歩く人 牧水

歩く人

牧 水

「幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」。―― 旅を愛し、酒を愛し、何より歌を愛した歌人若山牧水。43年の生涯で約9000首(未発表含む)の歌を残し、いまでも全国各地の多くの人々に愛されている。国民的歌人ともいえるその魅力、その源泉はどこにあるのか? 詩人の正津勉氏が、牧水を「歩く人」と、とらえなおし、旅の巨人、歌の巨人のたたずまいを探る。



  第九回(2017.11.2)

家居の牧水 苦虫の牧水


 前回の後半、大正五年三月中旬から一ヶ月半にわたる、東北行脚を連作「残雪行」を中心にみてきた。初夏、三浦は北下浦村の妻子が待つ療養先の借家へ帰る。あたりまえながら旅が終われば帰るほかはないのだが、戸口に立つ牧水を、ときにいったい家に残された者はどのようにみたものか。やっとのこと旅から戻ったのだが、なんとなし落ち着かないようす。なんだかなかば尻が浮いたままなぐあいなのだ。

  自嘲
妻子らを怖れつつおもふみづからのみすぼらしさは目も向けられず
われと身を思ひ卑しむ眼のまへに吾子(あこ)こころなう遊びほけたり (『白梅集』以下)

「妻子らを怖れ」「身を思ひ卑しむ」。ふっとおぼえる家にある者らとの間にある見えない膜のようなもの。なんとなしひとりだけ輪の中に入れないようなぐあい。
 ちょっと被虐的すぎようが、けっして大袈裟ではない。家にいるとどうにも気がつまるのである。どこにも居場所がないのだ、ひとりだけ異邦人のように。

   失題
つきつめてなにが悲しといふならず身のめぐりみなわれにふるるな
とりにがすまじいものぞといつしんにつかまへてゐしこころなりけむ

「みなわれにふるるな」「いつしんにつかまへてゐし」。いまわたしが歌の道でどれほど悩み苦しんでいるか。牧水は、いかんともしがたく歯痒ゆいまでに、このように抗弁するほかないのである。
 それはどうしてか。いわずもがなここにいるのは、ぜったい彷徨者であって、さきの第三章「濡草鞋党末裔」をみよ、いわゆる家庭人ではない、ありえないのはあきらかという。だからなのである。

  倦怠
梅の花紙屑めきて枝に見ゆわれのこころのこのごろに似て
地とわれと離ればなれにある如き今朝のさびしさを何にたとへむ

「紙屑めきて枝に見ゆわれのこころ」「地とわれと離ればなれにある」。なんぞなんていやもう空虚このうえない、どうしょうもない寂寥さはどうだろう。
 それにしてもちょっとばかし穏やかでなさすぎではないのか。まったくこの前書からしてどうだ。「自嘲」「失題」「倦怠」。まあどんどんと佶屈きっくつするばかりだ。だけどどうにかしてみんなを食べさせていかなければならぬ。

  冬の夜
長火鉢にひとりつくねんと凭りこけて永き夜あかずおもふ銭のこと
  夜の歌
いつ知らず酔ひのまはりてへらへらとわれにもあらず笑ふなりけり

「銭」。こいつばかりは生きているかぎり付きまとうのだ。妻が病みがちでもって、幼い児がふたりいる(大正四年、長女みさき誕生)。それで「夜あかず」、あれこれと酒瓶を傍らに据え算段しつづける。しかしながらおいこれとらちがあくものでないのだ。そのうちいつとなし「酔ひのまはりてへらへらと」となっているというしだい。
 こんなふうにずっとふさぎこみつづけ、となるといきおいどうしてもそちらのほうへ、つまるところは酒とあいなっている。

  酒
それほどにうまきかと人のとひたらばなんと答へむこの酒の味
なにものにか媚びてをらねばたへがたきさびしさ故に飲めるならじか
酔ひぬればさめゆく時のさびしさに追はれ追はれてのめるならじか

 どうだろう、なんともこの酒飲みのおだのあげよう、といったら。飲み助には飲まない理由などはない、こちらもしょうもない淫酒家なればよくわかるが、飲み助には飲むべき理由だけがある。
 であればこれらの酒の歌についてはおこう。もっともらしく、しかつめらしく酒談義などはごめん、しらばくれもいい。それこそほんとうに下の下というものだから。
 飲んだら死ぬ、飲まずとも死ぬ、そうよ、ならば飲んで死ぬべぇ、なんて。牧水さんときたらへべれけもへべれけ盃をはなさなく飲んでおいでだろうか、酩酊もよろしきことに。
 いやはやというところだけど、さてどんなものではあろう。歩く人はというとほんとうそんな、もうそれこそ片時もじっとして、落ち着いてはいられないのである。このことでははっきりと、うべなうほかないのではないか。
 歩く人はただひたすらに、とにもかくにも家にいるのが嫌でもうたまらず、旅の空にありたいのである。

行くべくばみちのくの山甲斐の山それもしかあれ今日は多摩川

 

Buck number


 若山牧水(一八八五〜一九二八)
草鞋よ お前もいよいよ切れるか 今日 昨日 一昨日 これで三日履いて来た……。旅と、酒と、歌を、愛した歌びと。一世紀前の大歩行者。

 正津 勉(しょうづ・べん)
1945年、福井県生まれ。同志社大学文学部卒業。72年、第一詩集『惨事』(国文社)刊行。81年、米国オークランド大学客員詩人。代表的な詩集に『正津勉詩集』、『死ノ歌』(思潮社)があるほか、小説『笑いかわせみ』『小説尾形亀之助』『河童芋銭』、評伝『忘れられた俳人 河東碧梧桐』(平凡社新書)、エッセイ『脱力の人』(河出書房新社)『詩人の死』(東洋出版)など幅広い分野で執筆を行う。山関係の著述に詩集『嬉遊曲』『子供の領分|遊山譜』、評伝『山水の飄客 前田普羅』エッセイ『人はなぜ山を詠うのか』(アートアンドクラフツ)『山に遊ぶ 山を想う』(茗渓堂)ほか多数。近著に『乞食路通』(作品社)がある。