デカメロン2020(Decameron2020)_04

デカメロン2020(Decameron2020)

「デカメロン2020」©(Decameron2020)©

緊急非常事態宣言が発動されたイタリアを、
イタリアの若者が語る、描く、見つめる、歌う

 新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、非常事態宣言が発動されたイタリア。ヴェネツィア、ミラノ、ボローニャ、ローマ、モンテレッジォ、シチリア島などで暮らす17歳から29歳の若者たちが、ささやかだけど私たちにも届く声をつむぎ始めました。彼らが、耳をすませ、見て、感じて、触れた、いまのイタリアの姿を届けます。
 これから始める「デカメロン2020」は、1348年のペストの蔓延からフィレンツェ郊外に逃れた若い男女10人が10日間語りつくす古典『デカメロン』の「リアル・イタリア版」です。


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非日常になってしまった普通の生活

©MiBACT


 この画像は、2020年3月9日に政府が発令した全国封鎖 非常事態宣言に追随して、イタリアの文化財・文化活動賞のツイートです。
説明は一字もありません。
 これだけ。
 <#私は家に居る>というタグが付いて、広まりました。
 現状を軽く考えずに外出を避けて家にいよう、と呼びかけたのです。

 しのごの言わずに、発令。
 中世にヴェネツィア共和国のペスト対策で発案された、隔離対策と疫病/感染学をそのまま踏襲するかのように、断固と実践しています。

「生きていたら、経済のどん底からも必ず立ち直れる。物事の重要さの順位、本末転倒にしてはならないことを肝に命じ、弱い人を守り、他人への責任を果たしましょう」

 イタリア政府の封鎖通達を受けて、こうした呼びかけを文化財・文化活動省が出す。事態が由々しいのはウイルスの蔓延もさることながら、人々の心の危機にある、としたからではないかと感じました。
 同省は対応が可能なすべての美術館と連携し、所蔵作品をサイトにアップして無料で鑑賞できるようにし、
「皆さんが外出できなくなったのなら、文化のほうから皆さんを訪ねていきます」
 という公告も出しています。

 交通機関の多くが運休となり、徒歩での外出にすら自己申請の認証書の提示が必要となった現在のイタリアの日常を、各地の若者の五感を通してリアルタイムでお伝えしてみようと思います。

内田洋子
2020年3月16日




2020年3月8日イタリア。非常事態宣言発動。
新型コロナウイルス感染拡大防止のために首相令が発令された。3月10日朝から4月3日までイタリア全土で、移動制限や学校の一時閉鎖、飲食店の夜間営業停止等の措置が決定。
刻々と深刻化していく状況を受けてさらに、3月12日からは生活必需品の販売店,薬局、ドラッグストアを除く全ての商業及び小売り販売活動の休止を発表(期限は3月25日)。
具体的には(以下、在ミラノ日本国総領事館による、2020年3月11日イタリア首相令DPCMの抄訳 https://www.it.emb-japan.go.jp/pdf/20200311_dpcm.pdf):

食料品、生活必需品の販売店や薬局及びスーパーマーケットを除く、全ての商業及び小売り販売活動の休止を規定する。つまり、スーパーマーケットに食料品を買いに走る必要はない。
しかし店舗、喫茶店、パブ、レストランは、宅配サービスできる可能性を残して休業する。

対人距離1メートルの確保ができない理美容院、美容エステ店、食堂サービスは休業する。
生産業及び専門性の高い業務は可能な限りテレワークで活動を続け、従業員には休暇の取得を推奨する。

企業内の生産部門に必須でない部門は活動中止する。感染を避けるため,自社の従業員に安全ルールを守らせることができるのであれば、生産活動は継続することができる。製造会社では現状を乗り越えるための措置として、シフトの調整、休暇の前倒し、不必要な部門の閉鎖を採ることが推奨される。

公共交通機関、公益に資するサービス、銀行・郵便・金融・保険サービス、その他活動を続ける分野が正しく機能するために必要な、生活に不可欠な公共サービスは保証されている。
保健衛生の規則を守る限り、農業・畜産業・農産品加工業、及びこれらの業者に物品・サービスを提供する流通業の継続も保証されている。基本となる規則は変わらない。

我々の移動は、仕事上、健康上あるいは買い物といった必要な理由に制限しなければならない。期限は3月25日。




2020/3/20

イタリア 速報


すでにイタリアのファッション業界はマスク生産を始めているが、イタリアの産業界を牽引する自動車業界の銘、フェラーリ社がボローニャ市の医療機器専門メーカーのSiare Engineerring International  http://www.siare.it/ と協力して、呼吸器と空気洗浄機の生産を始めることを発表した。


在イタリア 日本大使館からの公告です


●3月17日,イタリア内務省は,3月8日及び9日首相令に基づき,移動の自由に関して内務省が規定した自己宣誓フォームの改定を発表しました。変更箇所は,「自分は自己免疫措置の対象となっていない,ウイルス検査で陽性と判断されていない」という部分が追加になっています。

●内務省の新しい自己宣誓フォーム(イタリア語)は,下記URLから入手可能です。ご参考まで和訳を在イタリア日本国大使館のホームページに記載します。

●イタリア国内では,警察当局により,主要な駅,空港,道路等において規制が強化されていますので,同国内務省規定の自己宣誓フォームに移動の理由を含む必要事項を記入して,携行されることを奨励します。

移動に関する自己宣誓フォーマット
https://www.interno.gov.it/sites/default/files/allegati/modulo-autodichiarazione-17.3.2020.pdf

【参考】移動に関する自己宣誓フォーマット(和訳)
https://www.it.emb-japan.go.jp/pdf/20200317_mdi_format.pdf
    問い合わせ先
  • 在イタリア日本国大使館
    電話:06-487991(領事部)
  • https://www.it.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html
  • 在ミラノ日本国総領事館
    電話:02-6241141(領事・警備班)
    https://www.milano.it.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html
  • 外務省領事サービスセンター
    電話:(代表)03-3580-3311(内線)2902、2903
  • 外務省領事局政策課(海外医療情報)
    電話:(代表)03-3580-3311(内線)4475
  • 海外安全ホームページ
    https://www.anzen.mofa.go.jp/(PC版・スマートフォン版)
    http://www.anzen.mofa.go.jp/m/mbtop.html(モバイル版)

  • Decameron2020-04


    2020/3/16 デルフト(Delft,オランダ)

    クラウディア・ダモンティ
    Claudia Damonti


    新しい日。同じソファ。ものすごく朝早くに目が覚めた。少しずつ日照時間が長くなり、私の部屋も冷たい朝日で明るくなる。光が入ると眠れない。どこにいても、私はあまり眠れないのだ。ミラノでは、部屋を確実に暗くする方法を決めてあった。必ず、ドアに窓、よろい戸とカーテンすべてを閉めてからベッドに入った。部屋の中は真っ暗で、地下のように静かだった。
    ところがここオランダでは、まだよろい戸というものが発明されていないらしい。私が不眠症なのを知っている親友たちは、イタリアを発つ前に貴重な贈り物をしてくれた。ヤマネの形をしたアイマスクだ(注:イタリア語でぐっすり眠ることを、<ヤマネのように眠る>という。ヤマネは夜行性で、昼間はたっぷり眠る)。いよいよ出番だ、と開けてみたら、子ども用サイズだった。私は小柄で童顔なので親友たちは、これでぴったり、と思ったのかもしれない(いまだにスーパーマーケットでビールを買おうとすると、身分証明書を提示するように言われる)。でも私の頭回りは、十分に大人だ。
    結局、朝日とともに目が覚めた。ズキズキと頭が痛い。最悪。
    コーヒーで、オンライン授業が始まるのを待とう。


    2020/3/16 ミラノ Milano(Lombardia)

    アンジェラ・ボナディマーニ
    Angela Bonadimani


    毎日、星占いを読んでいる。やる気のわく一文が書いてある。今日のはこれ。<あなたの考えが真実に合うように生きてみるといい>。は、どういう意味?
    何が言いたいのか考えながら、今日は次に何を読むのか決める日だったことを思い出す。そう簡単ではない。オプションがありすぎて、どうやって選べばいいの?
    まず、天気に合うかどうかを考えなくては。今日は晴天だ。つまり、悲しい話や内側にこもるようなのはダメだ。外に出たい。自然の真ん中に行きたい。軽くて、すらすら読めるのがいい。物語に引きずり込まれて、ページを繰る手が止まらないような本がいい。たぶん2日前に父から勧められた本がいいのかも? あるいは、クリスマスツリーの下に置いてあり、まだ開いてもいない本だろうか。机と本棚の間を行ったり来たりする。
    決めなくては。
    冬休みに読み始めたものの、試験勉強をしなくてはならず、途中で放り出したままになっているあの分厚いのもあったっけ。いや、ジェーン・オースティン(Jane Austen)と、1800年代のイギリスの田舎へ飛んでみるのも悪くない。
    今日はいったん休憩にし、もう少し考えてみることにする。時間は有り余るほどある。


    2020/3/16 ミラノ Milano(Lombardia)

    ヤコポ・ディ・ナポリ
    Jacopo Di Napoli

    このあいだ友達と電話で話していて、この強制封鎖で僕たちの本性がはっきりするだろうな、ということになった。
    僕は自分の本性をよくわかっている。僕は、怠け者だ。ただし、僕は長所だと思っている。
    告白するけど、外出禁止になってからの1週間は毎日10~12時間は眠り、残りはソファとベッド、台所の椅子のあいだを回って過ごした。誰と回ったかって?   本と医学の教科書、PCとゲームだ。
    まったく苦痛ではなかった。むしろ、居心地抜群だ。
    それで今、感じていることを、ちょっと哲学っぽくて申し訳ないけれど、書いてみる。
    皆の中で、人生の真の目的とは何かを自分に問うてみた人はいるだろうか?
    人類が始まって以来のジレンマだ。紀元前29000年から現在まで、毎朝、悩んできたことだ。牛を狩るために洞穴から出て来て以来、その牛がクローン牛を産むようになった現代まで続いている、あの悩みだ。
    迷える人間の魂を揺すぶる、あの三つの疑問のひとつだ。活力に満ちた尺度だ。この三つの疑問をおいて、自然に沸き起こる人間の知への探求心に炎をともすものはない:<なぜ生きるのか?><幸せとは何か?>そして、
    <あの子、誰かともう付き合っているのか?>。
    最初二つの疑問への僕なりの答えは、<人間は自分の幸せのために生き、自分の本質に満足することこそ、個人にとって最大の幸せ>だ。
    もし個人の本質が僕のように<怠惰>なら、幸せに生きるのはすごく簡単だ。ベッドさえあれば済む。寝たきりのベッドでないとならない。真の怠け者というのは、ベッドメイキングで時間を無駄にはしないのだ。



    ヤコポ・ディ・ナポリ(23)
    Jacopo Di Napoli
    ミラノ Milano (ロンバルディア州 Lombardia)

    チャオ!
    幼い頃から有名なバスケットボールの選手になりたかった。それから作家。そのあとは、脳に興味を持ち、現在はミラノ国立大学医学部の5回生だ。
    ミラノで生まれて育った。兄がロンドンに引っ越したあと、現在は両親と暮らしている。
    猛勉強と趣味もろもろで家の中で過ごし、友達とビールを飲みに行く毎日を送っている。


    2020/3/16
    インペリア  Imperia(Liguria)

    マルティーナ・ライネーリ
    Martina Raineri


    今日、<贅沢>という言葉にあらたな解釈を加えた。<外出禁止期間に、庭付きの家を持っていること>。
    どうして贅沢かというと、私は今、町の真ん中に住んでいて、日当たりの悪いバルコニーがあるのがせいぜいだ。それに果樹や小さな家庭菜園だなんて、本当に夢のまた夢だ。
    5年前まで両親と住んでいた頃、庭や畑の手入れはしたくなかった。それが今では、庭なしではいられない。春が訪れる頃は特にそうだ。花のつぼみや小さな芽が少しずつふくらみ、柔らかな葉になり、さまざまな色が見え始め、甘い香りといっしょに少し塩辛いような匂いが土から立ち上る。おかしな人に見えるかもしれないが、私は草花一本一本に近寄っては声をかけ、じょうぶに育つように、と撫ぜて回る。
    今朝は、仕事のことが心配でいつもより早く目が覚めた。患者はどうしているだろう。どうやって支払いをしようか・・・・・・。
    でも、今考えるのはやめておこう。考えてみたところで、しかたない。家から出られないのだから。ヨガの先生が言うように、今の瞬間をよく生きなければ。これから起こるかもしれないことを考えて、今を台無しにしてはならない。
    今日は、すばらしくいい天気なのだ。仕事をするフランチェスコはそのままにして、庭へ出かけた。小鳥の鳴き声を聞き、心を落ち着かせた。日差しが、顔や手を温めていく。もう上着も要らない。1時間以上、屋外で過ごした。明日も天気がよければ、また来よう。
    これぞ、贅沢だ。


    2020/3/16
    トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

    キアラ・ランツァ
    Chiara Lanza


    今日は、世の中との接触があった由々しき日だった!
    午後、インターネット電話でGといっしょに勉強したのだ。コンピューターでスカイプを使い、それぞれの画面に互いの顔が映るのを見ながら、私は美術の勉強をし、友達Gはよくわからない名前の法学の勉強をした。
    夜になって、Rから電話があった。彼女は動じることがない、度胸の座った冷血動物みたいな人で、いつも冷静で間違えない。彼女のお母さんは看護師で、勤務先のトリノの病院での感染リスクは日増しに高まっている、と言った。
    「もし感染させたくないのなら、子供との関わり方もよく考えるないとならない。しばらく家には帰らないほうがいい」
    職場でそう告げられたという。冷血動物のRもさすがに心配して、電話をかけてきたのだった。「ねえ、関係ないことを私としゃべってくれる?」
    私は彼女の気をそらせようと、思いつく限り関係ない話をした。そして、気をしっかり持つように、そのうち全部終わるから、と締めくくった。彼女はあいまいに礼を述べ、電話を切った。
    今日の妹と犬は、まあまあおとなしくしていた。


    2020/3/16
    ヴェネツィア Venezia(Veneto)

    ジュリ・G・ピズ
    Julie G.Pisu

    「もっと間を空けてください! もっと間を空けたほうが、皆のためです!」
    中年の女性が叫んでいる。
    ザッテレ地区(Zattere)にいる。いつもの犬の散歩コースだ。今日もとてもよい天気。昨日までの風も止んで、穏やかな春の日だ。
    運河に沿ってずっと、冠水のときに使う台が並べ置いてある。今日は冠水のためではなく、ベンチ代わりに置いてある。中年女性が二人、腰掛けて日光浴をしている。二人は知り合いではないらしいが、おしゃべりをしたくてたまらない、という顔をしている。二人は長い距離を置いて座っている。お互いの声を聞くには、怒鳴り合わないとならないだろう。それでしかたなく、前を通り過ぎる人を相手におしゃべりを始めた。
    「家に独りでいるのは、もうたくさん。気をつければいいでしょ。私は念のために2メートル空けるようにしてますから、1メートルじゃなくて。握手もしません」
    そうですよね。日光浴を楽しんでくださいね!
    飼い犬レオンもけっこうな年なので、休ませるために私もそこへ座った。
    さきほどの女性を見る。外出禁止の最中だからといって、部屋着で出てきたわけではない。まったく隙のないおしゃれで、まるでこれからお芝居でも観にいくようだ。黒いオーバーコートを羽織り、セットしたての髪に真珠のイヤリングである。襟元には、目の醒めるような、紫色のスカーフを着けている。離れて座っている彼女の友達は、堂々と真っ赤なコートである。そしてイヤリングは、やはり真珠だ。
    「どんな状況でも完璧にしていないとね。誰に会うかもしれませんから。それに、おしゃれしていると、なにより私の気分がいいものですから」


    2020/3/16
    ローマ Roma (ラツィオ州 Lazio)

    シルヴィア・パリアルーロ
    Silvia Pagliarulo

    ついこの間、うちの台所に世界地図が貼られた。見るたびに、自分がいかに小さな存在であり、重大に思える日々のできごとも実は他愛のないことなのだと思う。
    この果てのない外出禁止の毎日も、長い目で見れば小さなことにすぎないのだ。終わりがないように感じるのは、1日じゅうすることがないからではなく、封鎖が解けて普通の生活に戻れる日からカウントダウンしながら、暮らしているからだろう。
    今、世界中の人たちが同じ不安をいっしょに抱えている。そう思うと突然、目の前が開け、大きな世界を感じる。今は皆が握りしめたまま手を伸ばしているが、やがてその手を固くつなぎ合い、ぐるりと地球を抱けるときがくるのを共に待っているのだ。


    シルヴィア・パリアルーロ(17)Sara Pagliarulo
    ローマ Roma (ラツィオ州 Lazio)
    フランス系イタリア人。ローマ在住。理系高等学校4年生(注:イタリアの高校は5年制)。州の諮問委員会代表。いろいろなことに興味があるけれど、将来の方向はまだ決めていない。というか、今日ははっきりしているつもりでも、明日になったら気が変わるという状態。旅が大好き。友達といっしょにいるのが好き。文化全般に興味がある。


    2020/3/16 ミラノ Milano(Lombardia)

    オット・スカッチーニ
    Otto Scaccini


    <筋肉は多数の繊維が集まってできている。どのような分子の仕組みで細胞が収縮したりするのか、まだよくわかっていないが・・・・・>
    50年前にリチャード・フィリップス・ファインマンは、『Six Easy Pieces』にそう書いた。彼が説明できなかったことの半分近くは、現在では高校の理科の教科書に載っている。現代の科学は目まぐるしい勢いで進化し続け、社会に影響を及ぼしている。 本から目を上げて、空っぽの外の景色をに目をやる。この数日の静けさのおかげで、これまでの慌ただしい時間の過ごし方を考える。この非常事態で、暮らしのあり方を変えるときがきたのではないか。ゆっくりすることを味わい、自然の美しさを確認できるのは素晴らしいことだ。
    運河の元船曳き場のまわりを歩き終える。運河に住むアヒルを追いかけたあと、犬は僕の後ろについてくる。人がいないことに気を許したアヒルが、そのままだと舗道まで上がってきてくるところだった。午後になると、暑いくらいだ。家のほうに渡ろうと運河から路上への階段を上ると、ベンチに座る釣り人をそこからじっと見ている人がいる。これだけ町に人がいないと、身の回りの小さなことも大切に思えるのかもしれない。


    2020/3/16 ヴェネツィア Venezia (Veneto)

    エリーザ・サンティ
    Elisa Santi


    以前、遠くて色鮮やかな異国の名前を持つ友達がいた。彼女の髪は黒くて黒くて黒くて、短く、癖っ毛で目は緑色で緑色で緑色だった。肌は真っ白で真っ白で真っ白で、爪をかむ癖があった。
    彼女といると、時間について熱心に話し込むことが多かった。彼女は、時とは何かを尋ねた。時間というのは誰にもうまく扱えないもので、でもいつも私たちの周りにあるのだ、と話していた。時間というものはこんなに近くにあるのにまったく管理できないのはなぜなのか、とよく考えこんでいた。
    そういうことを、彼女は私に質問した。私は時間に対しては好感を持ったことがなかった。時間はするりとすばしこいかと思うと、どんよりと重苦しくて遅く、日や場面によって変わり、映画のように後ろ戻りすることができない。私の友達も、時間のそういうところに対してぶつぶつ文句を言っていた。持て余して、私に時間に関してのそういう話をしていた。
    しょっちゅう、まったくしょっちゅう私の友達は、しくじっていた。私もよくしくじった。2人で目をつぶって、間違いをしでかす前を強く強く強く思ってみたのだが、何も起こらなかった。
    しょっちゅう、まったくしょっちゅう起きたしくじりは、私達のせいではなくて、周りにあるさまざまな物事のせいで起きていた。
    しょっちゅう、まったくしょっちゅう、この赤い事態になってからというもの、どうしたら後戻りできるだろうと私は考えている。
    神経を集中して、目を閉じ、強く強く強くこの事態が起きる前を考えてみる。でも何も起こらない。
    私の友達のことを想う。彼女はどのようにして時間に打ち勝ったのだろう。
    もしここに彼女がいたら、後戻りしたいと思うだろうか。おそらく、おそらく、おそらく、答えはノーだ。
    どうして私がそう思うのか、理由はうまく説明できないけれど、彼女が後戻りしたい、と答えるとは思えない。絶対にそう思わないだろう。
    だって、彼女は部屋にいるのが好きだったし、
    彼女と部屋にいるのが私も好きだったし。

    理由はわからない。理由がなんだったのかわからないけれど、彼女が後戻りしたくない、と答えるのは確かだ。それが重要だ。
    時が経ち、あることは過去にも変えられないし未来にもできない、ということが私はわかった。
    時が経ち、ずいぶん納得するのに骨は折れたけれど、答えは、時間の流れに任ればいい、ということなのだとわかった。
    もし時間の流れるままに任せないと、私はお腹が痛くなる。
    もし時間の流れるままに任せないと、私は頭が痛くなる。
    もし時間の流れるままに任せないと、私は口が痛くなる。
    私の友達も、時間が流れるのに身を任せたのだろうかと考える。そして自分は時間の流れに任せて最後を迎える用意ができているのだろうか。

    希望とは、一番最後に死ぬことだ。


    2020/3/17 デルフト(Delft,オランダ)

    クラウディア・ダモンティ
    Claudia Damonti


    今日もとてもいい天気。我慢できない。どうする?  家の中はビールの空き瓶でいっぱいだ。善良な市民として、スーパーマーケットへ空き瓶を捨てに行くことにする(ここオランダでは、空き瓶回収に対しサービスがある)。いざ出動。私たち、イタリア人、ロシア人、オーストリア人の女性3人で、空き瓶をたくさん提げてデルフガウの道を歩く。全員、沸き立つ気持ちを押さえきれず、勝利者の凱旋行進の足取りになる。
    外は穏やかで、日が輝き、ロシア人がミントと黒スグリの味のタバコをくれる。幼い頃に使っていた歯磨きを思い出す。頭の中は空っぽだ。空き瓶用の回収ボックスの向かいで、羊たちがのんびり草を食んでいる。


    2020/3/17 ミラノ Milano(Lombardia)

    ミケーレ・ロッシ・カイロ
    Michele Rossi Cairo


    今日は眼科とアポがある。できるだけ人と会うのを避けるため、地下鉄はやめて徒歩で行くことにした。
    歩きながら、おかしな夢の中にいる気分になる。一見、すべてきれい見える。太陽がさんさんと照り、やっと春だ。しかしよく見ると、穏やかな町の様子は表向きのことだと気がつく。通行人はほとんどいない。いるのは、外出規制を見張っている警官達だ。大通りのビルの壁面にある広告は、ウイルス関連の警告に代わっている。ときどき会う歩行者は、なるべく人から離れて歩こうとしている。前からやってくる男性は、かなり手前で僕を避けるために反対側の舗道に移った。僕と2メートル空けて通り過ぎるためだ。ポジティブに考えて、がら空きのミラノを味わおう。 眼科に着くと、すぐにマスクを渡される。着けたらメガネが曇る。手を消毒するように命じられる。診療所のスタッフは全員、医療用のゴム手袋にマスク姿だ。待合室にいるのは、老人と僕だけである。老人は、携帯電話で動画を大音量にして見ている。呼ばれて、診察を受ける。幸い、近視はあまり進んでいなかった。大変な苦労をしてやってきたかいがあった。ニコニコしながら歩いて帰る。


    2020/3/17 ミラノ Milano(Lombardia)

    オット・スカッチーニ
    Otto Scaccini


    <ヨーグルト>

    今日は出だしからよくなかった。大学の同級生が、この数日イタリア各地で見られる楽天主義的な動きを厳しく批判した。彼女は、人々は深刻な現状の全体像をわかっておらず、皆で励ましあったり寄り添う気持ちばかり鼓舞するのは間違いだと怒っている。僕は、楽天主義を非難するのは違っていると思う。なぜなら、そもそも僕たちがそれぞれにできることは限られていて、特にこういう状況では皆いっしょに問題に立ち向かわないとならない思う。力を合わせて乗り越えるのが、こういうときは唯一の方法ではないか。
    ふだん心から尊敬している同級生からこうした批判を聞いて、僕は悲しかった。これまで彼女に対して抱いていた敬意と、この厳しい批判が僕の中でうまく処理できない。気分を変えないと。
    イライラしたり不安なとき、僕は手仕事をする。台所へ行き、少し考えて、ヨーグルトを作ることにした(たいていうちの台所には、過剰な量や高カロリーの材料がある)。牛乳をゆっくり温めているうちに、落ち着いてくる。外は晴天。今晩は、うちの建物を描く。


    2020/3/17
    トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

    キアラ・ランツァ
    Chiara Lanza


    今日はあまりに退屈しすぎて、とうとう半地下にある本棚を整理することにした。
    乱雑な本棚に黒人の頭が置いてある。真っ白でツヤのある陶製だ。
    この黒人の頭は、伝統的なシチリアの定番置物である。サイズと色もお望み次第で揃っている。たいてい2個がセットになっているが、シングルでもオーケー。シチリアのどこでも買える!
    とても昔の物語に源を発する。ちょっとゾッとする愛と嫉妬の物語だ。
    時代は1000年。シチリアは、モーロ(黒い人たち)の支配下にあった。モーロとは、北アフリカのベルべル族出自のイスラム人たちのこと。シチリア島西部にあるパレルモで、もっと正確に言うと、アラブ地区カルサ(Kalsa)での話である。
    さて。ある美しい女性は毎日、バルコニーに出て花の世話をしていた。通りかかったモーロが、ひと目惚れしてしまう。二人は互いに激しく惹かれ合う。熱情だけではうまくいかないものだ。女性は愛するモーロが母国へ帰らなければならないことを知る。国には妻がいて彼の帰りを待ちわびているのを女性は知る。裏切られ、侮辱され、理性を失い激情にかられて、眠っている恋人を女性は殺す。ここからが山場だ。女性は恋人の頭を切り取って中身をくり抜き、植木鉢にする。そこへバジリコを入れる。
    バジリコへの水やりは、女性が流す毎日の涙だ。すくすくと育つ。近所の人たちはそれを見て、自分たちもテラコッタでモーロの頭の形をした鉢を真似て作る。

    <なかなか!> 本棚の女の顔の陶器を見てそう思う。


    2020/3/17
    トリノ(ピエモンテ)Torino(Piemonte)

    アレッシア・トロンビン
    Alessia Trombin


    今晩、父が作ったピッツァのレシピ。定番。私には、世界で一番おいしいピッツァ。
    材料:
    • 600 g 小麦粉
    • 100 ml エキストラ・ヴァージン・オリーブ・オイル
    • 240 ml 水
    • 10 g イースト
    • 5 g 砂糖
    • 10 g 塩
    • トマトピューレ
    • モッツァレッラチーズ
    • バジリコ

    作り方:
    砂糖とイーストを溶かし混ぜる。
    小麦粉と合わせて、オリーブオイルと水を少しずつ加えていく
    適度な弾力が生地に出るまで、リズムよく練る。
    布で包んで寝かせる。
    生地が発酵して膨らんだら、板の上にのばす(麺棒を使ってもよい)。
    表面全体にトマトピューレを載せ、細かく切ったモッツァレッラチーズを散らし置く。
    250度のオーブンで20分焼く。
    焼きあがったら、バジリコの葉を2枚とオリーブオイル少々をかけて、出来上がり。


    2020/3/17
    インペリア  Imperia(Liguria)

    マルティーナ・ライネーリ
    Martina Raineri


    今日で、外出禁止になってちょうど1週間目になる。
    起きたけれど、落ちこんでいる。電話をしたら、母も暗かった。いつもならお互いに話がたくさんあるのに、今日は全然だめだった。ふだんは料理が大好きなのに、今日は料理もいやだ。
    幸い、午後になってだいぶん気分が晴れてきた。ダンス教室の先生マッシモと生徒仲間といっしょに、スカイプでレッスンを受ける約束だ。突然、うちの居間が臨時のダンス教室へと変わる。フローリングではないので、床で足が冷えないように絨毯を敷く。
    2週間、強制的に中断されていたレッスンを再開して、身体を動かせて本当によかった。外に出られないと、どうしても座ったままか家事で身体を動かす程度になる。長年のレッスンのおかげで、もう身体が覚えている。関節を動かし、硬くなっていた筋肉をほぐす。
    脚が疲れてだるく腕は痛いけれど(ダンスで使うのはつま先だけではないので!)、夜、心地よい疲れといっしょにお気に入りの毛布に包まってソファーに寝そべる。


    2020/3/17 バーリ Bari(Puglia)

    ソーダ・マレム・ロ
    Soda Marem Lo


    私の春は、今日始まった。
    叔父と庭の手入れをした。何をどこにいつ植えようか話し合いながら、私は外に出られるのがどれだけ気持ちいいか、何度も何度も繰り返して言った。
    叔父に会うたびに、たくさんのことを習う。今日は、2種類の果物の木をどのように接ぎ木するかを教わった。叔父は私に幹に触れてどこに切り目を付けたらいいのかを教えた。叔父はときどき、自分が教えていることは全部、幼い頃に祖父から習ったこと、と話した。
    雑草を抜きながら、ビワの味が口いっぱいに広がった。


    2020/3/17 ヴェネツィア Venezia (Veneto)

    エリーザ・サンティ
    Elisa Santi


    外出禁止の毎日。何も面白いことは起きない。
    私の家にあるものは全部、すっかり記憶済み。

    せめて夢を見るときくらいは
    出かけて楽しい
    それでたくさんの
    人と会う


    2020/3/17 カリアリ Cagliari (サルデーニァ島 Sardegna)

    アニェーゼ・セッティ
    Agnese Setti

    今日のカリアリの空は、のっぺりとした白色だ。
    今朝、母はオフィスへ行き、分厚くて黄ばんだファイルを何冊も抱えて帰ってきて、今、書斎で仕事をしている。兄は大学への提出物をまとめていて、父は本を読んでいる。
    数日前から家の中には、異様なほどの平和とすぐに発火する喧嘩の(たいてい夕食後だ)繰り返しだ。喧嘩の種は、<今晩、台所の後片付けは誰がするか?>から、世の中でフランチェスコ法皇の持つ役割について、などである。たいてい議論のテーマは極端で、現実に直面しているあの問題とは接点がない。
    家族を見ながら、うちはかなり例外だな、と思う。サルデーニャ人というのは、人見知りで無口だと世間では思われているが、うちの家族はすぐに熱くなり、言い争いをし、うるさい。台所にまるで15人くらいいるかのようだ。
    また、サルデーニャ人は誇り高く、周囲でどんな論議が交わされていようが構わずに、自分の信念を貫き通す人たち、とも考えられている。まあ、これはうちもその通りだろう。
    言っておきたいのは、私たちはこういう暮らしに慣れていないということだ。父と母は、少なくとも30年前からずっと働いてきた。兄ミケーレはうちを離れて、ひとり暮らしをするようになってもう6年になる。私は、広くて人があまりいない家の中で、自分のテリトリーを守ってきた。こんなに長い時間をいっしょに過ごすのに慣れていない。正確に言えば、喧嘩せずに長い間いっしょにいるのに慣れていない。イライラが爆発するのは、不安のはけ口のようなものだ。喧嘩をして、外に出て気を紛らわすこともできない。閉所恐怖症のような不安が次第に大きくなってくる。
    少しずつ人の違う面が見えてきている。両親も、これまで自分たちになかった感情ー退屈ーに64歳と56歳の今初めて、向かい合っている。
    外出禁止で、私たちは4人の同居人となり、平穏に、でもたまにうんざりして、家族であることを忘れないように少し騒いでみたりしている。


    アニェーゼ・セッティ(22)
    Agnese Setti
    カリアリ Cagliari (サルデーニァ島 Sardegna)

    サルデーニャ島カリアリ生まれ、育ち。
    国立カリアリ大学文学部歴史学科3回生。映画、写真が大好き。
    政治に関心があり、大学の生徒会代表を担っている。


    2020/3/14 コンヴェルサーノ Conversano (プーリア州、Puglia)

    シルヴィア・クレアンツァ
    Silvia Creanza

    今日で自主的にセルジォと隔離を始めて3日目だ。先週、2人ともミラノにいたので、できるだけ両親から離れ感染を避けたい。そのために私たちはまず、空間を分けた。うちは町の中心にある古い建物で、いくつかの階がある。一番下の階のアパートメントは、しばらく前から使っていない。1990年代からすでに暖房は外してしまい、電化製品も家具も置いていない。そこに電気ストーブを入れて、私とセルジォは料理を作り、食べ、勉強し、暇をつぶしている。
    私の両親は、上の階で暮らしている。買い物をして届けてくれ、ときどき料理も作って届けてくれる。
    だから食事どきは、ドキドキする。上のドアが開いて階段を下りてくる足音がすると、食べ物がやってくる、とわかっている。モッツァレッラが入った袋。摘みたてのサラダ菜。熱々のトマトソースが入った鍋。果物。宝物のように、すぐに冷蔵庫に入れる。
    そのときに食べたいものを買いにいけないのは、さみしい。好きなように、手のかかる料理を作れなくてさみしい。今までこれほどシンプルな食材が大切だと思ったことはなかった。この隔離のあとは、何を食べても美味しいと感じるだろう。


    2020/3/16

    今晩の町はあまりに静か過ぎて、向かいの家の誰かの携帯電話へのメッセージ着信が聞こえた。

    シルヴィア・クレアンツァ(22)
    Silvia Creanza
    コンヴェルサーノ Conversano (プーリア州、Puglia)

    コンヴェルサーノという南イタリアプーリア州の小さな町で生まれて育った。生まれ故郷が大好き。高校卒業後、大学進学のためミラノに引っ越して4年になる。
    美術に興味がある。将来は美術館で働きたい。旅する機会があれば逃さない。料理が好き。友達とワインを飲みながら過ごすのが好き。


    プロフィール
    内田洋子 Yoko Uchida

    1959年神戸市生まれ。
    東京外国語大学イタリア語学科卒業。通信社ウーノ・アソシエイツ代表。
    2011年『ジーノの家イタリア10景』(文春文庫)で日本エッセイスト・クラブ賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
    著書に『ミラノの太陽、シチリアの月』(小学館文庫)、『イタリアの引き出し』(CCCメディアハウス)、 『カテリーナの旅支度 イタリア二十の追想』(集英社文庫)、『皿の中に、イタリア』(講談社文庫)、 『どうしようもないのに、好き イタリア15の恋愛物語』(集英社文庫)、『イタリアのしっぽ』(集英社文庫)、 『イタリアからイタリアへ』(朝日文庫)、『ロベルトからの手紙』(文春文庫)、 『ボローニャの吐息』(小学館文庫)、『十二章のイタリア』(東京創元社)、『対岸のヴェネツィア』(集英社)、 『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』『もうひとつのモンテレッジォの物語』(方丈社)、『サルデーニャの蜜蜂』(小学館から5月刊行予定)。
    翻訳書に 『パパの電話を待ちながら』(ジャンニ・ロダーリ著、講談社文庫)などがある。