一度、死んでみませんか

一度、死んでみませんか

一人称、二人称、三人称の死をおもう
死の体験旅行へようこそ

 浄土真宗僧侶の浦上哲也氏が講師をつとめる「死の体験旅行® 」は、自分が病にかかり、病気が進行し、やがて命を終えていく物語を疑似体験するワークショップである。
 浦上氏はいう。「死を目前にした人が直面する苦しみ、悲しみ、喪失感などを通して自分にとっての『生と死』を考え、本当に大切なものは何かを再確認していきます。自分と深く向き合うことができるのが、このプログラムなのです」。

「死の体験旅行」は、もともと欧米で考案されたと言われ、ホスピスなど死に関わる仕事をしている人たちに、死にゆく人の気持ちを少しでも理解してもらうのが、もともとの目的だった。
 具体的には、物語の進行とともに自分が大切だと思うものをひとつずつ手放していく。最後には参加者全員で顔を合わせ、自分の大切なものについて語り、思いをシェアしていく 。
「使うものは想像力とペンだけです。まずは今から配る20枚のカードに、みなさんの大切な人やもの、行為などをひとつずつ書いていってください」
  参加者はカードに大切な「物」「人」「風景」「記憶」「場所」などを書いて並べる。しばらくすると照明が暗くなり、浦上氏の声が聞こえ始める。参加者の「私」は病にかかり、心身がだんだん弱っていく。その中で「大切」なものをあきらめ、書かれたカードを一枚ずつ手放していく。
 病状が進むにつれ大切なものが少なくなってゆき、最期を迎える。「あなたは今、命を終えました。これであなたの死の体験旅行は終わりです」。
 何を手放し、何を残し、何も残せなくなり、最後には何もなくなった―。

 死には一人称の死、二人称の死、三人称の死があるといわれる。そのような「死」を通して、生きることを考えてみる。


  第十七回(2020.03.16)

本当のもの、本当でないもの

 2020年2月の半ばから新型コロナウイルス騒動が始まり、様々なイベントが軒並み中止や延期になっています。僧侶も顔を合わせると、お寺の行事や春のお彼岸はどうしようかという話題でもちきりです。

 私の庵も法話会などを中止にし、お彼岸についても様子を見ながら検討中です。法要はイベントと違い、誰ひとり参拝者がいなくてもお勤めはするので、プロ野球のオープン戦や大相撲のように無観客試合ならぬ無参拝者法要になります。しかし例年はお参りの方で賑わうだけに、もしそうなったらと思うと寂しさがよぎります。

 「死の体験旅行」も3月の予定は中止になりました。他にも講演や法話などの予定もありましたが、それもほぼ全て中止か延期。普段は忙しい忙しいと口にしながら過ごしているのに、いざ時間ができてみると心に穴が空いたように感じます。


 私が感じるのは今のところ寂しさぐらいですが、ニュースに目を転じると業種によってはたちまち閉店や倒産に追い込まれているところも少なくありません。卒業式を控えていた学生も学校に行けなくなってしまい、悲しい思いを抱えている方も大勢いることでしょう。

 自分の手から大切なものが失われた悲しみを「グリーフ」と呼びます。「喪失悲歎」と訳され、主に家族や親しい方を亡くした場面で使われますが、物品や目標や機会を失った際にも用いられます。

 「死の体験旅行」は、自分にとっての大切な人・もの・ことをカードに書き出し、ワークショップの進行とともにそれらを失っていく体験をしていきます。まさに全人的なグリーフを味わいつつ、自分にとって何が本当に大切なものなのかに気づいていきます。

 受講者の中には、思い掛けないものがとても大切だったのだと気付く方も少なくありません。昨日までの毎日が、当たり前のように明日からも続いていくのだという感覚で見る世界と、自分の命の終わりを感じながら見る世界とでは、大切なものが全く異なってくるのです。


 そんなことを考えながら、お寺のカレンダーをめくりました。浄土真宗で広く使われている「法語カレンダー」で、毎月仏教に関する言葉が書かれています。3月のページを見てハッとしました。

「本当のものがわからないと、本当でないものを本当にする」

 明治生まれで昭和期に活躍した真宗大谷派の僧侶、安田理深さんの言葉です。
 世間では当たり前だった日常が変わり始め、様々な形でグリーフを感じる機会が増えています。またデマや憶測が流れ、トイレットペーパーやマスクが買い占められ、咳をすれば白眼視され、自暴自棄な行動をする人も現れました。

 漠然とした恐れと多種雑多な情報の波に飲み込まれ、狂想曲を奏でつつある私たちですが、見方を変えると「自分にとって本当に大事なものは何なのか」を見極める機会になり得るのではないでしょうか。昨日までの日々が明日以降も続いていく安心感が崩れた今こそ、何が本当のものか、そうでないのかを真に迫って考えることができるのです。


 コロナウイルスの状況は一朝一夕では収まらず、まだしばらく続きそうな気配です。これからも私たちは難しい選択を迫られ、波のように情報が押し寄せてくるでしょう。そんな時に一瞬間を置いて深呼吸をし、「本当のものがわからないと 本当でないものを本当にする」という言葉を思い出してください。そして「死の体験旅行」を受けたかのように、本当に大切なものを心の中心に据えて物事にあたってみてください。

 私たち一人ひとりが少しずつ落ち着きを取り戻し、一日でも早くこの事態が収束するよう、心から願っています。

 

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 浦上哲也(うらかみ・てつや)
1973年、東京都内の一般家庭に生まれる。一般の高校、一般の大学を卒業し、一般企業にも勤めたが、縁あって浄土真宗の僧侶となる。その後、「自分らしい方法で仏教をひろめたい」と発願し、平成18年に民家を改装して俱生山(ぐしょうさん)なごみ庵を開所。山号の「俱生山」には、「俱(とも)にこの世を生き、俱に浄土に生まれる」という願いが込められている。法話会や写経会、全国の寺院での仏教演劇公演、僧侶による自死対策など幅広く活動。さらに、もとは医療系のワークショップである「死の体験旅行」を一般向けにアレンジし開催。死を見つめることによって〝いのち〟について考え、自分にとって何が本当に大切なものかを再確認できる内容として、メディアからも注目を集めている。