一度、死んでみませんか

一度、死んでみませんか

一人称、二人称、三人称の死をおもう
死の体験旅行へようこそ

 浄土真宗僧侶の浦上哲也氏が講師をつとめる「死の体験旅行® 」は、自分が病にかかり、病気が進行し、やがて命を終えていく物語を疑似体験するワークショップである。
 浦上氏はいう。「死を目前にした人が直面する苦しみ、悲しみ、喪失感などを通して自分にとっての『生と死』を考え、本当に大切なものは何かを再確認していきます。自分と深く向き合うことができるのが、このプログラムなのです」。

「死の体験旅行」は、もともと欧米で考案されたと言われ、ホスピスなど死に関わる仕事をしている人たちに、死にゆく人の気持ちを少しでも理解してもらうのが、もともとの目的だった。
 具体的には、物語の進行とともに自分が大切だと思うものをひとつずつ手放していく。最後には参加者全員で顔を合わせ、自分の大切なものについて語り、思いをシェアしていく 。
「使うものは想像力とペンだけです。まずは今から配る20枚のカードに、みなさんの大切な人やもの、行為などをひとつずつ書いていってください」
  参加者はカードに大切な「物」「人」「風景」「記憶」「場所」などを書いて並べる。しばらくすると照明が暗くなり、浦上氏の声が聞こえ始める。参加者の「私」は病にかかり、心身がだんだん弱っていく。その中で「大切」なものをあきらめ、書かれたカードを一枚ずつ手放していく。
 病状が進むにつれ大切なものが少なくなってゆき、最期を迎える。「あなたは今、命を終えました。これであなたの死の体験旅行は終わりです」。
 何を手放し、何を残し、何も残せなくなり、最後には何もなくなった―。

 死には一人称の死、二人称の死、三人称の死があるといわれる。そのような「死」を通して、生きることを考えてみる。


  第十回(2019.06.06)

『月替わりの大切なもの』

「死の体験旅行」を始めた頃は、何年か経てば再度受講に来る方がいらっしゃるだろう、と考えていましたが、思ったよりも早い時点でリピーターがいらっしゃるようになりました。
 とはいえ今回は、「また受けてみよう」と能動的に思ったわけではなく、成り行きで受けるような状況になってしまった方のお話です。

 さまざまな会場で「死の体験旅行」をさせていただいていますが、ある時期横浜市内のお寺で数ヶ月連続の開催がありました。最初の月は、そのお寺の次期住職であるIさんも受講者としてワークショップを受けてくれました。
 Iさんのお父さま、つまり先代住職が早くに亡くなり、Iさんは住職を継承するべく準備で忙しい時期でした。しかしそういった時期だからこそ自分を振り返ってみたい、そして同じように自分自身を見つめたいという人たちのために会場を提供してくれたのです。

 最初の月、ちょうどIさんの奥さんのお腹には赤ちゃんがいました。しかも7ヶ月目とお腹のふくらみも目立ってきた頃ですので、ワークショップで選択する「最も大切なカード」は当然奥さんか赤ちゃんを選ぶのだろう。そうご自身でも感じていたのではないかと思います。
 けれどIさんは迷った末に「母」のカードを選びます。実はその日はちょうど父である先代住職の月命日で、心に強く父の顔が思い浮かんだのでしょう。そしてその父の連れ合いであり、お寺を切り盛りする存在である母を守らなくてはいけない。何世代も何十世代も続くお寺に生まれた者ならではの感覚がそうさせたのかもしれません。

 そこから半年ほどの間、毎月のようにIさんのお寺で「死の体験旅行」の開催が続きました。Iさんは2ヶ月目からは受講者として席にはつかないものの、会場の隅で物語に耳を傾け、「今の自分だったらどうするだろう、何を選び、何を手放すのだろう」と真剣に自分自身と向き合い続けたのです。

 受講から長い時間を経て、家庭や仕事の環境が変化したことで「最後の1枚」が変わることはあり得ると思います。しかしIさんの場合は初めてのお子さんが授かる前後というタイミングでしたので、毎月のようにそれが変化していきました。
 2回目と3回目、奥さんのお腹はいよいよ大きくなり、大変な思いをしている奥さんをいたわる気持ちが強くなっていったのでしょう。Iさんの心の中に残った最後のカードは「妻」でした。

 年が明け、4回目の開催。そのほんの数日前に新しい生命が誕生していました。そんな大変な時期にお寺をお借りして申しわけなかったのですが、この時もIさんは会場の隅で物語に耳を傾けてくれました。胎児がこの世に生まれ、母と子の身体は別々のものになりました。しかし我が子を抱く妻と赤子の姿は不可分にしか思えず、Iさんの心の中に「妻子」と書かれたカードが残ったのだそうです。

 1ヶ月が経ち、5回目の開催になりました。この時もIさんは同じように心の中で「死の体験旅行」を受け、しかし最後に残ったカードは今までの「人」のカードから「行動」のカードに大きく変化をします。
 Iさんは「生きざま死にざまを見せたい、ということが残りました」と口にしました。私はそれを聞いて、「奥さんとお子さんに、夫や父としての生きざま死にざまを見せたいのかな」と思いました。しかし後日じっくりと話を聞くと、もっと深い気持ちがそこにはあったのです。

 5回目の当日に「生きざま死にざま」と表現された言葉は、もっと正確に言えば「手が合わさる生き方」なのだとIさんは言います。
 さまざまな縁に育まれ、支えてもらって生かされている自分の〝いのち〟を精一杯に生きる姿。またいつか年老い朽ちていく自分の〝いのち〟を通じて、老病死を考える機縁になりたいという思い。そしてその対象は妻子に限らず、家族や親族だけでもなく、縁ある全ての人のためであってほしい。そう願う気持ちが僧侶であるIさんの口からは「手が合わさる生き方」という言葉で表現をされました。
 手が合わさるというのは合掌の姿です。つまり自分が懸命に生ききったうえで、思慮分別を超えた大いなる存在に自分自身を委ねていくという念い(おもい)が込められた姿を周囲に示したい。それが最も大切なものになった、とIさんは言いました。

 私はそれを聞いて、「ああ、Iさんは住職になったのだな」と感じました。それは単にお寺の跡継ぎで住職という立場に就く、という意味ではありません。
 日本仏教は特殊で、僧侶が結婚をし、子どもが跡を継ぐ形が定着しています。それが世襲と揶揄される場合もありますし、物心ついた時から将来が決まっているという継ぐ者の息苦しさもあります。

 Iさんにとって、亡くなったお父さまもご存命のお母さまも、母となった妻も生まれたばかりの子どもも、かけがえのない大切なものであるはずです。
 しかしそれ以上に、自分自身の人生を通して周囲の多くの人に大切なことを伝えていきたい。単にお寺という「容器」を存続させるだけでなく、その器に満たされる「仏教」をこそ伝え広めていきたい。そんな覚悟が定まったように私の目には映りました。

 Iさんのそれまでの人生が、その覚悟を静かに育んできたのだと思います。そしてその芽吹きの縁のひとつが「死の体験旅行」であるのなら、それはとても嬉しいことです。

 

Buck number


 浦上哲也(うらかみ・てつや)
1973年、東京都内の一般家庭に生まれる。一般の高校、一般の大学を卒業し、一般企業にも勤めたが、縁あって浄土真宗の僧侶となる。その後、「自分らしい方法で仏教をひろめたい」と発願し、平成18年に民家を改装して俱生山(ぐしょうさん)なごみ庵を開所。山号の「俱生山」には、「俱(とも)にこの世を生き、俱に浄土に生まれる」という願いが込められている。法話会や写経会、全国の寺院での仏教演劇公演、僧侶による自死対策など幅広く活動。さらに、もとは医療系のワークショップである「死の体験旅行」を一般向けにアレンジし開催。死を見つめることによって〝いのち〟について考え、自分にとって何が本当に大切なものかを再確認できる内容として、メディアからも注目を集めている。