歩く人 牧水

歩く人

牧 水

「幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」。―― 旅を愛し、酒を愛し、何より歌を愛した歌人若山牧水。43年の生涯で約9000首(未発表含む)の歌を残し、いまでも全国各地の多くの人々に愛されている。国民的歌人ともいえるその魅力、その源泉はどこにあるのか? 詩人の正津勉氏が、牧水を「歩く人」と、とらえなおし、旅の巨人、歌の巨人のたたずまいを探る。



  第十八回(2018.07.12)

銭金算段行脚


 大正十三年、三十九歳。この年頭の作が微笑ましい。まことに馬鹿正直というか超脳天気なるのか。

  新年述懐
 明けてわが四十といへる歳の数をかしきものに思ひなさるれ
 いつまでも子供めきたるわがこころわが行ひのはづかしきかな

 三月初め、亡父十三回忌に長男旅人を伴い十一年ぶりに帰郷。このときには牧水の名は郷里で知られていたので、いうならば初めての錦を着ての帰省といえよう。とはいえさきざきで郷党を前にして濡草鞋である身を意識させられたことやら。四月下旬、母マキを伴って沼津へ戻る(マキは一ヶ月後に帰郷)。


  旅中即興 故郷にて
 山川のすがた静けきふるさとに帰り来てわが労(つか)れたるかも(坪谷村)

「労れたるかも」、とは気になる呟きだ。だがすぐまた草鞋を履くことになる。六月、鳥の声を聞きに甲州身延へ(参照「身延七面山紀行」)。


  甲州七面山にて
 水恋鳥とひとぞをしへし燃ゆる火のくれなゐの羽根の水恋鳥と
 まなかひの若葉のそよぎこまやかにそよぎやまなく筒鳥きこゆ
 年ごとにひとたび聞かでおかざりし郭公は啼くよこの霧の海のなかに

「水恋鳥」とは、あか翡翠しょうびんの別称。めったにお目に掛かれない渓谷に棲む美しく珍しい鳥なのである。いっぽう「筒鳥」と「郭公かっこう」は「いつからとなく私の心のなかに寂しい巣をくつてゐた」という愛しい鳥。いやほんとうに鳥好き牧水の微笑みがみえるようだ。ついでに鳥に関わって、こんな美しい文がみえる。
「山も動け、川も動け、山も眠れ、川も眠れと啼き澄ます是らの鳥のはげしい寂しい啼声を聴く時は、自ずとこの天地のたましいがかすかに其処に動いてゐる神々しさを感ずるのである」(「夏を愛する言葉」)
 七月、紀行文集『みなかみ紀行』刊行。八月、上香貫かみかぬきから沼津市の西はずれ千本松に転居。九月、創作社発行所を兼ねた土地購入と住宅建築資金集めのために、短冊半折揮毫頒布の会、第一回を沼津で開く。以後、広く各地で催す。いやこれがこののちちょっと大事おおごと、いかんともしがたく、重荷におぼえるようになってくる。


  転居雑詠
 うとましきこれらの荷物いつのまにわが溜めにけむ家なしにして
 身ひとつにさらばゆかむと行かるべき軽々しき身にあるべかりしを

「身ひとつに」。それこそが濡草鞋の心意気なるはずだ。もっといえば非所有であることが。それなのにこんなにも「荷物」をかかえようとはという嘆息。自嘲。しかしながらこの松原の地は素晴らしいものがある。鳥がさえずるし、富士を正面に、浪が砕ける。


  沼津千本松原
 をりをりに姿見えつつ老松のうれのしげみに啼きあそぶ鳥
 ひよの鳥なきかはしたる松原の下草は枯れてみそさざいの声
 冬寂びしあし鷹山たかやまのうへに聳え雪ゆたかなる富士の高山

  千本浜の冬浪
 大海のうねりのはしの此処に到り裂けくつがへりとよみたるかも

 大正十四年、四十歳。一月、大阪で揮毫会、京都、神戸と回る。二月、随筆集『樹木とその葉』刊行。同月、揮毫会で得た金に銀行の借金で、沼津市市道町に約五百坪の土地購入。住居新築と、また新雑誌創刊を企図し、四月の信州佐久を皮切りに、岐阜、名古屋へ。以降、資金集め目的の揮毫旅行に明け暮れる。毎度の銭金算段の行脚だ。牧水は、ときにしきりと思い知らされただろう。
 これまでずっと万年借家暮らしつづきできた濡草鞋風情。そんなやつが家を持とうなどとは! それこそが誤りなろうぞ、と。このことではそのさきに「三界無宿の身で、……おしまひまでこれで押してゆくのかも知れない」(「貧乏首尾無し」)といっていたというのに。
 ほんとうになんとも「みなかみ紀行」とは大違いなるありさまでないか。まさに東奔西走の旅であって、なんとも艱難辛苦の行である。この間の揮毫行脚の大略は「創作」十月号の「創作社便」に語られているが、なかにこんな記述がみえる。そんな「酒気が切れると身の置所がないので日に三四度づつ飲む。飲めばすなわち寝る。その間に飼犬が二匹子を生んだ。子供たちのその二匹に命名して曰く、「ノム」と「ネル」」なりと。
 十一月、十二月、九州各地をあわただしく銭金算段行脚。その折に老母と二人の姉を伴って別府温泉に遊ぶ。これだけはこの旅で救いだったろう。牧水は、じつはそのときに母に打ち明けるようにした。
「「阿母さん、わたしも随分ともう酒を飲んで来たからこれから少し慎しまうとおもふよ。」母の返事は意外であつた。「インニヤ、酒で焼き固めた身体ぢヤかル、やつぱり飲まにやいかん。」」(「九州めぐりの追憶」)
 なんとそのように母マキがいったという。いやよくわかったお母さんであること。それにしもまあ飲みつづけたものである。
「今度の九州旅行は要するに大酒ぐらひのわたしとしての最後であつた。とにかく思ひおくことなく飲んで来た。五十一日の間、殆んど高低なく毎日飲み続け、朝、三四合、昼、四五合、夜、一升以上といふところであつた。而して、この間、揮毫をしながら大きな器で傾けつつあるのである。また、別に宴会なるものがあつた。一日平均二升五合に見つもり、この旅の間に一人して約一石三斗を飲んで来た、と数字に示された時は、流石のわたしも物がいへなかつた。
 が、これで安心してこの馬鹿飲みの癖をやめることが出来るといふものである。現にもうやめてゐる。やめなければならぬ所まで到達して来たのである。やれやれ長い道中であつたぞよといふ気持である」
 疲労は激しく、歌作も少ない。そんなやたらな移りゆきになんとも、どうにもはかなげな作がはさまる。ときにつぎのような夢を見るようになると、どういうかちょっと人は危ういのではないか。それもやはりまた「母」だというのである。


  
 鮎焼きて母はおはしきゆめみてののちもうしろでありありと見ゆ
 夢ならで逢ひがたき母のおもかげの常におなじき瞳したまふ
 かたくなの母の心をなほしかねつその子もいつか老いてゆくなる

 大正十五年・昭和元年、四十一歳。五月、前年から計画していた、牧水曰く、詩歌句を綜合する「各詩型に拠る日本詩歌界の鳥瞰図」たる新月刊誌「詩歌時代」創刊。大きな評判を呼ぶ。直接購読三千を数えるも、経費が大きく嵩みすぎ、当初から赤字で苦境に陥る。こうなると酒に救いを求めるしかない。じつはこのさきに「現にもうやめてゐる」と書いたばかりなのだが。


  
 かなしみて飲めばこの酒いちはやくわれを酔はしむ泣くべかりけり
 われはもよ泣きて申さむかしこみて飲むこの酒になにの毒あらむ

 なんてどうしようもない酒飲みでしかなくなっている。牧水は、なんでまたその赤字が深酒の原因ともなろうに、あくことなく雑誌の発刊に血眼になるのであろう。これまでも主宰誌「創作」の青息吐息の運営経緯はべつにして、「新文学」(明四一、計画段階で断念)、「自然」(明四五、一号で廃刊)の企画ほか、かなりの数の歌誌に参画し編集に関わっている。さきにもふれたが牧水の編集手腕は素晴らしいものがある。もっといえば濡草鞋特有でこそあろう人心収攬しゅうらん術はといったら。
 それはさて四十の声をきいて、またもや雑誌を出そうという。これはいかなる心がする挙ではあるのか。このことに関わっていま、わたしなりに手短にいうならば、このように考えられるのだ。
 どんなものだろう、それはあえて本稿の文脈でいうならば濡草鞋が大見得めいてする顔見せ興業のようなもの、とはみられないか。ときに浮かぶのは「何か彼か、事業といふ様なことを空想して飛び歩いてゐた」という父のことだ。いうにいわれぬ余人にはどうにも理解しがたいその屈託のほどである。それはそう、それこそひとり牧水のみならず「事業といふ様なことを空想」してしまう血統がさせること、なのだろう。そうしてその尻拭いの揮毫旅行もどこか旅役者の興業気分みたくあるのだ。
 それにしも「詩歌時代」のことである。なんともときの錚々たる顔ぶれが勢揃いするのである。まずもってこの創刊陣容はどうだろう。
 評論では、萩原朔太郎、窪田空穂、長詩では、高村光太郎、室生犀星……。散文詩では、吉田一穂……。俳句では、河東碧梧桐、村上鬼城、……。短歌では、吉井勇、金子薫園……。童謡民謡では、野口雨情、浜田広介……。
 第二号では、さらには柳田國男、相馬御風、またときの前線は革命的詩人の萩原恭次郎の名前まである。第三号では、芥川龍之介……、いやもうよそう。

 

Buck number


 若山牧水(一八八五〜一九二八)
草鞋よ お前もいよいよ切れるか 今日 昨日 一昨日 これで三日履いて来た……。旅と、酒と、歌を、愛した歌びと。一世紀前の大歩行者。

 正津 勉(しょうづ・べん)
1945年、福井県生まれ。同志社大学文学部卒業。72年、第一詩集『惨事』(国文社)刊行。81年、米国オークランド大学客員詩人。代表的な詩集に『正津勉詩集』、『死ノ歌』(思潮社)があるほか、小説『笑いかわせみ』『小説尾形亀之助』『河童芋銭』、評伝『忘れられた俳人 河東碧梧桐』(平凡社新書)、エッセイ『脱力の人』(河出書房新社)『詩人の死』(東洋出版)など幅広い分野で執筆を行う。山関係の著述に詩集『嬉遊曲』『子供の領分|遊山譜』、評伝『山水の飄客 前田普羅』エッセイ『人はなぜ山を詠うのか』(アートアンドクラフツ)『山に遊ぶ 山を想う』(茗渓堂)ほか多数。近著に『乞食路通』(作品社)がある。