デカメロン2020(Decameron2020)_02

デカメロン2020(Decameron2020)

「デカメロン2020」©(Decameron2020)©

緊急非常事態宣言が発動されたイタリアを、
イタリアの若者が語る、描く、見つめる、歌う

 新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、非常事態宣言が発動されたイタリア。ヴェネツィア、ミラノ、ボローニャ、ローマ、モンテレッジォ、シチリア島などで暮らす17歳から29歳の若者たちが、ささやかだけど私たちにも届く声をつむぎ始めました。彼らが、耳をすませ、見て、感じて、触れた、いまのイタリアの姿を届けます。
 これから始める「デカメロン2020」は、1348年のペストの蔓延からフィレンツェ郊外に逃れた若い男女10人が10日間語りつくす古典『デカメロン』の「リアル・イタリア版」です。


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非日常になってしまった普通の生活

©MiBACT#IORESTOACASA


 この画像は、2020年3月9日に政府が発令した全国封鎖、非常事態宣言に追随して、イタリアの文化財・文化活動省が発信したツイートです。
説明は一字もありません。
 これだけ。
 <#私は家に居る>というタグが付いて、広まりました。
 現状を軽く考えずに外出を避けて家にいよう、と呼びかけたのです。

 しのごの言わずに、発令。
 中世にヴェネツィア共和国のペスト対策で発案された、隔離対策と疫病/感染学をそのまま踏襲するかのように、断固と実践しています。

「生きていたら、経済のどん底からも必ず立ち直れる。物事の重要さの順位、本末転倒にしてはならないことを肝に命じ、弱い人を守り、他人への責任を果たしましょう」

 イタリア政府の封鎖通達を受けて、こうした呼びかけを文化財・文化活動省が出す。事態が由々しいのはウイルスの蔓延もさることながら、人々の心の危機にある、としたからではないかと感じました。
 同省は対応が可能なすべての美術館と連携し、所蔵作品をサイトにアップして無料で鑑賞できるようにし、
「皆さんが外出できなくなったのなら、文化のほうから皆さんを訪ねていきます」
 という公告も出しています。

 交通機関の多くが運休となり、徒歩での外出にすら自己申請の認証書の提示が必要となった現在のイタリアの日常を、各地の若者の五感を通してリアルタイムでお伝えしてみようと思います。

内田洋子
2020年3月16日




2020年3月8日イタリア。非常事態宣言発動。
新型コロナウイルス感染拡大防止のために首相令が発令された。3月10日朝から4月3日までイタリア全土で、移動制限や学校の一時閉鎖、飲食店の夜間営業停止等の措置が決定。
刻々と深刻化していく状況を受けてさらに、3月12日からは生活必需品の販売店,薬局、ドラッグストアを除く全ての商業及び小売り販売活動の休止を発表(期限は3月25日)。
具体的には(以下、在ミラノ日本国総領事館による、2020年3月11日イタリア首相令DPCMの抄訳 https://www.it.emb-japan.go.jp/pdf/20200311_dpcm.pdf):

食料品、生活必需品の販売店や薬局及びスーパーマーケットを除く、全ての商業及び小売り販売活動の休止を規定する。つまり、スーパーマーケットに食料品を買いに走る必要はない。
しかし店舗、喫茶店、パブ、レストランは、宅配サービスできる可能性を残して休業する。

対人距離1メートルの確保ができない理美容院、美容エステ店、食堂サービスは休業する。
生産業及び専門性の高い業務は可能な限りテレワークで活動を続け、従業員には休暇の取得を推奨する。

企業内の生産部門に必須でない部門は活動中止する。感染を避けるため,自社の従業員に安全ルールを守らせることができるのであれば、生産活動は継続することができる。製造会社では現状を乗り越えるための措置として、シフトの調整、休暇の前倒し、不必要な部門の閉鎖を採ることが推奨される。

公共交通機関、公益に資するサービス、銀行・郵便・金融・保険サービス、その他活動を続ける分野が正しく機能するために必要な、生活に不可欠な公共サービスは保証されている。
保健衛生の規則を守る限り、農業・畜産業・農産品加工業、及びこれらの業者に物品・サービスを提供する流通業の継続も保証されている。基本となる規則は変わらない。

我々の移動は、仕事上、健康上あるいは買い物といった必要な理由に制限しなければならない。期限は3月25日。




Decameron2020-02


2020/3/13 ミラノ Milano(Lombardia)

マルタ・ヴォアリーノ
Marta Voarino



23時。 息抜きを兼ねて運動がてらに出かけるのに、ちょうどいい時間だ。
ごく遠くに路面電車が走っていく音がする。それ以外に聞こえるのは、自分の足音だけ。第三者が写真だけを見ると、人がいなくなった寂しい光景に映るのかもしれない。でも私は、8月のミラノのよう、と思う。皆がバカンスに出かけてしまったあとの、平穏なミラノ。
トリノ通りを歩きながら、古い歌を口ずさむ。特に行き先はない。自分の足に任せて歩く。
そして、ああ、ミラノのドゥオーモの前に出た。堂々として、立派な。
やはりミラノはミラノなのだ、と思う。

大聖堂

2020/3/13
インペリア  Imperia(Liguria)

マルティーナ・ライネーリ
Martina Raineri


今日もまた曇天。眠くなるような天気だ。私の退屈して寂しい気分と合わせてくれているのだろうか。1年じゅう花いっぱいの、ここリヴィエラ(注:リグリア州沿岸一帯)の自慢の日照時間3000時間は、いったいどこへ行ったのかしら。
皆が皆、落ち込んで暗い顔をしているわけではない。たとえば、鳥たち。あたりからまったく音が消えたおかげで、ゴミ回収車の音の合間から、春の鳥のさえずりが家まで聞こえてくる。
鳥の鳴き声を聞いているうちに、私も窓から飛び出して空から周りを見たくなってくる。居場所を変えて、違う風景を見られたらな。
遠くに見えるカルヴァリオ山(Monte Calvario)まで飛んでいきたい。家から遠くへいきたい。
こうなる前も、家から見慣れた風景とは違う景色が見えるところへ行きたいといつも思っていた。幼かった頃、高速道路を走る両親の車の窓から、向こうに見える山上のポッジ村の私の家を見ていたのを思い出す。
窓の桟にパンのかけらを置いてみる。ツバメが来て、私の家が空からどう見えるのか、話を聞けるといいな。




2020/3/13
ヴェネツィア Venezia(Veneto)

ジュリ・G・ピズ
Julie G.Pisu

ヴァレンティーナと『デカメロン』を買いに出かけてから、数日経った。
散歩に行くことにする。今日は、1人で。これなら、安全距離を云々されることもない。
いつものように水上バスに乗って運河を渡り、ヴェネツィア本島へ着く。薄曇り。灰色の雲を背景にした町は、憂鬱な感じ。何も予定がなく、急ぐ必要もない。ヴェネツィアのよく知られた道を一歩ずつ味わうようにたどる。
改修工事が終わって新しくなったばかりのアカデミア橋を渡る。今日も1人もいない。渡った先の聖ステファノ広場には、たくさんあるバールの椅子やテーブルが閉まった店頭に積み重ねられ、また使ってもらうのを待っている。
ときどきひとり歩きをしている通行人とすれ違う。どの人も買い物が入った袋を提げたり、ショッピング用のキャリーバッグを引いている。新聞を脇に挟んでいる人もいる。立ち止まってタバコに火を点けている人もいる。さらに厳しくなった首相令で、町で開いている店は、食料品店とキオスク、タバコ屋だけなのだ。
今日もまたベルトーニ書店の前を通ってみようか。閉まっているはずだけれど。
シャッターが下りた店の前にマリオがいた。現在の店主アルベルトの父親だ。強制休業を利用して、昨年11月の冠水以来、整理が追いついていなかった倉庫や店内の掃除や整頓ををしているのだと言った。
「マリオ! マリオ! その子から離れて! うつされるかもしれないから!」
大声が聞こえてきた。いったい誰がどこから、とマリオと私があたりを見回していると、店の斜め上、三階の洗濯物のあいだから老いた男性が手を振って挨拶した。
「チャオ、パオロ! どう、元気か? ラッファエーレはどうしてる?」
マリオが親切に上に向かって応える。
「おう、ラッファエーレは家にいる。他の皆と同じようにね。退屈してる。他の皆と同じようにね」
あの、すみませんが、ここから写真を撮ってもいいですか?
私は上の人に恐る恐る訊いてみた。
「もちろん! で、どこに出るの、その写真は? イギリスか?」
いえ、日本です。
「いいねえ! すべて記録に取っておくんだよ! 日本の皆さんに、私らはどうにかこうにか元気だから、と伝えてくれる? さて、そろそろメシでも食うかな。そちらもおいしいお昼を召し上がれ!」
どうもありがとうございます!

マリオと別れて、散歩を続ける。そのうち妙なことに気がついた。いつも聞こえるカモメの鳴き声がいっさいしないのだ。1羽もいない。代わりにハトたちが、悠々と路面を歩き、ついばんでいる。
町の中の匂いが変わった。狭い道をすり抜けるとき、食堂の厨房からの煮炊きの匂いがしていたのに、それも消えてしまっている。代わりに潮の香が流れてくる。遠くから運河を流れる水音が小さく聞こえてくる。心地よい。ここは海の町なのだ。
突然、強烈な臭いが静かな音と香りを割って入ってきた。何だろう、これは? 臭いの元は何かと見回す。薬局だった。アルコール消毒液の激烈な臭い。冷徹だが、店頭で待つ人たちを落ち着かせ、守ってくれる匂いだ。
殺菌剤の冷たい匂いが、どこまでも付いてくるような気がして、急ぎ足で帰路につく。するとそのとき、ミモザが目の前に現れた。甘い香りに救われる。春が近づいているのだ。


2020/3/13
トレカスターニ(Trecastagni) シチリア島(Sicilia)

キアラ・ランツァ
Chiara Lanza


今日は金曜日。ふだんなら、<今晩は出かける日>で、活き活きした日だ。だけど、今日は無し。
外出禁止になって4日目にもなると、いつもとちがった生活にイライラしてくる。私は幸い、独りで家にいるわけではないのだけれど。

母はたっぷり時間があるので、いつもならできない料理を作ろうと決めたようだ。今日のメニューは、カリチェッディ(caliceddi)のミートボール。
カリチェッディとは、この火山一帯に生える野草の名前である。
名前の由来は知らないけれど、たぶん青菜の一種<カヴォリチェッリ>、つまり小さなキャベツの一種だと思う。苦味が少しきいた、野生の味に満ちている。
食べながら、少し寂しくなってくる。少し前まで付き合っていた彼は、おばあさんが作るこの野菜の料理が大好きだった。ああ、おばあちゃん! 彼のおばあさんのカツレツは、最高だったな・・・・・・・。

今頃、フランスにいる彼はどうしているだろう。フランスではまだ、非常事態宣言が出ていない(3/13時点)。いや、もう私が気にかけることもないのだ。
妹が、「おねえちゃん、バカみたいな顔してるよ」
慌ててカリチェッティを飲み込み、妹に向かって黙って、下品なジェスチャーで返す。




2020/3/13 ミラノ Milano(Lombardia)

ミケーレ・ロッシ・カイロ
Michele Rossi Cairo


今日は、買い出しに行った。
大勢が入店していたので、店の外でしばらく待たなければならなかった。
ようやく順番が来て、店内にいるすべての人との安全距離を最低1メートル保って、買い物を済ませる。
いろいろな料理に挑戦したい。でも必要な食材が全部は手に入らなかった(生肉関連、売り切れ)。食いたいよ、肉。
明日は、粗挽きソーセージを見つけて、ブロッコリーと粗挽きソーセージのソースで、オレッキエッテ(耳たぶの形をした、ショートパスタ。南部プーリアのパスタ)を作りたい。




2020/3/13 バーリ Bari(Puglia)

ソーダ・マレム・ロ
Soda Marem Lo


ルネ・クルヴェルを読んでいる。この本、人とも会えず、深い孤独感でいっぱいな今にはふさわしくないのかも、と思いながら読んでいる。主人公が周囲の人の体に静かに入っていきじっと観ている様子を読みながら、この数日、私が耳を澄まして聞いている、顔のない数々の声を考える。“会うために”かけたテレビ電話での声も。
今のこういう瞬間を体験しているおかげで、自分が毎日どういうことをしたいのか、見たいのか、聞きたいものは何なのか、ともに分かち合いたいのは誰となのか、それが遠くにいる人だと思っていたら、思いのほか近いところにいる人だったとか、がよくわかり始める。
そういう気持ちを確かめたあと、また自分から求めた孤独と苦悩の物語を読む。クルヴェルの孤独は、そういう言葉では表せない、また別のものなのだけれど。




2020/3/13 ヴェネツィア Venezia(Veneto)

アンナ・ミオット
Anna Miotto


7:15。目覚ましが鳴る。起きて仕事に行く支度をする。働きに行くのが全然、苦痛でないのは、初めて。いや、嬉しいくらいだ。早めに家を出て、遠回りして仕事場に行くことにした。
誰とも会わない。イヤフォンを外すことにした(朝、仕事に行くときの大切な友達)。するとどうだろう。まったくの静けさに包まれた。唯一聞こえるのは、自分の足音だけ。壁に響き、まるで音楽だ。
毎日繰り返してきた道なのに、突然、見知らぬところを歩いているような気持ちになる。それはまったく思いもしなかった発見だ。
いろいろなことを考えているうちに、仕事場に着いた。玄関ドアを開け、店に入ると、
クロスのかかっていないテーブルが、目に入った。空っぽの食堂。暖房は点いていない。そうか、エスプレッソマシーンも電気が入っていないのだった。
2階にある事務所に行く。
食堂は休業するように、全市に封鎖令が出ていてどこも閉まっているし誰もいないが、月末の各種支払いは容赦なくやってくる。仕入れ先、家賃、光熱費に水道代、従業員達の厚生年金や健康保険、給料も払わなければ。現在の大変な状況は、自分のせいでないとわかっていても、2、3時間、仕事をしているうちに、一服せずにはいられない気持ちになった。
窓から外を眺める。風が吹くたびに、運河の水面がさざめいて細かな光の粒が転がっていく。毎日見ていた景色なのに、知らない光景がそこにある。 船も通らない。
まだ封鎖で外出禁止になってから1日しか経っていないけれど、知らなかった町をたくさん見つけた。まだこれから先もある。どのくらい未知のヴェネツィアに会えるのだろう。
タバコを吸い終えて、さて仕事に戻ろうか。


2020/3/13 ミラノ Milano(Lombardia)

アンジェラ・ボナディマーニ
Angela Bonadimani


今日は金曜日。 いつもなら、女友達たちと夕食をいっしょに作りながら、週末の過ごし方の相談をしているところだ。 今日は、普通の金曜日ではないことはわかっている。今読んでいる本が、日常生活のことを書いたものでよかった。 1990年代の話。使い捨てカメラが登場する。イスキアーノ・スカーロという、聞いたこともない場所での話だ。<ピエトロ>は12歳の少年。自転車に乗ることと、動物についてを勉強するのが好き。<グラツィアーノ>は44歳でギターを弾くぐらいが趣味。のほほんとした話で助かる。外界で起きていることを考えずに済むし、公園へ行ってベンチに座り、トランプをしたりコーヒーを飲んだり、家族のメンバーではない他の誰かと駄弁ったり・・・・、ということを考ずに済む。 ミラノは晴天。 イスキアーノ・スカーロの天気はどうだろう。


2020/3/13
トリノ(ピエモンテ)Torino(Piemonte)

アレッシア・トロンビン
Alessia Trombin


うちにいるようになってからずっと、手に取ってもらいたがって、彼らは私をじっと見ている。ベッドからその銀色の箱に陽が反射して、そこだけがスポットライトが差しているように光って見える。本当に待っているみたいだ。
それで今朝やっと、彼らのそばに寄ってみた。目と目を合わせるだけで、十分だった。どれもそれぞれに美しく、勢揃いして。それにしても、なんて魅力的なのだろう。
色鉛筆!
色に惹かれて、午前中、無我夢中で色を塗った。音楽を聴きながら、塗りに塗った。時間の感覚がなくなり、リゾットを焦がしてしまう。
色のせいにしたいけれど、これもすべて自分の不器用さのせいかな。


2020/3/13 デルフト(Delft,オランダ)

クラウディア・ダモンティ
Claudia Damonti


今日は、在宅で初めてのテレ受講。
死ぬほど退屈だ。
片手にオートミール、もうひとつの手にはコーヒーカップ(エスプレッソマシーンで淹れた。1日の小さな私の幸せ)を持って、壁を見ながら聴いている。
あの額、曲がってる。床に落ちているジャケットを拾って、ハンガーに掛けないと。彼方から、母の叫び声が聞こえてくる気がする。<あんたは混乱を巻き起こす嵐だわ>。いつもオーバーなんだから。でも今度はいつ会えるのかな。ママ。


2020/3/13
ヴェネツィア Venezia(Veneto)

シモーネ・モリナーリ
Simone Molinari


昨夜、夕食後にゆっくり電子書籍の本棚を見ていた。山ほど溜まっている、まだ観ていない映画の中に、『ヒロシマ・モン・アモール』を見つけた。1959年アラン・レネ監督(Alain Resnais)。不勉強なのと怠け癖で、これまであの年代のフランス映画は避けてきた。他に何もすることがないし、タイトルにも惹かれて、しかたない観てみようか、となった。で、観た。

映画の撮影のために日本にいるパリの女性が、前の晩にたまたまバールで知り合った現地の男性と一夜をともにする。映画の主題は、最初の数分ですぐに明らかにされる。裸の男女のもつれ合うシーンと1945年の原爆の記録フィルムや写真が交互に現れる。甘美なシーンとすざまじい原爆の様子。淫靡に体を重ね合わせる2人が、次第に部屋の暗闇に溶け込んでいくように見える。並行して、原爆で焦げ溶けてしまい姿すら残さない惨状が流れる。喘ぎ、苦しむ女の声と男の声。相容れない二つの物語が、並行して語られていく。生き延びた人達やこれから生まれてくる人達にとって語り残す意味を、監督は問うているのだろうか。

歴史でも、恋愛でも、時間が経つと記憶は次第に薄れていってしまう。追憶は弱弱しくなり、いっぽう生活は前へ進んでいく。記念碑が残り、すると、忘れてはいけない、という重責から僕たちは少し解放される。でもそれすら、時間が経ち記念碑のまわりを新しい建物が建ち、埋もれ、だんだん消えていってしまう。
当然のことながら僕の中でこの映画は好きな順の上位に、ほぼてっぺんに位置することになった。
今、椅子の上にノートパソコンを置いて、周りを見てみる。そっと目を閉じて、数日前からたった1人で暮らしているこの下宿の中の静けさに、耳をすます。そして、この瞬間のことを、どれだけの人がどのくらい覚えていることができるだろうか、と考える。この隔離の経験で、僕には何が残るのだろうか? この経験の記念碑として何が残るのだろうか? 僕にはわからない。
いま僕がしなければならないことは、この静けさを体験することがどれほど貴重なのかを確かめながら、静寂に味わいと意味を持たせることだ。世の中の人も同じように感じているといいのだけれど。




2020/3/13 ミラノ Milano(Lombardia)

オット・スカッチーニ
Otto Scaccini


A3 水。J5撃沈。ちぇっ。
ガールフレンドと軍艦戦ゲームをしている。スカイプでだけど、もちろん。モニター越しで会うのにも、そろそろ慣れないと。
今日は、ビデオゲームはやめて、トランプでゲームをすることにした。ベアトリーチェ、うしろで猫がノートをかじってる! 気をつけて! 妹が邪魔をする。買い出しから戻ったばかりの妹を手伝ってやらなければ。それで卵にヨーグルト、ピアディーネパン。「ねえ、コナッド(スーパーの名前)に行く途中、この近所の建物の窓やバルコニーに人が出て、大声で喋ったり笑ったり大騒ぎしてたの。2階の窓に腰掛けて、ウクレレを弾いてる女の子がいてね、1曲終わったら、皆が拍手喝采で。隣の三階では、エレキギターの男の子がいて、でもそこの建物では誰も窓やバルコニーに出て聴いている人がいなかったのよ」
妹の話によれば、今日はフラッシュモブを<家にいて>しようと呼びかけがあったらしい。数日前、僕は仲間とスキーに行ったりライブハウスに行く予定を組んでいた。ところが、政府の非常事態宣言で、すべてがキャンセルになった。妹が今話したことをにわかに信じられなかった。驚いた。今晩、それなら、僕も他の見知らぬイタリア人達と親近感を持てるのかもしれない。知らない人達と、この外出禁止の状態を分かち合えるのかもしれない。
バルコニーに出る。動きが止まった町の向こうに、夕日が沈んでいく。
そうだ。僕も初めて顔をあわせる人達に、遠くから<いっしょだぜ>のギターを弾いてみせる。


2020/3/13 ヴェネツィア Venezia (Veneto)

エリーザ・サンティ
Elisa Santi


今日は何も生産的なことはしなかった。
ー シャワーを浴びた。
ー そして、考えた。


黄色い家と緑色の家を考えた。ー たくさんの思い出を考えて、ちょっとさみしくなった。

私の思い出は320km離れたところにある。

2020年3月13日ヴェネツィア


2020/3/13
モンテレッジォ(トスカーナ州)
Montereggio(Toscana)

アレッシア・アントニオッティ
Alessia Antoniotti


青菜のパイ
材料:
具:
初春の青菜(数種類を混ぜてもOK)ひと束
ポロ葱(太いネギ)1本
ジャガイモ 3個
塩 少々
オリーブオイル 少々
パルメザンチーズをすりおろしたもの100g

パイ生地:
小麦粉250g
お湯 コップ1杯




2020/3/13
ミラノ Milano(Lombardia)

ジォヴァンニ・ピントゥス
Giovanni Pintus


隔離第2日目 <3時間>

まだ朝が早い。ぐっすり眠っていた。
遠くのほうで音が聞こえて、気持ちよく眠っていたのに起こされた。何の音なのか、わからない。ラジオから聞こえてくる音だろうか。雑音混じりの人声のように聞こえる。
その音の出所を確かめようと、いやいや目を開ける。どうも隣の弟の部屋かららしい。朝9時から、いったい何をしているのだろう? もっと寝ていたかったのに起こされて、イラつきながら弟の部屋へ行った。
そこで目にしたのは、本当におかしな光景だった。まさにこの状況ならでは、というか。間違いなく、学生の歴史始まって以来、初めての光景だ。
弟は大いびきをかいて寝ていた。口を大きく開けたまま、いぎたなし。ベッドに斜めに線を引くように横たわっていて、からだ半分はベッドからだらしなくずり落ち、残り半分はかろうじて毛布の中だ。頭は枕の横で、電話は付けっぱなしだ。その電話から、弟のラテン語の先生の声が外まで漏れ響いているのだった。音の正体。ラテン語は、電話授業の最中なのだった。
弟ピエトロは、昼過ぎにならないと起きない。あと3時間分の授業が終わった頃に、目を覚ますだろう。これまでは授業に間に合うように起きていたのに、今は、授業が睡眠薬の代わりだ。ぐっすり眠っている。すごいな、この隔離。
現時点では、高校生には嬉しい状況だろう。でも、あとどのくらい喜んでいるだろうか。
お、弟が起きた。どこへ行くかと思ったら、テレビの前だ。そこでゲームをして3時間を過ごす。僕は叱る。「ピエトロ、1日じゅう何もしてないじゃないか。勉強しろよ」「家で役に立つようなことをしろよ」などなど。
でも本当は、僕がゲームをしたかったからだ。弟のあと、僕も3時間たっぷりゲームをしてしまった。



プロフィール
内田洋子 Yoko Uchida

1959年神戸市生まれ。
東京外国語大学イタリア語学科卒業。通信社ウーノ・アソシエイツ代表。
2011年『ジーノの家イタリア10景』(文春文庫)で日本エッセイスト・クラブ賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『ミラノの太陽、シチリアの月』(小学館文庫)、『イタリアの引き出し』(CCCメディアハウス)、 『カテリーナの旅支度 イタリア二十の追想』(集英社文庫)、『皿の中に、イタリア』(講談社文庫)、 『どうしようもないのに、好き イタリア15の恋愛物語』(集英社文庫)、『イタリアのしっぽ』(集英社文庫)、 『イタリアからイタリアへ』(朝日文庫)、『ロベルトからの手紙』(文春文庫)、 『ボローニャの吐息』(小学館文庫)、『十二章のイタリア』(東京創元社)、『対岸のヴェネツィア』(集英社)、 『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』『もうひとつのモンテレッジォの物語』(方丈社)、『サルデーニャの蜜蜂』(小学館から5月刊行予定)。
翻訳書に 『パパの電話を待ちながら』(ジャンニ・ロダーリ著、講談社文庫)などがある。