デカメロン2020(Decameron2020)_16

デカメロン2020(Decameron2020)

「デカメロン2020」©(Decameron2020)©

緊急非常事態宣言が発動されたイタリアを、
イタリアの若者が語る、描く、見つめる、歌う

 新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、非常事態宣言が発動されたイタリア。ヴェネツィア、ミラノ、ボローニャ、ローマ、モンテレッジォ、シチリア島などで暮らす17歳から29歳の若者たちが、ささやかだけど私たちにも届く声をつむぎ始めました。彼らが、耳をすませ、見て、感じて、触れた、いまのイタリアの姿を届けます。
 これから始める「デカメロン2020」は、1348年のペストの蔓延からフィレンツェ郊外に逃れた若い男女10人が10日間語りつくす古典『デカメロン』の「リアル・イタリア版」です。


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非日常になってしまった普通の生活

©MiBACT


 この画像は、2020年3月9日に政府が発令した全国封鎖 非常事態宣言に追随して、イタリアの文化財・文化活動賞のツイートです。
説明は一字もありません。
 これだけ。
 <#私は家に居る>というタグが付いて、広まりました。
 現状を軽く考えずに外出を避けて家にいよう、と呼びかけたのです。

 しのごの言わずに、発令。
 中世にヴェネツィア共和国のペスト対策で発案された、隔離対策と疫病/感染学をそのまま踏襲するかのように、断固と実践しています。

「生きていたら、経済のどん底からも必ず立ち直れる。物事の重要さの順位、本末転倒にしてはならないことを肝に命じ、弱い人を守り、他人への責任を果たしましょう」

 イタリア政府の封鎖通達を受けて、こうした呼びかけを文化財・文化活動省が出す。事態が由々しいのはウイルスの蔓延もさることながら、人々の心の危機にある、としたからではないかと感じました。
 同省は対応が可能なすべての美術館と連携し、所蔵作品をサイトにアップして無料で鑑賞できるようにし、
「皆さんが外出できなくなったのなら、文化のほうから皆さんを訪ねていきます」
 という公告も出しています。

 交通機関の多くが運休となり、徒歩での外出にすら自己申請の認証書の提示が必要となった現在のイタリアの日常を、各地の若者の五感を通してリアルタイムでお伝えしてみようと思います。

内田洋子
2020年3月16日




2020年3月8日イタリア。非常事態宣言発動。
新型コロナウイルス感染拡大防止のために首相令が発令された。3月10日朝から4月3日までイタリア全土で、移動制限や学校の一時閉鎖、飲食店の夜間営業停止等の措置が決定。
刻々と深刻化していく状況を受けてさらに、3月12日からは生活必需品の販売店,薬局、ドラッグストアを除く全ての商業及び小売り販売活動の休止を発表(期限は3月25日)。
具体的には(以下、在ミラノ日本国総領事館による、2020年3月11日イタリア首相令DPCMの抄訳 https://www.it.emb-japan.go.jp/pdf/20200311_dpcm.pdf):

食料品、生活必需品の販売店や薬局及びスーパーマーケットを除く、全ての商業及び小売り販売活動の休止を規定する。つまり、スーパーマーケットに食料品を買いに走る必要はない。
しかし店舗、喫茶店、パブ、レストランは、宅配サービスできる可能性を残して休業する。

対人距離1メートルの確保ができない理美容院、美容エステ店、食堂サービスは休業する。
生産業及び専門性の高い業務は可能な限りテレワークで活動を続け、従業員には休暇の取得を推奨する。

企業内の生産部門に必須でない部門は活動中止する。感染を避けるため,自社の従業員に安全ルールを守らせることができるのであれば、生産活動は継続することができる。製造会社では現状を乗り越えるための措置として、シフトの調整、休暇の前倒し、不必要な部門の閉鎖を採ることが推奨される。

公共交通機関、公益に資するサービス、銀行・郵便・金融・保険サービス、その他活動を続ける分野が正しく機能するために必要な、生活に不可欠な公共サービスは保証されている。
保健衛生の規則を守る限り、農業・畜産業・農産品加工業、及びこれらの業者に物品・サービスを提供する流通業の継続も保証されている。基本となる規則は変わらない。

我々の移動は、仕事上、健康上あるいは買い物といった必要な理由に制限しなければならない。期限は3月25日。
注:2020年4月1日時点で、<非常事態宣言首相令の有効期限は暫定的に4月13日>となっている。


Decameron2020-16(4.06 17:00更新)

2020/4/03 ミラノ Milano(Lombardia)

オット・スカッチーニ
Otto Scaccini


久しぶりに台所でリラックスしている。日が差し込んで、明るい。
試験勉強に追われる数日だった。他の試験と同様、今回もテレビ電話での実施だった。その準備のおかげで、僕はぶれずに毎日を過ごすことができた。
試験を終えた今でも、大学との距離感は戻らない。大学に限らず、すべてが遠ざかってしまったように感じる。新聞を読んでも、ラジオを聴いているときも、トランプをしていても、テレビを点けているときも、疫病は容赦なく襲い続けてくる。あまりに衝撃が強すぎて、どんなことをしていても気がまぎれず息苦しくなる。
静かな家の中にいると、周りからの反応がわからない。外に出られないということは、他の人たちといっしょの輪の中にいる、という意識も薄らいでいってしまう。
犠牲になった医療関係者たちが出たことを知る。連日、彼らに覆いかぶさる責任と任務の過激さを思う。ニュースにひどくショックを受ける。彼らの過酷な状況を訴えたい。そう強く思うのに、あまりに遠くで、僕の理解のはるか向こうで、彼らが困難に立ち向かって戦っているところへ僕は到底たどり着けないように感じる。
自分の立ち位置を見つけたい。他の人たちと、環境と、大切な人たちと遠くに離れてしまい、僕は自分を見失っている。



2020/4/03 ミラノ Milano(Lombardia)

アンジェラ・ボナディマーニ
Angela Bonadimani


今、読んでいるのは、レオナルド・シャーシャ著『モーロ事件』。好きで選んだのではなく、大学の課題の締め切りが迫っているから。何日か前に、この本に関して短いレポートを書かなければならなかった。読んで朱を入れてもらえないか、両親に頼んだ。退屈していて何にも興味がわかず、私は放心している。<好奇心と何かしたいという気持ちを失ってはいけません。70歳になっても。何かをするときは、楽んでかかるように!> 親からよく言われる言葉を反芻し、今朝はいつもより1時間早くに起きた。やる気が戻り、きちんとまとめたかったからだ。 外出禁止は、牢屋ではないのだ。何かのきっかけになるのかもしれない。 少なくともそう思うことにしよう。カップッチーノを飲みながら考える。



2020/4/03
モンテレッジォ(トスカーナ州)
Montereggio(Toscana)

アレッシア・アントニオッティ
Alessia Antoniotti

今日は皆で畑作業を始めた。朝早くから父は耕地を始め、私たちもしばらくして後に続いた。種を蒔く。
地面に向かって作業をしながら、種から芽が出てくるときのことを想像する。新しい芽吹き。それは、私たちのこれからにも起きることなのだ。この期間を乗り越えれば、外出禁止の前にすでに蒔いてあった種から芽が出て、実を成す日がやってくる。
私たちがいま対面しているさまざまなことも意味があったのだ、ときっとわかる日がやってくる。


2020/4/03 ミラノ Milano(Lombardia)

マルタ・ヴォアリーノ
Marta Voarino



私の1日はいったいどこへ行くの?
なぜかしらないけれど、何もしないうちにいつも夜が来る。私が何も生産的なことをしないうちに、有り余る時間はブラックホールへと吸い込まれていってしまう。これぞまさに、外出禁止の矛盾する現象だ。私たちは家に閉じこもっていることに次第に慣れてくると、抜け出して活動的に何かするのが面倒になってしまう。贈られた時間なのだと思って、もっとうまく活用しなければ。例えば予習を進めたり、ベッド横の積ん読本を読んだり。
それなのに、やはり不思議なことに、いつも時間が見つからずエネルギーもない。強制自宅待機の毎日の時間は、もしかしたら普通の1日より少なめなのだろうか。それとも、しなければしないほどますますしなくなる、なのか?

追伸:
せめて11時までに起きれば少しは役に立つのかもしれないが、変身したコアラから元に戻るのはひと苦労なのだ。


2020/4/03
トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

キアラ・ランツァ
Chiara Lanza


あまり居間のテーブルは使わない。これまでは。象徴の役割のほうが大きい。クリスマスになると、中央に置いてある大皿にはチョコレートやひと口トッローネが山と盛られる。来客に勧めるのだ。
大好きだ。
私の部屋ではうまくwifiが繋がらないため、居間に移動し、これからはそのテーブルを勉強机として使うことに決めた。
居間は、家の真ん中にある。中2階と2階をつなぐ中継地点で、居間からどの部屋にも行けるようになっている。
1日目は、家族全員に文句を言った。
「勉強する場所は、うるさいと困るのよね!」 私がそう言うと、誰も言い返せない。
居間に慣れてきた。テーブルの上にはメモやノート、ペン、鉛筆が散乱し、もはやテーブルには以前の威風堂々の面影はない。
私の新しい書斎は、台所のそばにある。目に鼻に、そこで起こっているすべてを感じる。嗅ぐ。
いま、母はソラマメをむいている。ちょっと水を1杯、飲みに行ってくるか。
母は座って、豆の皮をむいている。中から出てくるプクプクと丸いソラマメは、まるでカエルのように鮮やかな緑色だ。
「手伝ってくれる?」 頼まれる。私の返事を待たずに、「でも、勉強しないとね。明日は試験なんだから。テレ試験ね!」
ふふふ、と笑っている。
何がおかしいの。
勉強するかわりに、私もここで豆の皮をむいていたい。


2020/4/03 デルフト(Delft,オランダ)

クラウディア・ダモンティ
Claudia Damonti


さて、新しい1日。さみしいが、昨日と同じ繰り返しが待っている。
早く目が覚める。まだ皆、寝ている。パンにバターを塗り砂糖をまぶし、コーヒー淹れて朝食。外の空気を吸うために、窓から頭だけ出す。朝の空気は冷たく、空は白い。あちこちに散らばっている考えを集めて自分に尋ねる。<今、どういう気分?>。どう応えていいのかわからない。ただ重く、たださみしい。
朝7時半のテレビニュースを見る。それから、何か勉強でもしたほうがいい。試験で合格点を取りたいのなら。
今日1日の間に、少しはましな気分になるといいのだけれど。


2020/4/03
ヴェネツィア Venezia(Veneto)

シモーネ・モリナーリ
Simone Molinari


2年前、僕は日本で2週間の独り旅をした。8月で、酷い暑さだった。最初に京都を訪れ、それから奈良に日帰りで行った。そして、東京へ。日本滞在中の大半を東京で過ごした。
日本は、移動が信じられないほど簡単だった。言葉が通じない外国人でも楽に動ける。人は親切で、交通機関は正確で時間通りだ。親切な人たちのおかげで、日本の核心も垣間見ることができた。その人たちは僕を家に招き入れてくれ、思いもよらなかった面を見聞きすることができた。そのときに得た人との関係が、将来もずっと残るように祈っている。
独りで時間を過ごしている今、昔の旅で出会った人たち、出来事を思い出している。会えたおかげで、僕の人生は大きく変わった。自分のことを知り成長するためには他の人の力が必要なのだ、と今わかる。最初のうちは恐る恐るだったり、互いに解り得なかったりするが、ちょっとした拍子に気持ちが通い合い、相手の中に今まで気がつかなかった自分がいるのを発見する。
この外出禁止が終わったら、新しい発見をしに再び旅に出たい。


2020/4/03
ヴェネツィア Venezia(Veneto)

ジュリ・G・ピズ
Julie G.Pisu

薄い日差しが暖かい。
午前中いっぱい集中して勉強したので、午後はテラスで読書することにした。すでにヴァレはソファのクッションを持ち出して、指定席の<日光浴>スポットでくつろいでいる。交代して、彼女は部屋に戻って勉強にかかり、私は外でゆっくりする。
隣の家の子供たちが、中庭で遊んでいる。子供たちの笑い声は、中庭を取り囲む建物の1軒1軒に、開け放した窓から入っていく。
数日来の風はようやく静まり、そよりと軽く、涼しい。ページの間をすり抜けていく。洗濯物が揺れている。本から目を上げ、ゆっくりとした揺れをぼんやりと見る。ああ、私もゆらゆらしたいな。ハンモックを想像する。
インターネットで検索してみる。あった。でも吊るして支えるフレームも必要だ。ここには引っ掛けるところがない。母に意見をきいてみることにする。
「どう思う? セットで買おうかな?」
「誕生日プレゼントにしてあげる!』
「ええ、そんな。気にしないで。ちょっと興奮して、その気になっただけだから!」
「この手の買い物は、衝動買いに限るでしょ?! レッツゴー!」
というわけで、4月10日、スプリッツ片手にハンモックに揺られて幸せになる予定だ。
グラツィエ、マンマ!


2020/4/04
トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

キアラ・ランツァ
Chiara Lanza


今日、生まれて初めてのリモート試験 ー今後のたくさんの試験がこうなるのだろうがー を受けた。筆記試験なので、結果はすぐにはわからない。筆記試験が大嫌いだ。結果を受け取るまで、生きた心地がしない。たいてい自分が予測するような結果にはならない。いっぽう口頭試験は大好きだ。教授と向き合って30分座り、頭を振り絞り、知恵を総動員する。これでよし、と納得したら席を立つ。1週間待つ、という拷問はない。
母は、私のリモート試験を気にかけてそわそわしている。
「あなたの最後の<試験前夜>って、いつだったかしら? この家にいたのだっけ?』
就寝の挨拶をする前に、母が尋ねた。この家で試験前夜を迎えたのは、たしかにずいぶん前になる。
「たぶん高校の卒業試験以来かもね」
母は自分で答えながら、寝室へ行ってしまった。愛おしいマンマ。

試験を終えたあとに、儀式的に質問される<どうだった?><できたと思う?><結果はいつわかるの?><あなたの友達はどうだったの?>。
そのあと、私は自問自答する。
<それで、これから何をしようか?>
いつもなら、試験が終わると何かすることになっている。外にスイーツを食べに行ったり、ちょっとショッピングしたり。夜は当然、出かけて祝うにきまっていた。
外に出て何もしてはならない、という障壁を前にして、お風呂に入ることにした。
お風呂といっても、ただのバスタイムではない。やるときはやる。バスタブにスプマンテを空けてやった。お湯に香りと色を付ける液体だ。
ピンク色の泡の中に身を沈めて、シナモンの濃い香りが立つ
。 試験が終わった祝いとしてはしょぼくれているが、まあないよりはマシだ。


2020/4/04
ボローニャ Bologna
(エミリア・ロマーニャ州 Emilia Romagna)

クラウディア・パリアルーロ
Claudia Pagliarulo

バスルームは、洗濯石鹸の匂いがする。向かいの建物との間にあるパティオに、住人が干した洗濯物の香りが漂っているのだ。
甘い香りに包まれながら、胸の中にはほろ苦い気持ちが広がっていく。大切に思う人たちへのさまざまな思いが浮かんでは消える。
コーヒーを飲み、毎日眺めている道をまた今日も窓から見る。今日も誰も通らない。窓の桟に置いた植木に水をやる。午前中の半ばまでは、陽が当たる。幸運を呼ぶお守りだと思っている。
いつも自分の部屋の外に置いてある物の絵を描いてみる。


クラウディア・パリアルーロ (22) Claudia Pagliarulo
ボローニャ Bologna
(エミリア・ロマーニャ州 Emilia Romagna)

ローマ生まれ、今はボローニャ在。
ボローニャ大学で政治経済学を学んでいる。
絵を描くのと本が好き。


2020/4/04
ローマ Roma (ラツィオ州 Lazio)

サーラ・パリアルーロ
Sara Pagliarulo

外出禁止になってすでに1か月。数日、精神状態が揺れている。コンテ首相は規制をさらに強め、さらに10日の延長を発表した。それも落ち込みには影響しているだろう。首相令の延長は、予想はしていたことだった。でもこうしてはっきり決まると、あまり気分のよいことではない。あるのが当たり前、と気にもかけていなかったことが、なんと多いことか! 凡庸な言い方だが、日が経つにつれて、どれほど真実なのかをかみ締めている。友人たちと出かけられない。祖父母の家に昼食に集まれない。彼氏ともう4週間も会っていない。
なんと疲れることか! すべてが宙ぶらりんになっているなか、大学は減速しないで進んでいる。聴講するために、朝早く起きる。勉強が終わったら、昼食。その後は夕食まで、再び勉強する。夕食後は、就寝。翌日は、また同じことの繰り返しである。
4日後に、外出禁止になってから二つめの試験がある。教授たちは、リモート筆記試験の様式をうまく準備できなかった。だから、私の試験は口頭に変更になる。他の学生たちがオンライン上で聞いているなか、コンピューター画面の向こうから教授に質問をされ私が答えるのを想像すると、泣きたくなってくる。
気を落ち着けてリラックスするために、夜はインターネットの映画配信チャンネルのNetflixで、自然関連のドキュメンタリーを観ている。なかなかよく効く。昨夜は、太平洋の動物についての番組だった。2話目で寝落ちして、次に目を開けるとそこにサイがいた。眠っている間に太平洋のシリーズは終わってしまっていて、目が覚めたときにはサヴァナ砂漠シリーズが始まっていたのだ。 <いったいあとどのくらいこういう日が続くのか?> 寝ぼけた頭で考える。


2020/4/04
ヴェネツィア Venezia(Veneto)

ジュリ・G・ピズ
Julie G.Pisu

たった今、試験が終わった。突然、どっと疲れが出る。
とても緊張していた。
立ち上がり、屈伸して背中を伸ばす。窓からジュデッカ運河が見える。日が照り、波もない。窓を開けて、胸いっぱいに景色を楽しむ。聞こえるのは、岸壁に打ち寄せる波の音だけだ。階下の岸壁沿いの道を見る。右の一角を除いて、岸壁は影になっている。その一角にはベンチがあるのだが、そのベンチだけが運河に背を向けて 置いてある。いつも、なぜ1個だけ反対側を向いているのだろう、と不思議に思っていた。今日、その理由がわかった。男の人が独りで座り、煙草を吸っている。全身に、ジュデッカでその一箇所だけに射す陽を受けている。彼の家は日陰なのだろうか? 独り暮らしなのだろうか? 彼の孤独がこちらにも伝わってくる。
ベンチの男性の人生を勝手に想像しながら、テラスに出た。いつも太陽がいっぱいだ。
ヴァレとサーシャがいる。ヴァレはスプリッツを、サーシャはジャガイモとモッツァレッラチーズとスペック(牛肉の塩漬けの薄切り)を合わせてオーブンで焼いた一品をくれる。
私が独りではない。天の恵みだ。


2020/4/04 ミラノ Milano(Lombardia)

ミケーレ・ロッシ・カイロ
Michele Rossi Cairo


今日、薬局へ行った帰り(品質に大いに疑問あり、のマスク14枚=10ユーロを買いに行った)、ちょっと立ち止まってうちの前の広場を眺めた。カドルナ(Cadorna)広場には、鉄道の駅がある。地下鉄の2路線が乗り入れていて、地上には路面電車やバスの複数の路線の停留所がある。ミラノ市内でも最も混雑する、公共交通の交差点だ。ラッシュアワーには、乗り換えや昇降する大勢の人でひしめくが、今は誰もいない。残念なことに、他都市ではこういう無人の光景ばかりではないらしい。イタリアの最大部数の日刊紙の一つ<コリエレ・デッラ・セーラ>に、買い物客で混雑する青空市場の写真が掲載されている。これほどの緊急事態だというのに、社会の規範を守らない人がいる。この疫病で、僕たちはこれまでの生活習慣を根本から見直す場面にいる。それを認めて、自分たちで変えていかない限り、元の生き方には戻れないのだ。


2020/4/04 ミラノ Milano(Lombardia)

オット・スカッチーニ
Otto Scaccini


大理石の天板のテーブルに、卵黄が2個入ったボウルが置いてある。横には、焼きたてのメレンゲの入ったオーブン皿がある。開け放った窓からは、そよ風が入ってきて、居間を通って反対側のテラスに抜けていく。テラスには暖かな日が射している。テラスからは父が漕ぐペダルの音が聞こえてくる。自転車でのトレーニングをしているのだ。テラスの床に車輪を固定し、空で漕ぐ。何キロメートルもテラスに止まりながら、走っている。僕はベッドに腰掛けて、ブラディオレンジを食べながら、今学期の講義がどうなるのか考えている。教授たちの大半が、感染治療で病院に詰めている。講義があるだけでも、幸運だと思わなければ。
今日も目新しいニュースはない。コンピューターを閉じ、窓際の椅子の上に立てかけてあったギターを取る。弦がうっすら変色している。最後に取り替えたのはいつだっただろう。

  “Groud control to Major Tom, your circuit’s dead, there’s something wrong,
   ”Can you hear me Major Tom?..”

 「こちら管制塔よりトム少佐へ、回線に異常がみられます。何が起きているのですか」
 「トム少佐、聞こえますか?」

David Bowie 『Space Oddity』1969 より

宇宙を漂っているわけではないが、バルコ二ーに出ると静まり返った空中に浮遊する気持ちになる。ミラノの空気がきれいになっている。
ギターを元の場所に戻し、境を失ってしまった無限の時間を考える。
外からは、父が漕ぐ音が聞こえてくる。
外出禁止が終われば、大学に戻るのだ。きっと戻って、今しなければならなかったたくさんのことを見つけてやる。



2020/4/04
ローマ Roma (ラツィオ州 Lazio)

シルヴィア・パリアルーロ
Silvia Pagliarulo

今日は、私が買い物に行く番だった。なかなか気持ちのよい用事だ。少し歩いて、人に会い、列に並んで待ちながら電話をかける。総合的には、そんなに悪くはない。
待っているときに、中年女性がズルをして横入りしようとした人と喧嘩をしている。まあ、いい。見物すれば、いい暇つぶしになる。それに、彼女もそれほど本気ではないだろう。あれもまた、他人と言葉を交わすひとつの方法なのかもしれない。
親切なレジ係にあたることもある。目を見たらわかる。マスクで鼻から下は全部、顔が隠れていても、目が笑っている。
今日は、復活祭のスイーツ、卵型のチョコレートが割引だった。隔離されて閉じこもり、親族皆が集まって、お祝いの食卓を囲めない復活祭。高カロリーの卵型のチョコレートを食べれば、少しは慰められるのかもしれない。
室内で体操ができるからよかった。夏までに抜群のボディラインになるために、くじけず跳ねて飛んで、と励ます声がセットになって聞こえてくる。
誰も、抜群のボディラインなんて欲しくない。私は卵型のチョコレートが食べたいだけだ。夏についての話題を耳にすると、ワクワクする。と同時に、不安に押しつぶされそうになる。いつ夏が訪れるのだろうか。


2020/4/04
インペリア  Imperia(Liguria)

マルティーナ・ライネーリ
Martina Raineri


春が来たけれども、それに気がつかない。例年より肌寒い。数日前までは曇天続きで湿気もあり、暗い気分に下線を引いて強調する感じだ。まだイタリアが疫病から抜け出ておらず、むしろ出口にはほど遠いということが正式に発表されたのを聞いて、ひどく暗い気持ちでいる。復活祭が終わる4月13日まで、さらに厳しい規制が延長されることになった。もしかしたらそれも叶わず、5月半ばまで延長される、という声もある。無感情になっている。急ぎ以外は、もう何もしたくない。文字通り、日々が頭上を通り過ぎていくままにしていた。
でも、今朝は違う気分だ。外気は少しピリッとするけれど、一点の雲もなく晴れ渡っている。
春が来たけれどもそれに気がつかないのは、父が言いそうなことだけれど、<自分たちの中に冬があるからだ>。
すべて灰色な状態はもうたくさんだ。光を取り込みたい。太陽が入ってくるように、居間の窓を開ける。もうおずおずとした日差しではない。<Radio Freccia(ラジオ・光線)>局にチューニングする。いつもいい曲がかかるのだ。しばらく聞いていると、ああ、かかった! ダイアー・ストレイツ(dIRE sTRATS)の<恋のトンネル(Tunnel of love)>だ。大好きな歌。小さかった頃、母の車でミュージックカセットテープをかけて、何度も繰り返して聴いていた。遠くの懐かしい思い出の場所まで飛んでいく。
窓を開け、ボリュームを上げ、踊って、踊って、踊った。


2020/4/05
ヴェネツィア Venezia(Veneto)

ジュリ・G・ピズ
Julie G.Pisu

レオンの脚に催促されて、目を覚ます。たいてい8時半から9時の間に散歩に出るのだが、今朝は1時間ほど長く寝た。
今日は晴天の予報。窓からの空は、青だ。澄み切った青。<ブルーに塗ったブルー>のような青。
歌いながら起き上がり、着替えて、レオンを連れて階下へいく。外にいるのは、リードにつないで犬の散歩に出ている人たちだけだ。
今日は岸壁沿いではなく、角を曲がろう。家の玄関から200メートル以内なら許される。
長い路地を犬と歩く。狭い。両側の高い壁の向こうには、きっとすばらしい庭があるのだろう、と想像する。レンガの壁の中の小さなオアシス。私たちの今の生活のようだ。手にすることができていたときは気がつかなかった、毎日の小さな幸せを、今はもう楽しめない。壁は首相令だ。庭に咲く花は、以前の皆の日常生活である。
路地の前方に、運河が見える。小さく切り取られた景色は、光に満ちたトンネルの出口のようだ。遠いが、一歩ずつ進めば必ず着く。
路地沿いに歩きながら、道端の雑草を見る。晴れて、タンポポがいっせいに咲いている。犬が鼻を寄せる。
「さあ、飛ばして!」
レオン、舞う綿毛に願いを。


2020/4/05
モンテレッジォ(トスカーナ州)
Montereggio(Toscana)

アレッシア・アントニオッティ
Alessia Antoniotti

今日は、カトリック教徒にとってとても大切な日だ。エルサレム入城の日(イタリア語で、Domenica delle palme)。生まれて初めて、祖父母といっしょにミサへ行き、皆でそろって祝えない祝典となった。テレビでミサを拝領する。法王がシュロとオリーブを祝福する。離れて受けても有効なのだそうだ。
今朝、父は祝福を受けるためにオリーブの枝を切りに行った。マスクとゴム手袋をして、祝福を受けたオリーブの枝を村の入り口に供えてきた。祝福を受けたオリーブの枝は、私たち信者には平和の象徴だ。
(注:<エルサレム入城の日>:イエス・キリストは、十字架にかけられ息絶えてから3日後に復活した、とされるが(復活祭)、その1週間前に彼ががエルサレムへ入城した日を記念する祝典日)


2020/4/05
トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

キアラ・ランツァ
Chiara Lanza


朝食の後すぐ、犬を連れて外に出た。家の中にいるのは惜しい、すばらしく晴れ上がった朝だから。やっと春もその気になったのかも。
最近、取り締まりがますます厳しくなっている。パトカーが常に巡回している。犬の散歩も限られたコースの繰り返しだ。今日もいつもと同じように、古い水車小屋へと続く道を歩く。
道すがら、やはり犬連れの女性と会った。遠目にもわかる、長い爪にマニキュアのふくよかなその女性は、白いマルチーズを連れている。犬はずっと吠え続けているが、その人はまったく意に介さない。ルーフォと私を見ると、彼女は大急ぎでリードを思い切り引っぱり、胸元へ犬を引き上げた。まるでヨーヨー扱いだ。
外科用のマスクを着けているがそんなことはおかまいなし、という様子で、私に向かって大声で叫んだ。
「なんて・おりこうな・いぬ・なんでしょう!」
笑ってしまう。礼を述べ、それぞれ散歩を続ける。
帰路、再びその婦人とマルチーズに会った。女性は大喜びで、再び私たちに挨拶をした。
ここまで読んで、<24時間のうちにあった出来事として延々と書くほど、その女性には何か特別な意味があるのか?> と、思われるかもしれない。でも、この外出禁止の1か月間で、道で会って怖がらずに話しかけてくれのはこの女性が初めてだった。もしコーヒーでもいかがですか、と誘ったら、きっと喜んでうちへ来てくれただろう。
家では、日曜日の昼食の支度が始まっている。母は、手打ちのパスタを用意することにした。パスタの形状はパッパルデッレ(注:幅広の平麺)と決まって、花が開くように、マシンからパスタが出てくる。受け皿に広げ載せていく。
まるで、いつもの日曜日のようだ。


2020/4/05 デルフト(Delft,オランダ)

クラウディア・ダモンティ
Claudia Damonti


この数週間ほど運動熱心だったことは、今までなかった。1日じゅう家にいて、自分の部屋の中から動かないと、ひどく罪の意識に苛まれてしまう。なんの罪だろう?
外出禁止令が出る前は、疲れないように(なぜかわからないけれど、いつも疲れている)、なるべく動かずに済むように注意を払ってきた。例えば、夜、皆で食事などをしているときに喉が渇いていても、誰かがトイレに行くのを辛抱強く待ち続けて、「あ、立ったついでに。悪いんだけどコップに水1杯、持ってきてくもらえるかしら?」 と、頼んだりしていたほどだった。ずるいけれど、けっこう使える手だった。ところがどうだ。今、私はグタグタして崩れおちそうになっている。動かなければならない。
そういうわけで、画面の前にいる。向こう側からは元気いっぱいの女性が、40秒経つ前に止めてはダメ! とスクワットをしながら大声で励ます。彼女は楽々とこなしている。この手の番組はもう20年前くらいからあるだろうに、いまだに母は<こんなものに頼ったりして、だらしないわ>と、文句を言っている。
エクセサイズを終えて、すっかり息が上がっている。肺は地面に転がり落ちてしまった。ふう。なんと疲れることか。でも、かなりいい気分だ。こんな日が来るなんて、誰が想像しただろう。
わずかな運動で、しゃんとする。身体だけではない! 精神面にも、道徳観にも効き目抜群だ。生まれ変わった気分だ。まだダラダラしているけれど、少し幸せになってきた。


2020/4/05
ミラノ Milano(Lombardia)

ジォヴァンニ・ピントゥス
Giovanni Pintus


ジーンズをはかなくなってからもう1か月経ったな、と昨夜考えた。ジーンズというよりも、ジャージ以外を着なくなって1か月になる。他のボトムスだって、今はいているジャージと同じコットンだ。もちろん、<人は見かけによらぬもの>だろう。でも誰が僕を見る? 外出禁止の良いところは、そこだ。誰も君のことを見ない。誰に気に入ってもらわなくてもいい。だから、僕は服装に関しては、楽であることを優先することにした。ジャージよりも、柔らかくて伸び縮み自在で温かなものが他にあるだろうか? 第2の皮膚だ。ベッドやソファに寝転がって、眠ったり映画を観たりするのにぴったりである。それだけではない。家の中で運動するのにも便利だ。机に向かって勉強するときも楽だ。多様な使い道を考えると、ジャージはこの時節に最適な衣類である。外出禁止の制服だ。最初のうちは気がつかなかったが、犬の散歩に外に出るときでさえ、今では意識的にジャージのままだ。スーパーマーケットに買い物に行く、外出できる唯一のチャンスにも、ジャージで行った。楽なこと、の勝利だ。
僕も含めて誰もが、仕事から帰宅してまず最初に、通勤着や通学の服、デート用のお洒落着を脱ぎ、ジャージやパジャマ、ガウンに着替えていたはずだ。何かほっとする服に、それを着るとわが家に帰ったのだなあ、と落ち着く服に着替えていたと思う。居心地がよくて、自分の巣にいる感覚にしてくれる。
その快適さを、今では毎日、朝から晩まで味わえる。ジーンズはワードローブの中、という時代になった。エレガントで身体にフィットして不便な洋服は、吊るされたまましばらく出番なしである。やがてまたそのときがやってくるだろう。ばっちりの体型と体調で身繕いして姿見に向かうときが戻ってくれば、うれしいだろう。磨き上げた革靴やピンハイヒールに、ジャストフィットのシャツ、仕立ての良い、でも腕を自由に上げ下げできないエレガントなジャケットを着て、そのうち皆で町を歩こうじゃないか。きっとやってくる。イタリアの美しさと芸術を、色を心ゆくまで楽しむときが、必ず戻ってくる。でも、今ではない。今は、家にいる。家にいなければならない。楽な格好のほうがいいでしょう? ようこそジャージの毎日へ。

    ©Benedetta Pintus

2020/4/05
ヴェネツィア Venezia(Veneto)

アンドレア・コンケット
Andrea Conchetto

高校を出てすぐ、母方の叔母2人から頼まれて青果店を手伝い始めてもう7、8年ほど経った。祖母の代からの店で、今年で40年近くになる。ずっと女系で営んできたが、長らく働いてきた母が引退することになって、代わりに僕が入った。少し試してみて無理なら辞めればいい、と、軽い気持ちで働き始めた。今では僕が店を任されている。
僕の店は、ヴェネツィア本島の南側の干潟、ジュデッカにある。ヴェネツィアで最も幅広の運河を前に見る。東西に細長く延びた離島で、本島側の岸壁沿いの道に人々の暮らしを支える店が並んでいる。
真冬は零下で、頻繁に冠水にも襲われる。北からの強い季節風はジュデッカをめがけて吹き下ろし、全速で抜けていく。寒さと湿気で全身が凍てつくような日も、未明3時に起きて船を出し、本島の最西端にある卸売市場まで仕入れにいく。一度も辛いと思ったことがない。仕入れは僕の誇りだ。
僕の小さな店の自慢は、ヴェネツィアで採れた野菜や果物だ。干潟の中に、農地が拡がる島がある。そこで育つ野菜や果物は、潮風と塩を含んだ水を吸い上げ、風にも湿気にも耐えて育つツワモノだ。味にも香りにも海が染み込んでいる。
外出禁止になっても、僕たちは皆においしくて栄養のある食料を届ける責務がある。手押し車に注文を積んで、1軒ずつ配達に歩く。
老いたお客に声をかけ、無事を知り、明日の元気を届けるこの職業が、僕は大好きだ。

2020年4月5日、日刊紙『La Nuova』に<ヴェネツィアで働く若者たち>として記事となったアンドレア。


プロフィール
内田洋子 Yoko Uchida

1959年神戸市生まれ。
東京外国語大学イタリア語学科卒業。通信社ウーノ・アソシエイツ代表。
2011年『ジーノの家イタリア10景』(文春文庫)で日本エッセイスト・クラブ賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『ミラノの太陽、シチリアの月』(小学館文庫)、『イタリアの引き出し』(CCCメディアハウス)、 『カテリーナの旅支度 イタリア二十の追想』(集英社文庫)、『皿の中に、イタリア』(講談社文庫)、 『どうしようもないのに、好き イタリア15の恋愛物語』(集英社文庫)、『イタリアのしっぽ』(集英社文庫)、 『イタリアからイタリアへ』(朝日文庫)、『ロベルトからの手紙』(文春文庫)、 『ボローニャの吐息』(小学館文庫)、『十二章のイタリア』(東京創元社)、『対岸のヴェネツィア』(集英社)、 『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』『もうひとつのモンテレッジォの物語』(方丈社)、『サルデーニャの蜜蜂』(小学館から5月刊行予定)。
翻訳書に 『パパの電話を待ちながら』(ジャンニ・ロダーリ著、講談社文庫)などがある。