デカメロン2020(Decameron2020)_24

デカメロン2020(Decameron2020)

「デカメロン2020」©(Decameron2020)©

緊急非常事態宣言が発動されたイタリアを、
イタリアの若者が語る、描く、見つめる、歌う

 新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、非常事態宣言が発動されたイタリア。ヴェネツィア、ミラノ、ボローニャ、ローマ、モンテレッジォ、シチリア島などで暮らす17歳から29歳の若者たちが、ささやかだけど私たちにも届く声をつむぎ始めました。彼らが、耳をすませ、見て、感じて、触れた、いまのイタリアの姿を届けます。
 これから始める「デカメロン2020」は、1348年のペストの蔓延からフィレンツェ郊外に逃れた若い男女10人が10日間語りつくす古典『デカメロン』の「リアル・イタリア版」です。



いったんご挨拶
Arrivederci, a presto!

 刻々と見えない疫病が近づいてくる。初めてのことに、どのように構えていいのかわからない。どうしよう。
 ヴェネツィア大学に通う数人とやりとりをした。不安だけれど、これもまた人生経験のひとつ、というくらいのつもりだっただろう。
 迷ったら、古典に戻る。
 歴史に教えてもらう、という意識がイタリアには強くある。
 ヴェネツィアの古書店に向かった学生がいた。中世に大流行した黒死病の恐怖の中、迫る死の恐怖と戦うために、幻想へと飛んだ作家がいた。ボッカッチォ。
 若い10人の男女が、感染から逃れて生き延びようとする。怖いものを怖いと、嘆かない。高ぶる不安や緊張は、自分も気がつかなかった感情を表に引き出し、思いもかけない物語を生む。『デカメロン』。

 イタリアの各地にいる若者たちに声をかけた。文字でも音楽でも絵でも写真でも、そして空白でもいい。好きな方法で、元気かどうかときどき連絡をしてくれないか、と頼んだ。生まれたての赤ん坊だった頃から知る学生もいれば、小学校の頃にうちで預かっていた人もいる。高校卒業旅行で日本に来ていたときに、知り合った子。ミラノのライブハウスで偶然に聴いて、仰天した若い演奏家。うちに食事に来たとき、ひと言も話さなかった人。この数年、連絡を取りそぐれていたあの青年。
皆、同じように若いが、それぞれに異なる時間を経験してきた。
そういう若者たちが、同じ理由で否応なしに閉じ込められてしまった。

 イタリア各地から届く数行は、突然に押し込められた非日常の断片だ。
違うのに、ひとつ。
 『デカメロン2020』は、今後どのような物語に昇華していくのだろう。

 これまで読んでくださり、どうもありがとうございました。
 どれほど彼らの励みになったことか。
 健康な世の中に戻るとき、どこかでまたお目にかかれますように。
 離れても、そばにいる。

内田洋子 
2020年4月28日


Decameron2020 Index

イタリア公告NEW(2020.04.28 16:00更新)

コラムNEW(2020.04.28 16:00更新)

これまでの掲載記事


非日常になってしまった普通の生活

©MiBACT


 この画像は、2020年3月9日に政府が発令した全国封鎖 非常事態宣言に追随して、イタリアの文化財・文化活動賞のツイートです。
説明は一字もありません。
 これだけ。
 <#私は家に居る>というタグが付いて、広まりました。
 現状を軽く考えずに外出を避けて家にいよう、と呼びかけたのです。

 しのごの言わずに、発令。
 中世にヴェネツィア共和国のペスト対策で発案された、隔離対策と疫病/感染学をそのまま踏襲するかのように、断固と実践しています。

「生きていたら、経済のどん底からも必ず立ち直れる。物事の重要さの順位、本末転倒にしてはならないことを肝に命じ、弱い人を守り、他人への責任を果たしましょう」

 イタリア政府の封鎖通達を受けて、こうした呼びかけを文化財・文化活動省が出す。事態が由々しいのはウイルスの蔓延もさることながら、人々の心の危機にある、としたからではないかと感じました。
 同省は対応が可能なすべての美術館と連携し、所蔵作品をサイトにアップして無料で鑑賞できるようにし、
「皆さんが外出できなくなったのなら、文化のほうから皆さんを訪ねていきます」
 という公告も出しています。

 交通機関の多くが運休となり、徒歩での外出にすら自己申請の認証書の提示が必要となった現在のイタリアの日常を、各地の若者の五感を通してリアルタイムでお伝えしてみようと思います。

内田洋子
2020年3月16日




2020年3月8日イタリア。非常事態宣言発動。
新型コロナウイルス感染拡大防止のために首相令が発令された。3月10日朝から4月3日までイタリア全土で、移動制限や学校の一時閉鎖、飲食店の夜間営業停止等の措置が決定。
刻々と深刻化していく状況を受けてさらに、3月12日からは生活必需品の販売店,薬局、ドラッグストアを除く全ての商業及び小売り販売活動の休止を発表(期限は3月25日)。
具体的には(以下、在ミラノ日本国総領事館による、2020年3月11日イタリア首相令DPCMの抄訳 https://www.it.emb-japan.go.jp/pdf/20200311_dpcm.pdf):

食料品、生活必需品の販売店や薬局及びスーパーマーケットを除く、全ての商業及び小売り販売活動の休止を規定する。つまり、スーパーマーケットに食料品を買いに走る必要はない。
しかし店舗、喫茶店、パブ、レストランは、宅配サービスできる可能性を残して休業する。

対人距離1メートルの確保ができない理美容院、美容エステ店、食堂サービスは休業する。
生産業及び専門性の高い業務は可能な限りテレワークで活動を続け、従業員には休暇の取得を推奨する。

企業内の生産部門に必須でない部門は活動中止する。感染を避けるため,自社の従業員に安全ルールを守らせることができるのであれば、生産活動は継続することができる。製造会社では現状を乗り越えるための措置として、シフトの調整、休暇の前倒し、不必要な部門の閉鎖を採ることが推奨される。

公共交通機関、公益に資するサービス、銀行・郵便・金融・保険サービス、その他活動を続ける分野が正しく機能するために必要な、生活に不可欠な公共サービスは保証されている。
保健衛生の規則を守る限り、農業・畜産業・農産品加工業、及びこれらの業者に物品・サービスを提供する流通業の継続も保証されている。基本となる規則は変わらない。

我々の移動は、仕事上、健康上あるいは買い物といった必要な理由に制限しなければならない。期限は3月25日。
注:2020年4月10日時点で、<非常事態宣言首相令の有効期限は暫定的に5月3日>と延長されている。


最新 2020/4/26 21:30(JST-7)

ジュゼッペ・コンテ首相
https://www.facebook.com/GiuseppeConte64/videos/454154492050860/
2020年5月4日を起点として、緊急事態宣言の規制を段階を経て緩和、調整していく予定。
要点は以下の通り:

5月4日: 工場、建設現場、関係するサービス業の再開
繊維、ファッション、自動車、ガラス、建設、および関連する商業活動。
ただし、新規に設定される安全基準に従うこと(勤務交替の際の出入りの調整と管理、安全距離を保つ製造環境、入り口での検温義務)

5月4日: 移動と運動
居住内での移動は、5月4日までは自己申請書を義務とする。以降は、同じ州内での親族訪問のための移動が可能。
自己申請書提示はたとえ親族訪問についても義務として残る。新規の申請書書式が発行される予定。たとえ親族を訪問しても、1メートルの安全距離を厳守すること。
州を越えての移動は、まだ禁止。

バス、地下鉄、電車、飛行機は、座席の間隔を空けたりするなどして、乗客数を限定する。
駅で検温義務。ラッシュアワーを避けるために、乗車時間帯により利用料金を変える。
公共交通機関では(すべての閉鎖された空間はすべて該当する)勤務場所と同様に、マスク着用が義務。
賭博場再開。

公園、庭園は混雑しないように再開。
屋外での運動は家から200メートル以内に限定せずに行ってよいが、他の人との間隔を1メートル保つこと。個人競技を行う場合は他の競技者と、2メートルの距離を保つこと。

5月4日 :ラボ、および研究活動再開。

5月4日 :バールとレストラン :持ち帰りのみ再開。
つまり、バールやレストランを訪ね、1回に1人の客のみ入店し、持ち帰りの料理を買えるが、飲食は各人の家で行う。すべての行動で、安全距離を保つこと。

5月18日 : 小売店
小売店は5月18日から再開。ただし、個人の安全を保証し、客同士にも安全距離を保つ環境での営業を義務とする。
特定の商材内容に関しては(衣服や靴)、商品の消毒が義務付けられる予定。

5月18日: 美術館、博物館、図書館、スポーツジム
この場合のスポーツは、団体競技を対象としている。個人競技は5月4日から練習再開。

6月1日 : バールレストラン
バールとレストランの再開は、一番最後とする。5月4日から配達員や客による直接の持ち帰りを再開できるが、店内に客を入れての再開は6月1日以降とする。人との間の安全距離を保つ環境で再開(テーブル間は2メートル)。
店の収容能力数を下げるなど、規則を制定し公告する予定。

6月1日:美容、理髪店、エステサロン、マッサージサロン再開。
人との安全距離を保ち(技術者と客それぞれで)、すべての機器と道具を消毒すること。

再開日未定: 
映画館、劇場、クラブ、コンサートなど、大勢が集まる種類の営業カテゴリーに関しては、感染リスクが高いため、再開は未定。

<第3段階>は、すべての再開となるが、対処治療法やワクチンなどが完備しない限り、現時点で予測するのは難しい。


2020年4月12日復活祭の日曜日、ミラノ市とドゥオーモ大聖堂の招聘により、大聖堂にて無観客のソロ・コンサートを開催し世界に向けて生中継された。

歌: アンドレア・ボチェッリ 『MUSIC FOR HOPE』
オルガン伴奏(ミラノ ドゥオーモ専属):  エマヌエーレ・ヴィアネッリ

演奏曲目:
1. 天使のパン(フランク)
2. アヴェ・マリア(J.S.バッハ/グノー)
3. 聖なるマリアよ(マスカーニ/メルクリオ編)
4. 主なる神~《小ミサ・ソレムニス》より(ロッシーニ)
5. アメイジング・グレイス(伝承曲)


New Decameron2020-24(4.28 16:30更新)

2020/4/23
モンテレッジォ(トスカーナ州)
Montereggio(Toscana)

アレッシア・アントニオッティ
Alessia Antoniotti

今日も昨日と同じ、いつもの繰り返しだった。 庭に出て、種を蒔いた。そして新緑の匂いを思い切り吸い込んだ。すばらしい香りだ。種蒔きを終えて、ホースで水をやる。ゴムホースからほとばしる水。濡れる草木。匂いが私を夏へと連れていく。夏の水やりは、毎年私の役目だ。


2020/4/22
トリノ Torino
(ピエモンテ Piemonte)

アレッシア・トロンビン
Alessia Trombin


私の小さな従兄弟(8歳)へのインタビュー。奔放で、いつも髪の毛がボサボサな男の子だ。

ー 日本へのプロジェクトのために、質問してもいい?
「もーーーちろん、いいよ。うれしい!」
ー ありがとう。よかった。では、名前は?
「フランチェスコ」
ー 呼び名はある?
「チェッコ」
ー 調子はどう?
「いいよ。僕は幸せ」
ー 何がしたい?
「友達に会いたい。いっしょにサッカーをしたい」
ー 友達に会えなくてさみしい?
「うん」
ー 学校に行けなくてさみしい?
「ちょっとそうで、ちょっとそうじゃない」(と返事しながら、自分でウケ笑いする)
ー どうして家にいるのか、知ってる?
「新型コロナウイルスのせいで、皆、家にいないとダメなんだ」
ー このウイルスのこと、怖い?
「怖くない。だって家の中にいたら、ウイルスには会わないもん」
ー 家の中で一番好きな場所はどこ?
「コンピューターで遊べる書斎」
ー ときどき悲しい?
「うん。友達とおばあちゃん、おじいちゃんに会えないから」
ー ねえ、私のこと好き?
「うん、ものすごく!」
ー 質問されて、楽しかった?
「もーー-ちろん! 僕、日本で有名になるの?」
ー たぶんね、チェッコ。最後のご挨拶をしてくれる?
彼が言ったことに笑いながら、質問をする。
「チャオ、ネエネ。キス!」

(この子にも早く会って、キスで埋め尽くしたい)


2020/4/23 ヴェネツィア Venezia (Veneto)

エリーザ・サンティ
Elisa Santi


外出禁止になって初めの数日は、それまでの日課を繰り返すなどありえない、と思っていた。気ままにその日を生き、時間の決まりもなく、夜は昼で、昼は夜だった。ところが、日が経つにうち毎日に意味が付いてきた。目を覚まし、朝食をとり、授業を受け、昼食、中庭に出て、太陽を浴び、音楽を聴き、家に入り、授業を受けて、1時間ほど運動をし、夕食、そして1日のハイライトだ。22:25に外に出る。家の裏に出て、運河を見る。誰もいない。圧倒的な静けさに包まれる。最初はそう思っていたが、間違えていた。耳を澄ますと、全部聞こえる。岸壁に寄せる水の音。風。近所から漏れるテレビ。カモメ。跳ねる魚が立てる飛沫。喋る声。音楽。耳慣れたはずの音は、どれも本当らしく聞こえる。 アフリカへの旅を思い出す。サヴァンナに張ったテントで、周囲の音を耳に眠ったときと同じだ。不穏なまでに静まり返り、不穏なまでに静まり返り・・・・。初めて聴く美しい音楽のようで、陶然とする。魂を抜かれたような、でも心地よい。聴いて、聴いて、聴いて、聴いて。


2020/4/23 ミラノ Milano(Lombardia)

マルタ・ヴォアリーノ
Marta Voarino



外出禁止が解けたらしたいこと:
ー ヨガ・レッスンに入会する
ー 友人全員と抱き合う
ー 母を説得して犬を飼う
ー 買ったばかりの赤い服を着る
ー 1杯のジントニック (あるいは2杯でも)
ー 大学での教科書を綴じ直す
ー 公園の陽だまりに寝転ぶ
ー ステファノの店のジェラート
ー 新しい知り合い
ー 卒業論文のテーマを見つける
ー 屋外パーティーに行く


2020/4/23
トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

キアラ・ランツァ
Chiara Lanza


<疲れた>
送信。
つい、友達Gに愚痴メッセージを送ってしまう。彼女からは、いつも絶対にブレない明るい返事が戻ってくる。返事はたいてい間髪おかずに送られてくる。
<わかる。でもあと少しでまた会えるのだから!>
え、あと少し、って? この事態で、どういう意味なの、あと少し? 私にしてみれば、何の意味もない。予測が付くことなど、現況からはない。
Gの天然ぶりを鼻で笑う。すぐに返信。
<何言ってんのよ。まだコトの真っ只中じゃないの。5月4日から外出解禁だなんて、到底無理。あんた、何を考えてるの?!>
そう、5月4日に現行の首相令が解除されることになっている。外出禁止も解かれるが、居住の市町村から外には出るのはまだ禁止だし、その他にも多くの禁止事項を続行する、という条件のもとでの話だ。でも私は、解除を信じていない。おそらくこのままで、さらに延長されるのではないかと思っている。
Gは、音声メッセージで返信してきた。言いたいことがたくさんあるときは、これだ。彼女が延々と話す口調は、法学部の学生らしく、全方位に対してもれがない。
<規制緩和は徐々に進んでいるでしょう> と、始まる。<例えば、玄関から最長で200メートルという規制はすでに排除されているし、ジョギングも許可された・・・・・商業活動の再開も当然のこと。そういう現状を踏まえて、5月4日が新しい展開の始まりになる、と望むは自然なことでしょ!> 知り合って以来ずっと、私に対して言い続けている指摘もきっちり忘れずに付け加える。<その悲観的な考え方は、あなたのためにはならないわよ>。
<でも今の今、はっきりしていることは何もないでしょう>と私。そう返信を書きながら、今までとは気の持ちようが少し変わっている。
”もし何か悪いことが起きたら”と、いつも不安でいる私にとって、性格が正反対の友達は今、いつもにましてありがたい存在だ。1日に何度かメッセージを送り合い、Gは辛抱強く返事をしてくれる。楽天的なメッセージではないときでも、彼女からの返事のおかげでぐらつく私の足元は地にしっかりと着く。
前代未聞の事態の中、楽天的でも悲観的でも、心持ちに大きく影響を与える友達の存在は大切だ。


2020/4/23 デルフト(Delft,オランダ)

クラウディア・ダモンティ
Claudia Damonti


今日は脱走したい気分だった。自転車に乗って、出発。行き先は、ヘット・セントラム(Het Centrum)
。空は晴れ渡り、暖かで、オランダ特有の風までもが心地よい。耳には、ジョン・メイヤー(John Mayer)のバラード。こんなに快適に自転車で走ったのは初めてだ。1か月以上ぶりにデルフトの中心へ行ってみて、驚いた。もちろん店は全部閉まっている。スーパーマーケットの前には、人々が安全距離を空け整然と列をなしている。静かで平穏な雰囲気は、このところずっと私が感じていたものとはまったく逆だ。住民達は建物の玄関前階段に思い思いに座り、ビールを片手に満足そうに日光浴をしている。
うれしくなって、私も水路の縁に座る。ジージャンを脱ぎ、太陽に顔を向けて微笑む。


2020/4/23
ヴェネツィア Venezia(ベネト Veneto)

ジュリ・G・ピズ
Julie G.Pisu

6歳からカポエイラをしている。週2回の練習をずっと続けている。何度か小休止して、他のスポーツも試してみようと思ったことがある。ジャズダンスやバレーボール、ジムやプールにも通ってみた。
でも、やはりカポエイラだ(注:ブラジルに伝わる、舞踊と音楽を伴う武術)。ミラノで習っていたときのメドゥーサ先生から(Medusa クラゲ)、<ペキニーニャ Pequieninha >という呼び名を付けてもらった。<小さな>という意味だ。私がクラスで一番ちびっ子だったからだろう。練習のとき、生徒はポルトガル名で呼ばれる。ヴェネツィアに引っ越しても、カポエイラは止めなかった。メドゥーサに紹介してもらったマルクイーニョ先生(Marquinho)のところで、トレーニングを続けている。
外出禁止で、当然このカポエイラのレッスンも休止になってしまった。最初のうちはあまり気にならなかった。ひとりでトレーニングを続けて、ストレスや緊張を発散できているつもりだった。ところがこの数日、朝起きると寝違えたように首筋や背中が痛い。全身の神経がピリピリしている感じがする。どうしても気持ちがブルーになりがちだ。よし、カポエイラ。
チャット・グループ<カポエイラしよう>を作る。

マルクイーニョ先生 「カポエリストのみんな、どうしてる? 元気? ビデオレッスンを始めないか?」
マッティア 「おお、マエストロ! ぜひ始めましょう! 木曜日はどうです?」
レーナ 「元気です。みんなはどう? 私、参加する!」
エウジェニオ 「僕もいるーーーー!」
マッティア 「<ズーム>で相談しよう! いいね、ペキニーニャ!?」
私、「オブリガーダ(Obligada ありがとう)!」
その夜、私は笑いながら眠った。

いよいよその木曜日がやってきた。午後6時、コンピューターを持ってテラスに出る。ズームに繋がると、カポエイラ仲間が画面に勢揃いしている。全員、トレーニング開始を待ち構えている。 ビリンバウ(berimbau 注:カポエイラで鳴らす民族打弦楽器。 弓矢を棒で叩く、原始的な構造。中身をくり抜き乾燥させたヒョウタンを使用)が鳴り始める。パンデイロス(pandeiros 注:ブラジル風のタンバリン)やさまざまな打楽器の音が後に続く。 私達はそれぞれの家からマエストロの動きを追う。 1時間余りのトレーニングを終えて、汗びっしょりだが、最高にすっきりしている。来週もまたね、と皆と約束して別れる。 神経は緩み、首は痛くないし、ピンとした背中に戻った。夢のような夢を見る。


2020/4/24
トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

キアラ・ランツァ
Chiara Lanza


遅く起きた。天気はどんよりして、自分を見るみたい。
ルーフォが前脚をベッドにかけて、私をじっと見ている。散歩に行くのに気乗りしない空模様だが、雨が降らないうちに犬を連れて出ておこう、と気を奮い立たせる。
そのうち遠くで鳴り始めた雷に、教会から11時の鐘の音が重なる。霧が下りて町を覆い、エトナ山や家屋や木々は隠れてしまっている。今日は、すべてがのっぺりとして凡庸だ。
家に着くと、母が玄関ドアの前に立っていた。イヤホン姿ということは、オンライン授業の最中なのだろう。
母は、高校の障害生徒の養護教員をしている。直接に授業の受け持ちではなくても、全授業に参加して彼女が担当する生徒向けに再構成することになっている。
<もうすぐ宅配がデッキチェアを持ってくるのよ>
声を出さずに口をパクパクさせて、私にそう告げる。言い終えるかどうかというそのときに玄関のブザーが鳴り、私は家の門へと引き返した。
門の前に停まっている黄色のトラックから、プラスチックの顔面マスクに、額には’80年代にテニス選手が使っていた、タオル生地の幅広のヘアバンドを着けている。虹色。
「どうぞそこに置いていってください」
「とんでもありません、お嬢さん」
強いシチリア訛りで彼が言う。
「御宅の中まで荷物を持って入るのが禁じられているのは知っていますが、こんなに重たいデッキチェアを4脚もお嬢さんに運ばせるわけにはいきません。そんな失礼なことできません。玄関口まで運びましょう。ご心配なく! それでお家はどちらです? この奥ですよね?」
私は引き止めようとしたが、もう両手にデッキチェアを抱えて大股で歩き出してしまった。中庭を挟んで、配達人が自分の方にやってくるのを見た母は、恐怖で目を見開いている。
「もうここまでで結構ですので。どうもありがとうございました」
建物の玄関門からうちの敷地の入り口まで来たその人に、私は慌てて言う。
「もちろんです。御宅の中までは入りませんよ!」 苦笑いしながら言い、「お嬢さん、でもね、もちろん規則を守らないといけないのはわかりますが、こんなに重たい届け物を門の外に置いて帰るなんて、私にはできません。こういう時だからこそ、善いクリスチャンでなければね!」
大きな身振り手振りで話し、母は彼が腕を振り回すたびに後ろへ飛び退いている。火の点いた爆弾のように恐れている。

黄色のトラックが走り去っていくのを見ながら、普通が第一と信じる他人と、今後どのように距離を保てばいいのか、考え込んでしまう。


2020/4/24
ローマ Roma (ラツィオ州 Lazio)

シルヴィア・パリアルーロ
Silvia Pagliarulo

学校のある期間、週に1度、リッカルドを学校に迎えにいく。リッカルドは、知的障害児だ。まだ彼のことをよく知らなかった頃は、うまく接することができなかった。でも次第に彼を知り、今ではとても仲よくなっている。ロックダウンになって以来、リッキーと私は会ってない。ところが2、3日前に、メッセージが送られてきた。
<シルヴィア、ビデオ通話をしない?>
彼は家の中に閉じ込められて、どのように過ごしているのだろう。友達と会えないことをどう思っているのだろう。
ビデオ通話をかけると、友達の顔を見ながら話せるのをとても喜んで、なかなか電話を切ろうとしなかった。
「朝ゆっくり寝ていられるからうれしいよ」
リッキーはポジティブだ。
「ねえ、また電話してもいい?」
ダメ、なんて言える?


2020/4/25
トリノ Torino
(ピエモンテ Piemonte)

アレッシア・トロンビン
Alessia Trombin


今日は4月25日。イタリアが第二次世界大戦時にファシズムとナチ独裁から解放された記念日だ。
自由への敬意と誇りを祝う日で、現状にもとても即している。
イタリア解放に際して死刑に処された人たちの手紙を読み、自由の意義を再度考える。

<パヴッロの刑務所にて。1944年11月26日。親愛なるパッリー。僕に残された最後の時間だ。愛するパッリー、僕のことを思い出してくれる人たちに、僕に代わって君から、よろしくとキスを伝えて欲しい。信じてほしい。僕は自分の名に恥じるようなことは何ひとつ、していない。祖国のために戦い、今、ここにいる。・・・・・もうすぐ僕はいなくなる。自由の勝利のために、自分が出来る限りのことをした、と確信して死ぬ。キスを、そしてキスを。君の、あなたたちのパッジェットより>*

ありがとう、パッジェット。あなたたちが与えてくれた自由を手にするために、私たちは戦い続けます。

* Lettere di Condannati a morte della Resistenza italiana,
Piero Malvezzi e Giovanni Pirelli, Einaudi, Torino, 2006


2020/4/25 ミラノ Milano(ロンバルディア Lombardia)

オット・スカッチーニ
Otto Scaccini


4月25日。カナダ、マニトバ州産の強力小麦粉100gと水100mlを混ぜる。寝かせて3時間、発酵を待つ。台所のテーブルに朝日が差し込む。酵母菌の記録を付ける。ラジオから、今朝これで4度目の『ベッラ・チャオ』が流れてくる。
今日は大学の勉強はしない。祝日なのだ。代わりに、パンと酵母菌についてグルテンに焦点を当てて調べる。ときどき(というか、いつも)台所は、薬理研究所より興味深い。
晴天で暑く、外からは歩行者ののんびりした話し声が聞こえてくる。規制が緩み、家から離れたところまで出かける人も増えているようだ。罰金を課される人も減ってきているらしい。口うるさい半分の自分は、そんなに気を緩めてはいけない、と思っている。でも、今日は非難めいたことはすべて窓の外に放り出して、祝いのマットレスの上に身体を投げ出し、ラジオから流れてくるレジスタンスの歴史についての話を聞く。できることなら、奇跡のようにおいしいナポリ風のピッツァやフカフカのパネットーネを想像しながら、1日じゅう熱い赤い屋根瓦の上に寝転がって今日という日を喜びたい。
微かな音がした。酵母菌を入れた瓶の蓋が、膨張した空気で飛ばされてしまったのだった。
バルコニーに出て、植木に水をやる。大学の友人たちのことを考える。過ぎていった時間と失った授業のことを思う。自転車で走ることを想像する。
でも、今日は軽々した気分だ。楽天的で、くよくよしていない。さみしがっている時間などない感じだ。
マットを持って、テラスへ出る。少し運動をする。すると下の階のバルコニーから突然、大音量で『ベッラ・チャオ』が鳴り響く。アラビア語バージョンだ。これはまだ聴いたことがなかったな。


2020/4/25
トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

キアラ・ランツァ
Chiara Lanza


4月25日、ポルトガルではカーネーションの解放を祝う。1974年、独裁政権からの解放のために決起したクーデター記念日だ。
ちょうど1年前の今日、ポルトガル人の友人Sが、一般に開放されたリスボン市役所へ連れていってくれた。ポルトガル人も観光客も、家族連れも個人も、それぞれに赤いカーネーションを手にして、出たり入ったりしていた。
あの春の日、異国で初めての祝祭を目にしたのだったが、自由と希望の歴史に自分も生きている、という実感を強く持った。
イタリアも、1946年4月25日にファシズムとナチから解放され、自由を勝ち取ったレジスタンス運動を記念して祝う。
偶然の一致を考えながら、庭で寝転ぶ。
樫の木を見上げる。このところの悪天候で、庭には出ていなかった。その間に、枝には鮮やかな緑色の葉が無数に出ている。古い葉を落とし、木は高々と枝を伸ばしている。
1946年、この木はどのくらいの大きさだったのだろう。


2020/4/25
ボローニャ Bologna
(エミリア・ロマーニャ州 Emilia Romagna)

クラウディア・パリアルーロ
Claudia Pagliarulo

今日は重要な日。それなのに、広場に友達や同じ町に住む人たちが集まって祝えないのは、おかしな感じ。
私が住むボローニャでは、今日という日を時節に合わせて、いろいろな工夫で祝った。安全距離を保って歌い、屋外を行進できないので自分の写真を町に貼り妄想行進し、垂れ幕を窓から掛けたりして祝った。
1枚目は私の窓で、もう1枚はボローニャ市内のプラテッロ(Pratello)地区に住む友達から送られてきた写真だ。町のレジスタンスの中核だった地区である。
かつて皆で自由を勝ち取った記念日は、未来の自由へのエールだ。


2020/4/25
ヴェネツィア Venezia(ベネト Veneto)

ジュリ・G・ピズ
Julie G.Pisu

今日はイタリアの祝祭日だ。4月25日。ファシズムとナチからの解放記念日である。
「ウイルスからの解放ではないよね」 と、言う人もいるだろう。
そうかもしれないが、少しずつよい方向へ向かっている。昨日からヴェネト州は、他に先駆けて規制を緩和し始めている。たとえば、レストランは<持ち帰り>に限って、営業再開できるようになり、書店や文房具店はこれまでの週2日だった規制が解けて、何日開けてもよいようになった。生花店は鉢植えや切り花を売ってもいい。もちろん、公衆衛生の管理が第一であることは変わらない。マスクにゴム手袋、あるいは消毒用ジェルは必ず着用、携帯し、安全距離を保つのもこれまで通りだ。 とはいえ、やはり何か気分が違う。
半信半疑で、あまり大きな期待をせずに、レオンと表へ出る。
いつもの道を歩いていると、うれしい驚きが! 水上バスの停留所前のバールのシャッターが、半分開いていて、量り注ぎのワインの大瓶も見えている! 店主が紙に何か書いている。
「チャオ!! 元気ですか?!」
「ああ、チャオ! だいじょうぶですよ!」
「お店のワインが飲めなくて、さみしかったです!」
「月曜日(4/27)から店を開けますよ! いまのところワイン販売に限られるのだけど。まだカウンター飲みは受けられないのでね」
「すばらしい! じゃあ月曜日に来ますね!」

少し先には、通りの上に大きなイタリアの国旗が翻っている。店のショーウインドーには、赤い地に金色のライオンの旗が飾ってある。ああ、そうだ。今日はヴェネツィアの守護聖人、サン・マルコの祝祭日でもあったのだ。
Duri i banchi, fioi!  (これで合ってますか、ヴェネツィアの皆さん?!)

(中世からヴェネツィア共和国の船乗りたちの間で、難航時の励まし合いに使われた。現在でもよく使われる。邦訳:気合いを入れてがんばろう、前進あるのみ!)


2020/4/25
インペリア Imperia
(リグリア Liguria)

マルティーナ・ライネーリ
Martina Raineri


今日は、イタリアがファシズムとナチから解放された記念日だ。私の町インペリアでは、とてもその意義が強く感じられる。というのも、パルチザンで『風を鳴らせ』の作詞家でもあった、フェリーチェ・カショーネが生まれた町だからだ。残念ながら高齢化して、パルチザンの生き証人たちの多くが他界してしまったが、私の親族にもパルチザンがいた。誇らしい。父方の叔父は、町の広場の名前になり遺っている。18歳になったばかりで、狙撃されて亡くなった。いろいろ話すことがある・・・・・。
昨晩から、近所の住人はテラスに国旗を掲げている。
解放運動で書かれたものでも、私が一番好きなのは、ジュゼッペ・ウンガレッティの言葉だ。
<ここに、
目を閉じたまま光を見ることのなかった人々も、
皆が目を開き永遠に光を見て、
永遠に生きる>

自由を、私たちは当たり前のことだと思ってしまう。75年前に自由の種が蒔かれ、大きな犠牲を払って芽が息吹いた。私たちにできるのは、花を永遠に咲かせ続けることだ。


2020/4/25
ガーヴィ Gavi(ピエモンテ Piemonte)

ミケーレ・ロッシ・カイロ
Michele Rossi Cairo


この郊外の家には、僕の弟もいる。8歳から見た外出禁止について書いてみる。
弟アレッサンドロは、毎朝10時半くらいに起きて朝食をとる。その後は、一応宿題をすることになっているが、何かしら理由を見つけて後回しにすることも多い。
昼食後、宿題。終えると18時まで何かすることを探さなければならない。18時に先生といっしょに勉強することになっている。総勢20人の子供たちをリモート授業で教えるのは大変なので、先生はクラスを5人ずつのグループに分けて、それぞれ毎日1時間ずつリモート授業をすることにした。授業では、前日に出されていた宿題について、ひとりずつ質問をしていく。よくわかっていない生徒がいると、先生は根気よく説明を繰り返す。
授業が終わると、夕食だ。アレッサンドロはその後少しだけテレビを見て、就寝。 なくてさみしいことはあるか、と僕が尋ねたら、「マンマと弟(二人ともミラノにいる)」「外食(スシ)」「僕のミラノの家」と答えた。「一番さみしいのは、学校に行けないこと」だそうだ。友達と会えないことだけではなくて、皆と教室にいないと勉強するのが難しいということらしい。
小さな子供たちは、うまくひとりで勉強できない。先生に会えないと、軸を失ったような気持ちになる。
どう、楽しい?
「ううん」
感染してしまった人たちがかわいそうで、友達に会えなくて楽しくない。
でもアレッサンドロは幸運だ。田舎にいるので、いつでも好きなだけ歩いたり走ったりできる。他の子供たちは都会の家に閉じ込められたままなのだ。
5月4日に首相令が段階的に解除されていく予定だ。
このままうまく事態が収拾することを祈っている。


2020/4/26 ミラノ Milano(Lombardia)

マルタ・ヴォアリーノ
Marta Voarino

今晩8時、コンテ首相は外出禁止を5月18日まで延長することを発表した。この延長は何より辛い。解禁まであと何日、と数えて楽しみにしていたのに、張っていた気持ちが崩れる。新しい生活が始まり、元の暮らしに戻れるように、心構えをしていたのに。家族もがっかりした面持ちだ。電話越しの友人たちも声が重い。
「いつ会えるかしらね?」
誰にもわからない。楽観的に、あるいは強気で「もうすぐ」とは、もう誰も言わない。
ゼロカルカーレという人気漫画家がいるが、外出禁止の事態について毎週動画をアップしている。 そのうちのひとつにとても衝撃を受けた。
<それぞれの理由で、割れた瀬戸物の欠片のような気分だ。でも、喉につかえている塊があって、なかなか取れない。なぜ取れないのか、わからない。事態が収束した後、鏡に映る自分と対面し不安で孤独を感じるようなことがおきたら、もうウイルスのせいにはできない。どうすればいいのだろう?>
長い休止の時間で、私が感じていることはまさにこれだ。毎日、細心の注意を払いながらの再出発に怖気づく。より幸せな毎日を築こう、とか、試す機会、とか、今日の私には思えない。3週間延びたくらいでは、長い目で見ればたいした障害ではないのかもしれない(二十代のうちのさらなる3週間は、かなりの重みがあるが)。
でも、今晩はそういう気分にはなれない。


2020/4/26
トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

キアラ・ランツァ
Chiara Lanza


ニキビは、多くのティーンエイジャーにとって悩みの種だ。そんなことない、という人がいたら嘘つきだ。成長するにつれて、幸いなことに、顔の赤いブツブツよりもっと気になることが出てくる。
14歳をとうに超えた今、おでこに吹き出物を見つけても、気にしないことにきめた。<ごく自然のことだから>と、自分に言い聞かせる。ストレスだらけの状況。生理前。これまでと変わってしまった食生活。ずっと屋内での生活。原因はいくらでもある。
「新鮮な空気を吸いながら、屋外のテーブルで勉強するといいかもしれないわよ」
嘆く私に母が言う。「それから、ちょっとチョコレートの量を減らしてもいいのかも・・・・」小さい声で付け加える。
図星の意見に、私は母を睨み返す。
このところの私の砂糖消費量はとどめをしらない。
母の助言のうち、ひとまずひとつをありがたく聞き入れて、屋外に勉強場所を移動することにした。
決めた日を間違えたのに気が付く。日差しは弱々しく、ジャージの上を着たり脱いだりしなければならず、風にコピー用紙のメモやノートが飛ばされないように押さえたり、庭のあちこちに飛んでいった紙を拾い集めなければならないのだった。
突然、過ぎた夏にデジャヴする。もう9年も前のことだ。同じテーブルで、9月の再試のために古代ギリシャ語を勉強していたのを思い出す。過ぎてみると、懐かしい。
あっという間に昼食の時間になる。テレビはニュース番組を流している。アナウンサーの乾いた声を聞きながら、レタスをナイフで淡々と切る。
しばらくするとアナウンサーが、今晩、首相の記者会見が生放送される、と知らせる。5月4日にロックダウンを解除する、という発表らしい。
どうかそうなりますように。


2020/4/26
ローマ Roma (ラツィオ州 Lazio)

サーラ・パリアルーロ
Sara Pagliarulo

この2か月間繰り返してきたように、今日もまた家族といっしょにテレビを見た。ジュゼッペ・コンテ首相が、新しく出る首相令の内容について説明をした(すべて終わって、外に出て皆で祝おう、という発表を密かに期待しながら聞く)。
今日もまた、これまでと同じように、がっかりした。5月4日から待ちに待った<第2段階>に入るはずだったが、<第1段階その2>と呼んだほうがいいようだ。移動は制限されたままで、スポーツは許されるが2メートルの安全距離を保たなければならず、大学は9月まで休講、店舗は閉めたままである。今日4月26日だ。がっくりして、力が入らない。劇的な変化を期待するのは、楽観的すぎるとはわかっている。軽率な行動や油断が許されないと知りつつ、2か月は長い。今晩、その重さに打ちのめされている。
ずっとよく眠れない夜が続く。毎晩、いっそうおかしな夢を見る(不吉な夢も多い)。寝苦しかったひと晩を経て、今朝、インターネットを検索した。多くの脳神経学の研究所の調査をしていて、疫病禍で以前より人々は夢を見るようになっていて、その大半が悪夢だという。『ナショナル・ジェオグラフィック』のサイトによれば、<さまざまな象徴が満載の夢は、各人が無意識のうちに持つ安全が脅かされることに対する、毎日のストレスや強烈な体験を乗り越えるために有効である。ところが、悪夢は起きているときに自覚していない不安を表している。[…] 新型コロナウイルスの感染下では、あらゆるレベルでの隔離とストレスが原因となって、夢の内容にも影響が出る。不安や規制された行動のせいで、不眠に陥る人も出る。夜中に頻繁に目が覚めるのは、夢によるところが多い>*
とある。読んで、気がふれそうになっているわけではなく、私だけが感じているのでもないことを知って、ちょっと安堵する。
とにかく、愚痴るのは止める。私はとても恵まれている。健康で、大切に思う人たちも同様に健康であり、家族といられる家があり、両親には仕事があり、私はコンピューターもwifiも持っているので大学の講義も受けられる。あと少し、がんばればいい。
*引用、抄訳:<Coronavirus: come l'isolamento e la paura stanno influenzando i nostri sogni>Rebecca Renner, National Geographic https://www.nationalgeographic.it/scienza/2020/04/coronavirus-come-lisolamento-e-la-paura-stanno-influenzando-i-nostri-sogni


プロフィール
内田洋子 Yoko Uchida

1959年神戸市生まれ。
東京外国語大学イタリア語学科卒業。通信社ウーノ・アソシエイツ代表。
2011年『ジーノの家イタリア10景』(文春文庫)で日本エッセイスト・クラブ賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『ミラノの太陽、シチリアの月』(小学館文庫)、『イタリアの引き出し』(CCCメディアハウス)、 『カテリーナの旅支度 イタリア二十の追想』(集英社文庫)、『皿の中に、イタリア』(講談社文庫)、 『どうしようもないのに、好き イタリア15の恋愛物語』(集英社文庫)、『イタリアのしっぽ』(集英社文庫)、 『イタリアからイタリアへ』(朝日文庫)、『ロベルトからの手紙』(文春文庫)、 『ボローニャの吐息』(小学館文庫)、『十二章のイタリア』(東京創元社)、『対岸のヴェネツィア』(集英社)、 『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』『もうひとつのモンテレッジォの物語』(方丈社)、『サルデーニャの蜜蜂』(小学館から5月刊行予定)。
翻訳書に 『パパの電話を待ちながら』(ジャンニ・ロダーリ著、講談社文庫)などがある。