一度、死んでみませんか

一度、死んでみませんか

一人称、二人称、三人称の死をおもう
死の体験旅行へようこそ

 浄土真宗僧侶の浦上哲也氏が講師をつとめる「死の体験旅行® 」は、自分が病にかかり、病気が進行し、やがて命を終えていく物語を疑似体験するワークショップである。
 浦上氏はいう。「死を目前にした人が直面する苦しみ、悲しみ、喪失感などを通して自分にとっての『生と死』を考え、本当に大切なものは何かを再確認していきます。自分と深く向き合うことができるのが、このプログラムなのです」。

「死の体験旅行」は、もともと欧米で考案されたと言われ、ホスピスなど死に関わる仕事をしている人たちに、死にゆく人の気持ちを少しでも理解してもらうのが、もともとの目的だった。
 具体的には、物語の進行とともに自分が大切だと思うものをひとつずつ手放していく。最後には参加者全員で顔を合わせ、自分の大切なものについて語り、思いをシェアしていく 。
「使うものは想像力とペンだけです。まずは今から配る20枚のカードに、みなさんの大切な人やもの、行為などをひとつずつ書いていってください」
  参加者はカードに大切な「物」「人」「風景」「記憶」「場所」などを書いて並べる。しばらくすると照明が暗くなり、浦上氏の声が聞こえ始める。参加者の「私」は病にかかり、心身がだんだん弱っていく。その中で「大切」なものをあきらめ、書かれたカードを一枚ずつ手放していく。
 病状が進むにつれ大切なものが少なくなってゆき、最期を迎える。「あなたは今、命を終えました。これであなたの死の体験旅行は終わりです」。
 何を手放し、何を残し、何も残せなくなり、最後には何もなくなった―。

 死には一人称の死、二人称の死、三人称の死があるといわれる。そのような「死」を通して、生きることを考えてみる。


  第二十二回(2020.08.16)

『愛しのふとん』

 ワークショップ「死の体験旅行」では、自分が何を一番大切に思っているのか。そんな、普段あまり考えないようなことに向き合い、自分自身の内面を見つめるような体験ができます。

 受講者によって導き出される大切なものは違いますが、やはり「人」が最も大切だと気づくかたの割合がかなり高くなっています。また人以外では、忘れがたい思い出の残る場所であったり、捨てきれない夢であったりします。
 物品の場合は単に高価なものよりも、誰かからの形見の品だったり記念の品であったりと、やはり思いのこもる物が挙げられます。

 しかし時に「えっ!?」と驚かされることがあり、進行役としてなんとコメントすればいいのか、さっぱりわからなくなることもあります。そのひとつが「ふとん」です。
 最初に耳にした時は「意外なものを挙げるかたがいるもんだな」と思っていましたが、今まで3700人ほどの受講生(2020.8現在)のうち、5人が「ふとん」と回答しましたので、単に奇をてらったということではないようです。そして理由を尋ねると、そこには共通するものがありました。

 私の記憶にある5人ですが、正確には全員が「ふとん」と答えたわけではなく、人によって「毛布」だったり「タオルケット」だったりしますが、いずれも「寝具」という点が共通しています。
 そして彼らがその寝具を大切に思う理由は、別に寝ることが唯一最高の趣味だとか、大枚はたいて買った高級羽毛布団だからといった理由などではなく、意外にもシリアスなものだったのです。


 あるかたは、「自分が精神的につらかったり、体調を崩して苦しかったりした時に、この布団にくるまって耐え忍びました。自分の良い時も悪い時も側にあってくれたのが、この布団なんです」とおっしゃいました。
 そのかたは別に孤独なわけではなく、ご家族もいらっしゃるようです。家族が支えてくれる部分もあるのでしょうが、それでも最後の最後に耐え忍ぶのは自分自身で、それに無言で寄り添ってくれるのが「布団」だったのでしょう。

 またあるかたは、「自分が失恋したり悔しいことがあったとき、この毛布にくるまって大声をあげて泣いたんです。悔し涙も鼻水もついたかもしれない。自分の一番みっともない部分を知っているのが、この毛布です」と言いました。
 そのかたは見た目は男らしいワイルドな雰囲気のかたでしたので、とても意外に感じた答えでした。それと同時に、人は見た目によらないんだなということを改めて感じさせてくれました。

 また他のかたは、小さな時からずっと使っているタオルケットが最も大切なものとして残りました。とはいえ古びたタオルケットですから、普段はそれほど大切だとは思っていなかったそうです。しかしワークショップのストーリーが進むにつれ、自分の健康が失われ、できることも少しずつ減っていく。そんな中で最期まで手放さずにいられたものが、そのタオルケットだった。積極的に残したというよりは、消去法で残った、残ってくれたという感覚だったのかもしれません。


 こうして少ないながらも「寝具」という意外に思える回答が重なりましたので、自分なりにいろいろと調べてみました。するとすぐに「ブランケット症候群」という言葉が見つかりました。スヌーピーでおなじみのマンガ『ピーナッツ』の登場人物で、いつも毛布を引きずって歩いている少年ライナスになぞらえて、心理学用語では「ライナスの毛布」とも呼ぶこともあるそうです。

 症候群といっても悪いことではなく、成長過程で自立に向かう時、親以外に安心感を与えてくれるものとして身近な毛布やタオルをその対象とする場合があるのだそうです。大きくなるに従って消える場合が多いようですが、大人になっても手放せなかったり、ストレスが強くなると復活する場合もあるようです。

 寝具の場合だけでなく、ハンドタオルだったりぬいぐるみだったりする場合もあるそうで、受講者の記録を調べてみるとタオルが1人、ぬいぐるみが5人いらっしゃいました。寝具と合わせると11人になります。

 思い起こしてみると、僧侶として立ち合う葬儀の場で、火葬の前に棺に花を手向けますが、花だけでなく故人の愛用の品などが副葬品として入れられる場合があります。そこにもタオルやひざ掛け、ぬいぐるみが入ることがあります(布団はさすがに棺に納まりません)。

 ふとんもタオルもぬいぐるみも、言ってしまえば「執着」の対象です。そして仏教では「執着を手放すこと」を説きますので、私はそういったものに執着しないよう伝えるべきだったのかもしれません。
 しかし一方、古びたふとんを大切にしていても、誰に迷惑をかけるわけでもありません。多少不衛生かもしれませんが、洗濯したり日に干したりすれば問題は解決します。むしろ、それを失うことのストレスを考えれば、持ち続けるメリットの方が大きいかもしれませんし、人間味があるじゃないかとも感じます。

 あなたにも、棺に入れてほしいほど大切な「ライナスの毛布」はありますか?

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 浦上哲也(うらかみ・てつや)
1973年、東京都内の一般家庭に生まれる。一般の高校、一般の大学を卒業し、一般企業にも勤めたが、縁あって浄土真宗の僧侶となる。その後、「自分らしい方法で仏教をひろめたい」と発願し、平成18年に民家を改装して俱生山(ぐしょうさん)なごみ庵を開所。山号の「俱生山」には、「俱(とも)にこの世を生き、俱に浄土に生まれる」という願いが込められている。法話会や写経会、全国の寺院での仏教演劇公演、僧侶による自死対策など幅広く活動。さらに、もとは医療系のワークショップである「死の体験旅行」を一般向けにアレンジし開催。死を見つめることによって〝いのち〟について考え、自分にとって何が本当に大切なものかを再確認できる内容として、メディアからも注目を集めている。
慈陽院なごみ庵 https://753an.net