歩く人 牧水

歩く人

牧 水

「幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」。―― 旅を愛し、酒を愛し、何より歌を愛した歌人若山牧水。43年の生涯で約9000首(未発表含む)の歌を残し、いまでも全国各地の多くの人々に愛されている。国民的歌人ともいえるその魅力、その源泉はどこにあるのか? 詩人の正津勉氏が、牧水を「歩く人」と、とらえなおし、旅の巨人、歌の巨人のたたずまいを探る。



  第七回(2017.08.19)

難儀至極


 大正二年六月、牧水は、前年七月の父危篤の報に帰省、十月父死去後、九州各地に遊ぶなど、ほぼ一年近くも留守居して、ようやく帰京している。じつはなんとこの四月、長野県塩尻の妻の実家で長男が出生しているのである。それでいかにも股旅の父親らしく旅人たびとと名付けているのである。ところで牧水はどんな父親だったか。まずは連作「夏の日の苦悩」のこの一首をみよ。

或時あるときは寝入らむとする乳呑児ちのみごの眼ひき鼻ひきたはむれあそぶ (秋風の歌、以下)

 いったいこの「たはむれ」ぶりはどうだろう。ちょっと浮世離れよろしくも脳天気すぎないか。だいたいからしてご本人からしてそれこそ天然ガキそのままに大人になったような父親というのである。まるでまったくこんな自分に赤児がいることに自身が納得できないようなしだい……。

児をあやすとねぢをひねればほつかりと昼の電灯つきにけるかな

などとまあ「児をあやす」のにおろおろ。いやまことにこの不器用パパはというと昼行燈のごときでないか。しかしどんなものだろう。いったいぜんたい生計はどうしていたのか。
牧水は、そのさき臍の緒の母との葛藤のはて、こののち歌人の道を歩き始めたのだ。その壮図はよし。しかしながら、いうまでもない。ぜったいぜったい歌なんぞでは喰えっこないのである。そのことでは「病院に入りたし」なる連作が笑えてならない。

病院に入りたしと思ひ落葉めくわが身のさまにながめいりたる

 だがなんでそんな入院したいというのか。ついてはこの頃に友人に宛てた手紙をみられたし。「借金取その他の来訪者が恐く、私はこの一二週間、自宅を出てひそかに下宿しています。すぐ隣が病院で、便利もいいものです」(三浦敏夫宛、大正二年十二月十四日付)
こんなにまで火の車もよろしくある。だけどそれほど意に介してもいない。なおさらこれから旅の空に多くあることになるのだ。すべてを妻に負わせて。子育てはもちろん、それこそ借金取りさんに土下座したりや、些事みんなぜんぶ。
同年十月下旬、伊豆下田沖にある無人島神子みこ元島もとじまに、灯台守として住む早大時代の旧友を訪ねている。このときの「秋風の海及び燈台」連作をみられよ。

船子かこ船子かこ疾風はやちのなかに帆を張ると死ぬるが如くに叫ぶおらぶ船子かこ
とびとびに岩のあらはれ渦まける浪にわが帆はかたむき走る

 ときに海は大荒れで小さな燈台用便船は波に弄ばれた。いやだけどこの子供っぽいほどの得意なさまはどうだ。むろん旧友への土産は数本の酒瓶という。

語らむにあまり久しく別れゐし我等なりけりづ酒まむ
友酔はず我また酔はずいとまなくさかづきかはしこころをあたゝ

いやはやなんとも暢気なようすでないか。十一月初め、下田から天城を回って帰京。帰れば逃げていた金策やらに歩き回らなければ。牧水はというと、酒飲みで一見、楽天っぽくみえる。人付き合いも愛想も良い。それはだが外面だけである。連作「さびしき周囲」に詠む。

わが如きさびしきものに仕へつつかしぎ水くみむことを知らず

いつも心ここにあらずの亭主に黙ってかしずき薪水しんすいの労をとりつづける妻。喜志子よ、われを許されよ、の謂。なんてほんとまったく勝手気儘なものではないか。

妻や子をかなしむ心われとわが身をかなしむこころ二つながら燃ゆ

妻子をかなしむ心と、自身へ傾こう心と。「二つながら燃ゆ」るほどとはいう。だけどもその胸内にはわれは、いま歌人の道を一途に歩まん、というような底意とみられよう。
 どうにもなんとも天然歌人とは、また難儀至極なるものでないか。

 

Buck number


 若山牧水(一八八五〜一九二八)
草鞋よ お前もいよいよ切れるか 今日 昨日 一昨日 これで三日履いて来た……。旅と、酒と、歌を、愛した歌びと。一世紀前の大歩行者。

 正津 勉(しょうづ・べん)
1945年、福井県生まれ。同志社大学文学部卒業。72年、第一詩集『惨事』(国文社)刊行。81年、米国オークランド大学客員詩人。代表的な詩集に『正津勉詩集』、『死ノ歌』(思潮社)があるほか、小説『笑いかわせみ』『小説尾形亀之助』『河童芋銭』、評伝『忘れられた俳人 河東碧梧桐』(平凡社新書)、エッセイ『脱力の人』(河出書房新社)『詩人の死』(東洋出版)など幅広い分野で執筆を行う。山関係の著述に詩集『嬉遊曲』『子供の領分|遊山譜』、評伝『山水の飄客 前田普羅』エッセイ『人はなぜ山を詠うのか』(アートアンドクラフツ)『山に遊ぶ 山を想う』(茗渓堂)ほか多数。近著に『乞食路通』(作品社)がある。