本に書かれていないモンテレッジォ 第一回

本に書かれていないモンテレッジォ

本に書かれていないモンテレッジォ

第一回(2018.06.18)
初めてモンテレッジォに行ったときのこと

 去年の今頃は、何をしていたのだろう。
 遡ってみると、悩んでいた。『本の生まれた村』(『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』のHP連載時のタイトル)の連載が始まって、ようやく第2章を出稿したばかり。2月に村の紹介サイトを見つけて連絡し、対応してくれたジャコモとマッシミリアーノの好意のおかげで現地を訪問できたものの、手持ちの材料がない。日本に帰る前に、言ったからには実行しなくては、と猪突猛進で出かけてみたものの、村は文字通り(から)だった。あらかじめ念を押されてはいたものの、いっしょにいった人たちと私、村の入り口で会った熊のようなグリエルモ、数名の村人にバールでおいしいピッツァを作って出してくれたティツィアーノしかいない。人がいないので、暮らしの動線がない。
〈これは、書きようがないかも〉
 おいしいご飯をいっしょに食べて、楽しく日曜日を過ごしました。おしまい。
 日記なら、そう書くところだろう。

 どこかに行っても、メモはほとんど取らない。写真をポストイット代わりに使っている。ときおり数字はメモすることもあるけれど、重要な数字なら後でも調べられるものだ。初めての場所でも、行く前にあまり資料をあたったりしない。人に会うときは、失敬のない程度に可能なら著作などを読んでおくこともあるけれど、たいていは待ち合わせの住所だけを手に行く。初めて見聞きするときの印象が肝心で、メモを見なくても心に止めておくことがあればそれが重要、と思うからだ。
 そもそもモンテレッジォには資料がなかった。行く前からものになるのかどうかはわからないので、まずは行ってみるのである。風景写真の数枚でも撮り、ヴェネツィアのベルトーニさんに報告できればそれで十分かも。

 山の中の石畳だけの無人の村に着いて、ううむ、となった。去年のポストイット写真を見てみると、
〈困惑〉
〈メモのしようがない〉様子がありありだ。
 うつむいて歩いていたのだろうか。やたら足元の写真が多い。

 初めての場所に行くとき、もしここに自分が家を造るなら、という空想の住まいに目星を付ける。それでモンテレッジォでも、私ならここ、という家の写真を撮っている。廃屋。平屋。ひと間か二間かも。独りなのだから、それで十分。窓は必要。日当たりも良くないと。
 周囲の建物は限界集落だというのにきちんと手入れがしてあり、たとえ山奥でも高値に違いない、という印象だったからだ(もちろん買うつもりで探すのです)。
 これかしらね、と私が言うと、マッシミリアーノが
「ここもなかなかいいけれど、交渉に手間取るでしょう。何軒かお勧めがありますよ。僕もやっと家を手に入れて、修復が終わったばかり」
 あれです、と外から見せてくれた。

 イタリアでも日本でも景勝地のホテルでは、〈海が見えるサイド〉〈都会サイド(道に面していて騒々しい)〉など、窓からの借景が謳い文句になっていることが多い。モンテレッジォで不動産紹介業をするのは、セールスポイントが難しそうだ。全方位が山だからである。この村では、何が家選びのポイントになるのだろう。
〈私ならここかしらね〉
 と言ってみたのは、同行してくれたジャコモやマッシミリアーノへの社交辞令だったわけだけれど、いつも会う人が二人か三人だけ、というところで暮らすのはさすがに気が引ける。人と会って話していくら、が仕事の私にとって、この村に暮らすと相手は自分自身ということか。向き合う準備ができていない。
 表へ出て山に囲まれ、家に入って山に囲まれる。
 想像してみて、ああこれは、と思った。

〈島と同じではないの!〉
 私は島が好きなのです。
 着くのも発つのも、船がなければ難しい。しかしまた着いたら着いたで、閉ざされた空間での暮らしにはさまざまな制約がある。人間関係も難しい。どこにいても人間関係は各様にやっかいなのだけれど、島は閉ざされているので良くも悪くも凝縮され、実に濃厚な味わいになる。
 わけあって6年間船上生活をしたことがあり、島との縁は深かった。モンテレッジォを島として考えてみることにした。そうすると暮らし方や考え方もわかりやすいのかもしれない。
〈陸の孤島、とよく言うことだし〉
 そう単純なことではない。陸は陸で海は海、ということをだんだんに思い知ることになっていく。

書店員の皆様へ(2018.06.25)

書店員さん達からのお言葉はプリントアウトし、細かくたたんで守り札にします。
この話を本にまとめてお伝えできたことが光栄です。嬉しすぎ。
みなさん、どうもありがとうございます。
今日は雨です。
村の行商人達が嵐の中を本を運んだときのエピソードを思い出します。
宿賃を節約するためと、本を守るために馬の下で眠ったことや、湿らせないために回廊にリヤカーを置かせてもらう許可を得てそこで見張りをしながら寝たことなど。
やれ辛い、やれ暑い、やれ儲からない、やれいじめられた、など愚痴ったりしない。それより下がない、という暮らし。
一冊の本に助けてもらえるかもしれない人へ一刻も早く届けてやりたい、というミッションの気持ち。
日本の同業のみなさんからのお言葉をすべて、モンテレッジォに伝えます。
書店員さんたちからのお言葉は、山の子供達にとっての贈り物です。素晴らしいプレゼントをどうもありがとうございます。
家庭の事情で義務教育のあと、働きに出る子達がいます。日本で自分たちの先祖のことが紹介され、評価され、このようなお言葉をいただけて、あの子たちのこれからの強いエールになります。出自を恥じたり、寒村に生まれた運命を恨むようなところがありました。<そんなことは一切ない。どんな人にも役目と出番と意味はあります。皆にもあります!>
2017年12月16日に船橋からスカイプで小学校と繋がって、一人一人と話したのを思い出します。気を付け、の姿勢で立ち自己紹介をして、どの子もきれいな格好をしていた。
みなさんのことを必ず日本で話すので、村のことをみなさんも自慢できるよう見直してくださいよ、と言いました。
6歳のレオ!
じっと画面の向こうから見ていたのを思い出します。チビチビですよ、6歳は。
ありがとうございます!

内田洋子