようになったのはほんの半年前からだった。突如、トイレのしかたがわからない失行症状と、失禁が続いた。
それまでできていた歯を磨く行為も、どうしていいかわからなくなった。
「とにかく、どうしたらいいの?」と聞くようになった。
部屋に戻ると、誰かと会話するようになる。
Aさんはハイテンションで笑い出すなど、感情のコントロールを徐々に失っていった。
テレビで話している内容が、目の前で起きているように怯えたり、「台風が来るから外には出られないな」と、ひどく心配したりするようになった。
聴覚過敏症状は、隣のテーブルで話す会話を拾うようになってから、顕著になった。
「あの女は、よくしゃべりすぎる」とAさんは突如、怒りはじめた。あの女とは、職員のS子さんのことだった。
S子さんは職場の愚痴を言うのが得意で、自分の周りを動かし、仕事をするタイプだった。彼女の愚痴は、Aさんには自分に向けられているかのごとく、不快な音として入ってくる。その音がモヤモヤとして残って、怒っているのだった。
息子さんが面会に来ると、気を入れ直すかのごとく一瞬、母親に戻る。
「迷惑はかけません」と、精一杯の決意を息子に伝える。息子さんは「職員さんを困らせるなよ」と、ドスをきかせる。
「どうしてこの役目を息子さんにさせる必要があるのだろうか」と思いながら、最大の悪役は自分ではないだろうかという思いがありながら、息子さんに面会の礼を言って見送る。
息子さんが帰った後には、記憶は薄れ「息子はヤクザの親分になってしまったらしい」と、打ち明ける。理解もやさしさも環境も作れない現状に、悲しみとやるせなさを覚える。
「あなたは、和裁・洋裁ができますか?」「食事は作れますか?」
Aさんは、今日もこの問いを最大出力の怒りでぶつけてくる。
「できないだろうね」「無理なんだろ」「できないやつ?」と詰める言葉で、すごいエネルギーで何度も問いかけてくる。
Aさんは、人生の悲しみや悔しさを今、人生のリュックサックから取り出し始めている。私は、向き合うしかないのである。
「あなたは、こんな私に、どんな対応をするのか?」
「あなたもまた、その場しのぎのウソを私につくのか?」
「あなたもまた、めんどくさいような表情をするのか?」
「あなたもまた、私を裏切るのか?」
そんな問いかけに思う。
人と向き合う仕事は、こんなにも感情が揺さぶられ大変だが、人生が垣間見え、振り回される心地よさともに、楽しい仕事だと思えるのだろう。
* * *
熊谷さんの施設は、小規模多機能型居宅介護といって、通いと訪問、泊りのサービスが組み合わされ、自分でできることは自分で行ない、得意な家事などがあればそれを生かしして生活をしていただく場になります。
ほつれた衣類を繕ったり、雑巾を縫ったりも、できる方はしていただきますし、夕食の準備などもできる人は一緒に行っていただきます。Aさんは、ご自身が今までできていたことがだんだんとできなくなってきて、悲観する気持ちがマイナスの感情を呼び起こしてしまっているのかもしれません。
年を取っていくということは、失われていく能力を受け入れて生きていくということになり、現実は嬉しい、楽しいことばかりではないということを改めて気づかされます。そんな中で、信頼できる人との心地よい関係はどれだけ救いになることでしょうか。家族なのか? それとも他人がいいのか? わかりませんが、ケアに関わる私たちは少なくとも、一番身近に生活を支える立場に置かれるものとして、接していて心が軽くなり、わずかな希望でも感じることができるような関係性を築きたいものですし、それこそが介護の仕事の奥深さであり、やりがいといえるのではないかと感じています。
高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。