デカメロン2020(Decameron2020)_03

デカメロン2020(Decameron2020)

「デカメロン2020」©(Decameron2020)©

緊急非常事態宣言が発動されたイタリアを、
イタリアの若者が語る、描く、見つめる、歌う

 新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、非常事態宣言が発動されたイタリア。ヴェネツィア、ミラノ、ボローニャ、ローマ、モンテレッジォ、シチリア島などで暮らす17歳から29歳の若者たちが、ささやかだけど私たちにも届く声をつむぎ始めました。彼らが、耳をすませ、見て、感じて、触れた、いまのイタリアの姿を届けます。
 これから始める「デカメロン2020」は、1348年のペストの蔓延からフィレンツェ郊外に逃れた若い男女10人が10日間語りつくす古典『デカメロン』の「リアル・イタリア版」です。


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©MiBACT


 この画像は、2020年3月9日に政府が発令した全国封鎖 非常事態宣言に追随して、イタリアの文化財・文化活動賞のツイートです。
説明は一字もありません。
 これだけ。
 <#私は家に居る>というタグが付いて、広まりました。
 現状を軽く考えずに外出を避けて家にいよう、と呼びかけたのです。

 しのごの言わずに、発令。
 中世にヴェネツィア共和国のペスト対策で発案された、隔離対策と疫病/感染学をそのまま踏襲するかのように、断固と実践しています。

「生きていたら、経済のどん底からも必ず立ち直れる。物事の重要さの順位、本末転倒にしてはならないことを肝に命じ、弱い人を守り、他人への責任を果たしましょう」

 イタリア政府の封鎖通達を受けて、こうした呼びかけを文化財・文化活動省が出す。事態が由々しいのはウイルスの蔓延もさることながら、人々の心の危機にある、としたからではないかと感じました。
 同省は対応が可能なすべての美術館と連携し、所蔵作品をサイトにアップして無料で鑑賞できるようにし、
「皆さんが外出できなくなったのなら、文化のほうから皆さんを訪ねていきます」
 という公告も出しています。

 交通機関の多くが運休となり、徒歩での外出にすら自己申請の認証書の提示が必要となった現在のイタリアの日常を、各地の若者の五感を通してリアルタイムでお伝えしてみようと思います。

内田洋子
2020年3月16日




2020年3月8日イタリア。非常事態宣言発動。
新型コロナウイルス感染拡大防止のために首相令が発令された。3月10日朝から4月3日までイタリア全土で、移動制限や学校の一時閉鎖、飲食店の夜間営業停止等の措置が決定。
刻々と深刻化していく状況を受けてさらに、3月12日からは生活必需品の販売店,薬局、ドラッグストアを除く全ての商業及び小売り販売活動の休止を発表(期限は3月25日)。
具体的には(以下、在ミラノ日本国総領事館による、2020年3月11日イタリア首相令DPCMの抄訳 https://www.it.emb-japan.go.jp/pdf/20200311_dpcm.pdf):

食料品、生活必需品の販売店や薬局及びスーパーマーケットを除く、全ての商業及び小売り販売活動の休止を規定する。つまり、スーパーマーケットに食料品を買いに走る必要はない。
しかし店舗、喫茶店、パブ、レストランは、宅配サービスできる可能性を残して休業する。

対人距離1メートルの確保ができない理美容院、美容エステ店、食堂サービスは休業する。
生産業及び専門性の高い業務は可能な限りテレワークで活動を続け、従業員には休暇の取得を推奨する。

企業内の生産部門に必須でない部門は活動中止する。感染を避けるため,自社の従業員に安全ルールを守らせることができるのであれば、生産活動は継続することができる。製造会社では現状を乗り越えるための措置として、シフトの調整、休暇の前倒し、不必要な部門の閉鎖を採ることが推奨される。

公共交通機関、公益に資するサービス、銀行・郵便・金融・保険サービス、その他活動を続ける分野が正しく機能するために必要な、生活に不可欠な公共サービスは保証されている。
保健衛生の規則を守る限り、農業・畜産業・農産品加工業、及びこれらの業者に物品・サービスを提供する流通業の継続も保証されている。基本となる規則は変わらない。

我々の移動は、仕事上、健康上あるいは買い物といった必要な理由に制限しなければならない。期限は3月25日。




在イタリア 日本大使館からの公告です


●3月17日,イタリア内務省は,3月8日及び9日首相令に基づき,移動の自由に関して内務省が規定した自己宣誓フォームの改定を発表しました。変更箇所は,「自分は自己免疫措置の対象となっていない,ウイルス検査で陽性と判断されていない」という部分が追加になっています。

●内務省の新しい自己宣誓フォーム(イタリア語)は,下記URLから入手可能です。ご参考まで和訳を在イタリア日本国大使館のホームページに記載します。

●イタリア国内では,警察当局により,主要な駅,空港,道路等において規制が強化されていますので,同国内務省規定の自己宣誓フォームに移動の理由を含む必要事項を記入して,携行されることを奨励します。

移動に関する自己宣誓フォーマット
https://www.interno.gov.it/sites/default/files/allegati/modulo-autodichiarazione-17.3.2020.pdf

【参考】移動に関する自己宣誓フォーマット(和訳)
https://www.it.emb-japan.go.jp/pdf/20200317_mdi_format.pdf
    問い合わせ先
  • 在イタリア日本国大使館
    電話:06-487991(領事部)
  • https://www.it.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html
  • 在ミラノ日本国総領事館
    電話:02-6241141(領事・警備班)
    https://www.milano.it.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html
  • 外務省領事サービスセンター
    電話:(代表)03-3580-3311(内線)2902、2903
  • 外務省領事局政策課(海外医療情報)
    電話:(代表)03-3580-3311(内線)4475
  • 海外安全ホームページ
    https://www.anzen.mofa.go.jp/(PC版・スマートフォン版)
    http://www.anzen.mofa.go.jp/m/mbtop.html(モバイル版)

  • Decameron2020-03

    2020/3/14
    ヴェネツィア Venezia(Veneto)

    ヴァレンティーナ・スルブリエヴィチ
    Valentina Srbuljevic


    日が沈んでからしばらく経った。このあと何が起こり、何をして夜を過ごせるのかを考えている。グルグル、キュルキュル。お腹が鳴っている。何か食べたいというより、外に出て深呼吸したい。数日前までは、そんなこと、一度も感じたことはなかった。外の空気を吸えるのは、当たり前のことだったから。
    階下へ出る。目の前いっぱいに運河が広がる。誰もいない。船も通らない。犬連れもいない。岸壁沿いに散歩する。スーパーマーケットがある方へ右折する。まるで真夜中のような静けさだ。時計を見ると、まだ夜の7時前だ。閉店前にぎりぎり間に合うかも。スーパーの外には列ができていて、待つときも前の人とは1メートル空けて並んでいるだろうか。
    ゆっくり戻る。唯一シャッターが開いているのは、わたしの下宿の近くの青果店だけだ。明かりが点いているのはそこだけで、他は真っ暗だ。だんだん不安が喉元へ上がってくる。もう少し歩こう。やっと向こう側遠くに、買い物袋を提げた人がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。緊急や特別な事情以外で外出が許されるのは、買い物だけなのだ。
    真っ暗な路地に入ると、不安で暗いいまの自分と対面するようだ。煌々と照明が点いた生協のガラス戸が暗闇に浮かび上がる。行列はなかった。入るとすぐ前に、ゴム手袋にキャップ、マスクを装着したレジ係が目に入った。店の外にはなかった行列が、店内のレジの向こう側にあった。レジから出入り口までが狭いために、前の人が出ていくのを待たないと安全距離が保てない。出るために待っているのだった。1メートルずつ間を空けて。
    最小限の買い物を済ませて、外に出る。再び、静寂。来た道を戻る。岸壁へ抜けると、 青果店がシャッターを下ろしているところだった。挨拶して、うちの建物に入ろうとして、バサリ。見上げると、子供たちなのだろう。ありったけの色で無邪気な絵が描かれたシーツが翻っていた。さきほど出かけるときには、気がつかなかった。暗くて寒々していた気分が、温まる。
    <きっとうまくいくから!>
    シーツに幼い字が踊っていた。


    2020/3/14 ミラノ Milano(Lombardia)

    ミケーレ・ロッシ・カイロ
    Michele Rossi Cairo


    今日は、別のスーパーマーケットに行ってきた。粗挽きソーセージをなんとしても買いたいからだ。
    今回は、店の外で並ばなくてもすんだ。店に入ると、そこにいる人達全員がお互いなるべく近寄らないように避けている。他人が皆、僕を疑わしい目で見ているような気がする。ああ、あった。粗挽きソーセージ。それに、オレッキエッテもあるじゃないか(南部イタリア、プーリア地方のパスタ)。全部買う。チョコレートも買いたくなって、通路で立ち止まって場所を探していると、背後に人の気配がする。振り返ると、1メートル置きに人が立っている。前に行きたい人たちが、1メートルずつ間をあけないと通れないので、僕が動くのを待っているのだった。他の人とそれ以上、近寄るのが怖い人もいるようだった。大急ぎでチョコレートを取って、支払いを済ませて帰宅した。
    田舎にある別荘の庭から摘んでおいたタイムとローズマリーを冷凍庫から出す。細かく刻み始める。青い匂いがまな板から立ち上る。夏を想う。太陽と野原。目を閉じて、都会から逃げ出すふりをしてみる。


    2020/3/14 ミラノ Milano(Lombardia)

    アンジェラ・ボナディマーニ
    Angela Bonadimani


    ミラノの中心に住んでいる。うちの前には交通量の激しい広場があり、その少し先には<緑色路線>の地下鉄の駅がある。騒音に慣れている。クラクション。スキール音を立てるタイヤ。夜遅く大声をあげてふざける少年たち。車の外まで聞こえる大音量の音楽。私の部屋まで、音の渦が流れ込んでくる。
    きれいな空気を吸いに、勉強しに、バカンスに、週末を過ごしに山の家へ行く。まったく眠れない。騒音がないと、ダメなのだ。地下鉄が通るたびに揺れる家でないと、眠れない。日常生活で耳にしている音を聞くと、ほっとする。守られていると感じる。
    広場はからっぽだ。ときおり車が、誰もいない道を走っていく。ときどき家が震える。車庫へ移動する地下鉄が通ったのだろう。それ以外の音がしない。道に迷ったような感じ。 『宇宙の恩恵』という本を読んでいる。外出しなくなってからこれで4冊目だ。今の私に必要な本だと思う。私だけでなく、たぶん他の皆もきっと、宇宙の恩恵が必要なのではないだろうか。宇宙が、方向転換をしてくれたなら。
    この本はなかなか面白い。<カート・O’レイリー>という登場人物が出てくるが、ある日突然、すべての物事がうまくいくようになる。全部うまくいくなんて。そんな幸運ばかりが続くなんて、あり? 何か裏があるのでは? 読み進めるうちに何かわかれば、また説明しますね。
    いつものように祖父がヒゲをあてている。まるでこれから出かけるかのように。
    ヒゲ剃りの音は、いつも聞く音だ。まだ今日もいつもと同じように聞こえている。
    よかった。


    2020/3/14
    トリノ(ピエモンテ)Torino(Piemonte)

    アレッシア・トロンビン
    Alessia Trombin


    今日は、天気が最悪だ。
    起き抜けから、窓にあたる雨音が低く聞こえる。太陽が恋しい。家にいるようになってからこの数日、太陽がそばにいてくれて助かっていた。
    何もしたくない。悲しい。外出禁止になってから初めて、さみしい。
    都会暮らしは、悲惨だ。


    2020/3/14
    トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

    キアラ・ランツァ
    Chiara Lanza


    疲れが骨の髄まで沁み込んでいる。
    宿題をしながらまるで高校4年のときのような絶望感に襲われて、泣いた。降参してノートを閉じ、近代美術の本を開いた。雑な複写のせいで、絵画は黒くつぶれている。字も染みのようで、よく読み取れない。聖人についての説明だが、インクがにじんで細かいところが見えない。それでも絵を見ながら、<これは今の私のための絵だ>と確信した。
    グーグルで、ヴィットレ・カルパッチォの<聖ジォルジォと龍>について検索する。出てきた画像をパソコンのスクリーンセーバーにした。パソコンを開いたまま、勇気をもらおうと午後じゅう画面を見ている。




    2020/3/14
    インペリア  Imperia(Liguria)

    マルティーナ・ライネーリ
    Martina Raineri


    いつもの土曜日の朝と同じように、ゆっくりとまだ寝足りない気分で起きた。なぜか知らないけれど土曜日なのに私は8時前にはもう目が覚めていて、フランチェスコはまだぐっすり眠っている。羨ましい! 外出禁止となっても、平常どおりに昼まで眠っていられる彼のようになりたい。
    規制は守りつつ、でも昨夜、金曜の夜は毎週の約束ごとを中止にはできなかった。町の中心にある<アルテカフェ>は、友人フランチェスコが経営している。私たちの<ロキシーバー>のような店で、金曜の夜は必ずそこで友人たちと落ち合うことになっている。何年も通い続けているうちに、店で顔なじみになった人も少しずつ増えて、今では大家族のようなものだ。店に行けば、必ず誰かがいる。ひとりじゃない、と思える。特別な店なのだ。そういう魔法のような金曜日の約束を、無しにできるわけがないでしょう?
    天の恵みで、テレビ電話がある。私たちは皆、自宅から出ずにテーブルにワイン、おいしいつまみを準備して、19時を待った。店主が画面の向こうで、グラスを上げる。「僕たちに、乾杯!」 すぐにウイルスのことも、皆で集まれないことも、親族に会いに行けないことも、町が沈みきっていることもすべて忘れて飲み、喋った。笑うことは、魔術のようだ。
    昨夜の乾杯から12時間経ったが、まだ私は幸せな気分でいっぱいだ。前向きなエネルギーを充電した。昨夜、友人たちと別れぎわに、今晩ピッツァを家で作ることに決めた。私は家でピッツァを作ったことがない。おいしくできるといいのだけれど。
    これまでは、ピッツァ職人の弟と料理が得意な父が生地から練って作ってくれていた。なかなか手ごわい勝負だ。腕まくりして、がんばれ、私の腕。生地をこねよう!


    2020/3/14
    ヴェネツィア Venezia(Veneto)

    シモーネ・モリナーリ
    Simone Molinari


    彼女は、レティツィア。去年11月に知り合った。たった4か月しか経っていない。中央イタリアのウンブリアの出身で、大学に通うために、昨年9月にヴェネツィアに引っ越してきた。そこでいきなり、あの歴史的な大冠水に遭った。
    さて、彼女の不幸というか幸運は、聖ジォヴァンニ・パオロ病院のま向かいに住んでいることだ。毎朝、窓の下で救急船が通り、看護師、医師、救急隊員、赤十字が往来するのが聞こえる。現代的に改装してあり、ヴェネツィアでは珍しく住み心地のよさそうなアパートだ。4階にあり、病院への運河に面している。病室は運河沿いに伸びる建物に並んでいて、20メートルの長さの食堂がある。彼女の家の窓から、病院の中が見える。

    いつの間にかもう夜になっていた。彼女は眠そうに緑色のソファに座っている。頭からかぶった毛布が肩を覆い、目を伏せて、心がここにない表情をしている。まるで聖母のようだ。
    外の世界から離れて、毛布に守られていると思っているのかもしれない。向かいに住む隣人はどうだ? 白いシーツに包まれて、じっと堪えて待っている。
    もう寝る時間がきてしまった。


    2020/3/14 ヴェネツィア Venezia (Veneto)

    エリーザ・サンティ
    Elisa Santi


    部屋にクモが巣を張っているのを見つけた。いつからそこにあったのか、相当な大きさで、かなり長い時間をかけてクモはそこで働いたのだろうな。ーーーー と男友達が言う ーーー 彼はディラン。この数日、退屈しすぎている。パーティーしようぜ、と言い、私もパーティーしたいと返事する。
    でも友達が(私の友達でもある)いないんだよな、と言う。あんたの友達は私の友達でもあるのだから、私も友達がいないのよね、と返事する。
    この男友達に最後に会ったのは、ちょうど1週間前になる。
    いつものように彼は優しくて、ほかにカルロやビアンカ、アニータとリサもいっしょに、ある家で会っていた。その家は<ブラゴーラBragora>という名前で、サン・マルコ広場の近くにある。とても広い場所で、まるで若者捨て場みたいだ。実際、若者がたくさん捨て置いてある。その夜は私は古びたテーブルに着いて、カルロとパスタを食べていた。このカルロは金髪でハンサムな子なのだけれど、私にこう言った。エリーザ、おれたち、<赤い地区>(感染危険地区)らしいよ。私は彼を見て、こう返事した。何なの赤い地区って? カルロは言った。家から出たら行けないっていう地区のことだよ。私は言う。あっそう。赤い地区のことなどはそのとき考えたくなかったし、1人で笑っていたかったから。ビアンカが来たので、このニュースを教える。 ビアンカ、パニック。ディランが来たので、ニュースを教える。ディラン、パニック。リサが来て、リサ、パニック。アニータが来て、でもアニータはまあまあ落ち着いている。私は考えたくなかったので1人で笑っていたのだけれど、皆は赤い地区について話し始めそのうち友逹の不安が私にもうつってきた。そのときはあまりよくわかっていないかったので、ねえ明日考えることにしない、と私が言うと、友達も皆、OKと言った。そのうちふざけ始めて、何か尋ねたり、子供みたいになったり、ティーテーブルやボロボロのソファーの周りで踊ったりした。そしてときどき目を見合わせ、お互いの足元を見て、脚を、腕を、そして髪を見たりした。そして、ときどき笑った。ときどき近づいたり、触れ合ったり、離れたり、目を合わせたり、足でつついたり、脚や腕、髪、そしてときどき顔、鼻、目、口に触れ合ったりした。その家で、朝5時まで寝ないで過ごし、くたくたになって、喉もカラカラに渇き、目の下に隈ができたけれど、誰も悲しくなかったし、赤い地区について考える人もいなかった。皆、幸せで、ああ楽しい夜だった、と全員が思った。私は特に何度も、ああ楽しい夜だった、と思った。すばらしい1日だった、とそのあとも思い出しながら考える。私は驚いているけれど、取り乱していないし、また友達と会えたら、自分はラッキーだと心から思うだろう。強制的にひとりぼっちで過ごさなければならない毎日、運河の向こう、深い草むらでのダンス、野原に張ったビニールテント、黒く染めた短い髪、甘辛い人、寝心地のよいベッド、大きな窓、緑色の海・・・・ など考える。楽しいことも嫌なことも、でもいずれすべてが思い出になるのだと考える。それでいいのだろうか? それでいいのよね。そう思うと、もう赤い地区のことなど考えないし、自分が赤い地区に住んでいるのも気にならない。

    さっき、私は思い出を部屋の中に見つけた。いつからそこにいたのか、どのくらいそこにいたのか、私がそれを張るのにどれだけ時間がかかったのか、考えていた。


    2020/3/14 デルフト(Delft,オランダ)

    クラウディア・ダモンティ
    Claudia Damonti


    今日は、会いに来てくれる人がいる! <ミラノ>の男友達だ。細かいことを言えば、ブリアンツァ(ミラノ近郊の地方都市)の生まれ育ちなのだけれど、そういう場合はだいたい、ミラノ生まれ、と紹介することになっている。加えて彼は今、ポー川の北あたりに住んでいる。家にパートナーを残して、1人で電車でやってきた。大げさに喜んでいるように聞こえるかもしれないが、この時勢柄にこの行動は、優雅で紳士的だと思う。ならアペリティフくらい、おごるでしょ? 当然。でも、どこで? 自転車を持って電車に乗り、うちまで来てちょうだい。なんとかなる。勉強机の上を片付ける。全然、問題じゃない。下宿仲間に椅子を借りる。ママがどうしても、と送ってくれたバリッラのパスタもまだ1キロあるし。スパゲッティだって食べられる。それに絶妙のタイミングだ。イケアで買った本棚がまだ箱に入ったまま、力持ちでやる気があり、ネジ回しを使いこなせる若者を待っていたところなのだ。旧友に乾杯。ごく小さな優しさのおかげで、私は祖国の家にいるような気持ちになっている。


    2020/3/14
    ヴェネツィア Venezia(Veneto)

    ジュリ・G・ピズ
    Julie G.Pisu

    目が覚めた。ベッドの上にある窓から空の切れ端が見える。グレー。今日もまた同じ。いや、昨日よりも少し濃いかもしれない。
    飼い犬レオンは私が目覚めたのに気づき、片脚をベッドに上げて外へ連れていくよう催促する。
    オーケー。眠い目をこすりながら、着る服を選ぶ。水色か群青色を着たら、天気が良くなるかもしれない。リードにジャケット、さあ外に出る。
    階下の岸壁を歩く。今朝は本当にまったく人がいない。遠くにジョギングする人が1人いるくらいだ。風がとても強いので、家に戻ったほうがいいのかもしれない。風まで運命とグルなのか。
    犬からリードを外して、散歩することににした。うれしそう。隔離など、犬の知ったことではない。転がるように走り回る。その無邪気な様子を見て思わず笑い、ほっとする。
    私の髪は向かい風を受けてボサボサになり、犬は風に吹かれて毛が逆立っている。


    2020/3/14
    ヴェネツィア Venezia(Veneto)

    アンドレア・コンケット
    Andrea Conchetto

    ジュデッカ島で経営する青果店の店頭から。
    (トマトにマジックで書いた文字がメッセージ)
    <きっとうまくいくから、だいじょうぶ>
    ANDRA’ TUTTO BENE


    アンドレア・コンケット(26) Andrea Conchetto
    生粋のヴェネツィアっ子。
    家族経営の青果店経営。
    サッカーと旅が好き。





    2020/3/15
    モンテレッジォ(トスカーナ州)
    Montereggio(Toscana)

    アレッシア・アントニオッティ
    Alessia Antoniotti


    わかってる。家から出てはいけなかったのは。でも、もうがまんできなかった。でも何も悪いことはしなかった・・・・・。誰にも会わなかったし。山のてっぺんにひとりで行ったのもあるけれど。
    外に出る必要があった。出たとたん、生き返った。歩きながら、新鮮な風を顔に受ける。風は、そのまま髪を抜けていく。風といっしょに、たくさんのいい匂いを吸い込む。私は生きているのだ、と思った。この数年間、こんな気持ちになったのは初めてのことだ。野生の香草や花(こんな事態になって、ただひとつ変わらず止まらないのは、自然だけみたいだ)の香りを集めて、土が匂い立つ。日差しは温めてくれるけれど、今日は、今までとは違う。まるで私の中に入ってきて、そのエネルギーを分けてくれようとしているようだ。これまで自分のまわりにあるものをこれほどありがたいと思ったことはなかった。ものごとの大切さは失ってみないとわからない、というのは本当なのかもしれない。


    2020/3/15 バーリ Bari(Puglia)

    ソーダ・マレム・ロ
    Soda Marem Lo


    雨が降ってきたので、私は母と叔父といっしょに大急ぎでテラスに出て、洗濯物を取り込んだ。たいした降りではなく、そのまま私たちはテラスに残って、外の新鮮な空気を楽しんだ。
    近所の人たちも皆、各々のシーツや洋服を取り入れにテラスに出てきた。小学校の同級生ヴィートのお母さんと目が合った。私達の様子を尋ね、兄のオマールの近況を訊き、そして私が今何をしているのか知りたがった。少ししゃべって、家にまた入ることにした。
    「外出禁止で家にいるのだから、庭越しにヴィートと話してみたらどう?」
    すぐに母が言う。
    私とヴィートはとても仲がよかった。ヴィートは3階に住んでいて、彼の部屋のバルコニーはうちの庭に面しているので、毎日えんえんと彼はあちらから私はこちらから、建物の壁と庭をあいだに置いて、しゃべり続けたものだった。それは私たちにとって、1日のうちのとても大切な時間だった。いつもの時間になってももう1人が出てこなければ、大声で名前を呼んだものだ。ときには電話がかかってきた。<こんにちは、おばさん。すみませんが、マレムに庭に出るように伝えてもらえますか?> 。呼べば、応えていた。
    毎朝ヴィートは学校へ行くのに、私を迎えにきた。いつもヴィートのほうが私よりも早く起きていたので、私がまだ道に出ていないと、遠回りになるのにうちまでやってきた。うちの角で会うと、いっしょに歩き、ミングッチォのほうに左折した。
    おやつに食べるパニーノをそこで買っていた。来た道を家のほうに戻り、シモーネが下りてくるのを待った。それから皆いっしょに小学校へ行った。その道の行き止まり左側に、小学校はあった。 夏になると、ヴィートはうちの庭で遊んでもよいことになっていた。夏以外は、いつもバルコニーから見ることしかできなかった庭だった。いっしょにレモンを取った。祖母がそれを切って、私達はレモン半分にひと口ごとに思い切り砂糖をまぶしてかぶりついたのを思い出す。
    今でもそうしてレモンを食べる。ひと口ごとに、あの夏の日々を思い出す。彼のことは、何を話していたかより、そのしぐさを思い出す。
    たとえ何年も話していなくても、私は彼との友情は永遠だと思っている。


    2020/3/15
    ローマ Roma (ラツィオ州 Lazio)

    サーラ・パリアルーロ
    Sara Pagliarulo

    外出禁止になって今日で6日目で、驚くようなできごとを目撃し始めて3日目だ。イタリア全土が封鎖になってから、各地で同じ時間に大勢がそれぞれの家のバルコニーに出て、国歌を歌ったり、叫んだり、手を叩いたり、鍋やふたを鳴らして大きな音をたてている。はじめのうちは、なんかバカバカしいと思っていた。勉強をしている最中で、うるさくてじゃまだった。皆でそろって大騒ぎするなんて、どういう益があるわけ?
    ウイルス感染を広めないために、外出を禁じられている。
    再び、私は考えた。いつもどこにいても、どんな場合にも、距離を1.5メートル空けて他の人から離れることは、実はまた<他の人に寄り添う>ことでもあるのだ。
    わずか数分を皆そろって大騒ぎして過ごすことは、ただ歌いたいから、音楽を聴きたいからではない。それぞれの退屈や不安、希望を他の人と寄り添い、分かち合いたいからなのだ。それで気持ちの持ちようが上がるのなら、よいことだ。
    それに、ことわざにもある。<中途半端な共有では、喜びも半分>と。


    サーラ・パリアルーロ(20)Sara Pagliarulo
    ローマ Roma (ラツィオ州 Lazio) ローマ在住。トル・ヴェルガータ大学経済・経営学部。
    大家族(6人:姉妹と弟に両親)で、強く結びついている。美術と旅、食べることが好き。勉強が済むと、友達と美術館巡りをする。ドイツ語の講座に通っている。週に3回、近所のジムに行って鍛えている。


    2020/3/15
    トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

    キアラ・ランツァ
    Chiara Lanza


    携帯を見たら、3月15日 日曜日 08:21とあった。もう月半ばだ。この3月は無いに等しい。
    起き上がる。いつものようにガラス戸を開けて表に出て、空気を入れ替えてどんよりした眠気を追い出す。
    思いもよらない寒さが流れ込んできた。秋みたい。空は、言う必要もないが、灰色だ。少し風があり、カエデの葉が小さく揺れ続けている。空気の匂いも、秋のようだ。少し燻った匂いがする。
    最初の寒さが下りてきて、薪ストーブに火を焼べるときと同じ匂いだ。隣の庭では、親戚の悪口をシチリア訛りでさかんに話している。小鳥が鳴いている。


    2020/3/15
    インペリア  Imperia(Liguria)

    マルティーナ・ライネーリ
    Martina Raineri


    この数日、snsに多くの動画や写真、マンガが投稿されている。どれも笑わせようとするものばかりで、毎日の重苦しさを吹き飛ばそうといっしょうけんめいだ。とりわけこの動画には胸を打たれた。数え切れないくらい繰り返し観ている。私の町、インペリアのポルト・マウリツィオが映っている。インペリアはまだ歴史が新しい。1920年代にできた町である。もともと、インペーロ川(町の名前の由来)を挟んで存在していた二つの町があった。ポルト・マウリツィオとオネリアだ。郷土主義は現在でも強く残っている。もしインペリア生まれか、と訊かれたら、私はすぐに「はい、ポルト・マウリツィオです!」と、応えるだろう。私の親族は、<ポルト>の出身だ。父方は特に、その旧市街の中央にあるパラージオ地区である。鷹ノ巣の町の斜面に細い路地が入り組みんでいる。町のどこからでも海が見える。息を飲む美しさだ。あれこれ非難されるところもあるけれど、私はこの町を愛している。自由に、足の向くまま、目的もなくただゆっくり町を散歩できないのがさみしい。軍隊に外出許可証や自己申請書の提示を命じられることなく、誰にも感染させないように心配せずに、散歩できないのが悲しい。好きなところで立ち止まって海をみたい。いつもそこにあるのに、見るたびに違う表情をしている海。

    https://www.facebook.com/fratellibodart/videos/193402852081724/

    © Fratelli Bodart


    2020/3/15 ミラノ Milano(Lombardia)

    オット・スカッチーニ
    Otto Scaccini


    <海岸>
    今朝は、なかなかいい時間に起きた。早く出ないと、スーパ-マーケットが混んで大変だ。今日は料理をする。エビの天ぷらのための材料が要る。
    家を出る。階段を駆け下りる。建物の玄関門を閉めて、おっと、イヤフォン! 今朝は、音楽は聞こえてこない。自転車にまたがって、出発。広場を横切り、運河のかつての船曳き所を通り過ぎ、いつもなら大渋滞で詰まってる道をすいすい走り抜けていく。まるで8月の午後のようだ。アスファルトの道は、ペダルが軽い。道に広がる静けさを聞く。自転車のメカといっしょに道を行く。道は、延々と続く、人気の無い灰色の砂浜のようだ。いい気分だ。空気が新鮮だ。
    昼食後、ポルタ・ジェノヴァ駅を描いてみる。実物よりもっと小さくて、さみしくて、壁が傷み、面影がない。クリーム色の壁の横に階段と雨樋を付け加えてみる。小さな窓をたくさん描き込む。
    描きながら、この数日の空漠感を自覚できるような気がする。誰にも知られずに、僕が望むとおりの風景を描いて、町がもっとそばに寄ってきて、親密になるように感じるのだ。なんというか、町が僕のものになる、というか。


    2020/3/15 ミラノ Milano(Lombardia)

    マルタ・ヴォアリーノ
    Marta Voarino



    00:45。うちの台所からミラノのチッコ・シモネッタ通りを見ている。
    真っ暗で、静まり返っている。外出禁止だったにもかかわらず、私にはとても慌ただしい数日だった。ときどき子ではなくて、親の役をしなければならないこともあるものだ。家族のために私が判断しなければならないのは、精神的になかなか疲れる。もちろん、皆が全面的に私が決めることを信じてくれているのは、とても誇らしいことなのだけれども。
    自分のために、ちょっと休憩する。イタリアの歌手、ファブリツィオ・デ・アンドレ(Fabrizio De Andre’)の<ホテル・スプラモンテ(Hotel Supramonte)
    >を聴く。これを聴くと、いつも落ち着く。
    <この停留所もやがて通り越す。誰にも傷つけずに。やがてこの小雨も止むだろう。傷みが消えていくように>


    2020/3/15
    トリノ(ピエモンテ)Torino(Piemonte)

    アレッシア・トロンビン
    Alessia Trombin


    何日の何時何分にバルコニーに出てみんないっしょに歌を歌おう、という呼びかけがSNSでどんどん回ってくる。怖さに立ち向かおう、というフラッシュ・モブみたいなものだ。
    へそ曲がりなので、この行動の意味が私にはよくわからない。いったい何の助けになるのか、わからない。
    今晩、部屋から「ねえアレッシア、来て! マジック!」と弟が大声で呼ぶ。ちょうど『ハリーポッター』を読み始めたところだったので、邪魔されてイライラしながら弟の部屋へ行った。
    うちの後ろの建物が光っている。携帯電話だ。バルコニーに光る携帯電話は、蛍のようだ。そしてイタリアの国歌が聞こえる。界隈丸ごと、国歌でユニゾンになっている。
    そのとき、私も感動した。自分よりも大きなものに包まれて、その中の一員になったという感覚。うまく言い表せない。
    本当に、魔法のような体験だった。


    2020/3/15
    ヴェネツィア Venezia(Veneto)

    ジュリ・G・ピズ
    Julie G.Pisu

    「OK。じゃあ明日11時にザッテレのスーパーマーケットで」
    そう言って、昨夜、私はヴァレンティーナとデイヴィッド、リッカルドと電話で約束した。
    外出禁止の日曜日は、すばらしい晴天。かばんを持って、水上バスの停留所へ行く。警官が停留所で待つ乗客がくっつきすぎていないか、目を光らせている。私達はいつものように大急ぎで警官の前を走り抜けて、乗降口の安全ポールを閉じかけていた船にぎりぎりセーフで飛び乗った。
    「グラツィエ!」
    あわてて乗りこんだ私達を笑っている乗船員に、礼を言う。
    聖バジリオで降りる。対岸の停留所だ。スーパーマーケットに近づく。路上に強烈な赤い色のものがいくつも置いてある。スーパーの買い物かごだ。店外で待つときに、かごに合わせて並ぶように、目印として並べてあるのだ。一度に店に入れる人数は少数に限られていて、外で並ぶときには、安全至近距離の1メートルずつ離れて待つように、と貼り紙に書いてある。
    私達も順番に並んで、周りを見た。
    「わあ、なんて偶然!」
    「ブオンジォルノ!」
    デイヴィッドとリッカルドが声をかけてくる。
    「同じ時間に買い物にきただなんて、ほんと、すごい偶然ね!」
    そっと互いに目配せしながら、ちょっとわざとらしく大きめの声で挨拶する。
    4人で列に並び、絶対厳守の1メートルの空間を飛び越えながら、しゃべり始める。
    「すみませんが、最後のかたはどちらです?」
    女の人が尋ねる。
    「私です! 並ぶ代わりに、列にスーパーのショッピングカートを置いてあります」
    少し離れたベンチに座っている男の人が叫ぶ。
    「まるでお医者の順番待ちみたいですわね!」
    「まったく!」
    ようやく順番が回ってきた。店に入りながら考える。
    <先週までは、友達との約束はバールだったのに。今はスーパーマーケットを隠れ蓑にして、こっそり会わないとならないなんて>


    プロフィール
    内田洋子 Yoko Uchida

    1959年神戸市生まれ。
    東京外国語大学イタリア語学科卒業。通信社ウーノ・アソシエイツ代表。
    2011年『ジーノの家イタリア10景』(文春文庫)で日本エッセイスト・クラブ賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
    著書に『ミラノの太陽、シチリアの月』(小学館文庫)、『イタリアの引き出し』(CCCメディアハウス)、 『カテリーナの旅支度 イタリア二十の追想』(集英社文庫)、『皿の中に、イタリア』(講談社文庫)、 『どうしようもないのに、好き イタリア15の恋愛物語』(集英社文庫)、『イタリアのしっぽ』(集英社文庫)、 『イタリアからイタリアへ』(朝日文庫)、『ロベルトからの手紙』(文春文庫)、 『ボローニャの吐息』(小学館文庫)、『十二章のイタリア』(東京創元社)、『対岸のヴェネツィア』(集英社)、 『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』『もうひとつのモンテレッジォの物語』(方丈社)、『サルデーニャの蜜蜂』(小学館から5月刊行予定)。
    翻訳書に 『パパの電話を待ちながら』(ジャンニ・ロダーリ著、講談社文庫)などがある。