妄想書評

妄想書評

小説家、絲山秋子さんによる不穏な書評です。
「担当者から送られてきた架空の本のタイトルリストから、毎月本を選んで内容や感想をでっちあげるという企画です。著者と出版社名は私の方でこしらえました」(第1回目より)
つまり、評された本はこの世に存在しないのです。
誰も知らない、知られるはずのない世界から届く、絲山さんの脳内のみを通り越してやってくる実在の「書評」。お楽しみください。


  第三回(2019.07.11)

『白夜の灯台守とカミキリムシ』
『写真で「一人おいて」と省略される身にもなってくれ』
『利休知ル(りきゅしる)〜人事は大人の四の字固め』


想像と妄想、あなたはどのように使い分けていますか?
調べてみると、根拠の有無や、健全か病的かなどの基準で区別することが多いようです。私は「相手を尊重しているどうか」で考えます。頭のなかで考えた相手に人権はあるのか。相手の事情や都合は存在するか。自分の希望や、結論ありきで進めていないか。これは小説を書くときにいつも意識していることでもあります。
少し前の私のお気に入りの妄想は「中日ドラゴンズの谷繁監督と飲みに行く」というものでした。そこへ川上憲伸投手が合流し「山本昌投手も呼ぼう」ということになるのです。妄想なので「なんで阪神ファンのおばさんと飲まなきゃいけないんだ」と断られることはありません。相手の都合はないのです。とはいえ病的とか不道徳というわけではありません。
つまり妄想には、人には言えない恥ずかしい種類のものと、平気で話せる範囲のものがあるのです。この妄想書評は安全圏で勝手なことを書いています。

さて、今回の一冊目は『白夜の灯台守とカミキリムシ』ライア・メンシェローゾ著 深追逸(ふかおい・すぐる)訳(マカデミア出版)です。
カミキリムシは英語では「ロングホーン・ビートル」といいます。動物の角に喩えられるほど長くて立派な触覚は、オスがメスを探すために役立ちます。ほとんどの種類のカミキリムシが、触覚から微弱な電波を受発信していることは昔から知られていますが、電波に個体ごとのリズムがあることを発見したのがこの本の著者である昆虫学者のライア・メンシェローゾ博士です。研究をさらに進めた結果、カミキリムシは触覚からの電波と、胸と腹をこすり合わせる「威嚇音」を組み合わせて「交信」していて、それがしばしば「必要以上の長さや情報量」になることがわかってきました。情報に感情を付け加えたり、より相手に届きやすいように修飾するのは「文芸行為」だとメンシェローゾ博士は言います。つまり、好きな人に手紙を書いたり、愛の歌を送ったりするのと同じなのだそうです。
この本はそんな世界を驚かせた「カミキリムシによる文芸行為」の発見の背景や、研究者の日常について綴った読み物です。タイトルの「白夜の灯台守」というのはぼんやりして、冴えない人という意味。博士が自身のことをそう呼んでいるのですが日本語でも「昼行灯」と言いますね。博士はまた「昆虫学者には名前や見た目が怪しい人もいるが、本人はとても真剣なので信じてあげてほしい」とも語っています。

二冊目は『写真で「一人おいて」と省略される身にもなってくれ』(蛇蝎社)です。帯には「この一冊で薄幸ブームのすべてがわかる」とあります。編者は気鋭のコラムニスト、フラフープ権堂(ごんどう)。
都市部の高校生から始まったと言われる「薄幸ブーム」。影の薄いキャラクターや幸薄そうなメイク、プア・ファッションなどが男女を問わず人気を集め、表題で「一人置いて」と省略されるような、一昔前なら陰キャラと分類されていた人々が脚光を浴びています。今や社会現象とも言われるこのブームですが、人間だけでなくさまざまなシチュエーションや場所への波及も注目されるところです。
巻頭グラビアで紹介されているのは北陸新幹線の軽井沢駅と高崎駅の間にある安中榛名駅。停車するのは長野—高崎間の「あさま」のみ(各方向1日12本のみ)で金沢への直通電車はありません。改札を出ると広場と無料駐車場がありますが店舗は皆無(コンビニは撤退)。人も歩いていません。秘境駅とも言われたこの安中榛名駅、2017年の一日の乗降数は292人でしたが、「薄幸ブーム」の影響を受けて今年は一日に2000人以上のマニアが観光バスや車で訪れ、構内売店で販売されている峠の釜めしと食堂のうどんは連日、またたく間に売り切れてしまうそうです。この本はほかにも「色鉛筆の白」「サービスエリアの無料のお茶」「レンタカーの不人気車種」「パンクバンドのバラード」「なますと田作りだけのおせち」などに熱狂する人々を取材し、薄幸の何がこれほどまでに人を惹きつけるのかを追求しています。なかには雑な問題提起もあるのですが、これも飛ばし読みを誘発するためのしくみなのかもしれません。

三冊目は、私の方で選んだ長編同時代小説『利休知ル(りきゅしる)〜人事は大人の四の字固め』一等山飽子(いっとうやま・あくこ)著(常滑ライブラリ)の紹介です。
已己巳己(いこみき)六年の春、巨大な社(やしろ)を建てようと呼びかけた建材商の元に集結した職人たち。しかしそれは壮絶なお家騒動の幕開けに過ぎなかった––––「已己巳己の乱」と命名された内紛劇は、わかりにくさで言えば応仁の乱の8分の1に相当するそうです。
揉め事の中心となるのは創業家の荻原東洋と投資家の萩原三洋。「人事は大人の四の字固め」という言葉を残した桶屋否吉(いなきち)や、役員のヤン・トーステム、日波バリエフなど、登場人物は姑息でいかがわしい人物ばかりです。
著者の一等山氏は桶屋否吉商店に十数年間にわたって潜伏し、風見役心得を務めた経歴の持ち主です。そしてこの、混沌とした一連の茶番は、すべて利休が遺した予言で読み解けると主張します。カバー画に使われている、沈む船から逃げ出すネズミたち(MICE)は、安価な陶器を不当な掛率で売りさばく「売僧(まいす)」とかけているのだとか。
利休だけが知っていた真相とは、果たしてどんなことなのか? 命運をかけた巨大社はあえなく分解して倒れてしまうのか? 壮大なだけのスケールと息詰まる展開に、溜息をついてしまう読者も多いはず。ビジネスパーソン注目の一冊です。

 

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 絲山秋子(いとやま・あきこ)
1966年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、住宅設備機器メーカーに入社し、2001年まで営業職として勤務する。2003年「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞、2004年「袋小路の男」で川端康成文学賞、2005年『海の仙人』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、2006年「沖で待つ」で芥川賞、2016年『薄情』で谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社)、『絲的ココロエ–––「気の持ちよう」では直せない』(日本評論社)。