一度、死んでみませんか

一度、死んでみませんか

一人称、二人称、三人称の死をおもう
死の体験旅行へようこそ

 浄土真宗僧侶の浦上哲也氏が講師をつとめる「死の体験旅行® 」は、自分が病にかかり、病気が進行し、やがて命を終えていく物語を疑似体験するワークショップである。
 浦上氏はいう。「死を目前にした人が直面する苦しみ、悲しみ、喪失感などを通して自分にとっての『生と死』を考え、本当に大切なものは何かを再確認していきます。自分と深く向き合うことができるのが、このプログラムなのです」。

「死の体験旅行」は、もともと欧米で考案されたと言われ、ホスピスなど死に関わる仕事をしている人たちに、死にゆく人の気持ちを少しでも理解してもらうのが、もともとの目的だった。
 具体的には、物語の進行とともに自分が大切だと思うものをひとつずつ手放していく。最後には参加者全員で顔を合わせ、自分の大切なものについて語り、思いをシェアしていく 。
「使うものは想像力とペンだけです。まずは今から配る20枚のカードに、みなさんの大切な人やもの、行為などをひとつずつ書いていってください」
  参加者はカードに大切な「物」「人」「風景」「記憶」「場所」などを書いて並べる。しばらくすると照明が暗くなり、浦上氏の声が聞こえ始める。参加者の「私」は病にかかり、心身がだんだん弱っていく。その中で「大切」なものをあきらめ、書かれたカードを一枚ずつ手放していく。
 病状が進むにつれ大切なものが少なくなってゆき、最期を迎える。「あなたは今、命を終えました。これであなたの死の体験旅行は終わりです」。
 何を手放し、何を残し、何も残せなくなり、最後には何もなくなった―。

 死には一人称の死、二人称の死、三人称の死があるといわれる。そのような「死」を通して、生きることを考えてみる。


  第二回(2018.11.27)

「恐怖」

「死の体験旅行」では、ワークショップ終了後にシェアの時間を設けています。そこで参加者の言葉に耳を傾け、その奥にある気持ちに思いを馳せるのは、私にとって大切なライフワークになっています。
 ただ、ワークショップの時間の中では、おひとりおひとりの気持ちをくわしく掘り下げていくことはできません。ですので、Facebookや掲示板を利用して、時間内に話せなかったお気持ちをうかがっています。
 今回は掲示板に書かれたなかで、ある意味もっとも私が嬉しく感じた感想を紹介させていただきます。

「WS当時、私はもう死んでも良いと真剣に思っていました。死に関して本を読んだり、死後について考えたりの日々でした。それもあってのWS参加でした。
(中略)驚いたのは、あんなに死んでもいい、人生終わりでいいと思っていた自分が、ストーリーが進むにつれて死ぬことを恐れているのです。
 受講後、冷静に自分の人生を振り返るようになりました。最近は死が訪れるまで真剣に生きようと思えるようになっています。死に対する恐怖はずっとあり続けるでしょう。でも、それを認めて暮らそうと思っています。」

 私は「自死・自殺に向き合う僧侶の会」という、宗派を超えた僧侶の集まりで活動をしています。文字通り自死問題に対応する会なので、「死にたい」という声にはとても敏感になってしまいます。
 この参加者さん(掲示板には「mk」と書かれていました)は、くわしい理由はわかりませんが、もともと希死念慮を持っていらしたようです。死について思いを巡らす日々のなか、「死の体験旅行」を知り参加しようと思ってくださったのは必然だったように思います。
 mkさんはワークショップを進めるなかで、あれほど思い焦がれていた「死」に恐怖感を感じました。そして「死が訪れるまで真剣に生きよう」と思うほどに気持ちが変化をしたというのです。

 ごく最近になるまで、死はもっと身近にあるものでした。1976年(昭和51年)までは病院や施設よりも自宅で亡くなる方が多かったので、看取りは日常的なことだったでしょう。さらに明治以前にさかのぼれば、道端に行き倒れの遺体が転がっていることも珍しくなかったと思います。
 また東日本大震災でも、震災直後は被災地の自殺率が大幅に下がったというデータがあります(とはいっても時間の経過とともに、震災によって発生した大きな苦悩によって自死される方は増える傾向にあるのですが)。
 つまり、死が身近に感じられる状況では「死」は恐ろしいものとして捉えられ、自死したいと思う方、実行してしまう方が減るものと思われます。
 それが現代に近づくにつれ、福祉や医療が発達し、「死」は私たちの視界から見えにくくなりました。それ自体は悪いことではありませんが、死をリアルに感じることが難しくなった結果、かえって死にたいと思う方が増えたというのは皮肉なことです。

 お釈迦さまは2500年前、シャカ族の王子としてお生まれになりました。非常に繊細な性格を心配した父王から、過剰なまでに大切に育てられ、宮殿の中で病人や老人や死者などを見ることなく成長したと伝わっています。
 しかしある時、続けざまに病人・老人・死者を目の当たりにします。そして「やがて自分も病み、年老い、死んでいく存在なんだ」と我がこととして受け止め、どう生きていくべきかを追い求め出家をされました。
「死」から目をそらしていれば死なないというのなら、別に考える必要はありません。しかし考えようと考えまいと、かならず死は私たちのもとを訪れます。であれば、死について時には真剣に向きあい考えることは、自分の人生を誠実に生きることに繋がるのではないでしょうか。
 そう、mkさんが「死の体験旅行」を受けて死の恐怖を感じ、そして「真剣に生きよう」と感じてくださったように。

 

Buck number


 浦上哲也(うらかみ・てつや)
1973年、東京都内の一般家庭に生まれる。一般の高校、一般の大学を卒業し、一般企業にも勤めたが、縁あって浄土真宗の僧侶となる。その後、「自分らしい方法で仏教をひろめたい」と発願し、平成18年に民家を改装して俱生山(ぐしょうさん)なごみ庵を開所。山号の「俱生山」には、「俱(とも)にこの世を生き、俱に浄土に生まれる」という願いが込められている。法話会や写経会、全国の寺院での仏教演劇公演、僧侶による自死対策など幅広く活動。さらに、もとは医療系のワークショップである「死の体験旅行」を一般向けにアレンジし開催。死を見つめることによって〝いのち〟について考え、自分にとって何が本当に大切なものかを再確認できる内容として、メディアからも注目を集めている。