妄想書評(back01)

妄想書評

  第一回(2019.05.14)

『「舌打ち」の中世興亡史』
『薄明薄暮性動物の憂鬱』
『シノシプス曼荼羅ぬりえ』


今月から、「妄想書評」を書かせていただくことになりました。担当者から送られてきた架空の本のタイトルリストから、毎月本を選んで内容や感想をでっちあげるという企画です。著者と出版社名は私の方でこしらえました。
それにしても嘘というものは手間がかかります。嘘を構成するためには事実をたくさん調べて、ほどよく混ぜておかねばなりません。仕上がった虚構は実在していないことを確認しなければなりません。本当のことを書いていた方がずっと簡単だし、それに事実の方がずっと嘘っぽいのです。
たとえば「地下5キロの場所に、地表とは別の巨大生物圏が見つかった」というニュース。「地球の海の広さのおよそ二倍もの生物圏に、炭素量が全人類の200倍〜400倍にもなるという微生物の生物圏が発見されたことが、世界52カ国の研究者が集まる『深部炭素観測所』の年次総会で発表されました。微生物のなかには数千年にわたって存在し続けているものもいるそうです」どこからどう見たって怪しいのですが、ニュースソースはAFP通信やニューズウィークといったメディアで、虚構新聞ではありません。こんなことが本当だというのなら、嘘はいったいどこまでやらなきゃならんのか。先が思いやられます。

それでは早速始めましょう。1冊目は人文書のリストから、睦井粉太郎著『「舌打ち」の中世興亡史』(渦潮新書)を選びました。
舌打ちというと、日本では強い不快感や怒り、悔しさなどをぶつける、言わば八つ当たりのリアクションで、とても失礼な行為とされています。しかし海外では日本とは違った意味やニュアンスがあるようです。国によっても異なりますが、たとえば感情を交えない単なる否定の意味だったり、感心や哀れみをあらわす表現だったり、相槌としての細かい舌打ちもあります。
ノンバーバル(非言語)でのコミュニケーションは、本音や信頼関係と結びつくため、解釈の行き違いはときに国を揺るがすほどの大事件に発展することもあるのだとか。本書では、西ローマ帝国の衰退のきっかけとなった事件や、オスマン帝国の「黄金の鳥かご」すなわち幽閉された皇位継承権者の皇子たちをめぐる話をとりあげています。文化や国民性、言語やアイデンティティといったことまで考えさせられる奥深い一冊です。

2冊目は昨年、ニコライ・ゴーゴリ賞を受賞したロシアの小説をご紹介します。ミラーナ・ケドロフスカヤ著『薄明薄暮性動物の憂鬱』臍田鳶美訳(歌の箱社)です。“21世紀の『動物農場』”“ロシアの極北”などとも称される問題作です。
薄明薄暮性動物とは、明け方と夕方の薄明るい時間帯と薄暗い時間帯に活動が活発になる動物のこと。私たちにとって身近な、猫や犬、鹿、ネズミやフェレットなども薄明薄暮性動物です。小説の舞台となるのは近未来のカムチャツカ半島。ベーリング海にある海底火山の爆発的巨大噴火(破局噴火)の前兆を知った鳥たちと、情報に翻弄される地上の動物たちの姿を通して、社会に属する者たちの滑稽さや命の切なさを描いた作品です。深刻な状況なのになぜかくすっと笑ってしまったり、優しい気持ちがこみあげてくるところが、ケドロフスカヤ作品の魅力と言えましょう。とにかく面白くて、読み始めたらとまらない本です。

3冊目は剣玉出版の〈ぬりえ曼荼羅シリーズ〉から『シノシプス曼荼羅ぬりえ』です。
「シノシプス」というのは、物語や映画のあらすじ、梗概のこと。今回のぬりえは『赤と黒』『ゴリオ爺さん』『老人と海』など世界の名作のあらすじ紹介にふさわしい1シーンの絵を、好みのカラーやトーンで仕上げるというもの。あなたのセンス次第で作品のイメージががらりと変わります。
心を癒す効果があると言われて大ブームとなっている大人のぬりえですが、剣玉出版のこのシリーズはむしろ「なぜ、これをぬりえにしてしまったのか」と不安になるようなテーマばかり。ちなみに前回の配本は『シナプス曼荼羅ぬりえ』でした。シナプスというのはつまり情報伝達のあれ、怪しい花のめしべや、地面にたたきつけられた水風船のようなあれです。そして今年の秋には「プレシップス曼荼羅ぬりえ」が刊行される予定です。プレシップスは太古の時代の馬のご先祖様ですが、言葉遊びがとうとう意地になってしまったのか、いったいどこに向かっているのか、今後も〈ぬりえ曼荼羅シリーズ〉からは目が離せそうにありません。


  第二回(2019.06.11)

『焼肉屋で紙エプロンをつけるぐらいなら死んだほうがまし』
『ため息風力発電小屋だより』
『なかまのひみつ大百科 星のタービン・ウギョ〜のひみつ』


このコラムは「妄想書評」ですが、世間には「妄想小説」というものもございます。小説のなかで、登場人物が書いた架空の作品です。
A『なぜ牧師補はつまづいたか』
B『ダムダム交響楽』
C『寝取られ男の巻き返し』
Aはロレンス・ダレル『クレア』、Bはル・クレジオ『愛する大地』、Cはジョン・アーヴィング『ガープの世界』に出てくるもの。小説家にとって、中身を考えなくていい、内容に責任も発生しないということが、どんなに嬉しいかがタイトルからも伝わって来るようですね。私もかつて「小田切孝の言い分」という小説のなかで「妄想小説」を考えたことがあります。タイトルは『ブーム』『夏の日射しの裏』『狂ったダンディライオン』でした。痛々しくて青臭い感じを考えるのが楽しくて、ほくほくしながら書いたことを覚えています。
さて、こちら「妄想書評」では、本の中身を考えなければなりません。編集者が送ってくれる候補作のタイトルは、さながら次々と投げ込まれる剛速球や変化球のようです。バッターボックスに立っている私は、しっかりと芯で捉えて長打を打つことができるのか、はたまたポテンヒットで救われるのか、痛恨の空振り三振となるのか。回は2回、まだ勝負は始まったばかりです。早速すすめてまいりましょう。

一冊目は『焼肉屋で紙エプロンをつけるぐらいなら死んだほうがまし』(歯型社)を選びました。ポエトリーリーディングの女王とも称される鱧本(はももと)ちぢれの最新詩集です。
鱧本さんの詩は、幼いまま腐ってしまった人格に一旦とどめを刺してから丁寧に供養してくれるような作風のものが多いのです。表題作では焼肉屋の紙エプロンや社員旅行の旅館の浴衣と丹前、健康ランドのムームーなどを、私たちの過去の傷をえぐる鋭利な刃物として扱っています。大人になって社会に順応しているふりをしていても、凡人を装っていても、それらの凶器は若いころの馴染めなさや羞恥心を、白日の下に晒してしまうというのです。前作の『ありをりはべりチキンカツ』を越える、凄惨さと慈悲のバランスを存分に感じていただきたいと思います。

二冊目は綿串淘太(わたくし とうた)著『ため息風力発電小屋だより』(蓑衰書院)です。自動翻訳機の最王手WATAXIESの経営者として知られる綿串氏ですが、日常を綴ったエッセイはほのぼのとしたぼやきに満ちています。「社員が顔を覚えてくれない」「寿司屋が怖い」「町では子供にぶつかられ、家では犬猫に踏まれる日々」「妻の寝言で深まる悩み」など、成功者のイメージとのギャップによろめいてしまうマダムが後を絶たないとか。「迂闊なことに」という言葉から話し始めたらこの方の右に出る人はいないと思います。実際は、ほだされる方がずっと迂闊なんですけどね。ちなみに「ため息風力発電小屋」というのは、東京品川区の鮫洲駅前にあるWATAXIES本社ビル内の仮眠室のことだそうです。

三冊目は物本ライブラリから出ているムック本『なかまのひみつ大百科 星のタービン・ウギョ〜のひみつ』です。これまでアイドルグループから窃盗団、軍事同盟まで、数々の「なかまのひみつ」を暴いてきたシリーズの最新刊となります。
「星のタービン」というのは、日本建設工業のご紹介CMとして一世を風靡した藤井亮氏のアニメ作品です。「創業時から脈々と受け継がれる温かさ・情熱・チームワーク」をモノクロ、ブラウン管の4:3の画角、1960年代アニメを意識した主題歌で構成し、表現した傑作ですので、まだ見たことがないという方はYouTubeでぜひご覧下さい。
主人公は「タービン」、そしてかれのピンチを救う仲間が「日本犬(にほんけん)」「セツ子(せつこ)」「ウギョ〜(うぎょ~)」の3人なのです。鋭い勘と攻撃力を持つ日本犬、最強の頭脳と事務処理能力を誇るセツ子に対して、ウギョ〜はピュアな愛嬌と不器用さ、そこはかとない狂気を持ち味としています。この本ではそんなウギョ〜に注目し「しんかのひみつ」「からだのひみつ」「こころのひみつ」という三つの視点から分析しています。ネタバレにならない程度に内容をご紹介しますと、ウギョ〜のふるさと/サスペンダーパンツに隠された装備/ピグモン、ガラモンとの縁戚関係を探る/消えた生命線の謎/揺れるまなざし/口の中に見える顔の正体/惚れっぽいのはどうして?/ウギョ〜のねがいと地球の未来など。最新の研究に基づく驚きの新事実が次々と明らかになっていきます。ウギョ〜のすべてを知りたいあなたにも、時代のトレンドを踏まえたいあなたにも必携の一冊です。


  第三回(2019.07.11)

『白夜の灯台守とカミキリムシ』
『写真で「一人おいて」と省略される身にもなってくれ』
『利休知ル(りきゅしる)〜人事は大人の四の字固め』


想像と妄想、あなたはどのように使い分けていますか?
調べてみると、根拠の有無や、健全か病的かなどの基準で区別することが多いようです。私は「相手を尊重しているどうか」で考えます。頭のなかで考えた相手に人権はあるのか。相手の事情や都合は存在するか。自分の希望や、結論ありきで進めていないか。これは小説を書くときにいつも意識していることでもあります。
少し前の私のお気に入りの妄想は「中日ドラゴンズの谷繁監督と飲みに行く」というものでした。そこへ川上憲伸投手が合流し「山本昌投手も呼ぼう」ということになるのです。妄想なので「なんで阪神ファンのおばさんと飲まなきゃいけないんだ」と断られることはありません。相手の都合はないのです。とはいえ病的とか不道徳というわけではありません。
つまり妄想には、人には言えない恥ずかしい種類のものと、平気で話せる範囲のものがあるのです。この妄想書評は安全圏で勝手なことを書いています。

さて、今回の一冊目は『白夜の灯台守とカミキリムシ』ライア・メンシェローゾ著 深追逸(ふかおい・すぐる)訳(マカデミア出版)です。
カミキリムシは英語では「ロングホーン・ビートル」といいます。動物の角に喩えられるほど長くて立派な触覚は、オスがメスを探すために役立ちます。ほとんどの種類のカミキリムシが、触覚から微弱な電波を受発信していることは昔から知られていますが、電波に個体ごとのリズムがあることを発見したのがこの本の著者である昆虫学者のライア・メンシェローゾ博士です。研究をさらに進めた結果、カミキリムシは触覚からの電波と、胸と腹をこすり合わせる「威嚇音」を組み合わせて「交信」していて、それがしばしば「必要以上の長さや情報量」になることがわかってきました。情報に感情を付け加えたり、より相手に届きやすいように修飾するのは「文芸行為」だとメンシェローゾ博士は言います。つまり、好きな人に手紙を書いたり、愛の歌を送ったりするのと同じなのだそうです。
この本はそんな世界を驚かせた「カミキリムシによる文芸行為」の発見の背景や、研究者の日常について綴った読み物です。タイトルの「白夜の灯台守」というのはぼんやりして、冴えない人という意味。博士が自身のことをそう呼んでいるのですが日本語でも「昼行灯」と言いますね。博士はまた「昆虫学者には名前や見た目が怪しい人もいるが、本人はとても真剣なので信じてあげてほしい」とも語っています。

二冊目は『写真で「一人おいて」と省略される身にもなってくれ』(蛇蝎社)です。帯には「この一冊で薄幸ブームのすべてがわかる」とあります。編者は気鋭のコラムニスト、フラフープ権堂(ごんどう)。
都市部の高校生から始まったと言われる「薄幸ブーム」。影の薄いキャラクターや幸薄そうなメイク、プア・ファッションなどが男女を問わず人気を集め、表題で「一人置いて」と省略されるような、一昔前なら陰キャと分類されていた人々が脚光を浴びています。今や社会現象とも言われるこのブームですが、人間だけでなくさまざまなシチュエーションや場所への波及も注目されるところです。
巻頭グラビアで紹介されているのは北陸新幹線の軽井沢駅と高崎駅の間にある安中榛名駅。停車するのは長野—高崎間の「あさま」のみ(各方向1日12本のみ)で金沢への直通電車はありません。改札を出ると広場と無料駐車場がありますが店舗は皆無(コンビニは撤退)。人も歩いていません。秘境駅とも言われたこの安中榛名駅、2017年の一日の乗降数は292人でしたが、「薄幸ブーム」の影響を受けて今年は一日に2000人以上のマニアが観光バスや車で訪れ、構内売店で販売されている峠の釜めしと食堂のうどんは連日、またたく間に売り切れてしまうそうです。この本はほかにも「色鉛筆の白」「サービスエリアの無料のお茶」「レンタカーの不人気車種」「パンクバンドのバラード」「なますと田作りだけのおせち」などに熱狂する人々を取材し、薄幸の何がこれほどまでに人を惹きつけるのかを追求しています。なかには雑な問題提起もあるのですが、これも飛ばし読みを誘発するためのしくみなのかもしれません。

三冊目は、私の方で選んだ長編同時代小説『利休知ル(りきゅしる)〜人事は大人の四の字固め』一等山飽子(いっとうやま・あくこ)著(常滑ライブラリ)の紹介です。
已己巳己(いこみき)六年の春、巨大な社(やしろ)を建てようと呼びかけた建材商の元に集結した職人たち。しかしそれは壮絶なお家騒動の幕開けに過ぎなかった––––「已己巳己の乱」と命名された内紛劇は、わかりにくさで言えば応仁の乱の8分の1に相当するそうです。
揉め事の中心となるのは創業家の荻原東洋と投資家の萩原三洋。「人事は大人の四の字固め」という言葉を残した桶屋否吉(いなきち)や、役員のヤン・トーステム、日波バリエフなど、登場人物は姑息でいかがわしい人物ばかりです。
著者の一等山氏は桶屋否吉商店に十数年間にわたって潜伏し、風見役心得を務めた経歴の持ち主です。そしてこの、混沌とした一連の茶番は、すべて利休が遺した予言で読み解けると主張します。カバー画に使われている、沈む船から逃げ出すネズミたち(MICE)は、安価な陶器を不当な掛率で売りさばく「売僧(まいす)」とかけているのだとか。
利休だけが知っていた真相とは、果たしてどんなことなのか? 命運をかけた巨大社はあえなく分解して倒れてしまうのか? 壮大なだけのスケールと息詰まる展開に、溜息をついてしまう読者も多いはず。ビジネスパーソン注目の一冊です。


  第四回(2019.08.10)

『極うまレシピ「嫉妬のつくりおき」108選』
『カント式純粋夏休み読書感想文批判』
『月刊タイムトラベラー 9月号』


暑い日が続きます。皆様いかがお過ごしでしょうか。
毎年夏になると私は「ファンタのプールで溺れたい」と言っていた会社員時代の先輩のことを思い出します。当時の私は5月から9月まで海水浴をしていて、夢は海のなかで泳ぎながら生きたイカを食いちぎることでした。夏は人を愚かにします。一昨日はスイカの食べ過ぎでお腹が痛くなりました。前橋の今日の最高気温は38.9度、私の頭に浮かぶのは、巨大な富士山型で冷やし固めたメロン味のゼリーに飛び込んで、めりめりと沈んでいくことだけなのです。

早速ですが妄想書評です。一冊目は万年ちとせ著『極うまレシピ「嫉妬のつくりおき」108選』(羊頭書籍)です。料理研究家の万年ちとせさんは長年デパ地下で腕を磨いてきたという実力派。二年前の『憤怒で痩せる! 激辛ダイエット』を覚えていらっしゃる方もおられると思いますが、今回は注目の食材「嫉妬」の魅力がぎっしり詰まった一冊になっています。
嫉妬はカルシウムや鉄分などのミネラルを豊富に含んでいて、疲労回復や夏ばて解消に効果があるとされています。厳しい残暑が続くこの時期こそ嫉妬を上手に使って体調を整えたいもの。
家庭菜園やプランターでも手軽に栽培できるため、ご実家やご近所から山のような嫉妬をいただいてもてあましてしまう方も多いと思います。この本はそんな方にもぴったりのレシピ集です。
私も実際にいくつか作ってみました。どれも短時間で手軽にできるものばかりです。ぷりぷりとした食感が夏の食卓にぴったりの「鬼おろしぶっかけ嫉妬」や「青じそ香る無限嫉妬」、ビールとの相性抜群の「ラム肉と嫉妬のオイマヨ」、「辛みほとばしる麻婆嫉妬」、お弁当に喜ばれること間違いなしの「やみつきあっさり嫉妬」、「嫉妬のつぼ漬け」、そして見た目も涼やかでおもてなしの一品にふさわしい「ひんやり嫉妬のゼリー寄せ」など、どれも風味豊かでおいしく食べられました。これなら飽きることなく嫉妬三昧を楽しめそうです!

二冊目は『カント式純粋夏休み読書感想文批判』戸袋収蔵(とぶくろ・しゅうぞう)著(貝柱社)です。
読書感想文には、人間の心の純粋で繊細な部分さがあらわれやすいものです。だからこそ教員による心ない反応や冷やかし、理不尽な評価などが深い傷となって学習意欲の低下を招く例が後を絶ちません。いっそ提出しないという選択が正しい、という専門家からの声もあるほどです。
ドイツの哲学者イマヌエル・カントの言葉に「人間は曲がった木であり、そこからまっすぐな材木を切り出すことはできない」というものがあります。しかし現在のこの国の教育システムはプレカット材(切断、加工を施された建築用の材木)の生産工程に近いと言えましょう。著者の戸袋氏は「義務教育を終えるまでポテンシャルを温存することが、その後の人生の豊かさに大きく影響する。とにかく教員に弱みを握られないことが一番」だと主張します。読書感想文でも教員の得意分野にありがちな児童書や日本文学は避け、プログラミングや有機化学、塑性力学などの本を選ぶことを薦めています。
私はむしろ、この本を読書感想文の課題図書として取り上げたらいいのではないかと思っています。学びの場において、心を閉ざすことの大切さを共有する良い機会になるのではないでしょうか。

三冊目は『月刊タイムトラベラー 9月号』(日本寄り道協会)です。
かつては夢の旅行とされていたタイムトラベルも、規制緩和が進んですっかり身近なものになりました。2018年の時点で、この世界に滞在しているタイムトラベラーは約1万人と言われています。滞在者との交流は今後さらに増えることでしょう。
9月号の特集は「初めてのタイムトラベル」。誰もが一度は行ってみたいと憧れる1世紀の中東や3200年代のミクロネシア、2600年頃の南極なども画像つきで詳しく紹介されています。これらのツアーは募集人員も多く、サポート体制が充実していますので初めての方や一人旅でも安心です。一方で3世紀の中国や2200年前後のアラル海、180万年前のアフリカ縦断ツアーなどでは「人生観が変わった」「忘れられない強烈な体験となった」など、上級者も納得の内容だそうです。出発前の準備や審査のフォーマット、タイムトラベラーが答えてくれるQ&Aなどの情報面も充実しています。
連載陣も豪華です。炊田恕雲(たいた・じょうん)氏によるコラム「時空のおっさん事件簿」はトラブル回避の貴重なヒントを与えてくれますし、騎馬遼子(きば・りょうこ)氏の「潜入ドキドキルポ」は、新田義貞軍に潜入して鎌倉まで一気に南下するというスリリングな回となっています。次回は宇佐八幡宮まで和気清麻呂に同行するそうで、こちらも今から楽しみです。


  第五回(2019.09.11)

『白い白馬にまたがって』
『素数ガニの謎』
『ほんとうに会える世界の村長』


十年以上前、夏休みをとって朝早くから車で出かけたときのことです。
県境のトンネルを出ると、どしゃぶりの雨でした。峠を下っていく道の前方にのろのろと動くものが見えます。スピードを落として近づいてみるとそれは路肩を歩く人々の列なのでした。このあたりには駅も集落も登山口もありません。追い越すときに見ると歩いているのは若い人ばかりで、雨に打たれてうつむきながら黙々と坂を下っていくのです。
「お盆であの世から帰ってきたみたいだったよ」
新潟で会う人に言おうと思いました。いえいえ、わかっているのです。幽霊なんかじゃありません。今は夏、ここは苗場。フジロックですよ。
でも、次の瞬間変なことを考えました。
もしも「フジロックは今年から苗場じゃなくなった」と言われたらどうしよう。
背筋が寒くなりました。
こういうのが、怪談のしくみなんでしょうか。ありえない世界や人が自分だけに見えてしまうこと。ふとした気づきに怯えること。
話は変わります。
私はサーティワンアイスクリームで試食が出来るなんて知りませんでした。でも友達はみんな「頼むとピンクのスプーンくれるよね」「昔からあったよね」と言うのです。自分だけが別の世界線から来たのではないかと思ったのですが、しくみは同じでもこれは怪談になりません。
それにしてもなぜ、書評とは何の関係もない小咄をするようになってしまったのだろう。なぜ小咄がどんどん長くなっていくのだろう。今回も、ピンクのスプーンが存在しない世界線からやってきた本を三冊ご用意いたしました。お楽しみくださいませ。

最初にご紹介するのは、現代日本文学を代表する作家である踝丈二(くるぶし・じょうじ)さんの新刊『白い白馬にまたがって』(へちま書林)です。
表題作では謎の男に追われて深い森の中を彷徨う人物が描かれます。泉のほとりで邂逅する美しい娘も、意味ありげな古文書を持たせてくれる老婆も、そして主人公自身ですら一体どこの誰なのか、いったいどんな結末が待っているのか、秘密は最後まで解き明かされません。
何度となく繰り返される「いちめんのなのはないちめんのなのはなそれがどうした」という山村暮鳥へのリスペクトに満ちたオマージュはエモーショナルな感情をかき立てる反復となっています。「タームズの条件」「極楽ヘブン」「女子高生ガールの献立レシピに違和感を感じない」などの重言のリピートもかつてない斬新な新感覚を感じさせます。メタファーとしての比喩や、エッジの効いた鋭い考察も、誰にも真似の出来ない珠玉の作品世界の創世に立ち会う喜びを与えてくれます。

二冊目は『素数ガニの謎』クラベット・ワイズマン著(松ヤニ新書)です。
世界にはなんと7000種ものカニがいると言われています。まだまだ未発見の種もあり、生態などわからないことも多いようです。
タイトルになっている「素数ガニ」というのは、淡路島近海に生息するウズシオガニのこと。この本はその驚くべき生態について書かれています。
ウズシオガニは産卵や脱皮のタイミングで群れを作ります。ワイズマン教授と淡路島水族館の長年の調査により、群れの個体数は必ず素数であるということがわかりました。群れの規模は少なくとも307匹、最大でも997匹程度(300〜1000の範囲内)と言われています。素数になるという法則はいかなる場合も厳密に守られていて、群れの個体数が素数でなくなった場合は複数の素数の群れに分裂するか、離群するカニが必ずあらわれるそうです。(離群するときも2匹、7匹、19匹などの素数とその組み合わせだそうです)
もちろんカニが数学を理解したり、どうしようもなく素数に惹かれてしまうわけではありません。ワイズマン教授は「群れの個体数が素数の場合、カニの体の表面積や体重などの和が産卵や脱皮をするための安全な場所の水圧や海流などの条件に対して最適である可能性が高い」と論じています。
不思議な生態を持つウズシオガニですが、淡路島水族館に行けば誰でも見ることができます。淡路島水族館は和歌山市と東淡路市を結ぶ淡路大橋からすぐの場所にあり、入場無料です。

『ほんとうに会える世界の村長』黒田鹿尾菜(くろだ・ひじき)著(チャンプル出版)
最近、SNSや雑誌で「村フリ」という言葉を見かけるようになりました。村長フリークの略だそうです。
村フリとは、国会議員や知事ではなく、市長や町長でもなく、村長だけがただただ好きで仕方がない人たちのこと。著者の言葉を借りれば「市長と村長は荒物屋と金物屋くらい違う」そうです。
村フリは世界中に存在していて、最近は連携や情報交換も盛んになりました。はるばる海を渡って選挙や祭、公式行事などへ、推しの村長を愛でるために遠征する人も珍しくないのだとか。
この本では、世界の村長128人が、撮り下ろし写真と一言コメントつきで詳しく紹介されています。村長の趣味や好きな食べ物、座右の銘、特技、髪型や服装のこだわり、子供のころのあだ名などから、器の大きさや徳の高さなどの魅力が浮かび上がります。もちろん村の観光案内や、必ず会えるイベントスケジュールも充実。読み応えたっぷりの一冊です。

 


  第六回(2019.10.13)

『蒟蒻界 11月号』より
 「シュウ酸カルシウム」
 「グロテスクな花のようにそこにいた」
 「刺身の男」
 「グルコースとマンノース」
 「三年玉奮闘記」
 「芋の王」


文芸誌は発表されたばかりの作品がまとめて読める、言わば現代文学の最前線です。今回はちょっと趣向を変えて、文芸誌『蒟蒻界(こんにゃくかい)』をご紹介します。雑誌を見たことがなくても「日本蒟蒻大賞」や「蒟蒻界新人賞」といった文学賞なら知っているという人も多いと思います。
21世紀は蒟蒻文学の時代と言われます。一説によるとここ十年間に発表された日本文学の作品では約4割が蒟蒻文学としての要件を満たしているそうです。
文芸評論家の白滝灰之輔(しらたき・はいのすけ)氏は蒟蒻文学について「なめらかで柔らかい文体が特徴だが、どれほど熱い状況を描いても決して崩れない構造の強靱さがある」と語ります。結果として気取りのない、等身大で健康的な人物が描かれることが多いのだそうです。
また、保谷大学の莫久来海星(ばくらい・ひとで)教授は、日本蒟蒻大賞の選評のなかで、受賞作品を引用しながら蒟蒻性について「打てば響くというよりも、触れた掌をじんわりと押し返してくる、そんな弾力性を備えたエクリチュール」「地味ななかにもしっかりと艶があり、心に染みるあたたかさが特徴」などと評しています。
一方で練物文学館の蒲田鉾二郎(かまた・ほこじろう)館長は「文学は心の栄養であるべきなのに、一連の蒟蒻文学とされる作品にはそれがない。骨もなければ華もない」と厳しく批評しています。

さて『蒟蒻界』は毎号、珍奇な企画で注目を集めていますが、今回は「まるごと一冊覆面作家」です。第一線で活躍する作家12名が手がけた12本の短編が掲載されているとのことなのですが、いずれの作品も作家の氏名が伏せられています。「○○ワールド」「女性作家ならではの感性」「円熟味を増した手練れの仕事」などといった月並みな言葉で感想を述べることができない、誰が書いたかわからない作品に対して読者はどう向き合うのか。小説の味わい方そのものを世に問う試みと言っても過言ではありません。利き酒のような企画ですが、誰が書いたのかを当てるクイズでは正解の数に応じてすてきな商品もあたるそうです。正解は来月号で発表されます。

掲載されている作品から、いくつか心に残ったものを。
「シュウ酸カルシウム」
シュウ酸カルシウムとは、キウイフルーツやパイナップル、芋類にも含まれる劇物で、棘のような結晶をもち、少量の摂取でも呼吸困難や激しい痛みなどを引き起こすとされています。この小説は、機能不全に陥った家族が苦しみながらも傷を癒し、解毒を目指す姿を描いた佳品です。
「グロテスクな花のようにそこにいた」
19世紀のロンドンに実在し「悪魔の舌」と呼ばれた弁護士のジョン・ブルジョンソン。貴族や上流階級の人々からも怖れられた彼が巻き込まれた事件と、そこで明らかになった意外な素顔とは。アクの強い文章ながら、人間の二面性と善意の恐ろしさ、そして生きることの切実さが見事にかみ合い、驚きの結末へと読者を導きます。
「刺身の男」
室町時代の美形の僧侶の波瀾万丈な一生を描いた、ユーモアとペーソスにあふれる時代小説。寺に身を寄せている利口ぶった小坊主が、相談事や謎解きを持ち込んでくる侍や商人を正論でぶん殴る様子に若干の既視感を覚えるものの、つるりと読めてのど越しのいい短編だと言えるでしょう。
「グルコースとマンノース」
厳しくも美しい自然に囲まれて、北の国に暮らす心優しき兄と献身的な妹を描いた叙情的で心温まるファンタジー。神の愛と信仰についての独白がすばらしい。これまでの日本文学にはあまりなかった静謐さと光を感じる小説です。
「三年玉奮闘記」
虹の切り出し屋で働く青年ルピスのもとを訪れた幼なじみのアンバサ。彼女は幼い頃の夢を叶えてパティシエとなり「火を使わない初恋レシピ」というコンテストに自作のスイーツを出品したいと意気込んでいた。果たして、天然の虹を使った蒟蒻芋のジェラートは実現するのか。愛のスコールに打たれるラストシーンが甘酸っぱくも爽快な作品です。
「芋の王」
豊かな畑の土を掘り進めると、岩盤に立派な門があり、その先は知られざる地下の王国だった。おそらく世界初と思われる、芋による芋についての物語。芋社会の現状と問題点、そして芋王国の将来への見通しについて書かれた真面目な本なのです。もちろん原文は芋語であり、覆面作家である著者は芋語に精通している数少ない日本人だというのです。もしかして「ほんやくコンニャク」か? とも思ったのですが下衆の勘繰りですね。私も機会があったら芋語を習いに行きたいと思いました。

さて、文芸誌といえば毎月の付録も楽しみのひとつ。雑誌によって傾向は違いますが、これまでの付録で私が気に入っているのは、山椒魚の抱き枕やメロスのランニングウォッチ、復刻された銀の匙などです。どうかすると内容よりも付録に惹かれて買ってしまうこともあるくらいです。ちなみに今月の「蒟蒻界」の付録「無添加蒟蒻ガム」は無香料のプレーン味だったためちょっと微妙でした……。


  第七回(2019.11.11)

『にっぽん家具屋紀行(6)イケア前橋編』
『なんでもボイルマン』
『あなたは、右手で右手の爪を切れますか』


「珍渦虫」をご存じですか。読み方は「ちんうずむし」、海底に住む生物です。肉眼でも見えるどころか5センチくらいの大きさのものもいます。見た目は、それほど変わっているわけではないのですがなんというか、肉片っぽいのです。脳がありません。眼もありません。肛門がありません。循環器官、生殖器官を持ちません。生態には不明な点も多く、どの生き物の仲間なのかもわかっていないのです。
それでも、実在するのです。日本にも生息しているというのです。
あんまりじゃないですか。
妄想書評で突拍子もない嘘をつこうとはりきっていたのに、気持ち良く走ってきたらラリアットをかまされた気分です。
現実というものはいつだって、私たちの想像の翼をへし折ろうと狙っているのです。この世は地獄、現実は悪夢。私はいつもそう呟いて自分を落ち着かせています。この世は地獄、現実は悪夢。大好きな言葉です。繰り返し唱えていれば、なんとなく吹っ切れてきます。絶望に見切りをつけたら尻尾を巻いて逃げましょう。妄想の世界が待っています。

『にっぽん家具屋紀行(6)イケア前橋編』伊瀬先欧太(いせさき・おおた)著 帳尻コーポレーション
「イケア前橋」を検索すると、広大な原っぱに小さな看板が立っている画像が大量に出て来ます。外壁に描かれた風景画があまりにリアルなため、写真に撮ると建築が風景そのものに見えてしまうのです。このため「イケア前橋は実在しない、何年も前から予定地のままになっている」という噂が生まれたのだとか。日常にすっかり溶け込んで、いつも利用している私ども群馬人としては信じがたい話です。
イケア前橋は家具店としては日本で初めてのデジタル無人店舗ですので、ごくまれに入店できない方もいます。脳と視覚のアップデートが3次元で止まってしまっている方はサービス対象外です。4次元以上であれば大丈夫なのですが一部のハイテク家具については購入に制限があるそうです。6次元以上の会員であれば商品の圧縮とドローン配送が無料になるとのこと。札幌と広島に昨年出来た店舗も同じシステムだそうです。
「次元の異なる人々が混在する社会にあって家具屋も時代の曲がり角に立っているのだ」と人気ライターの井瀬先欧太氏は語ります。そして「イケア前橋ばかりではなく、前橋南インターや北関東自動車道の存在までうさんくさいと否定する人は3次元界隈から脱出できずに苦しんでいるのかもしれない」という、ちょっと意地悪な感想も。人を小馬鹿にした態度がこの人のキャラというのはわかりますが、『にっぽん家具紀行』を楽しみにしている読者にはアナログ層も多いはず。さすがに今回は少し大人げないと思いました。

『なんでもボイルマン』爆森点一(ばくもり・てんいち)著 疑似餌書房 
「古くなった弦を茹でて復活させる」という方法は、ベーシストなら誰でも知っています。「こめかみに梅干しを貼る」とか「首にネギを巻く」のと同じように、やったことはないけれどいつか試してみようかな、とうっすら思っているものです。
著者の爆森氏は、楽器の弦に飽き足らず、印鑑やロープ、精密部品、彫刻、仏具、ゴム製品、装飾品など片端から茹でてしまう、文字通りの「なんでもボイルマン」。茹で方さえ間違えなければ、製品の品質は飛躍的に向上します。そしてミョウバンや十円玉、チョークなどを少量加えることで得られる効果も驚くばかりです。第二部は、こだわりグッズを油で煮るという「延命アヒージョ法」、第三部は「電気めっきで人生が変わる」となっていて、どこから読んでもワクワクします。爆森さんはいずれ、イグノーベル賞をお獲りになるのではないでしょうか。私はひそかに応援しています。

『あなたは、右手で右手の爪を切れますか』生駒井千種(いこまい・ちくさ)著 ロマネスコ文庫 
秋も深まり冷え込みが厳しくなるこの時期、心あたたまる恋愛小説を読みたいという方にお勧めしたいのが生駒井千種さんの新刊です。私はこの方の描く人物が大好きなのですが、今回の主人公の鰤美(ぶりみ)も、幸せになりたいと願うすべての女性の心をとらえて離さない無理難題系ニート女子。もちろんタイトルも彼女一流の無理難題から来ています。鰤美の性格を一言で言えば、おおらかでちょっぴり計算高く、天然なのにあざとさもあって、しっかり自分を持っていながらどこかつかみどころのないクールな癒やし系、そんな、私たちのすぐそばにいてもちっともおかしくない非凡な女性です。
鰤美は、ひょんなことから豪華客船でのクルーズ旅行に参加します。偶然同じ船に乗っていたのが初恋の相手であるフランツ・フォン・シュピツェニッヒ。運命の再会に二人の心は激しく燃え上がります。けれども、かつて夢と義侠心に溢れた青年だったフランツは、今や誰もがつき合いを避けるほどの立派な老害になっていて……。二人はどうやって困難を克服していくのか、大人の恋物語に注目です。読んでいるうちに、自分もいつかきっと、右手で右手の爪を切れるようになるという希望が胸に灯ります。いえ、左足の爪だって左足で切ってみせる、そんな強い気持ちがホットフラッシュのように溢れてくるのです。


  第八回(2019.12.11)

『パイプシャフトの男』
『月刊ふくよか 年末年始特大号』


この冬、「ぬるさ」が注目されています。
全国各地のぬる湯で有名な温泉旅館には予約が殺到し、自宅でも40度未満のお風呂を楽しむ人が増えたそうです。SNSで「家族が風呂から出てこない」という悲鳴を見ることも増えました。
「ぬる系ラーメン」や「ぬるカレー」の専門店には毎日長蛇の列ができ、コンビニでもぬるい炭酸飲料やぬるいアイスクリームなどの「ぬるうま」商品が飛ぶように売れているとのこと。学業や恋愛、仕事や子育てでも手ぬるさを求める人が増えています。「クール」や「ホット」では表せない胸の内にそっとよりそう「ぬるさ」。時代の閉塞感もあいまってブームはまだまだ続きそうです。

今回ご紹介する一冊目は、そんな「ぬる活」ブームにぬるっと乗っかった小説『パイプシャフトの男』です。たしか、残心社で先月かそれくらいに出た本じゃないかと思います。著者は温水絵子(ぬくみず・えこ)さんだったかな。もしかしたら冷水さんだったかもしれない。あとで確認しときます。
表題作は「あなたは、パイプシャフトに住んでいる」という一文から始まります。このまま何も始まらないのではないかという、残念な予感があります。腐れ縁の話なので、最後まで読んでもなにも始まりません。前進も後退もままならない狭い配管スペースで「あなた」と「わたし」の交わらない思いが切ないです。ちゃんとしたあらすじはちょっと忘れてしまいましたが、魚の手触りとか手の中の10円玉、時計バンドに残った体温など、随所でサブリミナル的にぬるさが描かれていた気がします。
併録されている「アルコーブの女」の方がむしろ、正当派設備系小説の趣があります。主人公は吸排気を強制するFFな家庭で、瞬間湯沸かし器の両親の元に育ったことがトラウマとなり、人と向き合うことができなくなってしまった女性。いつも横を向いてため息をつくので「アルコーブの女」と呼ばれています。差し湯ばかりで煮え切らない貯湯ポットや、「人を呪わば穴二つ」などと毒づく寿命を越えた危険なバランス釜と不完全燃焼の関係を重ねてきた彼女でしたが、集合住宅の廊下や玄関前といったスペース的にも安全面でも厳しい条件のなかで設置されるガス給湯器の多彩な排気バリエーションに魅せられ、少しずつ心を開いていきます。そんな彼女を裏庭からそっと見守るのは地味だけどパワフルな石油系ターボ。二人の間に青い種火は灯るのか。
 造本も独特でした。手にとってみるとカバーにかすかなヌメリがあり、ページをめくるときにも糸を引くような感触を味わえます。「ぬるぬる本」とでも言うのでしょうか、これは今までになかった新しい試みだと思います。

二冊目は『月刊ふくよか 年末年始特大号』(満腹書店)です。特大号というだけあって判型はB4判、重さは3200グラムもあって、ずっしりしています。表紙を飾るのは「たぷの里」と「かちかち山」のお二人。特集は「もりもり食べて楽しくリバウンド」です。
若々しく、健康な美しさを求める人にとって、リバウンドは永遠の憧れ。しかしリバウンドに成功した人の実に9割以上はダイエット経験者なのだそうです。理想のリバウンドを手に入れるためには、やはり苦しいダイエットが必要なのでしょうか。
菅理栄養土の日本花子さんは、最小限のダイエットで1,2キロ減量するだけで5キロ10キロのリバウンドを得ることが可能だと主張します。そして「大切なのは継続。夕飯をしっかり食べたからと言って油断せず、きちんと夜食を取ることを忘れずに」と言います。昼間の間食は「深く考えずこまめに頬張る」のが確実に効果をあげるためのポイント。たとえばオフィスでは「歌舞伎揚げやドーナツなどを常備し、缶コーヒーやジュースとともに摂取して」と言います。これならすぐにでも実践できそうですね。
大幅なリバウンドを見事達成し、生きる喜びを取り戻した読者モデル8人へのインタビューも充実しています。67キロから82キロへのリバウンドに成功した女性(51歳)は「目標を上回るリバウンドで、小皺やたるみが消え、ハリのあるお肌が戻ってきました」と輝くような笑顔を見せ、75キロから97キロへとパワーアップした男性(29歳)は「たくましくなった、貫禄が出たなど、周囲からの評判も上がった。食べたいという気持ちを隠さず表現することで性格まで素直になった」と喜びを語ります。僅か2週間で49キロから60キロになったという女性(70代)も「だぶだぶだった服がジャストサイズになり、ボディラインを強調した着こなしができるようになった。スカートも心なしか短めに見えるようになり、おしゃれ度がアップした」と自信に溢れた美しい容姿を披露。成功者のすべてに共通しているのが「体重はステイタス」「体の重さが信用の重さ」というぶれない信念です。
お正月はリバウンドに最適な季節。実家やリゾートで、本来の自分を取り戻し、のびのびと大きくなりたいと計画している方も多いはず。今回の特大号は、そんなリバウンド・ドリーマーにとっても、きっと貴重な後押しになるはずです。

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 絲山秋子(いとやま・あきこ)
1966年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、住宅設備機器メーカーに入社し、2001年まで営業職として勤務する。2003年「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞、2004年「袋小路の男」で川端康成文学賞、2005年『海の仙人』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、2006年「沖で待つ」で芥川賞、2016年『薄情』で谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社)、『絲的ココロエ–––「気の持ちよう」では直せない』(日本評論社)。