介護カフェのつくりかた 番外編

介護カフェのつくりかた 番外編
「だから介護はやめられない話」

ケアマネジャーとして介護現場で働くかたわら、対話によって新しい介護のカタチを考えていくコミュニティ「未来をつくるkaigoカフェ」を運営しています。
これまで14年間のカフェ活動では、一般的な「介護」のネガティブイメージを払拭するような、“あったらいい介護”の実践者とたくさんの出会いがありました。
今回はその番外編。介護職のみなさんが経験している、楽しく、ほっこりして、豊かになれる話を紹介します。


Vol.43(2026.6.3)

「物置のような部屋が、“暮らしの部屋”へ変わるまで」

今回は、東京で福祉用具貸与事業と便利屋事業の会社を営まれている山上智史さんの実話に基づいたお話です。

* * *


「孫の誕生日までには、家に帰りたいんだ」

 83歳の男性が、ぽつりとそう話したとケアマネジャーから聞いた。
 男性は、威厳のある物静かな人だった。多くを語るタイプではない。だからこそ、その短い言葉には、強い本心が込められているように感じた。

——その願いを、なんとか叶えたい。 私はそう思った。

 私は普段、福祉用具専門相談員として、高齢者の在宅生活を支える仕事をしている。その一方で、便利屋として家具移動や片付けも行なっている。一見別々の仕事だが、「家に帰りたい」という願いを支える現場では、その両方が必要になることが少なくない。

 男性は長年、出版関係の仕事をしていた。一階の仕事場には、ワープロやプリンターの配線が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、資料や写真、書籍が山積みになっていた。長年積み重ねてきた仕事の歴史が、そのまま部屋に残されているような空間だった。本来の寝室は二階。しかし脳梗塞によって左麻痺が残り、退院後は階段の上り下りが難しくなってしまった。

「2階への上り下りは難しい。このまま施設も考えないといけないかもしれない」
 ケースワーカーからはそんな話も出ていた。

 私は以前から男性と関わりがあり、自宅の環境も知っていた。たしかに簡単ではない。けれど、不可能とも思わなかった。一階の仕事部屋を片付ければ、生活できる空間を作れるかもしれない。
「一度、部屋を見て考えてみませんか?」
 そう提案すると、ご家族は不安そうな表情を浮かべながらも頷いた。
 部屋に入ると、埃と紙の匂いが混ざった、長年使われてきた仕事場特有の空気が漂っていた。床はほとんど見えない。

 だが私は、その空間を見ながら頭の中で動線を描いていた。どの家具を動かせばいいか。どこへ荷物を移すか。どれだけ空ければ介護ベッドが入るか。便利屋としての経験と、福祉用具専門相談員としての知識。その両方を重ねながら、部屋を見ていく。

「ここを空ければベッドが入ります」
「この幅なら歩行器でも通れます」
「ここに手すりがあると移動しやすいですね」
 図面と写真を見ながら説明していくうちに、男性の表情が少しずつ変わっていった。
「帰れるかもしれないな……」
 小さな声だった。けれど、その表情には確かな希望が浮かんでいた。

 そこからは時間との勝負だった。絡まった配線をまとめ、家具を移動し、積み上がった資料を整理していく。もちろん、ただ処分するわけにはいかない。長年仕事で使ってきた本や資料には、その人の人生そのものが詰まっている。

「これは残したい」
 そうした思いを事前に確認し一つひとつ手を動かした。 最初は物で埋まっていた部屋が、少しずつ“暮らせる空間”へ変わっていく。床が見え始めた頃、ご家族がぽつりと言った。
「この部屋、こんなに広かったんですね」
 片付けは朝から夕方まで続いた。そして作業が終わる頃、手配していた介護ベッドが届いた。ベッドが入り、動線が整い、手すりが付く。すると、それまで物置のようだった部屋が、一気に“暮らしの部屋”へ変わった。退院は、お孫さんの誕生日の二日前だった。

 後日、自宅を訪れると、部屋には大きな額入りの写真が飾られていた。誕生日ケーキを囲み、お孫さんたちに囲まれて照れくさそうに笑う男性の姿。
「ちゃんと間に合ったよ」
 そう言って見せてくれた笑顔は、本当に嬉しそうだった。
 その写真は、今も部屋に飾られている。

 私は今でも時々、この出来事を思い出す。福祉用具を届けるだけでは、叶わなかったかもしれない。片付けだけでも、難しかったかもしれない。暮らしを支えるというのは、単に生活環境を整えることではない。その人が、どこで、誰と、どんな時間を過ごしたいのか。そこまで含めて支えていくことなのだと思う。あの時、壁に飾られていた家族写真と、男性の穏やかな笑顔は、今でも忘れられない。

* * *

 介護や福祉の仕事は、ともすると「サービスを提供すること」が目的になりがちです。しかし本当に支えたいのは、その人の人生の願いや大切な時間なのだと思います。  印象的なのは、「孫の誕生日までに家に帰りたい」という一言を、単なる希望として受け流さず、その言葉の奥にある思いを受け止めたことです。そして実現に向けて動いた結果、生まれたのは「在宅復帰」ではなく、「家族と過ごすかけがえのない時間」でした。
 私たちが支えているのは生活であり、その人らしい人生です。制度やサービスの枠を超えて、「その人は本当は何を望んでいるのか」を問い続けること。その積み重ねが、介護やケアの価値をより豊かなものにしていくのだと感じました。


介護カフェのつくりかた 番外編 Back number

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高瀬比左子(たかせ・ひさこ)
NPO法人未来をつくるkaigoカフェ代表。
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、訪問介護事業所や施設での現場経験ののち、ケアマネージャーとして勤務。自らの対話力不足や介護現場での対話の必要性を感じ、平成24年より介護職やケアに関わるもの同士が立場や役職に関係なくフラットに対話できる場として「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動には、これまで8000人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への出張カフェ、一般企業や専門学校などでのキャリアアップ勉強会や講演、カフェ型の対話の場づくりができる人材を育成するカフェファシリテーター講座の開催を通じて地域でのカフェ設立支援もおこなう。