デカメロン2020(Decameron2020)_23

デカメロン2020(Decameron2020)

「デカメロン2020」©(Decameron2020)©

緊急非常事態宣言が発動されたイタリアを、
イタリアの若者が語る、描く、見つめる、歌う

 新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、非常事態宣言が発動されたイタリア。ヴェネツィア、ミラノ、ボローニャ、ローマ、モンテレッジォ、シチリア島などで暮らす17歳から29歳の若者たちが、ささやかだけど私たちにも届く声をつむぎ始めました。彼らが、耳をすませ、見て、感じて、触れた、いまのイタリアの姿を届けます。
 これから始める「デカメロン2020」は、1348年のペストの蔓延からフィレンツェ郊外に逃れた若い男女10人が10日間語りつくす古典『デカメロン』の「リアル・イタリア版」です。


Decameron2020 Index

最新情報

イタリア公告

コラムNEW(2020.04.28 16:00更新)

これまでの掲載記事


非日常になってしまった普通の生活

©MiBACT#IORESTOACASA


 この画像は、2020年3月9日に政府が発令した全国封鎖、非常事態宣言に追随して、イタリアの文化財・文化活動省が発信したツイートです。
説明は一字もありません。
 これだけ。
 <#私は家に居る>というタグが付いて、広まりました。
 現状を軽く考えずに外出を避けて家にいよう、と呼びかけたのです。

 しのごの言わずに、発令。
 中世にヴェネツィア共和国のペスト対策で発案された、隔離対策と疫病/感染学をそのまま踏襲するかのように、断固と実践しています。

「生きていたら、経済のどん底からも必ず立ち直れる。物事の重要さの順位、本末転倒にしてはならないことを肝に命じ、弱い人を守り、他人への責任を果たしましょう」

 イタリア政府の封鎖通達を受けて、こうした呼びかけを文化財・文化活動省が出す。事態が由々しいのはウイルスの蔓延もさることながら、人々の心の危機にある、としたからではないかと感じました。
 同省は対応が可能なすべての美術館と連携し、所蔵作品をサイトにアップして無料で鑑賞できるようにし、
「皆さんが外出できなくなったのなら、文化のほうから皆さんを訪ねていきます」
 という公告も出しています。

 交通機関の多くが運休となり、徒歩での外出にすら自己申請の認証書の提示が必要となった現在のイタリアの日常を、各地の若者の五感を通してリアルタイムでお伝えしてみようと思います。

内田洋子
2020年3月16日




2020年3月8日イタリア。非常事態宣言発動。
新型コロナウイルス感染拡大防止のために首相令が発令された。3月10日朝から4月3日までイタリア全土で、移動制限や学校の一時閉鎖、飲食店の夜間営業停止等の措置が決定。
刻々と深刻化していく状況を受けてさらに、3月12日からは生活必需品の販売店,薬局、ドラッグストアを除く全ての商業及び小売り販売活動の休止を発表(期限は3月25日)。
具体的には(以下、在ミラノ日本国総領事館による、2020年3月11日イタリア首相令DPCMの抄訳 https://www.it.emb-japan.go.jp/pdf/20200311_dpcm.pdf):

食料品、生活必需品の販売店や薬局及びスーパーマーケットを除く、全ての商業及び小売り販売活動の休止を規定する。つまり、スーパーマーケットに食料品を買いに走る必要はない。
しかし店舗、喫茶店、パブ、レストランは、宅配サービスできる可能性を残して休業する。

対人距離1メートルの確保ができない理美容院、美容エステ店、食堂サービスは休業する。
生産業及び専門性の高い業務は可能な限りテレワークで活動を続け、従業員には休暇の取得を推奨する。

企業内の生産部門に必須でない部門は活動中止する。感染を避けるため,自社の従業員に安全ルールを守らせることができるのであれば、生産活動は継続することができる。製造会社では現状を乗り越えるための措置として、シフトの調整、休暇の前倒し、不必要な部門の閉鎖を採ることが推奨される。

公共交通機関、公益に資するサービス、銀行・郵便・金融・保険サービス、その他活動を続ける分野が正しく機能するために必要な、生活に不可欠な公共サービスは保証されている。
保健衛生の規則を守る限り、農業・畜産業・農産品加工業、及びこれらの業者に物品・サービスを提供する流通業の継続も保証されている。基本となる規則は変わらない。

我々の移動は、仕事上、健康上あるいは買い物といった必要な理由に制限しなければならない。期限は3月25日。
注:2020年4月10日時点で、<非常事態宣言首相令の有効期限は暫定的に5月3日>と延長されている。


2020年4月12日復活祭の日曜日、ミラノ市とドゥオーモ大聖堂の招聘により、大聖堂にて無観客のソロ・コンサートを開催し世界に向けて生中継された。

歌: アンドレア・ボチェッリ 『MUSIC FOR HOPE』
オルガン伴奏(ミラノ ドゥオーモ専属):  エマヌエーレ・ヴィアネッリ

演奏曲目:
1. 天使のパン(フランク)
2. アヴェ・マリア(J.S.バッハ/グノー)
3. 聖なるマリアよ(マスカーニ/メルクリオ編)
4. 主なる神~《小ミサ・ソレムニス》より(ロッシーニ)
5. アメイジング・グレイス(伝承曲)


Decameron2020-23(4.24 17:30更新)

2020/4/20
モンテレッジォ(トスカーナ州)
Montereggio(Toscana)

アレッシア・アントニオッティ
Alessia Antoniotti

インフルエンザで寝込んで1週間。やっと少しよくなった。今朝はベッドから起き上がれた。熱いシャワーを浴びて、リモート授業の準備をする。
先生の説明を聞いていると、何とも言えないよい匂いがしてきた。誰かが料理を作っている。
授業が終わるとすぐ、台所へ走る。私の具合が良くなった祝いに、と母が私の好物を作ってくれたのだ。
どれほどうれしかったか。

バルボットラ Barbottla: 水、小麦粉、塩、オリーブオイル、ズッキーネ、カボチャの花が材料。


2020/4/20
トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

キアラ・ランツァ
Chiara Lanza


超ハンバーガーが食べたい。まったくもう。
母は菜食主義者だ。つまり、うちでは肉を食べたいと思うと、軽く壁に突き当たる。
主義は誰にも押し付けてはならない、と母もわかっているので、最終的には折れてくれる。私も母の方針は正しいと思うので、何度か倣おうとした(これまで一度もうまくいかなかった)。前置きが長くなったが、うちではあまり頻繁に肉は食べない。
いったん自分の中に湧き出た動物的な食欲と人間としての理性をよく鑑みて、私たちの世代にはよく知られている友だちに、頼むことにした。友達の名は、<フードデリバリー>という。
ほぼオートマチックに何も考えずに、手慣れたアプリケーションを開ける。
<残念ながら、あなたのお住まいの地区ではこのサービスは受けられません>
画面にメッセージが出た。
衝撃。
そうだ、私は今トレカスターニにいるんだった。スーパーマーケットが3店、郵便局と十数の教会のある、クレータ跡に囲まれた小さな町に私はいるのだった。
最寄りの都市カターニャは車で20分ほどだが、険しい上り坂が続く道を通らなければならない。
ハンバーガー。鼻とお腹が待ち構えていたあの匂いと味が、彼方へと遠ざかっていく。もう手元に見えていたハンバーガー。オレンジ色をした異国情緒あふれるチーズに歯ごたえ抜群のピクルス、ツーフィンガー厚のハンバーグにゴマ付きの真っ白のパン。レタスとトマトは抜きでお願いします。それが好みなもので・・・・・。

都会の喧騒から離れて暮らすことを選んだ両親に私は何の文句もない。食べたいのなら、自分で夢のハンバーガーを作ればいいのだ。まずは食材をそろえよう。予定表を確認する。昨日、今日、明日とメモして見分けがつかなくならないように、次回のスーパーマーケット当番の日付を書いてある。
え、1週間後?
今日2度目の衝撃。


2020/4/20
ローマ Roma (ラツィオ州 Lazio)

シルヴィア・パリアルーロ
Silvia Pagliarulo

たった今、友人たちとのビデオ通話を終わったところ。深夜零時を回っている。これまでと違う人との付き合いについて、考える。他人とだけではなく、自分との付き合い方も新しくなるのだろう。
この事態前は、ふつう自分の顔を見るのは1日のうち数回程度だった。ところが今は、コンピューターのウェブカムの前で何時間も過ごしているので、否が応でも自分の顔と向き合うことになっている。それほどよく知らない顔と。
普段、自分の顔よりも高校の隣の席の級友の顔を見ている時間のほうが長いだろう。家に閉じ込められている中、自分自身のイメージについて考えることになっていると思う。それは、ルイジ・ピランデッロ著『ひとりは誰でもなく、また十万人(Uno, nessuno e centomila)』の登場人物ヴィタンジェロのように、自分の鼻が曲がっているのに気がつく、というようなことではない。
コンピューターの画面で、通話中の他の人たちの顔と並ぶ自分の顔を見る。それぞれの顔から、実質的なことが薄れていく。この先、実際にリアルに対面するとき、皆の特徴や振る舞いや癖を平べったいアイコンと代えて会えるとき、どのように感じるのだろうか。


2020/4/20 ミラノ Milano
(ロンバルディア Lombardia)

ミケーレ・ロッシ・カイロ
Michele Rossi Cairo


今日、スカイプで未来の雇い主と話をした。入社したらどういう仕事をするのか、とか、会社の方針についての質問に応えてくれた。
でも、いつから僕が働き始めるのかについては、わからない、と返された。イタリアでは、新しい職場での研修期間には指導担当が付くことが法律で決められている。スマート・ワーキングだと、当然、難しくなるだろう。どのように対処するか、検討中ということだ。僕は運がいい。ウイルスで世の中が激変する前に、この就職先を決めていたからだ。新型コロナウイルスの影響で、多くの企業が閉業に追い込まれたり、新卒の採用を中止したりしている。
もう少しでこれを乗り越えらたら、徐々に<普通>への復帰が始まるだろう。ただ、ウイルス前の就業率へと戻るのに、いったいどのくらいの時間がかかるだろうか。
すべて、僕たちがこれを乗り越えられるなら、という話だが。


2020/4/21
トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

キアラ・ランツァ
Chiara Lanza


青い時間だ。
台所のすぐ外にあるゴミ箱に空き瓶を捨てに行って、空を見る。青い時間は、日が落ちたすぐ後に、太陽の残した明るい色が薄れ、夜の帳が下りる前に寒色が広がっていく時間帯だ。
景色の色が変わる。木の輪郭が黒々とはっきりと浮かび、遠く火山のオレンジ色の火が裾の町の上を走る。家々に明かりが灯り始める。見ていて気持ちが落ち着く。精神安定剤のような。
空に見とれて立ち尽くす。自然からの治療をありがたく受ける。
「ジャガイモは、放っておいても自分で勝手に味付けはしませんからね!」
台所から母が叫ぶ。和えなければ。
母の声の後ろから、テレビニュースが聞こえてくる。毎日、毎日同じことの繰り返しだ。
さっきからテレビは点いていたのだろうか? それとも、青い時間が私を雑音から遠ざけてくれていたのだろうか?


2020/4/21 デルフト(Delft,オランダ)

クラウディア・ダモンティ
Claudia Damonti


今日、母からこの写真が送られてきた。心が決壊した。 ミラノで暮らしていた頃、毎晩8時になると弟の隣に座って家族そろって食事をしていたのを思い出す。今日はお父ちゃん、次はマンマ、と両親は当番で食事を作ってくれていた。そのときは、変わらない日課に過ぎなかったけれど、今思い出して涙が出る。何にも代えがたい、宝物のような時間だったのに気づく。もう2か月も会っていない。私の”小さな”弟。” ”付きなのは、弟はもう私よりも20センチは背が高くなっているからだ。
弟は、私の岩盤のような相棒だ。2人でいろいろな探検をした。いつも仲が良く、両親が離婚してからいっそう強く結束している。近年はお互いの関心事や生活がまったく異なるため共に過ごす機会は少なくなっていたけれど、弟と私はお互いのことがよくわかっていて、言葉にして確かめる必要はない。同じ屋根の下に暮らせば、それで十分に相手の気持ちがわかり力を貸し合えた。
弟は、無口で影のようだ。大勢の中にいるのが好きではない。たいていソファに座り、プレイステーションで遊ぶか、サッカーやスポーツ番組を飽きずに見ている(最近はビリヤードに凝っている。ちょっと想像してみて)。外出禁止になっても、弟の日常にはあまり支障がなかったようだ。むしろソファに座り続ける正当な理由になっただろう。ゲームやテレビを見ないときは、オンラインで授業を受けている。ミラノ工科大学で建築工学を勉強している(子供2人ともが技術系だなんて、と父は今でも嘆いている)。もともとそれほど勉強好きでもない弟にとって、現状はかなり厳しい試練だろう。外出禁止になってから、まだ試験が行われていない。勉強に集中できないから別にいい、と弟は言う。その気分、よくわかる。大学生なら誰にも、彼の気持ちはわかるだろう。
最近の様子を弟に尋ねたけれど、たいした返事はなかった(期待した私が間違っていた)。かなりイライラしているようで、今にも母をやり込めないかという様子だった。それも、わかりすぎるほどわかる。
でもちょっとくらいは、明るい話もあるんじゃないの?
静かに過ぎていく待ち時間を経て、オレ6キロ太ったんだ。それだけちょっとうれしそうにポツリと言った。胸がキュンとする。小さなキスを贈る。
もしそんなことが私に起こったら、ちょっと明るい話どころではない。ここに体重計がなくてよかった。
チャオ、マルコリーノ。

©Mamma di Claudia

2020/4/21
ヴェネツィア Venezia(ベネト Veneto)

ジュリ・G・ピズ
Julie G.Pisu

7:30 目覚ましが鳴る。
起き上がって、寝ぼけたまま、ヴァレが起きて待っている居間へ行く。
今日は病院へ検査に行くのだ。問題がなければ、献血をする。
ジュデッカ島から本島の南端に渡り、突っ切って北側にある聖ジョヴァンニ・パオロ病院まで行かなければならない。
不安だ。着替えて、マスクにゴム手袋を着ける。外出目的の自己証明書は? 下宿にはプリンターがないので、自己証明書は無し。
水上バスに乗る。何週間もジュデッカ島に閉じ込められた後、やっと運河を渡る。嬉しいのと、軍警察の検閲への緊張で、心臓が喉元まで上がっている。ヴェネツィアを歩くのは久しぶりだ。
まだ道を覚えているだろうか?
水上バスがザッテレ(Zattere)停留所に着く。墓場のような静けさ。雑踏の賑わいの代わりに聞こえるのは、岸壁を打つ運河の水音と鳥のさえずりだけだ。曇った空のせいか、さみしく思う私の気分のせいか、誰もいない岸壁から露地に流れる風音のせいか、不思議な気配が漂っている。
病院へは何通りかの道順があるが、せっかくこうして外出したのだ。できるだけ遠回りして、たくさん歩いて回ることにきめた。サンマルコ広場を経由していく。
どれだけ大勢で混雑していても、その壮大さが知れる広場だった。ところが今日は、誰もいない。私たちの他には、黄色の蛍光色の上着を着た警官が2人、行ったり来たりしているだけだ。
広場の真ん中でカモメが悠々と羽を伸ばしている。私たちがすぐ横を通るのに、人間のことなどまったく意に介さない、という様子だ。
サンマルコの大聖堂は、威風堂々とそびえ立つ。金と大理石のモザイクが恐ろしいほどの美しさで輝いている。観客のいないヴェネツィアの主人公だ。
鐘塔は、5階分ほどもっと天に近くなったように見える。
大聖堂を正面に見てひれ伏す思いで、警官に呼び止められないうちに、と脇の露地へ入る。
病院に着いた。やや怖気付く。玄関口に立つ警備員がちらりと私たちを見て、列に並ぶように短く指示する。2メートルの間隔を置いて並ぶ。
「おはようございます。次の方。こちらへ近づいていただいてかまいませんよ。検温しましょう」
ヴァレは検温に合格して、院内へ進む。
「さあ、次の方どうそ。近くへ」
心臓がバクバクする。もし熱があったらどうしよう?
「どうぞ、院内へお入りください」
看護師が親切に言う。安堵の深呼吸。

病院の入り口からの廊下は荘厳だ。2本の柱の間に赤い絨毯が敷かれている。
ヴァレと私は、間をおきながら、小走りで受付へ向かう。そこで個人情報を申告し、1人ずつ医師から質問を受ける。その後、アンプル4本分の血液を採取される。
血液がアンプルに取られていくのを見ながらふと、新型コロナウイルスに感染したかどうかの検査をこれまで受けていなかったが感染に気がついていなかっただけのケースで、抗体を持っているかどうかもこれで検査するのではないか、と思う。
「終わりました。待合所の奥におやつとフルーツジュースを用意しましたので、よかったらどうぞ」
うれしい! 検査のために朝食抜きだったので、お腹がペコペコだった。おやつコーナーへ行く。チョコレートタルトをもらう。でも、どうすればいいの? ゴム手袋にマスクだ。どうやって触って、どう食べるの? 
廊下から中庭に出て、ヴァレと離れたまま、マスクとゴム手袋を外して、注意深くタルトにかぶりつく。すぐにアルコール消毒をして、再びマスクとゴム手袋を着けて病院を後にする。
「来た道を戻る? それともリアルト橋の道にする?」
ヴァレが尋ねる。
「リアルト橋を回って帰ろう。ここから近いし」
露地を歩く。ミニ・スーパーマーケット、薬局、精肉店、小さな食料品店が並び、どの店の前にも長い列ができている。長く見えるのは、2メートルおきに人が立っているからだ。
少し行くと、湿った独特の匂いが流れてくる。エノテカからだった。赤ワインの大瓶や無数のワインボトルが棚に並び、ワイン蔵特有の強い香りがする。私たちは目と目で合図する。ヴァレが店に入り、赤1本を手に出てくる。満足。
リアルト橋に向かう途中で、警官や軍警官、財務警察隊と会う。誰からも呼び止められない。彼らの後ろを歩く。警官達はのんびりと歩き、リアルト橋まで私達に付き添ってくれているような錯覚を覚える。
閉まった店のショーウインドーには、過ぎ去った季節の服を着たマネキンが立っている。マネキンの時間も2か月前に止まったままなのだ。店が再開するとき、マネキンも棚揃えも衣替えで大変だろう。
この間まで通っていたバールや店の前を通る。シャッターが下り、暗く、埃をかぶっている。私たちの心にも埃が舞う。
突然、店頭の手書きの貼り紙が目に入る。
<この中には何もありません。金はない!!!!>
少し笑う。苦い味が残る。家に帰る。

(銘品の赤ワイン: 1本14ユーロ = 約1、600円)


2020/4/22
トリノ Torino
(ピエモンテ Piemonte)

アレッシア・トロンビン
Alessia Trombin


以下、私の小さな従姉妹への電話インタビューである。金髪のとても美しい子で、のびのび元気いっぱいで、でもとても恥ずかしがり屋だ。

ー 質問したら、答えてくれる?
M「オーケー(あまり乗り気ではない声。でも受けてくれる)」
ー 名前は?
「マルティーナ」
ー 呼び名は?
「マルティッラかマルティンカ」
ー いくつですか?
「5」
ー 調子はどう?
「いい」
ー 何がしたい?
「ともだちとかくれんぼしたい」
ー ともだちに会えなくてさみしい?
「うん。とくにロレンツァオとアリアンナに会いたい。それからフェデリコも。私の恋人だから」
ー 幼稚園に行きたい?
「うん。何かしたいから。絵を描いたり、切り抜きしたり」
ー どうして家にいるのか、知ってる?
「危険なバイキン、新型コロナウイルスのせい」
ー このバイキン、怖い?
「全然」
ー 家の中でどこが好き?
「お人形の家がおいてある私の部屋のじゅうたんの上」
ー 私のこと、好き?
「うん」
ー ときどき悲しい?
「うん。でもどうして悲しいかわからない。おばあちゃんとおじいちゃんに会いたい」
ー この質問に答えるのは楽しかったですか?
「まあまあ」
ー マルティーナ、ありがとう。特に正直に答えてくれて。あいさつは?
「チャオ。あのね、大好き」

(早く会って、キスで埋め尽くしたい)


2020/4/22
モンテレッジォ(トスカーナ州)
Montereggio(Toscana)

アレッシア・アントニオッティ
Alessia Antoniotti

こんな風に誕生日を過ごすなんて、まったく想像もしていなかった。17歳の誕生日は一生に一度だけで、それを外出禁止の中で迎えることになったのだから。
出口の見えない状況で、今日もこれまでと似たような1日になるはずだった。でも親しい人たちが、私がなるだけ楽しく過ごせるように気を配ってくれた。友人たちからのメッセージに感激する。うれしくて、泣いた。死ぬほど会いたい。少しでも近くにいられるように、と皆でビデオ電話をかけてきてくれた。両親は今朝、ベッドまで花束と朝食を持って私を起こしにきてくれ、優しい時間を過ごした。遠くに住む叔父や叔母たちからも、次々とお祝いの電話があった。叔母の1人がケーキを作り、母の仕事先へ送ってくれた。胸がいっぱいになった。近くに住む母方の祖母や叔母にも切り分けたケーキが順々に渡り、離れていても皆で同じケーキを味わうことができて幸せだった。
村中からお祝いのメッセージを受け取った。学校の先生たちまで祝ってくれた。
でも悲しかったのは、同じ村にいる父方の祖父母と対面して祝えなかったことだ。いくら電話で話せたといっても、やはり会うのとは同じではない。祖父母と祝える、私の最後の誕生日だったかもしれないのに、抱きついてお祝いしてもらえなかった。
ケーキのロウソクの火を吹き消すときに、ひとつだけ願いごとをした。ふだんはこういうことはあまり信じないが、どうか私の小さな願いが叶いますように。


2020/4/22 ミラノ Milano(Lombardia)

アンジェラ・ボナディマーニ
Angela Bonadimani


私は9月生まれ、星座は乙女座だ。乙女座生まれは整理マニアで知られる。たしかに、私も整理整頓され、清潔で完璧なのが好きだ。勉強計画から本棚、携帯電話の中、と自分なりの片付けの決まりがある。きちんとしていないと、イライラする。
こういう性格である一方で、とても怠け者でもある。朝ベッドから起き上がるのにも、3度目の目覚ましからたっぷり30分はかかるし、物事をぎりぎりまで先延ばしにしがちで、今日するべきことを明日にする。そして明日がその次の日になったりする。
外出禁止になってからやる気がわかなくなり、自分の部屋を掃除するのも面倒になっていた。でも、いつも過ごす場所を片付けてきれいにすれば、そこで過ごす時間も快適になり空間に対してももっと愛着がわくだろう、と気づく。
掃除に取り掛かることにした。
時間はたっぷりある。ゆっくりと片付けていこう。<時間があるときに>と後回しにしていたことを、今する。時間があるとき、など永遠にありえないのだ。ひとつずつ片付ける。自分の部屋だけでなく、家じゅうを片付ける。楽しい。
溜め込んできた物や忘れていた物を発見する。楽しかったことや思い出したくないこと、自分が混乱していた頃との再会だ。
今日は、自分の机回りに取りかかる。
片付けないと勉強の計画も立てられないというのに、これまで後回しにしてきたのが信じられない。クリスマスにもらった卓上スタンドを置いてみる。けっこう好きかも。
やっとすっきりした机を前に、自分の中に自由な空間が広がる。
これからも怠け癖は治らないだろうし、同時に整理整頓とチェックマニアであるのも変わらないと思う。これまでずっと、このふたつの特徴は自己矛盾のようなものだと思ってきた。片付けをし終えた今、正反対の特徴のどちらも気に入っている。ふたつあっての私なのだ。のんびりするのが好きで、掃除も楽しむ。
両極端をないまぜにしたままにせず、平衡を保って暮らすことを覚えなければ。
たぶん、できるようになり始めている。



2020/4/22 ミラノ Milano(Lombardia)

マルタ・ヴォアリーノ
Marta Voarino



外出禁止中だが、独りぼっちの気分になったことがない。とてもいい感じの友達がいるのがわかったからだ。彼と住んでいる。21年前から。3月以前は、私に何か言うときに彼はモゴモゴ呟くか頭を少し動かす程度だった。ところが、この外出禁止のおかげで、この弟ピエトロにも歯が全部あることを知り、驚いている。これまで弟が笑ったところを見たことがなかった。
この5年、ピエトロも私もあまり家にいることがなかった。夕食で同席はしても、2人ともひと言も話さなかった。仲が悪いからではなく、それぞれの1日を終えて疲れ切っていて、話す気分にならなかったからだった。
外出禁止は、弟を、そして私たちの関係を見直す機会をくれた。無駄だと知りつつ、私にエクササイズをさせようと試みてくれたり、料理をいっしょに作ったり、2人で両親をからかったりしている。もう遠すぎてよく覚えていないが、幼かった頃に戻ったような気持ちだ。家へ帰る気持ちだ。うまく言えないが。
これまでは、いずれ家を離れて暮らすようになれば、弟とはもう話すこともなくなるだろう、と思ってきた。ところが今は、私と弟は一生どんなことがあっても姉弟であり、弟は何かあれば必ず私という姉を頼りにしてくれるだろう、と確信している。
4月13日。外出禁止の最中に弟は誕生日を迎えた。


2020/4/22 ミラノ Milano(ロンバルディア Lombardia)

オット・スカッチーニ
Otto Scaccini


暑いほどの今晩、家族でテーブルを囲んで、世の中の今の動きについてあれこれ話し合った。
医療関係者たちが人命救助のために捨て身で奮闘している一方で、著名な専門家の一部に、ひたすら現状の非難や批評を繰り返す人たちがいる。なんと幼稚なことか。それぞれが豊かな専門知識と研究成果を持ち、さらなる科学の発展のために助け合ってきた彼らが、相手を侮辱し傷つける言葉で言い争うのを見て、僕は大きなショックを受けている。
専門研究機関は人の倫理までは守ってくれないのだ、という証しなのだろう。
科学者たちの組織が、今後、世の中の隅々まで確かな意見や決定を提供する機関となれるようには、僕には思えなくなってきた。
あまり考えすぎないようにしよう。
EGF(上皮成長因子)と抗がん剤についての文献を閉じる。
ピックがギターの弦を滑る。
“…and watching, for pigs on the wing”
(©Pink Floyd , album 1977>


追伸:
2月末に遊びにいったジェノヴァで撮影。もう春のような日差しだった。
これを見ると、気持ちが穏やかになる。


プロフィール
内田洋子 Yoko Uchida

1959年神戸市生まれ。
東京外国語大学イタリア語学科卒業。通信社ウーノ・アソシエイツ代表。
2011年『ジーノの家イタリア10景』(文春文庫)で日本エッセイスト・クラブ賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『ミラノの太陽、シチリアの月』(小学館文庫)、『イタリアの引き出し』(CCCメディアハウス)、 『カテリーナの旅支度 イタリア二十の追想』(集英社文庫)、『皿の中に、イタリア』(講談社文庫)、 『どうしようもないのに、好き イタリア15の恋愛物語』(集英社文庫)、『イタリアのしっぽ』(集英社文庫)、 『イタリアからイタリアへ』(朝日文庫)、『ロベルトからの手紙』(文春文庫)、 『ボローニャの吐息』(小学館文庫)、『十二章のイタリア』(東京創元社)、『対岸のヴェネツィア』(集英社)、 『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』『もうひとつのモンテレッジォの物語』(方丈社)、『サルデーニャの蜜蜂』(小学館から5月刊行予定)。
翻訳書に 『パパの電話を待ちながら』(ジャンニ・ロダーリ著、講談社文庫)などがある。